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2008年3月23日 (日)

日本政府、ネグリにヴィザ発給を拒否

Michael_hardt_toni_negriトニ・ネグリの来日が、直前の日本政府のヴィザ発給拒否によって中止に追い込まれた(3月22日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

トニ・ネグリは、飛行機の切符を手にしていたが、東京に出発することは出来なかった。ヴィザ(査証)の欠如のためである。しかしイタリア市民が日本に行くのに、労働のためでなければ、ヴィザは必要ないのである。

「しかし私は出発の2日前になって、それを求められた。あわてて、パリの日本大使館に行くと、驚きの事態だった。私の1980年代の裁判記録と判決を提出しなければならないという。2万5千ページもの書類だ。それをすることは不可能だった」

というわけで、旅行はなし、日本での講演・会議もなし。Autonomia Operaia の元リーダーは、今日では、反グローバルの重要な思想家と考えられている。「これは理解不能の挑発だ。一種の迫害だ。わたしはこの5年間、22カ国に行っているのに(司法との決着がついてから、編集部註)」

「私どもはトニ・ネグリにヴィザを拒否したわけではない。ネグリ氏が自発的に、ヴィザのための資料の入手の過程で、その取得をあきらめたのだ」とローマの日本大使館は語った。

日本政府の変心には、G8の開催を控えての締め付けがあるのではないかと言う人もいる。「しかし、もはや、アメリカでもネオコンは力を失いつつある。わたしは、アメリカにも問題なく行った」とネグリ。

ネグリは日本の国際文化会館の招聘で、東京大学、京都大学、神戸大学などでの講演するツアーを断念せざるをえなくなった。

すべては一年前の国際文化会館の招聘から始まった。6ヶ月後、形式的な手続きが始まったが、東京からは、ヴィザは必要ないと言われていた、「なぜなら私は報酬を受け取るのではなく、ゲストだからだ」。

17日、出発の2日前になって、日本からあらたなメールが来る。大使館にかけつける。が、むなしく終わる。招聘者は、仲介を試みる。「単純な受刑者ではなく、政治犯であったことを自己で証明すればよい、と」。しかし、そうではなかった。

日本は piazza Fontana の惨劇に関わったとされる Ordine Nuovo の元活動家 Delfo Zorzi が1989年から市民権を取っており、引き渡しがなされない。「それと比べないで欲しい。私はちゃんと服役した。私は無罪で、誰も殺していない。右翼や左翼の大虐殺の話はたくさんだ。そんな比較をする人は、人を煙に巻いてよろこぶやからだ」とネグリ。

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コメント

宇宙時代にテロリストは宇宙開発の阻害になるかもしれない 日本政府はアメリカ産業の発展に積極的に協力するべきである アメリカはテロリストたちと戦って国の産業が低迷している 日本は平和で技術開発が発展している 日本は戦後のバイタリティで盛り返せるだろう 日本とアメリカが協力体制にあると非常に技術力が向上して宇宙文明化に近ずき世界的リーダーシップをとり世界中が豊かな世界になり犯罪や戦争の無い文明になるかもしれない

投稿: 増田二三生 | 2008年10月18日 (土) 23時33分

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