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2008年3月30日 (日)

イタリアとフランスの愛憎いりまじる関係

250pxmazarinmignard イタリアとフランスは、昔から愛憎入り交じった関係であった(3月29日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

17世紀にはマザリーノ(フランスではマザラン、1602-1661)(写真)が、イタリア出身の枢機卿でありながら、リシュリューのあと宰相となった。リシュリュー自身が、マザリーノの外向的手腕を評価して後継者としたのである。

愛憎のうち、憎をあらわにしたのはヴィットリオ・アルフィエーリ(1749-1803)で、Misogallo という本の中で、フランス革命への嫌悪を表明した。

愛憎という単純な言葉では語りきれないのが、カミッロ・ベンソ・ディ・カヴールである。たしかに、親仏派なのだが、ピエモンテの常で、すくなくとも他の二つの国とも同時にかけひきをしている。さらに、カヴールは臆することなく、自分の従姉妹カスティリオーネ伯爵夫人をナポレオン三世に差し出して彼の愛人とし、フランスを反オーストリア同盟に引き入れることに成功した。カスティリオーネ伯爵夫人は紫がかった目の、美しい女性であったという。

フランス人にこのうえなく嫌われた首相は、フランチェスコ・クリスピで、彼は1887年、フランスとの貿易戦争を開始したのだった。『ヨーロッパの歴史』の著者ジュゼッペ・ガラッソによれば、クリスピは、「イタリアのビスマルクになりたかったが、すべての計算を誤ったーーちょうど、1930年代のムッソリーニと同様に」

今、生じているのは、カルラ・ブルーニ(サルコジ・フランス大統領の夫人でイタリア出身)をめぐる毀誉褒貶である。

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モッツァレッラ、EUが安全性認める

Bufala EUはイタリアのモッツァレッラ・ブーファラの安全性を認めた(3月29日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

EUは緊急に検査や対策を強化するようにイタリア政府に求めていた。

イタリア側からの2つの対応が、EUを説得した。一つは、ダレーマ外相が、ダイオキシンが基準をオーバーしていた25のチーズ工場の製品は市場から撤去したと報告したこと。

もう一つの動きは、保健相のリヴィア・トゥルコが、より厳しいチェックを約束したことである。

輸入規制や禁止していた諸国も、規制を解除しはじめた。

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夏時間はじまる

Orologioc 3月29日と30日の間の夜中に、夏時間が始まる(3月29日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

夜中の2時に、1時間針を進めることになる。

夏時間は、10月25日と26日の間の夜中まで続く。

(夏時間の間、日本との時差は7時間となる)。

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2008年3月29日 (土)

サンタ・カテリーナの研究者、リヒテンシュタインに口座

Santa_caterina サンタ・カテリーナの高名な研究者の名前が、リヒテンシュタインの租税回避者のリストに入っていた(3月28日、コッリエーレ・ディ・シエナ)。

研究者の名は、アドリアーナ・カルトッティ・オッダッソで、彼女の名前で3400万ユーロ(53億円)の金額があった。

彼女は男爵夫人で、シエナとの結びつきが強いが、モナコの不動産がある。アドリアーナ・カルトッティ・オッダッソは、昨年亡くなったシエナの名誉大司教のマリオ・イスマエーレ・カステッラーノから高く評価されていた。

彼女は貴族の学者で、サンタ・カテリーナ(ヨーロッパ全体の守護聖人でもある)に関して、重要な著作を2つ著した。最初のものは Stimate で2冊目は、Principii politici di Santa Caterina da Siena であり、カステッラーノ大司教はたびたび引用していた。

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ブルネッロ・ディ・モンタルチーノをめぐる捜査

Brunello ワインの王者といわれるブルネッロ・ディ・モンタルチーノをめぐる捜査が開始された(3月28日、コッリエーレ・ディ・シエナ)。

ブルネッロはDOCG(原産地統制保証名称)の名高いワインで、ブドウはサンジョヴェーゼという種類のみを使用する。

シエナ検察局は数ヶ月前から捜査を開始した。この捜査をうけている企業は4つか5つの模様。容疑は、サンジョヴェーゼ種しか使用してはいけない規則をやぶって、モンタルチーノ地区で他の種を栽培し、混ぜていたのではないかというもの。

捜査はキャンティにも言及している。キャンティは直接は関係ないのだが、ブルネッロを製造している会社が、キャンティも製造しているからだ。

捜査の全容はまだ明らかではない。

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ガスパッリ:ゲイのリーダーもOK

Gasparri_4 国民同盟のマウリツィオ・ガスパッリはゲイのリーダーもOKであると、インタビューで表明した(3月28日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

このインタビューは You Tube のなかの KlausCondicio とのもの。

ガスパッリは、「私は、まったくホモ恐怖症ではない。同性婚の法制化には反対だが。自由の人民のリーダーが、女性であろうが、ヘテロであろうが、ゲイであろうが重要ではない。大事なのは、政治に関し、有能なことだ」

アーチゲイは、この言葉に歓迎の意を正式に表明した。

また、同じインタビューの中で、政治をやっていると、長い期間性的禁欲をすることがあり、選挙キャンペーン中は、セックスは二義的なものになる、と述べた。

これに対し、同じ国民同盟のイニャーツィオ・ラルッサは、マウリツィオは自分のことを言ったのであって、人によるし、状況によると答えた。右派のダニエラ・サンタンケやフォルツァ・イタリアのパオロ・グッツァンティも、ガスパッリの意見は理解できないとしている。

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2008年3月28日 (金)

マフィアは誰に投票するのか?

Mafia_2 マフィアは誰に投票するのかという特集を週刊誌 L'Espresso が組んだ(L'espresso, 3月27日号)。

南の三州、シチリア、カラーブリア、カンパーニャ州では、犯罪組織によって組織的に票が動くという。

ニコラ・グラッテーリ判事によると、カラーブリア州では、市町村によっては、20パーセントの票が動く。また、社会学者アマート・ランベルティによると、カンパーニャ州では、カモッラ(犯罪組織)や不謹慎な企業家、政治家のジョイント・ヴェンチャーとでも言うべきものが、約10パーセントが投票を方向づけできる、という。

反マフィア委員会副委員長のベッペ・ルミアによると、コーザ・ノストラ(マフィア)がコントロールしている票は約15万票である。約8パーセントあるので、1対1の接戦になるとキャステングボードを握ることになる。

シチリアでは特にUDC(キリスト教民主連合)の候補者に、マフィアとのつながりが疑われる者、あるいは司法捜査を何度も受けているものが目立つ。

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ヴェルトローニ、ベルルスコーニを攻撃

Normal_veltrobuio 選挙戦がすすみ、民主党のヴェルトローニは、ベルルスコーニを激しく批判した(3月27日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

ヴェルトローニは、テレビでの党首討論を申し出ているが、ベルルスコーニはこれを受けて立とうとしていない。この点をついて、ヴェルトローニは、ベルルスコーニが逃げているとしている。

ベルルスコーニは否定し、ヴェルトローニこそ、年金に関して出まかせを言っていると非難した。また、選挙で勝って、上院は30人よけいに当選すると豪語した。

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2008年3月27日 (木)

モッツァレッラ、日本政府、検査を強化

Mozzarella 日本政府は、イタリアのモッツァレッラに対する検査を強化した(3月26日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

韓国が輸入禁止措置を取ったあと、日本の税関も、ダイオキシン汚染の可能性の報道を受けて、検査を強化したのである。日本政府が対象としているのは、モッツァレッラだけではなく、イタリアの乳製品全般におよんでいる。

日本へのモッツァレッラの輸出は輸出全体の6%をしめる。外交筋によると、台湾も水牛のモッツァレッラの輸入を停止するもよう。

EUからイタリアへは、カンパーニャ州の食品へのダイオキシン汚染に関するより詳細な情報の報告が要請された。

水牛のモッツァレッラの生産は3万3千トン。売り上げにして、2億ユーロ。この分野で働く人は2万人にのぼる。

日本への輸出は、329トンで、230万ユーロ(2005年)である。

1月、2月にカゼルタ(カンパーニャ州)のチーズ工場に査察が入り、326の牛乳および乳製品が検査された。基準を守っていないとして告発された人は109人。

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2008年3月26日 (水)

アッラムの改宗、議論呼ぶ

Allam マグディ・アッラムの改宗は海外にも広く報道され、議論を呼んでいる(3月25日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

コッリエーレ・デッラ・セーラのジャーナリスト、マグディ・アッラムがヴァティカンで教皇から洗礼を受けたニュースは、BBC,CNN,CBS、Al Arabiya, New York Times, Le Nouvel Observateur, Jerusalem Post, El Mundo などのホームページで、即ち、広く世界中で報道された。

AP通信は、アッラムを「イタリアでもっとも有名なイスラム教徒で、イスラム過激派を非難し、イスラエルを擁護する偶像破壊的なライター」としている。

報道のあと、批判も、多くのインターネット上のフォーラムや、ブログで寄せられ、英国の Sunday Times も「イスラム世界との亀裂をさらに深めるおそれがある」との批判を表明した。「なぜなら、アッラムはイスラム教徒として生まれ育ったジャーナリスト」であり、イスラム教を内在的に憎しみという性格を持っているとしているからだ。

教皇庁の諸宗教対話評議会議長のトーラン枢機卿は、「教皇は、区別なく選んだ。門をたたくものには、教会の門はつねに開かれている。信教の自由は根本的なものだ」としている。しかし、フランスカトリック教会のイスラム教との対応責任者であるクリストフ・ルクー師は、「なぜ洗礼が彼の町で、その町の司教からなされなかったのか理解できない」としている。

予想可能なように、イスラム諸国での批判はさらに厳しい。

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2008年3月25日 (火)

MPS、北東部に資本を開く

Mussari_vigni01g モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行は、北東部の起業家に資本参加を呼びかけた(3月23日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

シエナ銀行は、アントンヴェネタ銀行を90億ユーロで買収したが、シエナ銀行の会長ムッサーリは、イタリア北東部の企業家たちに、アントンヴェネタ銀行への資本参加の道は開かれていると呼びかけた。

アントンヴェネタ銀行の支店は現在1000店あるが、将来は440店になる予定。

モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行は、5月末までに、50億ユーロの資本増加を実施する予定。この案件は、2日前に、理事会で可決された。この資金調達に参加するのは、国際的銀行団(メリル・リンチ、シティグループ、JPモルガン、クレディトスイス、メディオバンカ)とコーディネイターのゴルドマンサックスである。

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復活祭前夜に、教皇が改宗者の洗礼

Allam_battezzato コリエッレ・デッラ・セーラの副編集長マグディ・アッラム他7人が、復活祭前夜に、ヴァティカンで改宗し、教皇ベネデット16世から洗礼を受けた(3月23日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

復活祭はキリスト教徒にとって一年でもっとも重要な時の一つである。

毎年、聖土曜日には教皇が、小人数に、洗礼をさずけて、また同時に、初聖体式と堅信式をする。今年は7人で、その7人のなかに、ジャーナリストのマグディ・アッラムが含まれていた。

アッラムは、エジプト生まれ、コッリエーレ・デッラ・セーラの副編集長で、こうして改宗して、クリスティアーノという洗礼名を得た。このニュースは直前まで極秘にされていたが、前夜祭の直前になってその名がかけめぐった。

そこで教皇庁のメディア担当局長のフェデリーコ・ロンバルディ神父が正式にその名を告げた。「どんな人も、個人的に深く求め、全面的に自由な選択で、適切な準備をすれば、洗礼を求める権利があります。唯一の条件は、霊的な準備をなしとげているということです」

前夜祭は9時ちょうどに開始された。サン・ピエトロ寺院は完全に暗くなっていて、祭壇だけが例外だ。

マグディ・アッラムは、カイロで生まれ、サレジオ会の寄宿学校で学んだ。その後、イタリアに移住し、ジャーナリストとなった。Ucoii(イタリアのイスラム共同体連合)のスポークスマンのイマム、イッゼディン・エル・ジールは、「マグディ・アッラムは、個人的な選択をする自由な成人だ」との見解を表した。「重要なのは、各個人が、平和に、他の宗教を尊重して、その宗教性を生きることだ」。アッラムのUcoiiに対する批判はと問われ、「うそは受け付けないが、批判は受け付ける」としている。

イスラム共同体副会長のヤフヤ・パッラヴィチーニは、選択を尊重するとしながらも、「これほど象徴的な価値の大きい」時と場所を選んで改宗がなされたことに「当惑」を覚えるとしている。

イタリア司教会議によると、イタリアでイスラム教徒からカトリック教徒に改宗するのは1年に30人。イギリスでは、キリスト教徒への改宗者は約20万人と推定されている。フランスでは、キリスト教への改宗者は約1万人で、暴力の対象になっているのは、ごく少数である。

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2008年3月24日 (月)

オーカのカピターノ、死去

Foffocchiali オーカのカピターノが亡くなった(3月20日、コッリエーレ・ディ・シエナ)。

シエナのオーカ地区のカピターノ(パリオにおける地区の最高責任者)、ロドルフォ・モンティジャーニが亡くなった。通称フォッフォ。59歳だった。

カピターノとしては、2007年7月のパリオに優勝している。

1948年8月16日に生まれた。以下、フォッフォのコントラーダでの経歴。1969年にはソチエタ(地区の集会場)の会計係、1970年代には、騎手の警護人。1972年にはバルバレスコ(馬の世話係)となる。

1980年副官(マンジーノ、カピターノの補佐をする)となり、コントラーダの幹部となり、1988年までつとめる。この時期、オーカ地区のカピターノはアルジェロ・バーニであった。1994年再び副官となり、2000年までつとめる。この時期、パリオで三度の優勝を味わう。そしてカピターノになったのである。

葬儀は、コントラーダの礼拝所で執り行われる。

(この記事から新たなカテゴリー、「シエナ/パリオ」を設けました。きわめてローカルなニュースを不定期にお届けしますーー管理人)

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2008年3月23日 (日)

日本政府、ネグリにヴィザ発給を拒否

Michael_hardt_toni_negriトニ・ネグリの来日が、直前の日本政府のヴィザ発給拒否によって中止に追い込まれた(3月22日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

トニ・ネグリは、飛行機の切符を手にしていたが、東京に出発することは出来なかった。ヴィザ(査証)の欠如のためである。しかしイタリア市民が日本に行くのに、労働のためでなければ、ヴィザは必要ないのである。

「しかし私は出発の2日前になって、それを求められた。あわてて、パリの日本大使館に行くと、驚きの事態だった。私の1980年代の裁判記録と判決を提出しなければならないという。2万5千ページもの書類だ。それをすることは不可能だった」

というわけで、旅行はなし、日本での講演・会議もなし。Autonomia Operaia の元リーダーは、今日では、反グローバルの重要な思想家と考えられている。「これは理解不能の挑発だ。一種の迫害だ。わたしはこの5年間、22カ国に行っているのに(司法との決着がついてから、編集部註)」

「私どもはトニ・ネグリにヴィザを拒否したわけではない。ネグリ氏が自発的に、ヴィザのための資料の入手の過程で、その取得をあきらめたのだ」とローマの日本大使館は語った。

日本政府の変心には、G8の開催を控えての締め付けがあるのではないかと言う人もいる。「しかし、もはや、アメリカでもネオコンは力を失いつつある。わたしは、アメリカにも問題なく行った」とネグリ。

ネグリは日本の国際文化会館の招聘で、東京大学、京都大学、神戸大学などでの講演するツアーを断念せざるをえなくなった。

すべては一年前の国際文化会館の招聘から始まった。6ヶ月後、形式的な手続きが始まったが、東京からは、ヴィザは必要ないと言われていた、「なぜなら私は報酬を受け取るのではなく、ゲストだからだ」。

17日、出発の2日前になって、日本からあらたなメールが来る。大使館にかけつける。が、むなしく終わる。招聘者は、仲介を試みる。「単純な受刑者ではなく、政治犯であったことを自己で証明すればよい、と」。しかし、そうではなかった。

日本は piazza Fontana の惨劇に関わったとされる Ordine Nuovo の元活動家 Delfo Zorzi が1989年から市民権を取っており、引き渡しがなされない。「それと比べないで欲しい。私はちゃんと服役した。私は無罪で、誰も殺していない。右翼や左翼の大虐殺の話はたくさんだ。そんな比較をする人は、人を煙に巻いてよろこぶやからだ」とネグリ。

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コストナー、生きた銀

01kostner フィギュア・スケートの世界選手権(スウェーデン、イェーテボリで開催)でカロリーナ・コストナーは銀を獲得した(3月21日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

接戦の末の結果は、1位浅田真央(185,56)、2位カロリーナ・コストナー(184,68)、3位キム・ユナ(183,23)、13位マルケイ(イタリア、142,93)となった。

イタリア人が世界選手権でメダルを取ったのは、以下の通り:

1953年カルロ・ファッシ 銅
1978年スーザン・ドリアーノ 銅
2000年フサル・ポリーマルガリオ(ダンス) 銀
2001年フサル・ポリーマルガリオ(ダンス) 金
2005年コストナー 銅

コストナーは「私は人と違って、ユニークなのがいいの、日本人とは違うのが。スケートはアートでもあって、コマのように回ったりジャンプだけじゃないわ」と語った。浅田はトリプル・アクセルで転倒したが、そのあとは完璧で、もう失敗はなかった。

カロリーナが勝てなかったのは、多くの人が追求する完璧さが存在しなかったからだが、スワロフスキーで優雅に身をつつみ、トリプル・ルッツやサルコで二度手をついてもそれでよい。

彼女のラメのしたには、生命がいきづいている。零度以下でも、脈打つハートがあるのだ。

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Rai 3の躍進

Raitreテレビ局Rai 3の視聴率が、上昇した(3月20日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

文字通り第三の局になった。シェアーは10,18パーセントで、夜のゴールデンタイムで3番目に視聴者が多いことが、2月1日から3月半ばまでの調査で明らかになった。

Rai3は、Rai2と Italia1を抜いたのだが、両者の視聴率のシェアーはそれぞれ9,35パーセントと10,15パーセントで、後者との差はごくわずかだ。

Rai3は内容のもっとも質の高い局としばしば言われる。人気番組としては、Fazio&Gabanelli の《Che tempo che fa》(平均視聴者348万5000人、13,89パーセントのシェア。《Report》(315万1000人、13,29パーセントのシェア)。Floris の《Ballaro'》(14,96パーセント)、また、局の伝統的な番組《Chi h'ha visto?》や《Un posto al sole》などがある。

たとえばFazioは番組に作家を呼び長いインタビューをするが、読書をすることの少ない国民がそれを視聴するのは、なまなかなことではない。Rai3のディレクター、パオロ・ルッフィーニは、「ファツィオはここ数年ですごく成長した。彼の番組は、とても新しい文化の番組で、本のことを話しても、視聴率がとれることを示した」と語っている。

また、フローリスについては、「《Ballaro'》は、5%から出発したが、今は15%だ。経済的な資料の解読とむすびついた政治トークショーだ。これは、視聴者は、政治家の《おしゃべり》を聞きたがっているとされてきたのを覆した」。

Rai3の特徴としては、数少ない調査をするジャーナリズムの一つだということだ。調査をするのは、面倒なことだし、リスクもある。だからすべての局がやりたがることではない。しかし、Rai3は1997年からチームをつくって地道にその道を切り開いてきたのだという。

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2008年3月22日 (土)

トレモンティ前経済相:若い頃いじめに会った

Tremonti トレモンティ前経済相が、若い頃、いじめにあった経験などをYou tubeでのインタビューで語った(3月20日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

Tremonti前経済大臣は、Klaus Davi のインタビューにユーチューブで応じて、寄宿学校で新入生の時に、先輩からいじめに会った経験を語った。たとえば、一晩中、洋服ダンスに閉じこめられたり、授業から帰ってみると自分の部屋のものが、全部、下の中庭に再現されて、自分の部屋は空っぽになっていたりした。

また、若い頃、ゲイを擁護したことでも、非難された。トレモンティは、ゲイで馬鹿な奴にあったことはないが、ゲイ以外ではたくさん阿呆にあったと語った。ゲイは、文化、財務、ファッションの世界で第一線にいると述べた。

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2008年3月21日 (金)

ヴェルトローニの秘密昼食会

Veltroni_walter2 ヴェルトローニが秘密裏に経済団体の幹部と昼食をともにした(3月20日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

パヴィアの近辺で、ヴェルトローニは Compagnia delle Opere の幹部と食事をともにした。

Compagnia delle Opere は、巨大な経済団体であるが、カトリックの宗教運動 Comunione e Liberazione と密接な関係がある。

(Comunione e Liberazione は神父で神学者のドン・ルイジ・ジュッサーニによって創設されたカトリックの宗教運動である。CLと略される)。

Compagnia delle Opere は、2万9千の企業、1000のNPO,50万人の従業員、イタリアに35の支部、海外に13の支部、数百万の有権者に影響力があるとされている。

Compagnia delle Opere の会長ラファエッレ・ヴィニャーリは、昼食会には不在だった。彼は、ロンバルディアで、自由の人民党(ベルルスコーニ)から立候補している。

しかし副会長のマッシモ・フェルリーニは左派で、新しい民主党との橋渡しに好適な人物であった。

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職人が足りない

Artigiani 職人が足りず、7万1千のポストが空いている(3月20日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

2007年に求人された職人は、16万2550人であったが、そのうち7万1359人、約43%はしかるべき人が見つからず空きのままであった。

特に足りないのは、床屋や美容師で必要な人の59%に相当する4718人が足りない。

木工職人は73パーセントが見つからず、かばん職人は64パーセントが見つからない。自動車工の63パーセント、仕立屋の59パーセントも空いている。

古い伝統的な職だけが空いているのかというと、産業ロボットを制御する人も74パーセント、自動機械の管理をする人も62パーセントが足りていない。

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2008年3月20日 (木)

アリタリア:エールフランスと労働組合の衝突

Spinettat アリタリア航空の買収条件などをめぐって、エールフランスとアリタリアの労働組合が激しく衝突した(3月19日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

エールフランスの会長ジャン・シリル・スピネッタ(写真)は、われわれは、アリタリアを買う義務などない、と言い放った。

また、ミラノ・マルペンサ空港を運営するSEAは、アリタリアに対し損害を請求する見通しだ。

対立する問題は大きなものが2つある。1つは、余剰人員で、エールフランス側は、アリタリアで約1600人(パイロットが500人、フライトアテンダントが600人、地上勤務員が500人)、Az servizi で約5000人の余剰人員を見積もっている。

また、ミラノ・マルペンサ空港を運営するSeaはアリタリアに対し、発着便を減らすことに対して、12億5千万ユーロの賠償金を要求している。

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2008年3月19日 (水)

ヴェルトローニ:議員歳費を下げよ

Walter20veltroni 民主党のヴェルトローニは議員歳費を下げるべきだと主張した(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月18日)。

イタリアの国会議員が毎月受け取る手当は、1万4167ユーロである。その内訳は歳費が5486ユーロ、日当が4003ユーロ、払い戻しが4678ユーロである。

その他に1万5379ユーロの払い戻し対象の交通費、国内は鉄道、高速道路、船、飛行機が無料である。

電話代は4150ユーロが払い戻しの対象。

ヴェルトローニは、「われわれが総選挙で勝てば、上下院議員の歳費は、他のヨーロッパ諸国並みとする」と宣言した。

ちなみにイタリアと他の欧米諸国の歳費は次の通り。

イタリア  1万4167ユーロ
フランス  1万1000ユーロ
ドイツ    1万668ユーロ
アメリカ   8760ユーロ
イギリス   6733ユーロ
スペイン   4782ユーロ

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2008年3月18日 (火)

犬も劇場やレストランに行けるように

Cane_e_lippi トスカーナ州で、犬(および家畜)に関する新たな法律が生まれる(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月18日)。

この夏から、劇場やレストラン、映画館、博物館・美術館に犬(および家畜)を連れて行ってよいことになる見込みである。

発案者はヴェルディ(緑の党)のファビオ・ロッジョラーニ。

ワクチン接種済みやひもや鎖につなぐという条件はつくものの、動物と人間の垣根が、一つとりはらわれる。

この法案に対し、フランコ・ゼッフィレッリは、賛成だが、スカラ座には犬を連れてはいかない、彼らにとって苦痛であるだろうから、とのコメントを発した。

またフィレンツェの文化財保護管のクリスティーナ・アチディーニは、絵画の中の動物をめでるのは良いが、美術館に生の動物を連れ込むのは、彼らが苦しみ問題を起こすだろう、可愛がるのは、自分の家でが良いとの見解だ。

発案者のロッジョラーニ自身も、フィレンツェ5月祭に犬や猫を連れてくる人はいないでしょうと述べている。

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ヨーロッパの証券市場、崩れる

Borse_crollo アメリカの銀行の危機をうけて、ヨーロッパ証券市場も値をさげた(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月18日)。

ベア・スターンズ銀行が危機に陥りJ.P.モルガン銀行に買収されることになったが、リーマン・ブラザーズも一時、大きく値を下げた。

こうした状況をうけ、ミラノのMibtel は3,52%、S/P Mib は3,39%、パリのCac40は3,51%、ドイツのフランクフルト市場は4,10%下げた。

今の状況に関して、専門家の間では、楽観論と悲観論に分かれている。

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エール・フランスがアリタリアに突きつけた処方箋

Air20franceklm エール・フランスおよびKLMが、アリタリアに突きつけた条件は厳しいものだが、今度は政府がそれを受け入れるかどうかとなった(3月17日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

買い取り価格は1億3800万ユーロで、エール・フランス一株とアリタリア160株の交換という形になる。

Az Fly と Az Service (それぞれメンテナンスと貨物を扱うアリタリアの関連会社)で1600人の余剰人員が想定されている。

あらたなグループは三つのハブ空港をもつことを目指す。アムステルダム、パリ、ローマである。ミラノのマルペンサとリナーテ空港は点と点をむすぶゲートウェイ空港となる。

2010年までにアリタリアの飛行機は185機から137機に減る。20機が長距離用、1010が短・中距離用、16機は地域間用である。貨物からは完全に撤退する。

アリタリアはロゴやマークや制服を維持する。エール・フランスおよびKLMHはいったん100%会社を取得したのちは、アリタリアという会社名をふくめ変更できる。

この申し出に対し、中道左派は、急進派をのぞいておおむね賛成であるが、中道右派は別れている。国民同盟は賛成。ベルルスコーニは判断停止。北部同盟のボッシは、今話すのは無駄だ、まず選挙に勝って、考える、という立場である。

パイロットの組合 Anpac 条件変更がないかぎり署名しないと通告した。Cisl と Uil は政府を批判している。Cgil は無条件降伏だとしている。

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2008年3月17日 (月)

19大学、あらたな組織を結成

Rettorg イタリアの19の国立大学が新たなグループを結成した(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月16日)。

より生産的で優秀な国立大学が集まり、無駄遣いを省く努力を一層するかわりに、より多くの資源を求めるのが結成の趣旨である。

グループの名前は Aquis で、Associazione per la qualita' delle universita' italiane statali の略である。国際的な名声を高めることを目的としている。

もともとの中核となったのは11大学でマルケ工科大、ボローニャ大、カラーブリア大、ミラノ・ビコッカ大、ミラノ工科大、モデナ・レッジョエミリア大、パドヴァ大、ローマ・トールヴェルガタ大、トリノ工科大、トレント大、ヴェローナ大である。

その他の7つは、キエーティ大、レッチェ大、ミラノ大、ペルージャ大、ローマ第三大、サレルノ大、トリノ大である。以上19大を全部集めると大学生全体の40%になり、国立大学の約3分の1に相当する。

このグループに加盟するためには国際的な名声があって、Timesか上海交通大のランキングに掲載されていること、1万5千人以上の学生がおり、一人あたりの出費が通常の90%以内におさえなければいけない。

この動きに対し、ピサ大の学長マルコ・パスクワーリは、以下のように批判した。

トスカーナの大学が一つも入っていないのはおかしい。実はこのグループに招かれたが、断った。自己評価はおかしな点がある。評価の基準として出費が低いとか、1万5千人以上の学生が在籍するというのがメリットなのだろうか。評価は大事なことなので、第三者機関に委託すべきだ。

研究の質は、数年前にCivr(Comitato di indirizzo per la valutazione) によって実施された。はっきり言って、19大学のなかには、そう質の高くないところも入っている。

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浮動票が25%

Elezioni 選挙でまだ誰に投票するか決めてないひとが25%いる(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月16日)。

2006年の総選挙では、18%の人が最終週に選択を決めた。その中で10%の人は選挙当日に決めたという。

4月13,14日の選挙に関しても、未決定者は多い。約25%の人は今日でも、どの党に投票するか未決定である。この人たちは棄権することも多い。

未決定者のなかには、特殊な一群がいて、それはある他者の指示を待ってきめるという指示待ち組だ。これはなかなか自分でそうだと言わないので、調べにくいのだが、ある種の調査によって約8%いると推定されている。また、地域的には南部が多いことがわかっている。

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クローチェとヴォルペを裂いたファシズモ

Gioacchinovolpe 歴史家ジョアッキーノ・ヴォルペの伝記が出版された(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月15日)。

著者はエウジェニオ・ディ・レンツォ、タイトルは La storia e l'azione. Vita politica di Gioacchino Volpe (Le Lettere, p.760, 38ユーロ)。

ディ・リエンツォは、ジョアッキーノ・ヴォルペ(1876-1971)とベネデット・クローチェ(1866-1952)が、友情を交わし、クローチェの月刊誌『クリティカ』に寄稿していたのに、どこでその友情に亀裂が入ったのかを明らかにしている。

両者はともに、マテオッティ事件のときには、ムッソリーニを支持している。しかし、1925年に、クローチェが反ファシズム宣言を発表すると、1924年に下院議員に選ばれていたヴォルペは、体制にそった作品を書くようになる。

ヴォルペは、1938年の人種法が出てはじめて徐々に体制からの距離をとるようになる。

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『シエナ派絵画展』

Maestri_senese1『シエナ派絵画展』がシエナの Complesso Museale Santa Maria della Scala で開かれている(3月15日ー7月6日)。

Complesso Museale Santa Maria della Scala はドゥオーモの正面にたって斜め左前にある。ドゥオーモの正面は、Santa Maria della Scala で、この建物はもともと巡礼者などを治療する病院で、1990年代まで現役の病院だった。

そのアネックスのような建物が Complesso Museale Santa Maria della Scala で以前は、考古学博物館だった。建物としては、Palazzo Squarcialupi という。

ここも、もともとは病院の一部であって19世紀に改築してもともとの状態がわからなくなっていたらしいが、最近、修復・改築をして美術館として機能するようになった。

今回の展覧会は、ドイツのアルテンブルクのリンデナウ美術館の協力をえて、シエナ派の絵画を紹介するもので、多翼祭壇画(polittico)が、後世、ばらばらにされていたのを、この展覧会で、一同に会したものもある。展覧会の正式名称は Maestri senesi dal Lindenau Museum di Altenburg である。

ベルンハルト・アウグスト・フォン・リンデナウ男爵(1779-1854)がこのコレクションを収集し、後に、アルテンブルク市に寄贈したものである。

ピエトロ・ロレンツェッティとリッポメンミの作品が特に印象に残った。リッポ・メンミの再構成された多翼祭壇画は5つの美術館から集められたという。他にもグイド・ダ・シエーナ、マルティーノ・ディ・バルトロメオ、タッデオ・ディ・バルトロ、ベッカフーミなどの作品が展示されている。

この企画をシエナ市やリンデナウ美術館が主催しているのは当然だが、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の基金も共催して、貢献している。

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2008年3月16日 (日)

『椿姫』

Traviata_zefirelli2 メトロポリタン歌劇場の『椿姫』を観た。

ゼッフィレッリの舞台が素晴らしかった。長年、使われているものだが、オーソドックスで納得のいくものだ。

『椿姫』はもともと、娼婦をオペラの舞台にあげるという挑発的な面を持っているので、現代的、ダイナミックな舞台も可能性を持っていると思うが、ゼッフィレッリのような舞台もまた豪華でよい。

劇場まで足を運んで、テレビの歌番組以下のちゃちなセットだとがっかりしてしまうのがごく普通の観客の反応である。

ゼッフィレッリの舞台は、2幕2場でアルフレードが怒りまくってヴィオレッタを侮辱し、賭けをする場面では、フェッリーニの映画(のセット)を思わせる仕掛けがあちこちにあった。

ヴィオレッタはアン・スウェンソン。声は出るのだが、イタリア語の発音が聞き取りにくい。メトロポリタン歌劇場の椅子の背中には小さな液晶画面があって、スイッチを入れると英語字幕が出る。残念ながらイタリア語字幕は出ない(スカラ座の椅子は、数カ国語から選べるようになっていた)。

アメリカというのは、他民族国家であるが、案外、多言語国家ではない。スペイン語だけは、テレビでも放送が簡単にみられ特別だが、ニューヨークのような大都会でも、ボストンのようなインテリの多い都会でも、イタリアの新聞を買うのはとても難しい。ヨーロッパに行くと、たとえばアイルランドの小都市でも、イタリアの新聞は買えるのである(EU圏内ということが大きいのかもしれないが)。

アルフレードは、マシュー・ポレンツァーニ。この台本では、どうもアルフレードは思慮に欠けた男にしか見えない。別に歌手が悪いわけではないのだが。パードレ・ジェルモン(アルフレードの父)は、ドウェイン・クロフトで、なかなか良かった。特に前半が良く、ヴェルディらしい品格のある歌を聴かせてくれた。この役は、父としての情愛と、ブルジョワジーの偽善性の両面を表しており、力点の置き方で、表情づけが変わってくるだろう。歌手としても、歌いがいがある、表現のしがいのある役柄であり、また解釈のむずかしい役柄と言えよう。クロフトは全体として健闘していたが、ヴィオレッタとの二重唱での後半でなぜか調子が崩れたようにも聞こえた。

アルミリアートの指揮は、つぼを心得た説得力のあるもので、心地よかった。オーソドックスな舞台とマッチしたオーソドックスな音楽を奏でていた。

この歌劇も芝居としてみると、第一幕ではアルフレードとヴィオレッタの出会いがあり、高級娼婦でありながら、純愛の可能性をさぐるというスリリングかつ逆説的なストーリーが展開する。しかし、2幕になるとアルフレードは、ある意味で文脈を踏み外してばかりいて、人間的な対峙をするのは、ヴィオレッタとパードレ・ジェルモンである。この二人は義理の父娘になる可能性をはらみながら、パードレ・ジェルモンがそれを拒絶し、それどころかヴィオレッタにアルフレードとの別離を迫る。しかも、そこに家族の愛を導入して、諄々と説いてきかせるところが、いやらしいと言えばいやらしいところである。

アルフレードへのひたむきな愛を、アルフレードの父によって断念させられる、ここがこの劇の最大のドラマに見える。主人公ヴィオレッタにとって、最大の方向転換になるわけだ。

演技は、みな水準以上で、ストーリーのなかにすっと入っていけるものだった。思えば、ニューヨークの真ん中で、イタリア・オペラをこれだけの水準で日常的に演奏しているということ自体が、すごいことだと思った。

つまり、イタリアで、イタリア・オペラを演じているのとは、いろいろな意味で困難さが異なるわけだから。富の集積の桁違いなニューヨークならではの快挙なのだろう。観客は、この日も年配の白人が中心だった。

もう一つ気がついたことは、プログラムの充実である。入場者には無料で配布される。リーダース・ダイジェストぐらいの判型で大きくはないが、かえって持ち運びには便利だ。作品解説、あらすじ、演奏者紹介、プロダクションの解説、どれも簡潔にして要を得ている。

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フォコラーレの創設者ルービック死去

300pxchiara_lubich カトリック教会の一つのグループ、フォコラーレの創設者キアラ・ルービックが亡くなった。88歳だった(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月15日)。

フォコラーレあるいはフォコラーレ運動は、キリスト教の他宗派あるいは他宗教との対話に熱心なことで知られている。

キアラ・ルービックはロッカ・ディ・パーパの自宅で亡くなった。キアラが生まれたのは、1920年、北イタリアのトレント。父は、社会党員の植字工であった。

キアラは最初は小学校の教師をしていたが、1943年空爆のなかで、布教活動を開始した。今日、彼女の運動は、182カ国、15万人の会員がおり、数百万人のシンパがいる。

来週の火曜日に葬儀がローマのサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラで、タルチジオ・ベルトーネ枢機卿により執り行われる。故郷のトレントは喪に服す予定。

ロッカ・ディ・パーパの自宅には、政治家のロッコ・ブッティリオーネやロジー・ビンディもかけつけた。

教皇ベネデット16世は彼女のカリスマをたたえ、大統領ジョルジョ・ナポリターノは、「諸国民の間の連帯、正義、平和という人間的な理想を高くかかげ、世俗の世界に開かれた精神をもって」世界に進んでいった人と称えた。

他宗教との対話にも熱心で、1995年にはニューヨークのハーレムのモスク、マルコムXに詣で、チャドルをまとい、ミンバル(イスラム教寺院の説教壇)にものぼった。

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2008年3月15日 (土)

マルチェガリア、イタリア産業総連盟会長に

Marcegaglia エンマ・マルチェガリア(写真)が、次期のイタリア産業総連盟の会長に選ばれた(コッリエーレ・デッラ・セーラ、3月14日)。

モンテツェーモロ会長の後継者として、Confindustria の幹部は、出席した132人のうち99,2パーセント(1人だけが白票)がマルチェガリアを選出した。

モンテツェーモロが4年前に選ばれたときは、80%であり、前例のない事実上の満場一致である。

モンテツェーモロ会長から赤いバラの大きな花束を渡されると、スタンディングオベーションが起こった。

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『ランメルモールのルチーア』

Lucia1 メトロポリタン歌劇場で『ランメルモーアのルチーア』を観た。

日本でホームページにアクセスした時には売り切れであったが、現場ではボックスオフィスですぐに買えた。指揮はレヴァインのはずであったが、別の指揮者に交代であった。

ルチーアはナタリー・デッセー。存在感、歌、ともに可憐である。エドガルドはジュゼッペ・フィラノーティ(テノール)。当日の調子は絶好調とは言えない感じだったが、良いテノールで、好感が持てた。ルチーアの兄エンリーコはマリウス・クヴィーチェン。

クヴィーチェンは、はじめて接したが、見ごたえ、聞きごたえがあった。歌と演技のバランスが良い。歌の表情付けも過剰でなく、足りないところもない。様式観も端正で、イタリア語の発音もきれいである。ぜひ、また別の演目で見てみたいと思った。

ルチーアは意にそまぬ結婚話を兄に迫られて発狂し、婚約者を殺してしまうという悲劇だが、現代であれば、なぜ自分の好きな人と結婚できず、兄の決めた人と結婚させられるのか、という疑問が沸くだろう。時代と言ってしまえばそれまでだが、ここでは父ではなく、兄が家長としてふるまっており、妹に家の都合のよい相手アルトゥーロとの結婚をせまる。

兄妹であるが、父娘的な関係でもあると言えよう。兄は妹の心が読めず、あるいは読もうとせず、家運を傾けまいとするあまり、妹を狂気においこんでしまう。

ルチーア狂乱の場面は名高いが、今回はグラスハーモニカで伴奏されており、独特の音色がこの場面にぴったりであった。プログラムによると、この楽器はベンジャミン・フランクリンが1761年に発明したそうである。フルートで演奏されることも多いが(作曲者ドニゼッティ自身が許可した) 、音程や音色の不安定さが、ルチーアの心理状態を表現するのに実に似つかわしいと思う。

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2008年3月14日 (金)

『オテッロ』

Botha メトロポリタン歌劇場でヴェルディの『オテッロ』を観た。

日本で観るのとは異なった印象をいくつか持ったので記す。

ニューヨークは、他のアメリカの都市とくらべて、黒人が比較的おおいのであるが、メトロポリタン歌劇場の観客は、ほとんど白人ばかりである。たまに、われわれ東洋人をみかけるだけだ。黒人は3日間劇場に通って1人しか見かけなかった。

この上演でオテッロを演じたのは Johan Botha で、慣習どおり顔は黒く塗っていた。彼自身は南アフリカの出身だが、普段の顔からすると白人であろう。

今回は、オテッロが皮膚の色が他の登場人物と異なることが、オテッロの孤独、イアーゴにそそのかされたとは言え、常識ではありえない思考回路に彷徨いこんだことに大きく関与しているのではないか、と思わされた。

Botha(写真)は巨漢で、デズデーモナを演じたルネ・フレミングも決して華奢ではないのに、並ぶと可憐に見えるほどであった。しかし、なんとも言えない孤立感を僕は感じ取った。それは東京とは異なり、ニューヨークでは、僕自身が異邦人、異人種であることを意識せざるをえないことも、多少は関わりがあるかもしれない。

もう一つ今までに感じたことのなかったことは、ボタとフレミングの体格の差のせいもあるのかもしれないが、この二人はもちろん夫婦なのであるが、心理劇としては、父娘的なところもあると思った。これは、原作のシェイクスピアの『オセロ』が、この時代、女優がおらず、女性の役は、声変わり前の少年俳優が演じていたので、男性の役柄は、性格が描きこまれるのに対し、女性の役柄は性格描写が表面的であるといった事情も反映しているだろう。女性の性格づけが薄い、あるいは幼い感じがするのだ。

つまり、オテッロは性格、心理が描き混まれるのに対し、デズデーモナは柳の歌やアヴェ・マリアなど一部を除けば、独立した人物像という面もあるのだが、オテッロの付属的なところがあるのだ。

オテッロはデズデーモナがこうであらねばならぬ、と考えていて、そう考えることには疑問を持っていないところが、現代の夫婦像とは決定的に違うところだろう。

現代の目から見て、父娘的だと感じたのは、現代においても、父から娘への愛情は一方的であらざるをえないからだ。ほとんど、相手の実情とはおかまいなしで、勘違い、見当違いなことも多いのであろうが、その愛情はまた打算的なものではないという特徴もある。

オテッロのデズデモーナへの情愛に似ているところもあるのではないだろうか。

イアーゴはベテランのカルロ・グエルフィ。性格を巧みに色づけ、声の衰えをカバーしていた。

デズデモーナが死ぬ場面は、演劇的に圧巻であった。とんでもないことが目の前で起こっている衝撃を受けた。ルネ・フレミングは、息絶えたまま、舞台上の階段に横たわって不動の姿勢をとりつづけた。

演奏として、過去の名演やレコードをしのぐものとは言えないだろうが、劇場の経験は観る者に、様々なことを感じさせてくれるものだと改めて思った次第である。

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2008年3月13日 (木)

成長率、半分に

Crescita_zero イタリアの経済成長率が下方修正された(3月13日、レプッブリカ)。

これまで、1,5%の経済成長が見込まれていたが、あらたに0,6%に切り下げられた。

物価は上昇している。2,6ー2,7%の上昇になると予想されている。

しかし良いニュースもあって、累積赤字対国内総生産の比率は103へと下がる見通しで、2010年には100を切って99,6に改善される見込みとなった。

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中絶で8人の女性が捜査

8_donne_indagati ジェノヴァで不法中絶をめぐる捜査が行われ、医師が自殺し、8人の女性が取り調べを受けている(3月13日、レプッブリカ)。

ジェノヴァの医師で取り調べ対象であることを知って自殺したエルマンノ・ロッシ医師(54歳)は、患者から500ユーロを受け取っていた。

捜査は盗聴を使用していた。女性は25歳から40歳とされているが、未成年の女性もいるという情報もあるが、公式には確認されていない。

容疑は194号法にさだめられた手続きを逸脱して、中絶手術を実施したということである。

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チャッラピーコは役に立つ

Fabriziciarrapico チャッラピーコ候補は選挙を勝つために役に立つとベルルスコーニは釈明した(3月12日、レプッブリカ)。

チャッラピーコというファシズムを否定しないことを公言している実業家を上院議員候補として担ぎ出したのは、ベルルスコーニであるが、この問題に対する国民同盟のリーダー、フィーニの非難に対し、ベルルスコーニは国民同盟も彼の立候補は知っていて、同意したはずだと発言。

国民同盟のラルッサは、そういう言い方は適切でない、と切り返した。

追記:当初チャッラピコと表記していましたが、チャッラピーコと訂正しました。

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2008年3月11日 (火)

チャッラピーコ候補の履歴

Ciarrapicoベルルスコーニが上院議員候補チャッラピコの来歴が紹介されている(3月11日、レプッブリカ)。

ジュゼッペ・チャッラピーコは実業家であるが、アンドレオッティの陰で成長し、その後、クラクシの取り巻きであった。

自ら左右に友人がいると称している。しかし、今回、立候補するにあたっては、ファシズムへの忠誠を示している。

本人が「歴史的」と限定しているように、彼のファシズム経験はそう本格的なものではない。1943年7月ムッソリーニが解任された時、彼はまだ9歳だったのだ。

アンブロジャーノ銀行の破産に関しても、アンドレオッティの代理で、権力の仲介をしたらしい。

追記:当初チャッラピコと表記していましたが、チャッラピーコに訂正しました。

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チャッラピーコ候補をめぐる嵐

Berlusconisanbabila250 ベルルスコーニ率いるPdlの候補者がファシズム支持を打ち出したため大混乱が起こっている(3月11日、レプッブリカ)。

チャッラピーコ候補は、ベルルスコーニとは旧知の間柄であるが、レプッブリカ紙とのインタビューでファシズムを支持するという趣旨を述べたので激しい反応を巻き起こしている。

ベルルスコーニ陣営のフィーニやボッシもチャラッピーコの立候補について批判的になっているが、本人はいまのところ折れる様子はない。

追記:当初チャッラピコと表記していましたが、放送の発音を聞き、チャッラピーコと訂正しました。

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プローディ、政界引退

Normal_prodi1_2 プローディ首相は政界引退を表明した(3月10日、レプッブリカ)。

スカイテレビの Sky tg24 で独占インタビューに答えた。

イタリア政界からの引退を表明し、もしかすると政治から引退するとした。

逆に言えば、EUや国連レベル、あるいはアル・ゴアやトニー・ブレアのような立場で国際政治に関わる可能性は否定しなかった。

「世界にはいろいろな機会がある」という首相自身の言葉がそれを示唆している。

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選挙のためウィキペディア変更禁止に

Wikipedia 選挙のためウィキペディアのいくつかの項目が書き込み禁止になった(3月10日、レプッブリカ)。

3月9日から、インターネット上の百科事典ウィキペディアで、ヴェルトローニの項目は書き込みが禁止された。ウィキペディアの管理人が決定した。この数週間、民主党のリーダーで首相候補に対する誹謗中傷の書き込みが急激に増えたための措置である。

同様の措置は、ベルルスコーニに対しては、すでに去る12月18日から取られている。

アメリカでは同じ措置がヒラリーとオバマの項目に対して取られている。

逆に、支持者がある政治家をほめたためる内容を書き込むこともチェックされている。

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女性差別反対のデモ

8_marzo 女性の権利を求めるデモがローマ中心部であった(3月9日、レプッブリカ)。

三大労働組合(Cgil,Cisl,Uil)も参加し、労働や給与もテーマになっていた。

しかし女性たちは、20年ぶりに自己決定や194号法の保護(中絶に関する法律を変更しないこと)を求めて、デモを実施した。

実態として男女の雇用には大きな開きがある。

働く男性が74%に対し、女性は50%。有資格の仕事は、男性79%で女性は21%。無資格の仕事は男性55%に対し、女性は45%という比率になっている。

平均収入は男性が2万6091ユーロに対し、女性は1万2309ユーロである。

しかし、大学生で卒業に至る比率は、男性が54%に対し、女性は72%に達している。

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ドルチェ&ガッバーナ、脱税発覚

Dolce_and_gabbana 有名ブランドのドルチェ&ガッバーナが租税回避をしていたことが明らかになった(3月8日、レプッブリカ)。

ドメニコ・ドルチェとステーファノ・ガッバーナの両氏は、ルクセンブルクを利用して、2004年から2006年にわたり、2億6000万ユーロの収入を隠していた疑いがもたれている。

確定すれば、彼らは9000万ユーロの税金を支払らうことになる。

ドルチェ&ガッバーナは1985年にグループを結成し、現在は3140人の従業員を抱えるブランド企業。売り上げは、10億ユーロにのぼり、利益は38%の増加で1億4900万ユーロを計上している。

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2008年3月 8日 (土)

イタリア人、歩きが増える

A_piedi イタリア人の市内での移動は、歩きが増えている(3月7日、レプッブリカ)。

歩行での移動は、2006年が16,0%だったのに対し、2007年は18,0%。

公共交通機関の利用は、2006年が24,0%だったのに対し、2007年は28,0%。

自家用車は逆に、2006年の51,0%から46,0%に減っている。

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2008年3月 7日 (金)

補習授業の混乱

Corsi_di_recupero 補習授業を受けるべき生徒が200万人にのぼるが、そのための資源がなく混乱は必至である(3月6日、レプッブリカ)。

1月31日に、イタリアの学校の最初の4ヶ月が終わり、成績が出た。

1科目でも不可がついた生徒は200万人にものぼり、その生徒たちのための補習授業を組むことが必要であるが、十分な資源がなく、混乱は必至とされている。

いまだ正式な数字ではないが、10人に7人が補習授業を少なくとも1つは受けねばならないようだ。

科目別にみると、特に不可が多いのは数学である。

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2008年3月 6日 (木)

ファミリア・クリスティアーナ、ベルルスコーニを批判

Silvioberlusconipicture2 カトリック系の雑誌ファミリア・クリスティアーナがベルルスコーニを批判した(3月5日、レプッブリカ)。

聖パオロ修道会の雑誌ファミリア・クリスティアーナは、ベルルスコーニの政策が、倫理的に無政府主義的である、秩序だっていないと批判した。

また、自由の人民(ベルルスコーニ率いるグループ)の個々の立候補者が、事実婚や労働の柔軟性などについてどう考えているのか、有権者は知る権利があるとしている。

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ドラーギ、銀行の経営と監査の峻別求める

Draghi02g イタリア銀行総裁のマリオ・ドラーギは、銀行に対して、経営と監査の峻別を求めた(3月5日、レプッブリカ)。

二重の役割を担うことは認められないとした。

また、役員報酬にしても、業績との連関を明確にし、ストックオプションなども、総会の認証を得るようにすることを求めた。

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モンテツェーモロの十戒

Decalogo イタリア産業総連盟(Confindustria) の会長モンテツェーモロが、次の政府にもとめる十箇条を公表した(3月4日、レプッブリカ)。

1.統治
 改革と新選挙法
 自由化
 民営化
 財政の連邦制

2.財政
 2010年に単年度の赤字解消
 累積赤字を国内総生産の100%以下に

3.国税
 法人税3,5%下げ
 税負担率を2007年の43,3%から2010年に42%に下げる

4.労働
 特別報奨金の非課税化
 外国人労働の税率見直し

5.単純化
 役所の手続きの簡素化

6.エネルギーと環境
エネルギー効率
インフラ
再ガス化
新世代の原子力

7.インフラ
 トリノーリヨン間の高速鉄道
 南部の高速道路と鉄道

8.教育
 学校間の競争促進
 すぐれた教師を認める

9.研究
 2011年までに国内総生産の2%を支出するようにする
 企業が20%まで税務上処理できるようにする

10.南部
 組織犯罪との戦い

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2008年3月 5日 (水)

ディ・ステーファノ死す

Di_stefano 偉大なテノール歌手ジュゼッペ・ディ・ステーファノが亡くなった。86歳であった(3月4日、レプッブリカ)。

2004年アフリカで強盗に襲われ、意識不明となり、そのまま回復することなく、3月3日、帰らぬ人となった。

ディ・ステーファノは戦後のイタリアオペラのもっとも偉大な歌手の一人で、ジュリエッタ・シミオナートやテバルディとともに、世界にイタリア歌劇を知らしめた。

マリア・カラスとは、歌手としての共演のみならず、長年にわたって親密な関係をもち、最初の夫人マリア・ジローラミがのちに『わが敵マリア・カラス』を執筆することになる。彼女は、ブロンクス出身のイタリア系アメリカ人で、2人は1949年に結婚した。

ジュゼッペは、シチリアのカターニャ県サンタ・アナスタージアの出身だが、7歳のときからミラノで育った。父は靴職人、母は仕立屋だった。教会のセミナリオに入れられたが、こんなきらきらした眼をしているのでは、いつまで持つことやら、といわれ、その通りになった。

19歳の時、トランプで興奮してあげた声が素晴らしく、特別な声の持ち主ということになって、ピアノバーで歌うようになる。そして、スカラ座の天井桟敷にオペラを聴きに行くようになった。

その頃から本格的な歌のレッスンを受けるが、一方では、ニーノ・フローリオの名前で、通俗的な歌を歌って稼いでいた。

オペラ歌手としてのデビュ-は、1946年レッジョ・エミリアで、マスネの『マノン』でデグリューを歌ったのだった。その後、テノーレ・リリコとして、『真珠取り』、『リゴレット』、『友人フリッツ』、『椿姫』とレパートリーを広げていった。レパートリーはやがて、テノーレ・スピントのものにもひろがっていく。

カラスとの共演は1951年以来である。『ルチア』、『トロヴァトーレ』、『椿姫』(ヴィスコンティが舞台監督、ジュリーニ指揮、バスティアニーニがジェルモンの伝説的名演)がある。ドラマティコな役柄にもレパートリーを広げたことは彼の人気を一層増したが、一方で、彼の経歴の終わりを早めることにもなった。

1963年、ロンドンで『ボエーム』の出演を降りて、パヴァロッティに譲る。そこから舞台へ出ることがまれになり、大舞台からは引退する。

しかしマスターコースやカラスとのジョイント・コンサートでファンを喜ばせた。

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2008年3月 3日 (月)

ドン・ジェルミーニ、ヴァティカンを批判

Don_gelmini還俗が認められた元神父ドン・ジェルミーニがヴァティカンを激しく批判した(3月3日、レプッブリカ)。

ドン・ジェルミーニは、1997年から昨年まで信者にセクシュアル・ハラスメントをしていたとして訴えられた。

つい先頃、ドン・ジェルミーニ自身の願いにより、俗人に戻りたいという申し出が、教皇により許可された。

今や、ドン・ジェルミーニを訴えるかどうかは司法当局の判断にかかっている。

ドン・ジェルミーニは、今の(カトリック)教会は、教皇について語ることがあまりに多く、キリストについて語ることが少ないと、ヴァティカンを批判した。

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脱税者のリスト、司法官の手に

Vadus 租税回避者のリストが司法官の手に渡った(3月2日、レプッブリカ)。

財務警察は、EU諸国が協力して作成した脱税者のリストを入手した。イタリア人は、リヒテンシュタインだけで、400人が含まれている。

ディ・ピエトロ議員は、フランスにならって、国会議員でこれに絡んでいるものの名前を公表すべきだと主張している。

ベルルスコーニは、何もおそれることはない。自分は、リヒテンシュタイン(写真)がどこにあるかも知らないとしている。

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2008年3月 2日 (日)

巨額のマネーがタックスヘイブンに

Liechtenstein イタリアから巨額の資金が、タックスヘイブンのリヒテンシュタインなどに流れている(3月1日、レプッブリカ)。

イタリアから流出している資金の額は5000億ユーロにのぼり、財政赤字の40%に相当し、スイスの国内総生産の2倍にものぼっている。

巨額の資金を流出させた者のリストを当局は押さえているらしく、そのリストの公表をめぐり議論が巻き起こっている。

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ベルルスコーニ、7つのミッションを発表

Sette_missioni ベルルスコーニが選挙戦で7つのミッションを発表した(3月1日、レプッブリカ)。

しかし状況は困難で、イタリア人はそのことを自覚しなければならないので、奇跡を約束はしないし、起こしもしないという。

中身については、税の負担率を現在の44%から40%に下げること、原子力発電を再開すること、福祉サービスの自由化などが含まれている。

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2008年3月 1日 (土)

バッソリーノゴミ問題で訴えられる

Bassolino01g カンパーニャ州知事のバッソリーノがゴミ問題で訴えられた(3月1日、レプッブリカ)。

訴えられたのは他にImpreglio 社のピエルジョルジョ・ロミーティ他26人。

Impreglio社の他に、Fibe, Fisia Italimpianti, Fibe Campania, Gestione Napoli のあわせて5社およびその関係者が訴えられている。

ゴミ処理場の運営方法をめぐる不正のあった疑いをもたれている。

バッソリーノは政治的裁判だとして強く反発している。

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洗剤、牛乳など量り売り増える

Prodotti_sfusi イタリアのスーパーマーケットでは、量り売りが増えている(2月29日、レプッブリカ)。

量り売りは、容器がいらないため、よりエコロジカルである。

洗剤や、牛乳などの液体を、量り売りで売ることにより、容器なしですませることができる。

イタリアで容器に使用されている素材のリサイクル率は次の通り(2006年)。

鉄  65,8%

アルミ  48,8%
紙    65,6%
木    54,7%
プラスチック 29,0%
ガラス  59,0%
全体   55,0%

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白いバラとUDC合意

Rosa_bianca_udc Udcと「白いバラ」が一つの政党をつくる(2月29日、レプッブリカ)。

統一のリストを作り、総選挙にあたる。首相候補はカジーニで、新党の書記長は、サヴィーノ・ペッツォッタ。ペッツォッタは「白いバラ」の創設者4人のうちの1人である。

ペッツォッタは、労働組合Cisl の元書記長でもある。

しかし誰もが同意しているのは、これがDC(キリスト教民主党)の再結成ではないということだ。

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