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2008年2月12日 (火)

メリリン法50年

Lina_merlin
売春を禁止する法律ができて50年がたつ(2月10日、レプッブリカ)。

社会党の上院議員リーナ・メリリンが提出した法律は1958年2月20日に議会で承認された。それによって、約9年間つづいた政治闘争に終止符が打たれた。それによって、イタリア王国の時代からカヴール、クリスピ、ムッソリーニにいたるまで政府が扱いに関わってきた組織が永遠に消滅した。

遊廓は、回顧録や小説、映画の舞台となってきた。

売春宿に関しては、イタリア王国ができてすぐに、カヴールは料金を決めている。「1等は、5リラ、2等は、2から5リラ、3等は2リラ未満」。1862年にカヴールは亡くなる。その表はラタッツィ大臣が完成する。「このような料金は、当然ながら、単純な仕事についてのものとする。面談時間が延長されれば、それに比例して料金も増加する」そして最後に、ほとんどグロテスクな正確さをもって規定している。「単純な面談(colloquio)の平均時間は、約20分と計算されるものとする」

いくつかの特別な言い回しが紹介されている。

fare marchette: 客が勘定場で引き換えにコイン(la marchetta)を受け取り、それをお相手をした売春婦にわたす。売春婦は一日の終わりに、そのコインをまとめて提出し、経営者から賃金をもらう

fare flanella : 遊廓で、客が長々とサロンで売春婦を物色したり、おしゃべりしたりすること

Quindicina: 特に地方の遊廓で、15日ごとに売春婦の入れ替えをして、客の好奇心をひくこと。他の地域や他の宿から新しい女性が来る。

Muri di pudore: 10メートル以上の壁。1930年代に、ムッソリーニが遊廓が見えないように、その周囲に建てさせた。

Case chiuse: クリスピ内閣が1888年に作った規定から生まれた表現。le case di piacere (快楽の館)は常にブラインドを閉めて(chiuse)おかねばならないことから。

Casa di tolleranza: カヴールが、フランス語の maison de tolerance から作った言葉(1859年)。

さて、1958年のマリリン法には2つの主要な目的があった。1つは、女性たちのおそるべき仕事量(日によっては、50marchette 以上だったという)および女性たちの被っていた搾取を出来るだけ減らすということだ。

社会主義者リーナ・メルリンは、各売春婦が、少なくとも一日の仕事量が選べるように、自分の稼ぎを丸ごと手に入れられることを望んだのである。世界で最も古い職業を根こそぎにすることなど出来ないと議論する者に対して、メルリン女史は、答えている。それが彼女の意図ではなく、売春婦に、最低限の人間としての尊厳を取り戻すことを望んでいると。

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