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2008年2月 8日 (金)

ニューヨーク、パレルモでマフィアの一斉捜査

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ニューヨークとパレルモでマフィアの一斉捜査が実施された(2月8日、レプッブリカ)。

ニューヨークでは500人の FBI 捜査官が動員され、54人を逮捕した。

パレルモでは300人の警察官が一斉検挙に動員され、23人を逮捕した。シチリアの検察官によりなされた盗聴は1000時間に及ぶ。

今回の捜査で、アメリカのコーザ・ノストラ(マフィア)の大使と呼ばれるフランク・カリを捕まえた。フランクはこれまで謎の人物であった。皆が会いたがり、助言をもとめる人物である。別名をフランク・ボーイという。

本名は、フランチェスコ・パオロ・アウグスト・カリである。ニューヨークで、1965年3月25日に生まれた。彼の父、アウグスト・チェーザレは、パレルモ人でパレルモで商売をしていた。その後、ニューヨークのブルックリンにヴィデオ・ストアを開く。そして、2、3ヶ月ごとにニューヨークとパレルモを行き来するようになる。

フランチェスコはニューヨークで生まれ、ロザリアと結婚する。ロザリアは、ピエトロ・インゼリッロの姉妹であった。

インゼリッロは1980年代のシチリアのマフィアの抗争のため、アメリカに逃れてきていたが、2003年にニュージャージーからパレルモに帰った。コルレオーネ派から逃れて、捨ててきた家にまた住むようになったのである。皆、パッソ・ディ・リガーノという地区に父祖の代から住んでいたのである。

サルヴァトーレ・トトゥッチョ・インゼリッロというボスが1981年5月10日に殺され、一家はアメリカに逃亡したのであるが、まず、フランチェスコ・インゼリッロ、フランク・ボーイの義兄弟が帰国した。次いで、殺されたボスの従兄弟トンマーゾが帰国。トトゥッチョの兄弟のフランチェスコも帰った。最後に帰ったのがジョヴァンニだった。

ジョヴァンニは、トトゥッチョの生き残った息子で、アメリカの市民権を持ち、ニューヨークで1972年に生まれた。インゼリッロ一家の生き残りは、シェリー・ヒルの仲介で見逃されたが、それは、二度とパレルモに足を踏み入れぬという条件のもとでだった。

彼らの集団帰国は、コーザ・ノストラ内部に議論を引き起こした。当時まだ娑婆にいた大ボスたちの間で意見が割れた。

サルヴァトーレ・ロ・ピッコロはニューヨークの連中との中に入って、帰国に賛成した。一方、アントニーノ・ロトロは、トト・リーナに忠実で、復讐やインゼリッロ一家が権力を奪い取ることをおそれ、反対した。

例によって、ベルナルド・プロヴェンツァーノの態度は曖昧だった。

いずれにせよ、彼らの存在およびそのアメリカの従兄弟によって、新たな商売の構図が浮かび上がってきた。こうして、シチリアのボスはアメリカを再発見する。腹心の部下を、フランチェスコ・パオロ・アウグスト・カリのもとへと送り込んだのである。

シチリアのマフィアの旅は、2004年、2005年、2006年と続いた。みなフランク・ボーイにつながっていた。

フランク・カリはガンビーノ一家に属し、表向きはブルックリンの貿易会社を営んでいた。

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» 映画かドラマのような [Long after Midnight - とうに夜半を過ぎて]
まるで『ゴッドファーザー』か『ソプラノズ』の主人公のようだ。 ニューヨーク、パレルモでマフィアの一斉捜査 ニューヨークでは500人のFBI捜査官、パレルモでは300人の警察官が一斉に動員されてマフィアの構成員が80人近く逮捕された。 で、その中にこんな人物が。 今回の捜査で、アメリカのコーザ・ノストラ(マフィア)の大使と呼ばれるフランク・カリを捕まえた。フランクはこれまで謎の人物であった。皆が会いたがり、助言をもとめる人物である。別名をフランク・ボーイという。 まるでコルレオー... [続きを読む]

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