リコルディ、200周年


音楽出版社リコルディが設立200周年を迎えた(レプッブリカ、1月2日)。
リコルディは、イタリア・オペラの歴史と深く結びついている。ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディ、プッチーニ...。
リコルディ家は、プロモーターであり、メセナ、著作権の発明者でもあった。
リコルディのアーカイヴは充実したもので、4000のスコア、多くの書簡、1万のデッサン、1万1千のリブレット、何百もの写真やポスター。ヴェルディの23のオペラのオリジナル、プッチーニのすべてのオペラのオリジナル(唯一の例外は、『つばめ』)を蔵している。
そもそもは、ヴァイオリニスタで指揮者のジョヴァンニ・リコルディが1806年に写譜屋として始めたのだった。そして1807年にライプツィヒでドイツ式銅版印刷を学んできた。1808年には、ミラノで印刷所を設立し、またたく間に、イタリアで最も重要な音楽出版社にのしあがったのである。1814年には、スカラ座の写譜屋となり、新しいオペラで商いする権利を得る。
1825年にスカラ座のアーカイヴを買い取るが、そこにロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティやメルカダンテの自筆スコアが含まれていた。
最初に広く著作権が認められたのは、1840年に、ジョヴァンニがオーストリア政府から協約を得たときだった。
息子のティトは音楽誌 La Gazzetta Musicale di Milano を創刊し、この雑誌は1842年から1902年まで出版され、ベルリオーズやワーグナーも執筆した。ティトはシューマンやマイアーベア、歌手のマリブランやパスタと親交をむすんだ。その間、リコルディの支社は、ナポリ、フィレンツェ、ローマ、ロンドン、パレルモそしてパリへと拡張されていった。
さらにその息子のジュリオは、ダンヌンツィオ的人物で、ヴェルディを尊敬していたが、また、ヴェリスモやプッチーニを支援した。ボイトやファッチョ、イッリカやジャコーザといった台本作者と親交をむすんだ。
その息子のティト2世のとき、4世代にわたる家業を離れた。
1994年、リコルディはドイツの Bertelsmann に買収された。
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