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2008年1月31日 (木)

大統領、マリーニに委任

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ナポリターノ大統領は、選挙法改正のための組閣の可能性を上院議長マリーニに委任した(1月31日、レプッブリカ)。

マリーニ議長は、各会派に打診して合意が得られれば、選挙改革法改正を目的として短期の暫定内閣(governo istituzionale)を組むことになる。

より厳密に言えば、大統領は、選挙法改革というきちんとした目的で合意を得られるかどうかを探るための使者としてマリーニを選んだ。  

選挙法の改正がなければ、政治的安定と効率的な体制を実現することが不可能だからである。大統領も間接的に言及しているように、これは企業家やヴァティカンも望んでいることなのである。 

よって、この内閣が成立すれば、大統領が強いイニシアティヴを取ったもので、暫定内閣のなかでも最高度のものとなる。マリーニは、単なる、探りをいれる使者ではない。

フランコ・マリーニは、重責だとの認識を示しつつ、使者の役割を引き受けた。マリーニの各会派との会談は木曜の午後に開始される。

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高1の悪夢

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高校1年生の30%は、落第する(レプッブリカ、1月30日)。

1月30日が、約60万人の高校登録締め切り日である。ヨーロッパ各国の高校中退者の比率は次の通り。

EU 25カ国平均 14、9%
フランス    12、6%
ドイツ     12、1%
イギリス    14、0%
イタリア    21、9%

高校の1年生で、学校を辞める生徒の比率は、地域によって差がある。

カンパーニャ州 15、2%
シチリア州   14、8%
プーリア州   11、9%
カラブリア州  11、1%
イタリア全国平均 10、9%
ラツィオ州   10、5%

約30%は落第するのである。

専門家は、親が子供にどんな種類の高校に進学するべきかの指導を十分にしていないことに問題があるとしている。また、学校の種類が多くなりすぎて、わかりにくいのも、自分にふさわしい学校を選べない原因だとしている。

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ピストリウス、あらたな挑戦

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義足のランナー、ピストリウスは北京オリンピック出場をもとめて戦い続けることを明らかにした(レプッブリカ、1月29日)。

オスカー・ピストリウス(写真)は、普段着であれば、ごく普通の若者に見えるが、実際は、北京オリンピックへの出場を夢見ている若者だ。

この21歳の南アフリカのスポーツ選手は、健常者の足の代わりに義肢を装着して走るのである。ケルン大学の専門家と、国際陸連は、カーボン製の義肢のため、エネルギー消費がすくなく有利になっているので、健常者と同条件でないとして、出場を認めない決定をくだした。

しかしピストリウスはあきらめない。スイスのローザンヌにあるTASというスポーツの裁判所に訴える準備をしている。

彼は28日、この話を、ガゼッタ・デッロ・スポルト紙との会見という形で、イタリアに持ち込んだ。29日にはローマでテレビ出演する。30日以降、南アフリカに戻って、解決をめざす。

彼に対しては、片足だけ義肢の選手からも、両足とも義肢であるとよりバランスがとれるから不公平だというクレームもあるという。

ピストリウスは、出来るだけ早く練習に復帰したい考えだ。健常者に較べて有利だと判定された義肢を変更する用意はあるかとの質問に、「僕は専門家による新たなテストに対する準備は出来ている。僕は、自分に有利な扱いを求めているのではないし、そうなってもいない。もう10年前から製造して使ってきている。障害者として、不利はある。たとえば、雨が降れば、すべる。僕のライバル、ヴァン・デ・リンデは、事故で、義肢になったあと、タイムが1秒遅くなっている」

しかし、ケルン大学の専門家はその意見に同意していない。

もし北京が夢に終わったらの質問には、「僕は若い、2012年のロンドンを目指す」。

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2008年1月30日 (水)

大統領、マリーニ指名の可能性をさぐる

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ナポリターノ大統領は、フランコ・マリーニ上院議長に組閣させる可能性をさぐっている(レプッブリカ、1月30日)。

しかしながら、カジーニがフィーニ、ベルルスコーニと行動をともにする方針を明確にしたことで、選挙法改革のための内閣が成立する可能性はきわめて小さくなった。

ナポリターノ大統領は、マリーニ上院議長あるいはアマート内相が組閣する可能性をさぐっている。しかし中道右派は、すぐに選挙をという方針で固まっており、大統領の持ち出す候補を支持する可能性は小さい。

ダレーマ外相は、TG1で、「不適切な選挙法のまま」選挙に突入する危険性を説き、国の大きな困難を解決するための内閣をと呼びかけた。

これに対し、トレモンティは、「左派は毎時間、考えが変わる。最初は、プローディを支持し、それから彼を沈め、それから分離の内閣をつくろうとし、今度は大連立をもちかけている」と皮肉をこめてやりこめた。

しかし、中道右派もけっこう考えを変えている。フィーニは、選挙法を変えるための国民投票の推進者であったし、ベルルスコーニは数日前まで、民主党のヴェルトローニと新選挙法について対話をし、合意にあと一歩のところまでいっていた。カジーニは、一昨日には、和解の内閣をと唱えていた。

そのうえ昨日には、キリスト教民主連合の中で大混乱があり、タバッチ、バッチーニ、チッカンティはもしマリーニが指名されれば組閣を支持する可能性があることを明らかにしたのである。

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カジーニ:調停の内閣を

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キリスト教民主連合のピエルフェルディナンド・カジーニは、和解の内閣を求めた(1月29日)。

民主党のヴェルトローニは、ベルルスコーニに挑戦して、改革のための8ヶ月が必要だと唱えた。29日大統領の諮問は、ヴェルトローニとベルルスコーニに対しておこなわれる。

すぐの選挙を回避できた場合には、上院議長のマリーニまたはアマートが内閣を形成することが候補にあがっている。

カジーニは、中道右派であれ中道左派であれ、和解の内閣が必要で、それが不可能であるなら、総選挙をすべきだと主張した。

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2008年1月29日 (火)

給料が2000年から上がらない

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サラリーマンの給与所得が2000年以来、実質的に上昇していないことが明らかになった(レプッブリカ、1月29日)。

自営業者が、サラリーマンより裕福なのは知られていた。が、2000年から2006年の間に、給与所得者の収入は、インフレを考慮にいれると、実質0、96%しか上昇していないことがわかった。

同時期、自営業者の場合、実質13、86%上昇している。

イタリア銀行のサンプル調査によると、自営業者と給与所得者の収入の伸びは次の通り。

自営業者
2000  3万6568ユーロ
2002  4万245ユーロ
2004  4万6358ユーロ
2006  4万8726ユーロ

2000年と2006年では、名目で+33、2%、実質で+13、9%となっている。

一方、給与所得者 (従属労働者 lavoratori dipendenti)
2000  2万8651ユーロ
2002  3万293ユーロ
2004  3万876ユーロ
2006  3万3850ユーロ

2000年と2006年では、名目で+18、1%で、実質では+0、96%となっている。

さらに、給与所得者を細かく分けてみると
サラリーマン(impiegati)
2000  3万1299ユーロ
2002  3万2205ユーロ
2004  3万3692ユーロ
2006  3万6017ユーロ

2000年と2006年では、名目で+15%、実質で−2%となっている。

工員(operai)
2000  2万2350ユーロ
2002  2万3148ユーロ
2004  2万4080ユーロ
2006  2万6190ユーロ

2000年と2006年では、名目で+17、2%、実質で+0、1%となっている。

年金生活者(pensionati)
2000  2万596ユーロ
2002  2万1911ユーロ
2004  2万2994ユーロ
2006  2万5158ユーロ

2000年と2006年では、名目で+22、1%、実質で+4、3%となっている。

この調査は、イタリア銀行が、355市町村の7768家庭を対象に実施したものである。

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逆転をねらうマルペンサ空港

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ミラノ・マルペンサ空港に、再びハブ空港としての可能性がでてきた(レプッブリカ、1月28日)。

アリタリア航空がエール・フランスに売却される見込みとなった時点では、マルペンサ空港はハブ空港としての役割を終える予定だった。

しかしプローディ内閣が倒れ、そもそもアリタリアの売却先がエール・フランスなのかエア・ワンなのかも不透明度を増してきた。それにともなって、北部の人たちは、マルペンサ空港がハブ空港として生き残る道をさぐりはじめている。

これまでの予定では、2007年夏には週181本あった大陸間路線が47本に、ヨーロッパ路線は週728本が279本に削減される見通しだった。

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ベルルスコーニ:選挙を実施しなければ、数百万人を動員する

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ベルルスコーニは、すぐの総選挙を求めており、さもなくば、数百万人をローマに動員するとしている(レプッブリカ、1月28日)。

クィリナーレ宮での大統領との会談を翌日に控えて、シルヴィオ・ベルルスコーニは、すでに狭くなっている改革のための休戦への隘路を閉じた。

「即刻の総選挙が得られなければ、何百万人もの人がローマにそれを求めにやってくるだろう」

国を救うための内閣が必要だというダレーマの訴えは一蹴した。すぐに総選挙をやって、ベルルスコーニが勝ってからなら、「善意ある左派」とは対話に応じるとしている。

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2008年1月28日 (月)

政党別の要求

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プローディ政権崩壊後、大統領の諮問が開始されたが、各政党の要求は次の通り(レプッブリカ、1月27日)。

即刻の総選挙:
Udeur, Pdci, フォルツァ・イタリア、国民同盟、北部同盟、Nuovo Psi, Nouva Dc

新たな選挙法と国会改革のための内閣:
民主党、Udc, Radicali, Costituente Socialista

ロマーノ・プローディの再任:
緑の党

選挙法改革のための内閣と夏までに総選挙:
Rifondazione, Sinistra Democratica, Idv

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大統領:このままでは、まとまらない

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政党代表への諮問を開始した大統領は、このままでは、意見の集約を見ることができないという見通しを明らかにした(レプッブリカ、1月27日)。

ナポリターノ大統領の最初の公式のコメントは皮肉なものだった。「すべて順調」。

しかし実際は、中道右派のベルルスコーニ、フィーニ、ボッシは、すぐに選挙をと求めており、中道左派は、まず選挙法改革をと訴えている。

月曜日の諮問を前にして、記者団に対し、大統領は、「今のところ、どんな予測も、どんな統括も不可能だ。月曜、火曜と重要性の高い政党との会談がある。我慢して待っていてくれたまえ」

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司教と政権崩壊は無関係

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イタリア司教会議の議長アンジェロ・バニャスコは、司教会議とプローディ政権崩壊は無関係であるとの声明を発した(レプッブリカ、1月26日)。

これは中道左派から出てきた疑いの声を、はねつけたものである。「司教は、政治に関わるのではなくーー価値観に関わるのである。価値観には政党はない」。

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2008年1月27日 (日)

モンテツェーモロ:選挙は選挙法を改正してから

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イタリア産業総連盟(Confindustria) 会長のルーカ・コルデロ・ディ・モンテツェーモロは、総選挙を実施する前に、選挙法改正のための実務家内閣(governo tecnico, governo istituzionale) をつくるべきだと述べた(レプッブリカ、1月26日)。

モンテツェーモロの声明は、トスカナの企業家の会議が開かれていたシエナで発せられた。「今、投票をするのは、大きな誤りだろう。われわれ企業家は、政治的勢力がもっと配慮と責任をもって、選挙民が国会に送る人物を選べ、ミクロ政党に拒否権を与えないような新しい選挙法をつくることが必要だと言いたい」。

また、長年にわたって国を麻痺させてきた完全二院制の改革と、国会議員の削減が必要だと主張した。
「それを目標設定内閣(governo di scopo)、政治体制を整備する内閣(governo istituzionale), 実務家内閣(governo tecnico)、好きなように呼べばよいが、イタリア社会と歩調のあうように急速に多くのことをなさねばならない」。

民主党は、これに同意した。フォルツァ・イタリア、北部同盟、国民同盟はこれに抗議し、選挙を求めている。

Cgil, Cils や Uil といった大手の労働組合は、モンテツェーモロの発言を待たずに、すでに早期選挙に反対し、選挙法改正を求めている。

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大統領の諮問

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ナポリターノ大統領は、政党の代表者たちへの諮問を開始する(レプッブリカ、1月26日)。

プローディ首相の辞任をうけて、ナポリターノ大統領は、26日から諮問を開始する。

日程は次の通り。

26日 9時から13時 11人の代表と会談。Autonomie liberte' democratie, Svp, Nuova Dc, Pri, Udeur, Socialisti, Radicali, Italia dei valori, Pdci , Sinistra democratica.
小政党の代表と会うわけである

28日(月曜日)9時から13時
北部同盟のボッシ、キリスト教民主連合のカジーニ、共産主義再建党のジョルダーノ、国民同盟のフィーニ。

28日(火曜日)10時半にフォルツァ・イタリアの代表、11時に民主党の代表と会う。
        17時半から19時にかけて、もと大統領とあう。まず、コッシーガ、次いでスカルファロ、最後にチャンピである。

ベルルスコーニとフィーニは、すぐの選挙を求めている。カジーニは、選挙法改革が先ということに同意している。民主党は、選挙法改革を先にと主張している。小政党は、選挙法改正で、最低投票率が設定されることをおそれ、いくつかの政党は、左右を問わず、即刻の選挙をもとめている。

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2008年1月26日 (土)

プローディ首相の在任期間

プローディ首相の在任期間は、7番目に長いものだった(レプッブリカ、1月25日)。

歴代の首相で在任期間の長かったのは次の順である。

ベルルスコーニ(第二)1409日
2001年6月ー2005年4月

クラクシ  1058日
1983年8月ー1986年4月

プローディ(第一)875日
1996年5月ー1998年10月
 
モーロ(第三)833日
1966年2月ー1968年6月

デ・ガスペリ(第七)704日
1951年7月ー1953年6月

セーニ 670日
1955年7月ー1957年5月

プローディ(第二)618日
2006年5月17日ー2008年1月24日

今回のプローディ首相の任期は、7番目に長いものとなった。

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信任投票後の首相

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プローディ首相は、上院での信任投票に破れた後、すぐに大統領に報告にいった(レプッブリカ、1月25日)。

首相は、まず、結果を報告したが、「自分は正しいことをしたのだと思います」と大統領に述べ、辞意を伝えた。

その後、最初の電話はボローニャの一番年長の孫、キアーラにした。もうじき帰ると告げたのである。ボローニャの首相の事務所は、孫娘の家のすぐ近くなのだ。

プローディは、首相職を去るが、政治の舞台から消えるわけではないと宣言している。

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2008年1月25日 (金)

プローディ、破れる

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プローディ首相は、上院での信任投票に破れた(レプッブリカ、1月25日)。

上院での投票は、no が161票、si' が156票であった。ディーニやマステッラは no であった。

25日中に、大統領の諮問(consultazioni)が始まる。上下両院議長を皮切りに、各政党のリーダーたちと大統領が会談する。

大統領に可能なのは、新たな首相を選ぶか、すぐに解散総選挙にするかである。野党のベルルスコーニは、すぐに総選挙をと求めているが、民主党のヴェルトローニは、すぐの選挙は避けるべきだと主張している。

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2008年1月24日 (木)

プローディ、上院で信任投票へ

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プローディ首相は、下院での信任投票で過半数を得て、24日、上院での信任投票にのぞむ(レプッブリカ、1月24日)。

第一ラウンドは、326対275。下院での内閣への信任は得られた。決戦は24日の上院投票だ。仮に、過半数が得られなかった場合、二つの可能性が考えられる。一つは、すぐに総選挙。もう一つは、選挙法改正のための暫定内閣である。

または、ナポリターノ大統領が示唆したとされているように、上院での信任投票より前に、プローディ首相が、大統領に進退をあずけるという方法もある。つまり、プローディは辞任するが、ナポリターノ大統領がプローディを再任(前にもそれをしたから厳密に言えば再再任)するという方策である。ナポリターノ大統領は、この方策を何度もすすめたらしい。

しかし、プローディ首相と民主党との話し合いで、プローディ首相は腹を決め、上院議員一人一人に、自分に対する信任を引っ込めるのかと確認することにした。

首相の側は、フィジケッラ議員やディーニ派の説得につとめている。Udeur は下院では棄権したが、上院ではノーに投票するとしている。しかし、多くのことが流動的で、最終的にどうなるかは予断を許さない。

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マフィア、ロ・ピッコロの右腕、自白

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昨年11月に逮捕されたパレルモのマフィアの大親分ロ・ピッコロの右腕が司法協力者になっていた(レプッブリカ、1月23日)。

プロヴェンツァーノが逮捕されたあと、パレルモのマフィア、サルヴァトーレとサンドロのロ・ピッコロ父子がマフィアの世界をしきっていた。が、昨年11月5日に彼らは逮捕された。その時に逮捕されたロ・ピッコロの右腕ガスパーレ・プリッツィは、司法協力者(pentito)となって、この10年間の殺人を含む悪行を語り、数百ページの口述調書となった。

その中で、プリッツィも悔しがっていることだが、2003年からロ・ピッコロの組のなかに、警察官が潜入していたのだが、それに気づかず、すっかり親分の信用もえて、マフィア内部の情報が警察にもれていたのである。

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プローディ続投に意欲

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Udeur が与党連合から離脱して、プローディ内閣は危機に陥ったが、首相は、信任投票にかける意欲をみせている(レプッブリカ、1月23日)。

下院では、与党が余裕をもって優位にたっているので、信任投票が可決される見通しだ。しかし問題は、上院で、上院の信任投票は24日に実施される予定。

プローディ首相は、野党の切り崩しもふくめ、なんとか信任投票で過半数を得ようと画策している。また、過半数を得た場合には、内閣改造の可能性もあると示唆している。

また、プローディ首相は、イタリアの緊急事態ーー選挙法改革、世界的な株式市場の危機ーーを放り出して、他人にゆだねたいとは全く考えていない。

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2008年1月23日 (水)

マステッラ、与党を離脱

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法相を辞任したマステッラが、自ら率いる Udeur とともに与党を離脱すると発表し、プローディ政権は危機に陥った(レプッブリカ、1月22日)。

下院は与党が優に過半数を制しているものの、つねに問題になるのは上院である。

昨日までは、中道左派158名、中道右派156名であった。ところが現在は、中道左派155名、中道右派156名で、Udeur が3名となってしまった。この他に、終身上院議員が7名いる。アンドレオッティ、コロンボ、コッシーガ、レヴィ・モンタルチーニ、チャンピ、スカルファロ、ピニンファリーナである。また、慣習により、議長であるマリーニは投票しない。

プローディ首相は、今のところ楽観的な構えでいる。下院でまず信任投票で勝利を得て、上院でも信任投票で勝利を得る考えだ。

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金属労組、交渉妥結

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冶金機械工の賃上げをめぐる交渉が9ヶ月ぶりに妥結した(レプッブリカ、1月21日)。

妥結額は月額127ユーロの増額であるが、それは3段階に別れる。1月からは60ユーロが増額になり、2009年1月からはさらに37ユーロの増額、2009年の9月からはさらに30ユーロの増額と段階的に増えていく。300ユーロの一時金もある。

2009年1月からは、休日に関していまだに存在していた事務所と工員の規則の違いがなくなる。

この合意に関し、モンテツェーモロは、合意はオーケーだが、交渉は古くさいと述べた。

プローディ首相は、労働者が購買力を増す一歩だと歓迎した。

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イエズス会の新総長、選出される

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イエズス会の総長が選挙で選ばれた。スペイン人のアドルフォ・ニコラス神父が新たな総長となる(レプッブリカ、1月20日)。

イエズス会の総長は、俗に「黒い法王」と呼ばれる実力者である。選出されたアドルフォ・ニコラス神父は、72歳、第29代のイエズス会総長となる。前任者のペーター・ハンス・コルヴェンバッハ神父は、イタリア系オランダ人で、24年間その職務にあった。

さらにその前のペドロ・アルペ総長は、表向きは健康上の理由で、しかしいくつかの点でヴァティカンとの方針の違いもあり、1983年に辞任に追い込まれた。

新たな総長は、アルペ総長と同じく、スペイン人であり、オリエント(東方)を良く知る人である。ニコラス神父は、1964年から東京に暮らし、そこで1967年に司祭となり、上智大学で神学を教えてきた。

アルペ神父も、イエズス会の総長となる前は、上智大学で教鞭を取っていた。

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ブルジョワのステイタスは消えたか?

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イタリアでは、ブルジョワの地位は、ポストの不確かさとともに、揺らぎつつあるようだ(レプッブリカ、1月19日)。

かつてはブルジョワ(borghesia) と呼んだ。それからこの階層がふくらんで、アメリカ人が新たな名前をつけ、中産階級(ceto medio) と呼ばれるようになった。ホワイト・カラーであり、ブルーの作業着とは区別された。

しかし今日の中産階級とは何だろう? まさにそれが問題だ、と社会学者(トリノ大)のキアラ・サラチェーノ(写真)は言う。「そこにはいろんなものが含まれます。経営陣、商人、職人、教師、専門職業人。社会のまんなかの大きなグループだったのです」

しかし、中産階級のなかでも、中の上と中の下に別れるのもたしかだ。

また、中産階級と労働者階級の所得水準が近接し、また、中産階級もまた、かつてないほど、雇用の不安定な状態に陥っている。

親子間での階層の流動性は次の通り:

親がブルジョワの場合
労働者階級に降りる 9、6%
プチ・ブルに降りる 50、4%
セクターが変わるが階級は変わらず 17、3%
親と同じところに留まる 22、7%

親がプチブル(piccolo borghesia)の場合
労働者階級に降りる 22、5%
セクターが変わる  27、0%
親と同じ      36、8%
ブルジョワに上がる 13、7%

親が労働者の場合
親と同じ    44、8%
プチブルに上がる 47、3%
ブルジョワに上がる 7、9%

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2008年1月22日 (火)

学校でのミネラル・ウォーターにストップ

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学校給食で、ミネラル・ウォーターの代わりに水道水を使用するところが増えている(レプッブリカ、1月19日)。

世界で消費されるミネラル・ウォーターは、1540億リットル。消費される金額は、1000億ドル。

世界で清潔な水にアクセスできない人口は11億人。

イタリア人が消費するミネラル・ウォータ―の量は、増加しつづけている。

1985年  36億リットル
1990年  61億リットル
2000年  91億リットル
2002年  98億リットル
2003年 100億リットル
2004年 107億リットル

イタリア人の98%の家庭が、定期的にミネラル・ウォーターを購入している。

イタリア人のうち、60%はミネラル・ウォーターのナチュラル(発泡性でないもの)を好む。18%の人は微かに発泡のもの(effervescente naturale)を好み、12%の人は軽く発泡性のもの(lievemente frizzante) を好み、10%の人は、はっきりと発泡性のもの(decisamente frizzante)を好む。

これまでえも既に、フィレンツェ、ローマ、ボローニャではそうであったが、このたび,トリーノでも給食に水道水を使用することになった。

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法相辞任、臨時代理はプローディ

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マステッラ法相が辞任し、法相の臨時代理は、プローディ首相が務める(レプッブリカ、1月18日)。

その結果、マステッラの所属する政党 Udeur (欧州民主主義連合)は閣外からプローディ政権を支持していくことになる。

Udeur は下院に14名、上院に3名の議員をかかえ、2006年の選挙では、約1、4%の票を獲得している。

プローディ首相は、マステッラが早くその地位に戻ることを期待すると表明している。

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2008年1月21日 (月)

『バレリーナの恋人は、天使!?』

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ベアトリーチェ・マジーニ著『バレエリーナの恋人は、天使!?』(長野徹訳、ポプラ社)を読む。

《バレエ・アカデミア》というイタリアのバレエ学校を舞台にしたシリーズものの第三作である。これまでに『バレエに恋してる!』と『きまぐれなバレリーナ』が出版されている。

主人公の少女ゾエは11歳。彼女の住む町に、有名な現代バレエ団のモミックスがやってくる。公演で子供の天使役のオーディションをする。誰が公演に出演できるのか、というのが一つの筋。

また、ゾエのクラスメートにアリアイという女の子がいて、しばらく学校を休んでいたのだが、復帰する。彼女は、おおやけにはされていないが、拒食症であったのだ。彼女をめぐる微妙な人間関係が、興味深く描かれていると思う。アリアイに親切な子もいれば、そうでない子もいるのである。

また、オーディションで誰が選ばれるかについても、ひとひねりある。

11歳でここまで考えるのかという気持ちと、いやいや、幼稚園児でもクラスメートに対して複雑な気配りをしているぞ(それを言語化できるかどうかは別として)という気持ちが交錯した。

前二作と同様、決してあざとくはないストーリー展開で、あっさりしているとも言えるのだが、こういう屈折した感情を抱いていたな、と自然にうなづかされる物語である。

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スペイン広場に50万個の玉

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ローマのスペイン広場にグラツィアーノ・チェッキーニが50万個の色とりどりのボールをばらまいた(レプッブリカ、1月17日)。

階段の上のトリニタ・デイ・モンティから赤、黄色、緑、青のプラスチックのボールがばらまかれ、階段を転がっていった。階段の下には、バルカッチャの噴水があり、そこの水もボールで埋まった。

仕掛人は、「未来派」のグラツィアーノ・チェッキーニ、54歳で、昨年の10月19日には、トレヴィの泉を真っ赤に染めた張本人である。

ことの次第は、ユーチューブでも流された。この事件に対し、ヴィットリオ・ズガルビは賞賛したが、アキッレ・ボニート・オリーヴァやローマの右派は非難した。

当人は、「芸術的なパーフォーマンスで、色のダイナミックな動きや美しさを示した」としている。

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マステッラ法相、辞表提出

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マステッラ法相が、夫人が捜査対象となったことなどを受けて、辞表を提出した(レプッブリカ、1月17日)。

マステッラ法相自身も、カンパーニャ州知事バッソリーノに対する賄賂要求の嫌疑をかけられている。

プローディ首相は、法相の辞任を押しとどめている。マステッラ夫人のサンドラ・ロナルドは、ヴァランガの地方議会の議長。

政界からは左右を問わず、連帯の声が寄せられた。ただし、国民同盟のリーダー、フィーニは、マステッラに「政治的ではなく、人間的な連帯」を表明するとしている。


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2008年1月20日 (日)

教皇と国家の不和

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教皇と国家の不和はこれまでにも何度かあった(レプッブリカ、1月16日)。

ピオ9世は、ポルタ・ピアを突破され、ヴァティカンの囚人と称した教皇であるが、亡くなったとき、一部の自由主義者は、教皇の遺骸をテヴェレ川に遺棄しようと考えた。

ピオ12世(写真)は、その治世が第二次世界大戦と戦後であったが、共産党員と衝突し、共産党員の一人ラウラ・ディアスは、教皇の手は血で汚れていると非難した。

パオロ6世は、フランス人作家のロジェ・ペイルフィットに、同性愛者ではないかと書かれた。

ジョヴァンニ・パオロ2世は、ベッティーノ・クラクシに、イタリアの現実をポーランドのレンズで見ていると批判された。

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教皇、ローマ大学訪問せず

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教皇は、ローマ大学の学年初めに訪問するのをとりやめた(レプッブリカ、1月16日)。

ヴァティカンによると、67人の教授が署名した教皇訪問に反対する公開書簡に端を発したここ数日の論争を考慮にいれると、訪問は適切ではないと判断したようだ。

共和国大統領ナポリターノは、個人的に遺憾の意を示す手紙を教皇に書いた。プローディ首相は、受け入れがたい潮流であるとのコメントを発した。

この決定が伝えられると、野党は、与党を激しく攻撃し、大学相のムッシは、遺憾の意を表明した。

内務大臣アマートは、治安の不安はなかったと述べた。

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2008年1月19日 (土)

マフィア、Il Sole 24 Ore 紙編集長を脅迫

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マフィアが経済紙 Il Sole 24 Ore を脅迫している(レプッブリカ、1月15日)。

イル・ソーレ・ヴェンティクワットロ・オーレ紙は、イタリア産業総連盟の新聞である。今回の脅迫事件は、イタリア産業総連盟が、企業に対してマフィアにみかじめ料を払わぬようにとの呼びかけを強めるなかで起こった。

事件は2つある。一つは、弾丸入りの封筒が、Il Sole 24 Ore 紙の編集部に届けられた。読者にそれを知らせたのは編集長フェッルッチョ・デ・ボルトリ(写真)であった。

土曜日の朝には、Il Sole di Palermo 紙の編集者ニーノ・アマドーレの自動車が破壊された。アマドーレはシチリアの企業家でマフィアへの反乱を追っていた。

この脅迫に対する政治家の反応は、左右を問わず、一致してマフィアを非難した。

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2008年1月18日 (金)

教皇の大学訪問に反発

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教皇のローマ大学サピエンツァに、一部の教員、学生が反発した(レプッブリカ、1月15日)。

ラジオ・ヴァティカーナは、17日に予定されているラッツィンガー法王の訪問に対し、67人の教授がそれを疑問視する呼びかけを行っていることを明らかにした。

学長は、4500人の教授陣からすれば、ほんの一部に過ぎないとしているが、署名した一人、物理学者のアンドレア・フローヴァによれば、署名した人の十倍以上の人が賛同の声を寄せているという。彼は、学年の始めに教皇を招くのが大学にふさわしくないと意見を表明しているだけだという。


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カンパーニャ州、農業に打撃

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ゴミ問題の余波で、カンパーニャ州の農業は注文取り消しの打撃をこうむっている(レプッブリカ、1月14日)。

モッツァレッラ・ディ・ブーファラ(水牛の乳からできるモッツァレッラ・チーズ)や、野菜の注文取り消しが相次ぎ、価格も32%下がった。

アグリトゥーリズモ(農村観光)も予約取り消しが相次ぎ、復活祭の休暇以降のキャンセルが15%に達している。

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2008年1月17日 (木)

ベルルスコーニ:テレビ法を通すなら改革に反対

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ベルルスコーニが政府がテレビに関する法律に賛成するなら、選挙法などの改革にノーを突きつけると言い物議をかもしている(レプッブリカ、1月14日)。

与党のダレーマはこれを「失言」と捉えている。

ベルルスコーニの発言は、選挙法改革をめぐる質疑応答のなかで飛び出したもので、同じく野党のカジーニは異なった次元のものを一緒にしているのはまずいという認識を示している。

テレビ関連法案は、ジェンティローニ法とも呼ばれている。

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分別収集の推移

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イタリアのゴミの分別収集は次第に増えている(レプッブリカ、1月13日)。

年    ゴミの量    分別した比率
1999 370万トン  13、1%
2000 418万トン  14、4%
2001 511万トン  17、4%
2002 573万トン  19、2%
2003 663万トン  22、1%
2004 706万トン  22、8%
2005 769万トン  24、3%

となっている。目標値は40%なので、まだまだである。またゴミの量は、6年間で倍増している。

都市ごとに見ると、トリノは39%で、プラスチック、電池、薬物を分別している。ミラノは39、8%。ボローニャは29、6%。ヴェネツィアは25%。ジェノヴァは23%。フィレンツェは30、7%、ローマは20、6%だが、ラツィオ州では10、4%。

ナポリでは、7、7%で、カンパーニャ州では10、6%なのだが、カンパーニャ州のなかにも1万人以上の市町村で分別に積極的にとりくんでいるところがあり、モンテ・ディ・プローチダでは44%に達している。1万人以下では、パドゥラがトップで、66%に達している。

バーリは23、1%、プーリア州では11%、知事は2010年までに55%をめざしている。2000年には0、4%に過ぎなかったのだが、2005年には7%に達したので上昇率はめざましい。

パレルモは9%。シチリア州では、6、7%。

個別にはアスティやノヴァーラのように60%に達しているところもあるし、メッシーナのようにゼロというところもある。以上の調べは Legambiente によるものである。

イタリアは目標値としては、分別収集の比率は、2007年が40%で、2012年には65%を目指している。

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首相、ゴミ問題に怒る

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プローディ首相は、ゴミ問題は、イタリアの恥であるとして、各州および国民に解決への協力を求めた(レプッブリカ、1月13日)。

首相は、国際社会でナポリやカンパーニャ州のことで皮肉を言われるのはもう聞きたくないと怒りをあらわにした。この日、首相は、マルタが EUに加盟した祝典に参加するためマルタ島にいた。

北部の州は非協力的なところがあり、また、協力するといいながら実行する段になると腰砕けになる州もあって、首相は、「今はイタリアが一つの国民であることを示す時だ。われわれはみなイタリア人なのだ」と叱咤した。

また、率先してゴミを受け入れながらも、一部の活動家に攻撃されたサルデーニャ州知事のソルに連帯を示し、これこそが模範的態度であると賞賛した。

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2008年1月16日 (水)

パンターニの裁判、再開

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イタリアを代表する自転車選手であったマルコ・パンターニの死因をめぐって、捜査が再開される(レプッブリカ、1月12日)。

マルコの母親トニーナは、息子が生前うけていた脅迫について語る時がきたと語った。彼女は、パンターニの死の真相は明らかになっていないとずっと主張してきたのである。

それゆえ、トニーナは、今回のフォルリ検察局の捜査再開の決定を歓迎している。トニーナは母親として人間として真相を知る権利があるとしている。

以前の捜査はリミニの検察局によるものだったが、トニーナはそれが死の直前だけを対象とたものであったことが不満だった。それ以前のことも捜査して関連を調べてほしいというのが母トニーナの要望である。

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2008年1月15日 (火)

フィジケッラ、フォース・インディアへ

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F1のパイロット、ジャンカルロ・フィジケッラは新チーム、フォース・インディアへの移籍が決まった(レプッブリカ、1月11日)。

フォース・インディアはインドの大富豪Vijay Mallya の所有するチーム。フィジケッラは、ラルフ・シューマッハ、ロドリゲス、リウッツィといったライヴァルを制して、パイロットの座を得た。

フィジケッラは、去年までブリアトーレ率いるルノーで3年間、52戦を走った。フィジケッラは14日35歳になったところ。

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イタリアのエネルギー事情と温暖化対策

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イタリアは EU から2020年までに CO2の排出を13%削減するよう求められている(レプッブリカ、1月11日)。

イタリアのエネルギー事情は
石油   49%
ガス  35%
再生可能なエネルギー 5%
その他   11%
となっている。(再生可能なエネルギーとは、太陽光や風力、水力、地熱などを利用したもの。rinnovabili)。

EU 15カ国の平均では
石油   39%
原子力  12%
再生可能エネ 3%
その他  36%
である。

主要国では、
フランス
石油   34%
原子力  42%
再生可能エネ 6%
その他  18%

ドイツ
石油   36%
石炭   25%
再生可能エネ 3%
その他  36%

スペイン
石油   50%
ガス   16%
リサイクル 7%
その他  27%

イギリス
石油   35%
ガス   37%
再生可能エネ 1%
その他  27%

スウェーデン
石油   30%
原子力  34%
再生可能エネ 26%
その他  10%

イタリアは、2020年までに、CO2 の排出は13%の削減を求められており、また再生可能エネルギーの使用を全体の17%(現在は5、2%)にまで高めるよう求められている。

EU 全体としては、1990年を基準とすると、CO2の20%の削減を求められている。

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2008年1月14日 (月)

首相の減税案に、経済相がまった

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プローディ首相は、労働組合との交渉のなかで、減税の方針を示したが、それに対しパドア=スキオッパ経済相は、財源の見通しが不安であるとブレーキをかけた(レプッブリカ、1月11日)。

プローディ首相は、給与所得を中心に減税したい方針だが、減税の規模は今年の第1四半期を見てからということでは経済相に同意した。

この問題に関して、与党ウニオーネは、給与所得を筆頭に、家庭の負担を軽くすることを目指す点で意見の一致を見ている。

一方、イタリア産業連盟会長のモンテツェーモロは、企業と労働者の負担を軽くするようにと主張している。また、ディーニは、インフラや技術革新のための予算を手当するために、もっと歳出削減すべきだとしている。

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2008年1月13日 (日)

アリタリアの再建計画

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アリタリアの再建計画をスピネッタ会長が示した(レプッブリカ、1月10日)。

それによれば、アリタリアはエール・フランスのもとに入り、余剰人員は最大で1700人となる。

エア・フランスーKLMは航空機を569機所有しているが、アリタリアは186機。従業員はエア・フランスが10万2422人でアリタリアは1万7869人。売り上げは、エール・フランスが169億ユーロに対し、アリタリアは43億ユーロ。また、ハブはローマ・フィウミチーノに絞り、マルペンサ空港発着便は減らす。また、2015年までに65億ユーロの投資を行う予定。

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1938年、スカラ座、ユダヤ人に門を閉ざす

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1938年12月、スカラ座は、ユダヤ人の観客お断りの措置をとり、それに抗議して、指揮者のエーリッヒ・クライバーは指揮を降板していた(レプッブリカ、1月10日)。

1938年、人種法はすでに施行されていた。そこへ追い打ちをかけるように、アーリア人種でない観客お断りの措置が、スカラ座でとられたのだ。

指揮者エーリッヒ・クライバーは激怒した。「音楽は、太陽や空気のように、全ての人のために書かれたものだ。現代のように厳しい時代に、必要な慰めの源である。それをいかなる人間に対してでも、とりわけ、人種や宗教を理由に、否定することは容認できない」として彼は降板した。演目は《フィデリオ》であったのは皮肉だ。圧政に抗し、自由を求めるという内容のオペラなのだから。

エーリッヒ・クライバーは、1934年にもアルバン・ベルクのオペラ《ルル》がナチスによって退廃芸術と決めつけられ、検閲、上演禁止となったときにも辞任している(オペラ《ルル》は未完成だったので、この時、演奏しようとしていたのは《ルル》の中の交響的断片を集めたルル組曲ーー管理人註)。

その後、クライバーはアルゼンチンに移住する。4年後に、スカラ座に招聘されたが、この事件が起こった。ユダヤ人の芸術家だけでなく、聴衆/観客もユダヤ人の場合、年間予約を返還するよう求められた。払い戻しは保証されてはいたが。

この事件は国際的な反響をよび、12月30日、31日には、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズでも取り上げられた。

イタリアの新聞で公然とこれを非難したのは、ヴァティカンのオッセルヴァトーレ・ロマーノ紙のみであった。

追記:ベルク作曲《ルル組曲》に関して、当初、ナチスによる検閲があったと書きましたが、ナチス政権のもとでは演奏を禁じられたので、上演禁止と訂正しました。

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ゴミの分別収集

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ナポリおよびカンパーニャ州のゴミ問題で、第一の対策としては、ゴミの分別収集があがっている(レプッブリカ、1月10日)。

イタリア全体としては、分別収集されているのは24、3%。生ゴミの堆肥化(compostaggio di qualita')のできる施設は215カ所ある。

ゴミの産出量にも地方差があり、ヴェネト州では一人あたり年間480キログラムだが、ロンバルディア州は503キログラムである。また、ヴェネトは年間220万トンのゴミの47%を分別収集している。

生ゴミ堆肥化のリーダーはロンバルディアで、65の施設で、65万3千トンを処理している。

一方、カンパーニャ州では、一人あたりのゴミは年間485キログラム。分別収集は280万トンの10、6%にすぎない。堆肥化の施設は、2005年には5つあったのだが、現在はアヴェッリーノ近郊の一つしかなく、それも近く閉鎖される予定だ。

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ゴミ問題に特別委員任命

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プローディ首相は、デ・ジェンナーロをゴミ問題を解決するための特別委員に任命した(レプッブリカ、1月9日)。

市町村はゴミの分別収集体制を準備するために4ヶ月間が与えられる。60日間は、計画を練るためで、残りの60日間はその計画を実現するための期間である。それに失敗した責任者は罷免される。

政府の特別委員として120日間、元警察長官であったジャンニ・デ・ジェンナーロが任命される。その副官としてフランコ・ジャンニーニ将軍がつき、必要に応じて軍隊を投入する。これは、カンパーニャ州をゴミ地獄から抜け出させるための対策である。

この決定は、副首相のフランコ・ルテッリ、内務大臣ジュリアーノ・アマート、防衛大臣アルトゥーロ・パリージ、環境大臣アルフォンソ・ペコラーロ・スカーニョ、EU政策大臣エンマ・ボニーノの会合から生まれた。処理場の設置についても、以前から言及されていたセッレ、サヴィニャーノ・イルピーノ、テルツィーニョ、サンタルカンジェロ・トリモンテがあげられた。

プローディ首相は、中期的目標も明らかにした。まず、分別収集。次に焼却場(アチェッラ、サンタ・マリア・ラ・フォッサ、サレルノ)および処分場の設置である。

このゴミ問題に関し、国民同盟のフィーニはカンパーニャ州知事バッソリーノの辞任を求めている。

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2008年1月12日 (土)

ゴミ問題、解決困難

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ナポリおよびカンパーニャ州のゴミ問題は解決の見通しがたっていない(レプッブリカ、1月8日)。

ナポリは、カンパーニャ州の面積では8%、人口では40%を占めているが、毎日、1500トンのゴミが出る。町の中心部だけでも、きれいにしようという試みもなされたが失敗に終わった。

従来、ナポリのゴミはピアヌーラの処分場が、42年にわたり飲み込んできた。しかしそれが満杯になってしまい、1996年に閉鎖された。閉鎖されたあとは、18ホールのゴルフ場になる約束だった。ところが、処分場は再開された。ナポリの新たなゴミ処分場が出来なかったためである。

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2008年1月10日 (木)

イエズス会総会長、辞任

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イエズス会のトップ、総会長が辞任し、後継者が選挙で選ばれる(レプッブリカ、1月7日)。

イエズス会(Compagnia di Gesu')のトップ、Peter-Hans Kolvenbach 神父(写真)は、辞任し、後継者が選挙で選ばれる。イエズス会の総会長は、通称「黒い法王」(papa nero)と呼ばれる実力者であり、これまでは終身制であった。

イエズス会は1540年イグナチウス・ロヨラ(Ignazio di Loyala)がパオロ3世から許可をえて設立した。1773年には、多くの論争ののち、クレメンテ14世により解散させられた。その41年後、1814年に、ピオ7世によって復活させられた。

現在、司祭や神学者などの中で、イエズス会に所属する者は、1万9246人。1960年代には3万6千人であった。イエズス会士の平均年齢は、57、3歳で、今回、総会長は79歳で辞任する。

今回、イエズス会にとって第35回の総会が次期総会長選出のために開かれる。これに参加する世界各国からの代表は226人であるが、投票権を持っているのは216人である。後継者、第29代の総会長に選ばれるためには、110票以上が必要となる。

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ナポリのゴミ問題、軍隊投入

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ナポリおよびカンパーニャ州のゴミ問題をめぐり、軍隊の出動が要請されている(レプッブリカ、1月7日)。

ゴミの収集がなされないため、ナポリを含むカンパーニャ州では、85の学校が休校措置をとっている。これによって影響を受ける生徒は約5万人。

プローディ首相は、公教育大臣ジュゼッペ・フィオローニから状況を聴取し、防衛大臣アルトゥーロ・パリージを呼んで、学校入り口周辺のゴミ除去のため、カゼルタの工兵部隊(Genio militare)を派遣するよう求めた。

7日プローディ首相は、ペコラーロ・スカーニョ環境大臣と会う予定。8日には、内務、環境、防衛大臣と会議を開く。

追記・訂正  当初、genio militare を土木建築技師と訳していましたが、Shibano さんのご指摘をうけ、調べたところ、ご指摘の通りであると納得し、工兵部隊と訂正しました。ご指摘ありがとうございました。

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バッハ《クラヴィーア練習曲集》第三部

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バッハ《クラヴィーア練習曲集第3部》(マッテオ・メッソーリのオルガン演奏)(BRL92769)を聴く。

オルガニストがイタリア人である。Matteo Messori のレコードを聴くのは初めてなのだが、他にもシュッツのレコードが出ているらしい。

ここでは、バッハの《クラヴィーア練習曲集第3部》を1700年代の歴史的なオルガンで弾いている。古いオルガンの響きは、あたたかく優しい。ドイツ系のオルガニストのバッハ(曲は異なるのだが)で、マッシヴな厚い音の響きに圧倒されるというのとは異なり、リラックスして聴ける。

僕個人としては、ドイツ系の分厚い音に圧倒されるバッハも決して嫌いではなく、むしろ好きだ。

しかし、メッソーリのレコードは、曲もコラールを編曲したものが主体のせいか、あるいは演奏者のスタイル(楽器や音色の選択も含めて)が、求心的というよりは、もう少しゆったりとして、心地よいのである。聴く人によっては、生温いとか、物足りないと思うひともあるかもしれないが、個人的にはとてもいい演奏だと思っている。

また、この曲集は、通常ドイツ・オルガン・ミサと呼ばれていて、プレリュードで始まり、3曲ずつ3つのグループにわけられる9曲がルター派の「短ミサ」を形成しているとか、それに続く6曲がカテキズム(教理問答)コラールであるとか、神学とか教会のミサとの関わりがあるようで、それは興味が湧けば面白いかもしれないが、そういうことを全く抜きに聴いても、音楽として十分味わえると思う。

ちなみに、これはSACD 2枚組で2000円程度なので、スーパー・オーディオCDも安くなったと思う。もちろん、通常のCDプレーヤーでもかかるハイブリッドになっている。輸入版しか今のところ出ていないようだが、インターネットショップのTower record や HMVでは、Matteo Messori で検索すれば出てきます。メッシオーリという表記は明らかに誤り。手元の辞書では確認できなかったが、メッソーリかメッソリとしか読めない。

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ナポリのゴミ、ゲリラ戦の様相

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ナポリおよびその近郊のゴミ問題はゲリラ戦の様相を呈してきた(レプッブリカ、1月6日)

ナポリ郊外のピアヌーラでは座り込みをしていた住人と警官との間に衝突が起こった。

また、ゴミ処理所では、警察およびカラビニエーリが平和的なデモ隊と暴力的なデモ隊を分けようとする苦労があった。

この間、ローマとナポリを結ぶ道路では、ポッツオーリとジュリアーノの間が占拠されてしまった。

ゴミ処理場から数百メートルのところでは、覆面をした若者たちが石やボルトを警官隊に投げつけ、負傷者が出た。

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2008年1月 9日 (水)

3人のアラーニャ

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アラーニャが兄弟と一緒に三人でボローニャ歌劇場に出演する(レプッブリカ、1月5日)。

アラーニャは、2006年のスカラ座で《アイーダ》の途中降板で話題を振りまいたが、1998年にもラヴェンナで《道化師》でムーティと対立、降板があった。

ロベルト・アラーニャは44歳、妻はソプラノのアンジェラ・ゲオルギューで彼女も気ままなところがある。今回、ロベルトの弟ダヴィド32歳は監督で舞台美術家、もう一人の弟フレデリコ33歳は舞台美術家で画家。この三人が結集してグルックのオペラ《オルフェオとエウリディーチェ》の上演に参加する。

1月8日からボローニャのテアトロ・コムナーレで上演が始まる。

ロベルトは主人公で、「オルフェオは初めてだ。素晴らしい役柄だ。グルックは、1762年のウィーン版はカストラートにあてて書いたけれど、1774年のフランス版はドラマティック・テノールのために書いたんだ。当時は、一種のバリトンで、高音はファルセットで歌っていた。」

アラーニャの父はシチリアのシラクサ生まれでフランスに移民し、左官をしていたが、いつも歌を歌っていたという。母は、仕立て屋で、劇場や映画関係で働いていた。

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2008年1月 7日 (月)

ローマでホームレスが死亡

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ローマのホームレスが死亡する事態が続き、教会はベファーナのお祝いを中止した(レプッブリカ、1月4日)。

イタリアには推定1万8千人のホームレスがいる。ホームレスの言い回しはいろいろで、barbone(浮浪者)というきつい言い方から、エレガントに clochard という言い回し(フランス語)や、senzatetto, sennzacasa, sannzadimora という表現がある。

ホームレスの80%は男性である。また、70%は48歳以下。50%は、路上生活を始めて3年以内であり、17、8%は10年以上この生活を続けている。

イタリアの大都市では、ミラノに5000人、ローマに3000人、ボローニャに600人、ナポリに200人のホームレスがいる。

ホームレスになるきっかけは、ちょっとした障害、不運が多く、以前はごく普通の生活をしていた人も多い。

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イタリアのトカイワインが無くなる

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イタリアのフリウリ地方産の白ワインにトカイワインという名がつけられなくなった(レプッブリカ、1月4日)。

トカイワインと言えば、ハンガリーの貴腐ワインが有名であるが、イタリアにもトカイワインがある。ハンガリーのものは、Tocaji またはTokaji と表示され、フリウリのものは Tocai と表示されているが、紛らわしいことは確かだ。ハンガリーに伝統があるのは間違いないが、一方、1771年の文献にヴェネトにトカイワインがあるとの記述が確認されている。

やっかいなことに、イタリアのトカイ(ブドウの品種)は、どこが原産地なのかはっきりしないのである。過去においては、ハンガリーからヴェネト地方やフリウリ地方に輸入されたのだろうと言われていた。が、ハンガリーのブドウ品種とは特徴が似ていないのである。

フリウリのトカイは実は丸く、輝く色合いで、複雑で芳醇な香り、新鮮な果実やアーモンドを思わせる特徴のワインを生み出す。辛口で、中くらいの酸味を持つ。

トカイワインの名称をめぐっては、1950年代からハンガリー側が訴えを起こしていた。その時は、イタリア側にも呼称の使用が認められた。

その後、1993年のハンガリーとEUの間の合意により、トカイの呼称はハンガリーに認められ、イタリア産のものには 'Tocai friulano' , 'Tocai italico' の名を冠することが13年間、つまり、2007年3月31日までの使用が認められたのである。

フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州では1500万リットルのワインが生産され、そのうち1000万リットルがDOC である。また、フリウリワインの白のうち、15%がトカイの名を冠して販売されていた。

イタリア側としては新たな呼称は‘フリウラーノ(フリウリの形容詞形)’が有力候補だ。

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ミラノ中心部、有料化初日

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ミラノ中心部への車両乗り入れが有料化し、初日は交通量が減少した(レプッブリカ、1月3日)。

町の中心部への乗り入れ有料化には前例がある。ロンドンでは2003年からシティー周辺への乗り入れに対し8ポンドを徴収している。その結果、交通量は、15−18%減少した。

スウェーデンのストックホルムでは、6ユーロをとり、6ヶ月経過した時点で、交通量は23%減少している。

ノルウェーでは複数の都市で有料化を実施。1、3ユーロから3ユーロを徴収している。

シンガポールでは、1、5から2、5ユーロを徴収しているが、ピーク時で比較すると交通量は45%減少した。

ミラノでは、エコパスを導入した地域は上の地図の通り。初日の1月2日に中心部に侵入した車両は6万88台。そのうち、有料であった車両は1万1837台。約5台に1台が有料だったことになる。

導入前は、有料となる自動車(排気ガスが汚い車両)の割合は40%で、導入後初日は20%に減少したことになる。ミラノ市当局は、交通量が10%減少し、スモッグが30%減少することを期待している。

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2008年1月 6日 (日)

ゴミ戦争

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ナポリをはじめとするカンパーニャ州では、ゴミ収集が麻痺して、容易ならぬ事態となっている(レプッブリカ、1月3日)。

カンパーニャ州では、収集されないゴミの上に年頭の花火の火が引火したり、放火と思われるものもあったりして、これまでに75件、消防が出動している。ナポリの路上だけで、約2000トンのゴミが放置されているのである。

これまで環境問題(ゴミの不法投棄など)で告発された人は2782人。ゴミに関して違法な取り引きをしているカモッラの組(clan)は8つ。

ゴミ問題にはカモッラも深くかかわっているのだ。カゼルタでは、ゴミ処理の協同組合(Consorzio)とカモッラが取り引きしていたことが明らかになっている。

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ミラノ中心部への乗り入れ、有料に

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ミラノ中心部への乗り入れが、有料となった(レプッブリカ、1月2日)。

ミラノの歴史的建造物のある中心部への自動車乗り入れが、有料となった。イタリアの都市では初めてで、スモッグとの闘いのためというのが有料化の理由。

エコパスというのがそのシンボルで、
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(写真上)の通り、ブルーと白のマークである。

月曜日から金曜日までは有料で、1日あたりの料金は、2、5、10ユーロの三種類。より大気を汚染する自動車は料金が高い。バイクとガソリンエンジンで Euro3, Euro 4 の基準を満たしているもの、ディーゼルエンジンで Euro4 を満たしているものはこれまでどおり無料である。

また、朝の7時半以前と、夜の19時半以降は無料。

また、中心部に住んでいる7万7千人の住民に対しては、大幅にディスカウントした定期券が用意される。

この制度は、イギリスではロンドンで既に採用されている。

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2008年1月 5日 (土)

ネット、テレビを抜く

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2008年は、ウェブがテレビを追い越す年となるだろう(レプッブリカ、1月2日)。

ミラノのポリテクニコとニールセンの調査によると、14歳以上のイタリア人(2700万人)のうち、54パーセントの人は、テレビよりもウェブを好んでいる。

これは一種の革命、津波である。調査は、3000家庭、約7000人の人を対象として実施された。過半数の人は、8時から11時のゴールデン・タイムをネット・サーフしているのだ。

この事態は、別の調査、European Interactive Advertising Association(Eiaa)が10カ国で実施した調査からも裏付けられた。

この調査によると、16歳から24歳の人が一週間あたり、インターネットで過ごした時間とテレビで過ごした時間は、各国で次の通り。

      ネット   テレビ
イギリス  14、7  15、7
フランス  15、3  12、5
ドイツ   13、8  13、5
イタリア  14、5  14、4
スペイン  14、6  12、0
オランダ  14、2  11、3
ベルギー  15、1  11、3
デンマーク 14、7  15、7
スウェーデン18、5  15、3
ノルウェー 16、8  13、6

また、ブロード・バンド(banda larga)の普及率は以下の通り(2007年現在)。

オランダ   33%
デンマーク  32%
フィンランド 28%
スウェーデン 27%
イギリス   23%
フランス   21%
ドイツ    20%
イタリア   16%

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クリスマス、正月メールの増加

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クリスマスや正月(年頭)の挨拶を携帯のメールで送る人が増えた。メール数は20%増加した(レプッブリカ、1月2日)。

約10億通の Sms (ショート・メッセージ・サービス)がクリスマスと年頭の間に送られたという。一人あたり18通である。2001年には、2億通強であった。

数年前までは、携帯電話のマニアは中学生、高校生であったが、最近は孫とコミュニケートしたい祖父母も使用している。

2006年には12月25日と31日のメッセージ数は8億2千万通だったが、2007年は10億通を突破したわけである。電話会社としては、Tim と Vodafone で70%をしめており、Wind と H3gがそれに続く。

最近は mms (multimedi messaging service) といって、テクストだけでなく、写真やちょっとした動画も送れるようになっている。

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リコルディ、200周年

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音楽出版社リコルディが設立200周年を迎えた(レプッブリカ、1月2日)。

リコルディは、イタリア・オペラの歴史と深く結びついている。ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディ、プッチーニ...。

リコルディ家は、プロモーターであり、メセナ、著作権の発明者でもあった。

リコルディのアーカイヴは充実したもので、4000のスコア、多くの書簡、1万のデッサン、1万1千のリブレット、何百もの写真やポスター。ヴェルディの23のオペラのオリジナル、プッチーニのすべてのオペラのオリジナル(唯一の例外は、『つばめ』)を蔵している。

そもそもは、ヴァイオリニスタで指揮者のジョヴァンニ・リコルディが1806年に写譜屋として始めたのだった。そして1807年にライプツィヒでドイツ式銅版印刷を学んできた。1808年には、ミラノで印刷所を設立し、またたく間に、イタリアで最も重要な音楽出版社にのしあがったのである。1814年には、スカラ座の写譜屋となり、新しいオペラで商いする権利を得る。

1825年にスカラ座のアーカイヴを買い取るが、そこにロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティやメルカダンテの自筆スコアが含まれていた。

最初に広く著作権が認められたのは、1840年に、ジョヴァンニがオーストリア政府から協約を得たときだった。

息子のティトは音楽誌 La Gazzetta Musicale di Milano を創刊し、この雑誌は1842年から1902年まで出版され、ベルリオーズやワーグナーも執筆した。ティトはシューマンやマイアーベア、歌手のマリブランやパスタと親交をむすんだ。その間、リコルディの支社は、ナポリ、フィレンツェ、ローマ、ロンドン、パレルモそしてパリへと拡張されていった。

さらにその息子のジュリオは、ダンヌンツィオ的人物で、ヴェルディを尊敬していたが、また、ヴェリスモやプッチーニを支援した。ボイトやファッチョ、イッリカやジャコーザといった台本作者と親交をむすんだ。

その息子のティト2世のとき、4世代にわたる家業を離れた。

1994年、リコルディはドイツの Bertelsmann に買収された。

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2008年1月 4日 (金)

ソットサス、逝く

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エットレ・ソットサスが亡くなった。90歳であった(レプッブリカ、Corriere.it. 1月2日)。

ソットサスは、建築家でありデザイナーであった。芸術家と呼ばれることは嫌っていた。昨年、大晦日にミラノの自宅で亡くなった。ソットサスは、1917年インスブルックに生まれた。本人の希望により宗教葬は営まれない。来週の火曜日に火葬にふされる。

トリノのポリテクニコ(理工科大学)を1939年に卒業し、1947年からミラノで活動をはじめた。1958年からは、イタリアン・スタイルとして世界的名声を得た。その年、オリヴェッティとの関係が始まり、それは30年間近く続いた(写真下)。

1981年には gruppo Memphis を、磯崎新や Hans Hollein, アンドレア・ブランツィ、ミケーレ・デ・ルッキらとともに創設した。

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2008年1月 3日 (木)

フォルツァ・イタリア、ルイーニ卿とともに「中絶法案の見直しを」

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フォルツァ・イタリア党のサンドロ・ボンディは、カミッロ・ルイーニ枢機卿とともに、中絶法案の見直しを呼びかけた(レプッブリカ、1月2日)。

中絶の権利をさだめた194号法を、制定から30年が経過して改正すべきだとルイーニ卿が数日前にテレビニュース(TG5)で発言した。

これを受けて、フォルツァ・イタリアの議長(調整役)サンドロ・ボンディは、個人的見解としながらも、194号法の見直しをする動議を提出するとしている。

しかし、キリスト教民主連盟は、議会で勝てる見込みなしに動議を持ち出せば、かえって中絶賛成派の立場を強めることになってしまうとして、この動きには懐疑的である。

社会党のリーダー、エンリコ・ボゼッリは、まったく否定的で、ボンディに対し、194号法は、「国家の世俗性の原則を重んじた多くのカトリック信者の投票により、承認された」ことを思い起こさせている。

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2008年1月 2日 (水)

労働組合:減税を、さもなくばストライキを

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労働組合および左派は、給与に関して警告を発した。パドア=スキオッパ経済相が30日に述べた所得税減税が2008年前半には困難との見方に反発したものである(レプッブリカ、12月31日)。

この経済相の発言にもっとも失望したのは、Cisl (イタリア労働者組合同盟)の書記長ラッファエーレ・ボナンニであった。「われわれの要求は3点だ。多人数または障害者のいる家庭の控除額を上げること、企業契約での増額の課税免除、個人所得税率の見直し、である。その3点すべてについての交渉が必要で、それ以外の選択肢はない」。

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北部の空港の再編

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北部の空港の中でのミラノ・マルペンサ空港の位置づけが問題になっている(レプッブリカ、12月31日)。

2000年には、北部の空の旅客のうちマルペンサ空港の比率が50%あったが、今日では39%に下落している。

経済発展相のピエルルイージ・ベルサーニは、関係者を呼んで、イタリアの空港システムについて再考を促している。北部同盟をはじめとして、マルペンサを救えという声があがっている。

しかし、ベルサーニ大臣の考えでは、北部のハブ空港としてのマルペンサを救うのは、アリタリアではありえない。アリタリア自体が危機に瀕していて、救済されねばならないのである。

マルペンサ以外の北部の空港は、旅客数が大幅にのびている。

2000年と2007年(11月末まで)の変化は次の通り。

トリノ
2000年 280万人
2007年 322万人

ミラノ・マルペンサ
2000年 2071万人
2007年 2208万人

ミラノ・リナーテ
2000年 602万人
2007年 920万人

ヴェネツィア 
2000年 412万人
2007年 661万人

ベルガモ
2000年 123万人
2007年 528万人

ボローニャ
2000年 351万人
2007年 406万人

マルペンサ空港がハブ空港としての機能、インフラを整える前に、各地の空港に拡散してしまったのが現状である。

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北部、マルペンサ空港の扱いに不満

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アリタリアの売却に際し、ミラノ・マルペンサ空港の扱いに関して、北部から不満の声があがっている(レプッブリカ、12月30日)。

北部同盟のウンベルト・ボッシは、新年1月12日または19日にデモ行進をすることを呼びかけた。ボッシは、政府がアリタリアの売却先としてエール・フランスをあげたことが不満であり、また、これまでアリタリアの危機を支えてきたのにもかかわらず、(ハブ)空港をわれわれから取り上げるのか、というのが怒りの理由である。

これに呼応して、ロンバルディア州評議員のラッファエーレ・カッターネオ(フォルツァ・イタリア)やミラノの副市長リッカルド・デ・コラート(国民同盟)も、マルペンサ空港のハブ空港の地位を守るべきだという声をあげている。

これに対し民主党の州書記のマウリツィオ・マルティーナは、「今声を上げている人たちは、前政府にいた人たちだが、政権についていたときは何もしなかった。今必要なのは、対話で、デモ行進ではない」と返答している。

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2008年1月 1日 (火)

ベルトーネ:カトリックを抑圧しないで

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ヴァティカンの国務長官が民主党のヴェルトローニと会談し、現在の民主党の「世俗派」よりも、昔のイタリア共産党のトリアッティやベルリングェルの方がましだったと述べた(レプッブリカ、12月30日)。

ヴァティカンの国務長官であるベルトーネ枢機卿は、『ファミリア・クリスティアーナ』とのインタビューで、かつてのイタリア共産党のリーダーを賞賛した。「自分は、トリアッティやベルリングェルといった偉大な共産主義者、社会主義者のインテリを知っているが、彼らは世俗的だが道徳的なヴィジョンを持っていた。つまり、道徳的で正統的に倫理的なプロジェクトを信じていたのだ」と述べた。

第一共和制のころには、もっと(教会に対する)尊重があった、とも述べた。

長官は、また、最近、民主党のリーダー、ヴェルトローニとも会って、「交渉の余地のない」価値に関する議論をしたことを明かした。これは明らかに、家族や、事実婚、医学的遺言状(いわゆる尊厳死に関するもの)、受精卵の扱い、などに関する議論と思われる。

またインタビューの中で、長官は、新聞やテレビが「通常の家族」を扱わないようにしているとして非難した。

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