
教皇と国家の不和はこれまでにも何度かあった(レプッブリカ、1月16日)。
ピオ9世は、ポルタ・ピアを突破され、ヴァティカンの囚人と称した教皇であるが、亡くなったとき、一部の自由主義者は、教皇の遺骸をテヴェレ川に遺棄しようと考えた。
ピオ12世(写真)は、その治世が第二次世界大戦と戦後であったが、共産党員と衝突し、共産党員の一人ラウラ・ディアスは、教皇の手は血で汚れていると非難した。
パオロ6世は、フランス人作家のロジェ・ペイルフィットに、同性愛者ではないかと書かれた。
ジョヴァンニ・パオロ2世は、ベッティーノ・クラクシに、イタリアの現実をポーランドのレンズで見ていると批判された。
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