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2007年11月29日 (木)

星取り戦争、ミシュランはイタリアに辛い?

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ミシュランのレストランガイドの2008年度版が出たが、イタリアには点が辛い(レプッブリカ、11月28日)。

最高点の三ツ星を取ったレストランが、イタリアは5つしかない。

フランス 26
ドイツ  9
スペイン 6
東京   8
イタリア 5
イギリス 3
ニューヨーク3
ベルギーおよびルクセンベルク2
ラスヴェガス1

となっている。ミシュランの評価はフランス寄りまたは、フランス化した料理に高い評価を与える傾向があるが、フランス26軒、ドイツ9軒に対し、イタリア5軒というのは、まともな評価とは思えない。

ちなみにイタリアの5軒は次の通り。フィレンツェのエのテカ・ピンキオーリ、ノヴァーラ県のアル・ソッリーゾ、マントヴァ県のダル・ペスカトーレ、ポルデノーネ県のレ・カランドレ、ローマのラ・ペルゴラである。

バスキのヴィッサーニのようなイタリアの大物が入っていない。

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フィーニ、ヴェルトローニと会談

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国民同盟のフィーニと新民主党のヴェルトローニが会談した(レプッブリカ、11月27日)。

二人は一時間会談をし、別々に記者会見した。二人は、一連の改革についてはフィーリングのあうところもあったが、選挙法に関しては距離が残った。

フィーニは、「ヴェルトローニとは5分の4は同意した。少ないかなあ?」と冗談も出た。民主党と意見をともにしたのは、国会議員の数の削減、完全な二院制をやめ、連邦制上院を創設すること、首相や内閣により権限を与えることなどである。

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2007年11月28日 (水)

テレビを皆見るが、信頼するひとは少数

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ほとんど全ての人がテレビを見るが、信頼する人はわずかであることが世論調査で明らかになった(レプッブリカ、11月26日)。

Demos-Coop が実施した調査によると、情報源としてテレビはほとんどの人が毎日見ているが、信頼性の点では、ラジオ、インターネット、新聞より下位に置かれている。

質問項目として、情報を得るために、どの程度の頻度で次の手段を利用しますかという質問に対し、
テレビでは、週に数回という人が7、2%、毎日という人が87、0%。
新聞は、週に数回が33、2%、毎日が30、2%
ラジオは、週に数回が19、8% 毎日が41、1%
インターネットは、週に数回が13、8%、毎日が24、8%
週刊誌は、週に数回が27、5%、毎日が6、4%
衛星放送および地上波デジタルは、週に数回が10、5%、毎日が18、9%
となっている。

またこの調査では、信頼性のトップは、ラジオで60%、インターネットは36%、新聞は38%でテレビの30%を上回っている。

また、野党のリーダー、ベルルスコーニがメディアセット(民放)の所有者であるという状況は、1.情報の自由を損なうかどうか 2.政治の行方を左右しているかどうか という2つの質問に対し、

1.情報の自由を損なうと考える人は、
中道左派支持者  77、8パーセント
中道右派支持者  25、9パーセント
無党派      52、4パーセント

2.政治の行方を左右していると考える人は、
中道左派支持者  75、9パーセント
中道右派支持者  34、1パーセント
無党派      56、1パーセント

となっている。

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プローディ:アフガニスタンに留まるが、新たな戦略が必要

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イタリアはアフガニスタンに留まるが、新たな戦略は必要であるとの考えをプローディ首相は示した(レプッブリカ、11月26日)。

方針は一つで、国連での役割である。首相は、アフガニスタンでの負傷者が搬送されたアラブ首長国連邦のアブダビで負傷兵を見舞った。

首相は、「正確な計画があるわけではないし、会議も予定していない。が、ますます深刻になる問題に対する解決法を見いだすための共通の政治方針へと進む必要がある」と語った。

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2007年11月27日 (火)

カブールで自爆テロ、死者10人

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カブールで自爆テロがあり、10人が死亡した(レプッブリカ、11月25日)

アフガン人が9人、そのうち子供が6人、イタリアの軍人が1人亡くなった。イタリア人はダニエーレ・パラディーニ(写真)、准尉である。

事件は、バグマンというカブールの西15キロの地点で起こった。橋の再建を祝う行事に、35人のイタリア人兵士が護衛のため配置されていた。

犯人は外国人でパキスタン人ではないかと言われている。パラディーニ准尉は、カブールの軍病院に搬送される途中で死亡した。

他に、サルヴァトーレ・ディ・バルトロ大尉、ステーファノ・フェッラーリ大尉、アンドレア・バリアーニ上級伍長が負傷した。

ダニエーレ・パラディーニは1972年3月9日レッチェの生まれだが、家族とともにピエモンテに移住した。アレッサンドリア県のノーヴィ・リグレで育った。妻アレッサンドラと6歳の女の子イラーリアがいる。これまでに二回の海外派兵参加経験があった。1月にはイタリアに帰国する予定であった。

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家事を国内総生産に換算すると

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家事を国内総生産に換算すると、全体の3分の1に達するという研究がでた(レプッブリカ、11月24日)。

掃除、アイロンかけ、子育て、老人の世話、買い物、等々を国内総生産(PIL)に換算すると、32、9%、4330億ユーロに相当する。

この32、9%の主要部分、23、4%は女性が担っており、9、5%を男性が担っている。

今回のこの調査は、科学的に算出するためLavoce.info. の経済学者の協力を得た。時給を算出するのが一苦労だったようだ。

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フィーニとカジーニ、ベルルスコーニに対抗

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フィーニとカジーニは、ベルルスコーニの動きをポピュリズムであると批判した(レプッブリカ、11月24日)。

野党連合の Casa delle liberta' は崩壊状態であり、ベルルスコーニは新党結成を宣言しているが、国民連合のフィーニとキリスト教民主連合のカジーニは手を組んだ。

両者は、ベルルスコーニの新党をポピュリズムであると批判し、イタリアに必要なのは将来のプロジェクト(Progetti)であるとしている。この批判に対しベルルスコーニは、彼らがその調子ならそれで結構、われわれは有権者を重視する、と述べた。

カジーニはフィーニとの関係が枢軸(asse)であることは否定し、大きな敬意を持っているとしている。

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2007年11月26日 (月)

イタリアーロシア、天然ガスで包括合意

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モスクワで、イタリアとロシアが天然ガスを運ぶパイプラインの会社South Stream を設立した(レプッブリカ、11月23日)。

イタリアが天然ガスを買っている国は、比率の高い順にアルジェリア38%、ロシア35%、オランダ12%、ノルウェー8%となっている。

ロシアは2006年に価格の折り合いがつかずに、ウクライナへの供給をストップしたことがある。今回イタリアのENI とロシアのGazprom はロシアからヨーロッパへいたるパイプラインを作るプロジェクトを立ち上げた。ウクライナからは、黒海の地下を900キロメートルにわたり進み、対岸のブルガリアでふたたび地上にでる経路である。

最も深いところでは地下2000メートルに達し、技術的にも大きな挑戦となる。少なくとも150億ユーロを越える投資となる予定で、建設許可がおりてから、建設に3年はかかると見積もられている。

ブルガリアからは、二手に別れ、ドイツへいくコースとイタリアのプーリア州に向かうコースが想定されている。

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フィーニ、UDC との提携へ

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国民同盟のフィーニは、UDC との提携を視野にいれて動きだした(レプッブリカ、11月22日)。

フィーニによれば、もう野党連合《自由の家》(Cdl)は存在しない。国民同盟(AN)としても1995年以来の大きな次の一手となりそうだ。

フィーニは、1993年、ローマの市長に立候補し、そこそこの得票を得た。これによって MSI (ファシストの流れをくむ)が世間から認められるようになった。

1995年、フュッジで、《父祖の家に別れを告げ》、フィーニは、MSI を解散し、Alleanza Nazionale (国民同盟)を結成した。 

2001年フィーニは副首相として入閣し、2005年には外務大臣にもなっている。

今回の動きは、フュッジ2とも言える。フィーニは「このまま止まっていることはできない」と繰り返し、ピエル・フェルディナンド・カジーニのキリスト教民主連合との提携を視野にいれた動きをみせている。

カジーニとフィーニは、カジーニが米国から帰国後、会談する予定だ。

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RaiとMediasetをめぐる嵐

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Rai と Mediaset の間に、報道をめぐる秘密連絡網があったのではないかという疑惑は、激しい反応を引き起こしている(レプッブリカ、11月22日)。

労働組合 Cgil は、国営放送Rai 職員にクリスマス前のストライキを呼びかけている。

Rai の評議員3人は、この事件に関わった役員、ジャーナリストは辞任すべきだとしている。その第一歩として、総局長クラウディオ・カッポンは、内部調査の実施を決定した。

ベルルスコーニによって指名された公共放送Rai の人間と、彼の支配下にあるMediaset の人間が電話で連絡をとりあっているのは、ベルルスコーニのための権力の網の目が存在し、それが政治やテレビに関わる彼の権益を守っていたように見える。

民放Mediaset はこのような見方に激しく反発している。

Rai の側で素早く動いたのは与党に近い クルツィ、リッツォ・ネルヴォ、ロニョーニらである。

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ベルルスコーニによるRaiおよびMediaset の秘密支配網

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ベルルスコーニ政権当時、イタリアの二大テレビ網Rai と Mediaset にはベルルスコーニの協力者がいて、大事件や政治事件の報道の仕方を詳細にいたるまで、電話で打ち合わせていた(レプッブリカ、11月21日)。

Rai は国営放送であり、Mediaset はベルルスコーニ一家が直接所有する民放である。本来、Rai と Mediaset はライバルで競争しあうはずだが、大事件に関して調整していたことが明らかになった。政治報道に関してもそうだった。すべてに渡って、ベルルスコーニおよびその協力者の手が日常的に及んでいたのだ。

これは別件 Hdc の倒産をめぐる盗聴捜査から明らかになった。2004年末から2005年春にかけての調査である。当時 Rai の役員だったデボラ・ベルガミニと当時 Mediaset のナンバー3だったニッコロ・クェルチは電話で連絡をとりあって、報道方針を調節していた。両者とも、元ベルルスコーニの側近である。

Rai のテレビニュースTG1とメディアセットのテレビニュースTG5は、ディレクターたち(クレメンテ・ミムンとカルロ・ロッセッラ)が、まさに「チームプレイ」を演じていたわけである。

Tg1の政治記者は、ベルガミニに、やっかいな問題は番組の最後にまわしたと報告までしていたのである。

教皇の死や、地方選挙の報道についても打ち合わせがなされていた。地方選挙で、(ベルルスコーニにとって)悪い結果となった場合には、やわらげて報道するという方針が確認されていたのである。

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2007年11月25日 (日)

フィーニ、ベルルスコーニと決裂

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フィーニがベルルスコーニと決裂した(レプッブリカ、11月21日)。

野党連合の《自由の家》(La Casa delle liberta')は崩壊状態となった。

フィーニは、国民連合の票がベルルスコーニの新党に流れると考えるとしたら、大間違いだと批判した。としながらも、フォルツァ・イタリアやなんとかいう党(Come diavolo si chiama)に対して対話の用意はあるとしている。

ベルルスコーニは、選挙法改正がなったあとには、新民主党と(与野党の)大連合の可能性も示唆している。ただし、フィーニ抜きということになる。

キリスト教民主連合のカジーニは、このベルルスコーニ案に対し、満場一致的選択(le scelte plebiscitarie)であるとして批判的である。

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与野党対話の用意

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野党の盟主ベルルスコーニは与党と話し合いをする用意があると申し出た(レプッブリカ、11月20日)。

与党側のプローディやヴェルトローニは慎重に対応している。というのも、選挙法に関して、ドイツ方式をめぐり改正法案をつくることには同意しているが、ベルルスコーニは、法案ができたらすぐに、即ち2008年中に選挙を実施したいとしているからだ。

ヴェルトローニやプローディは、対話は歓迎だが、2008年は国会改革にあてるべきであるとの考えを示した。また、首相府は、ベルルスコーニの新党に関しては、時期尚早を理由にコメントを控えた。

プローディ首相は、ドイツの新聞に対し、イタリアに必要なのは二大政党であると述べた。

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シエナ銀行と新民主党

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シエナ銀行がアントンヴェネタ銀行を吸収したのと新民主党の誕生は時期が重なっている(レプッブリカ、11月19日)。

モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行がパドヴァのアントンヴェネタ銀行を買収合併したのは、新民主党がミラノで発足したのと、時期的に重なるのは、運命のいたずらであると、シエナ銀行の会長ムッサーリは述べた。

シエナは人口5万5千人の都市であるが、シエナ銀行がイタリア第三の銀行グループとなることによって、イタリアの資本主義で大きな役割を示すことになりそうだ。

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野党に緊張、ベルルスコーニ新党結成か?

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野党連合内の緊張が高まっている(レプッブリカ、11月19日)。

ベルルスコーニのリーダーシップに疑問が呈されたが、ベルルスコーニは逆に、自らの政党フォルツァ・イタリアを解散し、新たな人民の党を作ることを提案した。フォルツァ・イタリアを解散して、《Partito del popolo italiano delle liberta'》(自由イタリア人民党)というものを結成するとしている。

これに対し、北部同盟のウンベルト・ボッシは、プローディに有利になるだけだ、とそっけない。

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2007年11月23日 (金)

宗教の時間、北部で受けぬ生徒増える

Ora_di_religione イタリア北部では、高校生で宗教の時間を受けない生徒が四分の一に達している(レプッブリカ、11月19日)。

宗教の時間は選択で受けないで別の活動をすることも可能であるが、宗教の授業を受けない生徒の比率がじょじょに増加している。

トリノ、ヴェネツィア、ジェノヴァでは33パーセントが受けていない。

フィレンツェでは、58,8パーセント、ボローニャでは47パーセントが受けていない。ローマではその傾向はやや薄まって30パーセントにとどまっている。

2000-01年には宗教の授業を受けていない高校生は21万8千人だったが、現在は30万人に達している。

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フィーニ、ベルルスコーニに最後通告

Fini 国民連盟のジャンフランコ・フィーニは、野党連合の盟主ベルルスコーニに最後通牒をつきつけた(レプッブリカ、11月18日)。

ベルルスコーニは、プローディ政権を1年半にわたり倒そうとしてきたのは自分だけだと主張しているが、フィーニは野党はそれぞれが、やり方は異なる方法で倒閣を目指してきたのだと反駁している。

その上で、ここで戦略を変えないのなら、もう野党連合はおしまいで、野党はそれぞれの道をばらばらに進んでいくしかない、と述べた。

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2007年11月22日 (木)

ディーニ:与党にとどまるが、プローディ政権は末期だ

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ディーニは、与党にとどまるが、プローディ政権は最終局面にあるとの認識を示した(レプッブリカ、11月17日)。

ランベルト・ディーニ上院議員は、彼のグループ、自由民主党(liberaldemocratici)が野党には移らないと断言した。

さらに、プローディ政権では入閣しないし、内閣改造は役に立たないとの見通しを語った。

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2007年11月21日 (水)

修正予算案通過

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上院で、修正予算案が通過した(レプッブリカ、11月16日)。

修正予算案は財政法により、予算案をその年ごとの条件を勘案して修正したものである。政府案は、上院で161票の賛成、157票の反対により通過した。

プローディは勝利し、パドア=スキオッパ財務大臣と抱き合った。逆に、野党のベルルスコーニは、政府が倒れると言い続けていたので、野党内に亀裂が入りそうだ。

四人の終身議員、レーヴィ・モンタルチーニ、チャンピ、スカルファロ、コロンボは、与党と投票行動をともにした。コッシーガは反対票を投じた。

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ピノッキオ、テレビ映画化

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RAI がピノッキオを再びテレビ映画化する(レプッブリカ、11月15日)。

監督は、アルベルト・シローニ。妖精はヴィオランテ・プラチド。しゃべるコオロギはルチャーナ・リッティッゼット(写真)。

原作とはことなりコオロギは死なない。また、原作者カルロ・コッローディ(演ずるのはアレッサンドロ・ガスマン)も冒頭にそして語り手として登場する。

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2007年11月20日 (火)

アリタリア、赤字幅縮小

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アリタリアの今年の赤字幅は昨年に比べて減少した(レプッブリカ、11月14日)。

第3四半期の赤字は5800万ユーロで、昨年の同期に比べて900万ユーロの改善がみられる。売り上げは3300万ユーロの漸減で、2006年に比べ乗客が4、6%減少、貨物は6、5%の増加となっている。

2007年はストライキのため、1億1100万ユーロの収入減となっている。燃料費に関しては、ユーロ高と消費減のため、2006年と比して2200万ユーロ削減できている。

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2007年11月19日 (月)

《Ettore Bastianini Recital》

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CD 《Ettore Bastianini Recital》を聴く(ANDRCD9022).

Andromeda というレーベルからでた新譜である。1954年から1957年のライヴ録音を中心に、ヴェルディ・バリトン、エットレ・バスティアニーニの最盛期の声が収録されている。

バスティアニーニの声は、青銅のように強く、ビロードのように柔らかい声(una voce di bronzo e di velluto)と称せられた。つまり、声の表情の幅が大きく、強い声、柔らかい声が、曲想に応じて自由自在に使い分けられるのである。これは同時代人でたびたび共演しているソプラノのマリア・カラスやメゾソプラノのシミオナートにも共通する特徴である。ただし、強調しておきたいのは、こうした声の表情の使いわけが、技巧を誇示するためではなくて、あくまでも、オペラという劇のドラマ性を高めるために使われているのである。

それはトラック12のヴェルディの《仮面舞踏会》の 〈Eri tu (お前こそ心を汚すもの)〉や、トラック15の《ドン・カルロ》の〈Per me giunto(わが最後の日)〉を聴くと、如実にあらわれている。《仮面舞踏会》では、レナートは、国王に忠誠を尽くしているが、国王が自分の妻を奪ったと誤認する。自分の忠誠を裏切ったことへの怒りを歌う表現と、妻アメリアとのかつての甘い思い出を歌う表現方法は、両極端のはずである。バスティアニーニは、あまりに自然な形で緊張とリラックス、声の強弱をつけていくので、聴き手は、彼の怒り、悲しみに、すっと感情移入してしまうのである。これが、表情をつけすぎれば、かえって逆効果になったり、場合によっては技巧のひけらかしが鼻につくということになるのは言うまでもない。

トラック15の《ドン・カルロ》では、ロドリーゴは、王子ドン・カルロに王国の将来、フランドルの解放を託す。ロドリーゴは忠臣でありながら、フランドルに関しては危険思想の持ち主であるため、暗殺されるが、死の間際の歌が〈わが最後の日〉である。 ここでも、死の間際によぎる哀惜の念、カルロとの友愛、フランドルへの思いなどが、甘美な音色から強い音まで、技巧が完璧であることによって、逆に技巧を感じさせず、ごく自然に表現しているように聞こえるのである。技巧は、100%音楽に奉仕している。

こうした表現法は、技巧の完璧さだけでなく、歌手バスティアニーニが、ヴェルディを心から尊敬していたゆえでもあると思う。バスティアニーニの伝記《君の微笑み》(フリースペース)にも記されているし、来日した際にインタビューした音楽評論家、黒田恭一氏も記していることであるが、バスティアニーニはヴェルディのオリジナル写真を持ち歩き、大事にしていたのであり、晩年には肖像画も苦労の末入手していた。その敬愛の念の深さにはなみなみならぬものがあったと想像される。

このレコードでは、《エルナーニ》、《イル・トロヴァトーレ》、《椿姫》、《仮面舞踏会》、《運命の力》、《ドン・カルロ》、《オテッロ》(ここでは、ティト・ゴッビの名唱とは全く異なった〈クレード〉を聴くことができる)といったヴェルディのオペラのアリアをライヴ中心に聴くことができるが、他に、ロッシーニの《セビリアの理髪師》、チャイコフスキーの《マゼッパ》(バスティアニーニはバリトンとして再デビューした初期のころ、フィレンツェ5月祭でいくつかのロシア・オペラを歌っている)、ポンキエッリの《ジョコンダ》、プッチーニの《外套》からのアリアなどがおさめられている。

バスティアニーニはアリアはもちろんであるが、アリアからレチタティーヴォへ、レチタティーヴォから歌う部分への移行が実に巧みで、レチタティーヴォの部分も実に音楽的、即ちリズムと詞に調和がとれている。棒読みのところはまったく存在しない。そのため、劇が全体として連続性が保たれていくのである。それは、ここに収められているオペラの全曲盤を聴いてみれば一層明らかである。

さらに、バスティアニーニの歌詞の発音の明瞭さ、フレージングの美しさは比類がなく、両者があいまって、表現として自然な感情表出が感じられながら、歌詞が非常に聞き取りやすいのである。この点に関しては、テノールのマリオ・デル・モナコもバスティアニーニを模範としていたとインタビューで語っている。

このCDはニュー・リマスタリングと書かれているが、1950年代のライヴ録音なので、かつてCD化されていたものには、結構ノイズがのっていた(それも曲の世界に入りこんでしまえば、大して気にならないのであるが)が、今回はノイズ処理を行った模様で、ノイズが大幅に削減、ほとんど聞こえなくなっている。

はじめてバスティアニーニを聴く人には是非お勧めしたいCDである。

輸入盤であるが、輸入盤を扱う大型レコード店のほか、タワー・レコードやHMVの通信販売でも買うことができます。

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正教会、「教皇は第一の総主教である」

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正教会とカトリック教会の間の46項目にわたる合意文書が作成された(レプッブリカ、11月14日)。

これは10月ラヴェンナで催された両教会の代表者による会議の成果である。究極的には、東方教会と西方教会の統一を目指している。

46項目の合意文書は、過去の分裂を克服し、統一するために解明されねばならないテーマを示したものである。それゆえ、ローマの司教(教皇)の首位性は認められたが、その第一の座の司教の役割がどんなものであるのかは、これから解決(合意)しなければならない。

文書では、3つの根本概念を規定している。キリスト教の信者集団、公会議の性格、権限である。

文書のなかでは教皇は常にローマの司教あるいは、5人いる総主教の1人として言及されている。

モスクワのアレッシオ総主教は、コンタンティノープルの総主教の優位性を認めず、また、旧ソ連におけるカトリックの教区における活動を認めず、代表団は、ラヴェンナでの会議を退場してしまった。

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警官は、構えて発砲した

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ラツィオのファンが殺された事件で、発砲した警官は両手で銃を構えて撃ったとの証言がある(レプッブリカ、11月13日)。

警官の名は、ルイジ・スパッカロテッラ、31歳。彼の発砲により、ガブリエーレ・サンドリ(写真)、28歳が死亡した。場所は、高速道路のサービス・エリア。

警官の側は、ショック状態で、「なぜ発砲したのかわからない」と供述している。捜査官は、サービス・エリアの監視ヴィデオの映像を調査している。

2発のうち1発は水平に撃っているので、故意の殺人罪で起訴される可能性がある。

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2007年11月18日 (日)

ラツィオのファン死亡

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ラツィオのファンが警官の発砲により死亡した(レプッブリカ、11月12日)。

死亡したのは、ガブリエーレ・サンドリ、26歳。ラツィオのファンで、ルノー・シェニックに乗って友達4人とともにアレッツォにやってきた。

ユヴェントゥスのファンとの小競り合いがあったともいわれるが、警官の発砲した弾がガブリエーレに当たるまでの状況には不明な点が多い。

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パレルモで、企業家がマフィアの恐喝にノー

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パレルモの商店主、企業家がマフィアの恐喝にノーという集会を開いた(レプッブリカ、11月11日)。

同じビオンド劇場で、3年前にイタリア経団連がマフィアと恐喝のテーマで集会を開いたときはがらがらだったが、今回は満員となった。

これまでにもかけ声は何度かあったマフィアに見か〆料を払わない運動が現実に根ざしたものとなるかが注目される。

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シエナ銀行、アントンヴェネタ銀行買収で株価下がる

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アントンヴェネタ買収の金額が高すぎると市場は判断し、シエナ銀行の株価が下がった(レプッブリカ、11月10日)。

モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行による突然の買収劇を、株式市場は、90億ユーロは高すぎると判定した。シエナ銀行の株に売りが集中し、10、56%の下落となった。

プローディ首相はこの買収を肯定的にとらえて、「イタリアの銀行界に第三のグループができたことは、たしかに、肯定的まなざしで見るべきだ」とコメントしている。

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2007年11月17日 (土)

フィーニ、女優との間に子供

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国民同盟の党首ジャンフランコ・フィーニは、女優との間に子供ができた(レプッブリカ、11月10日)。

フィーニはこの夏、妻との別居を明らかにしている。女優はエリザベッタ・トゥッリアーニ、35歳。イタリアのコメディーのスター、ルチャノーネ・ガウッチの元彼女である。フィーニとの政治的な共通点はない。

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選挙法改正、UDC交渉に加わる姿勢

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新民主党のリーダー、ヴェルトローニの選挙法改正の呼びかけに対し、野党ではUDCのカジーニが対話に応じる姿勢を見せている(レプッブリカ、11月10日)。

野党全体のリーダーであるベルルスコーニは拒絶したにもかかわらず、キリスト教民主連合(UDC)のリーダー、カジーニは対話に応じる姿勢を示し、ドイツ式で、政党には最低得票率5−6%を求めることに賛成している。

ヴェルトローニはドイツ方式にスペイン方式の要素を加えた方式を考案中である。

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2007年11月15日 (木)

恋するドン・サンテ、トラック運転手に

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教区の女性に恋をした神父ドン・サンテは、今、トラック運転手をしている(レプッブリカ、11月8日)。

ドン・サンテ・ズグォッティは、パドヴァの司教から職務を中断されたが、数日前からトラック運転手をしている。建設会社で、大きなトラックを運転しているのである。雇い主は、立派な勤め人だと述べている。ただし、脇にマネージャーがついていて、パパラッチを追い払っている。

下の写真が、ドン・サンテが恋に落ちた女性タマラである。

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ルクスリア、結婚式の証人になれない?

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ルクスリア議員が、従姉妹の結婚式の証人になれる、なれないで司教ともめた(レプッブリカ、11月8日)。

ルクスリア議員が transessuale (性同一性障害者)であるために証人にはなれないといわれ、マスコミを通じて抗議をしたが、司教館は否定しなかった。しかし、後になって、フォッジャ(プーリア州)の司教フランチェスコ・ピオ・タンブッリーノはルクスリアは18歳に達しているので、法的に、証人になれると認めた。しかし、結婚の秘蹟は男性と女性を結ぶものであることは明確にしておかねばならないと念をおした。

ルクスリアは、皮肉たっぷりに、「司教に感謝するわ。わたしのことを、最初は18歳以下だと思ってくださったのだから」と言った。

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ガリバルディは英雄ではない?

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北部同盟の議員が、ガリバルディ生誕200年の会議を襲撃し、ガリバルディは英雄ではない、とするアジびらを配布した(レプッブリカ、11月7日)。

下院モンテチトーリオで開催されたガリバルディ生誕200年を記念する会議に、約10名の北部同盟の議員が《Padania Libera》(自由なパダーニャを)と書かれた横断幕を持って、副代表のアンドレア・ジベッリを先頭に闖入した。ビラには、「英雄なものか。我が国の広場からガリバルディの銅像を取り除け」と書いてあった。

この抗議行動は、イタリアの統一への反対(北部同盟は、イタリアという国家からの分離・独立を目指している)がキーとなっている。ビラには、ガリバルディは「裏切り者、傭兵、フリーメーソン、教会の敵、奴隷商人、詐欺師、家畜泥棒、戦争犯罪人」であると、さんざんにこき下ろしている。

与党の議員セヴェリーノ・ガランテ(Pdci)は、野卑な修正主義だと批判している。

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エンツォ・ビアジ逝く

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ジャーナリストのエンツォ・ビアジが亡くなった。87歳だった(レプッブリカ、11月7日)。

ビアジは8月9日に87歳を迎えた。最近、10日間、ミラノの病院に肺や心臓関係の疾患のため入院していた。葬儀は、生まれ故郷のピアナッチョというボローニャ・アペニン山地の小さな町でいとなまれる。

ビアジに対しては政界からもその逝去を惜しむ声が各方面から聞かれた。下院議長のファウスト・ベルティノッティは、「戦後のイタリアで最も重要なジャーナリストの一人」と位置づけた。

プローディ首相は、前ベルルスコーニ政権の際に起こった、公共放送RAI からビアジ、サントーロ、ルッタッツィが追放された事件を振り返った。この事件にビアジはひどく怒っており、これは自由に対する攻撃だと心配もしていたことを明らかにした。

これに対し、ベルルスコーニは表立った返答はしていない。

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郷富佐子著『バチカン』

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郷富佐子著『バチカン』(岩波新書)を読んだ。

副題は、「ローマ法王庁は、いま」とある。大変興味深い本だ。そこに盛り込まれた情報も充実している。郷富佐子氏は、朝日新聞の記者で、ローマ特派員だったが、当時から彼女の書く特集記事は、日本のイタリア関係者の間でもしばしば評判となっていた。

しかしながら、新聞のコラムはスペースが限られている。このたび新書という形で、特派員時代の記事と同じ内容も含まれているが、それをはるかに上回る情報量を持つ本書が登場した。

郷氏ならではの情報は、ヴァティカンの記者クラブに関するもの。あるいは、ヴァティカンにはヴァティカニスタとよばれる番記者がいるのだが、しかもその人達は、何年、何十年にもわたってヴァティカニスタをつとめるのである。彼らのヴァティカンでの生態も、そこに所属した人ならではの貴重な証言と言えよう。

全体として見ると、副題にあるように、現在の法王庁を中心に記述はすすむ。主としてジョヴァンニ・パオロ2世(ヨハネ・パウロ2世)と現法王のベネデット16世(ベネディクト16世)の言動、そしてそれが引き起こした影響や波紋についてジャーナリスティックな記述で、スピード感をもって読み進めることができる。

2章では、バチカン小史もあるので、簡潔ながら、入門としてはわかりやすい形で、バチカンの歴史に触れることができる。当然だが、バチカンの歴史は2000年におよぶもので、それを新書のしかも1章で語りつくせるはずもない。著者もそのことは100も承知で、むしろエピソードから歴史の厚みが垣間みられるように、という工夫が見える。

だが、僕は、この本の最大の長所は、バチカンが国家で、政策、戦略をもって外交や政治、イタリア政治への影響力の行使を行っているというイタリア人なら誰でも知っている事実を、実にわかりやすく、具体的なエピソードを通じて記述していることだ。

国家には、内政や外交があり、財政問題があり、政策や戦略があるというのは、当たり前すぎるくらい当たり前のことであるが、バチカンの場合、カトリックの総本山であるという性格も持っているため、一般の日本人には、国家としての性格が捉えにくくなってしまっているように思えるし、ローマ法王(教皇)についても、その国家の首長であるという性格が、日本の言説のなかでは、見えにくくなっていたと思う。

郷氏の著書では、そこが新聞記者らしく、さまざまな社会問題(たとえば事実婚)に対し、ヴァティカンはどういった方針を持っているのか、その方針を実現するためにどう振る舞ったのかを、観念的にではなく、事実に即して、スピード感をもって、臨場感たっぷりの描写がなされる。

郷氏の眼で見たバチカンが、率直に語られていて、先入観で眼がくもっていることがない。バチカン公会議に関しては、著者の意見、大胆な提言(第三バチカン公会議開催の必要性)もある。一つだけ無い物ねだりを言わせてもらうと、法王の代替わりの章で、現在のベネデット16世が選出されるにあたっては、オプス・デイという修道会の影響力が強かったとされているが、修道会の勢力図や派閥関係については、本書では触れられていない。イタリア人があつまるとすぐに派閥ができると言われている。バチカンも比率としてはイタリア人が多い組織である。たとえば、かつては、イエズス会の影響力が強かった時期もあったのだろうし、現在は、オプス・デイの影響力が強いとも言われている。そういった記述を期待したいところであったが、新書という器では、スペースが足りなかったのかもしれない。

全体としては、久々に、とても充実した新書を読んだ、という感想を持った。

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2007年11月14日 (水)

マフィアの将来

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マフィアは連続して大ボスが逮捕されたことで、分裂の危機をはらんでいるようだ(レプッブリカ、11月6日)。

ベルナルド・プロヴェンツァーノの逮捕によりコルレオーネ派とパレルモ派の対立が生じ、その対立で弱体化している。即ち、はじめて、マフィアの重要な特徴であった頂上組織(縦割りの権力集中)が崩壊の危機にある。

検察官側でも、マフィアは数年前に比べて、垂直的でなくなり、より水平的な組織になりつつあると見ている。パレルモは今や8つの区画にわかれ、その下に27のファミリー(famiglie)に分かれ、5700人のマフィアがいる。

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マフィアのボス、逮捕さる

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マフィアの大ボスが逮捕された(レプッブリカ、11月6日)。

シチリア・マフィアの大ボス、サルヴァトーレ・ロ・ピッコロが逮捕された。彼は警察が踏み込もうとしたとき、会計を点検し承認しつつあるところだった。

彼は24年にわたり潜伏していたが、その隠れ家には息子サンドロと、二人の潜伏者アンドレア・アダモとガスパーレ・プリッツィも潜んでいた。警察の物音を聞いて、彼らはすぐにピストルを取りに走った。家にはスミス&ウェッソン8丁(セミオートマ)があり、1丁は、消音装置つきだった。

サルヴァトーレ・ロ・ピッコロ、通称バローネ(男爵)は、ザ・ブリッジ製のバッグをもってバスルームにかけこんだ。2006年4月11日にプロヴェンツァーノが逮捕されたのち、更新したコーザ・ノストラ(マフィアの別称)の帳簿を消滅させるためである。

警察側は40人の武装警官。何発か空にむけて銃をはなち、交渉は始まった。言葉がかわされ、長い沈黙のあと、ロ・ピッコロ自身が「うつな、降伏する。一人一人出て行く」と宣言した。

逮捕後、警察が踏み込むと、帳簿は、トイレの貯水タンクで発見された。帳簿には、彼らの恐喝先や見ケ〆料の徴収先が書かれていた。「このため、作戦は特別価値ある成功をおさめたのです」と作戦の指揮にあたったガエターノ・パーチは語った。

帳簿によれば、収入は月300万ユーロ。ノートやカードには、丁寧に商店の名前が書かれていた。街の中心部のスーパーマーケットは月5000ユーロも払っていた。また、建築業者は、請け負いの3%を支払わされていた。

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ロッシ、ヤマハに怒る

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今シーズンのモトGPで3位におわったヴァレンティーノ・ロッシがヤマハに怒りをぶつけた(レプッブリカ、11月13日)。

スペインでの最終戦も車体の不調でリタイアに終わった。ロッシは怪我をおして出場し、14位を走行中だったのだ。その結果、ここまで年間タイトル2位を保ってきたものを、ペドロサに抜かれ3位になってしまった。ロッシは、「二位のタイトルを失ったのは、僕じゃなくて、ヤマハのせいだ」と憤懣やるかたない。

その結果、ヤマハとロッシとの話し合いで、来期は、タイアをミシュランからブリヂストンに変えることが決まった。しかし問題は、タイアだけでないことはロッシもよくわかっている。今期後半、ホンダのマシーンは改良が加えられていたが、ヤマハは不十分だった。「これは2008年のことを考えると心配だ。でも、ぼくは信頼もしたいと思う。われわれはみな知性をもった人間なのだから、失敗から学ぶ必要がある」。

ヤマハのティーム・マネージャのダヴィデ・ブリヴィオは「われわれはヴァレンテイーノに詫びなければならない」と言い、謝罪は受け入れられた。あとは、結果を出すのみだ。

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2007年11月13日 (火)

お詫びとお断り

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管理人の不注意で、コリエレ・デッラ・セーラの予約購読の継続手続きを失念し、11月3日以降のコリエレ・デッラ・セーラ紙が配達されなくなってしまいました。(数年前までは、もうじき切れるというアナウンスの手紙が来たのですが。。。)
手続きが完了し、再び配達されるようになるまで、レプッブリカ紙をインターネットで購読する予定です。
ブログの副題とずれてしまいますことをお詫びすると同時に、ご了解のほどお願い申し上げます。

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マルキオンネ、フェッラーリをこわす

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フィアットの社長マルキオンネが交通事故でフェッラーリをぐしゃぐしゃにしてしまった(レプッブリカ、11月4日)

フィアット・グループの社長セルジョ・マルキオンネは、20万ユーロもする愛車フェッラーリを、スイスの高速道路、ジュネーヴ・チューリッヒ間で、ルノーに追突し、ついでガードレールにぶつかりこわしてしまった(写真)。前をいくルノー・ラグーナが、急ブレーキをかけたのに対し、マルキオンネもブレーキをかけたのだが、間に合わず、追突してしまったようだ。

マルキオンネのフェッラーリは、599Gtbフィオラノの赤で、600馬力以上ある。マルキオンネには巨額の罰金が課せられる可能性がある。

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2007年11月11日 (日)

ボローニャは衰退しているか

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ボローニャの枢機卿カッファッラが、ボローニャの現状を厳しく批判した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日、3日)。

カルロ・カッファッラ枢機卿は、前教皇ジョヴァンニ・パオロにもっとも近い人物の一人で、彼によってボローニャの大司教に任ぜられ、現教皇ベネデット16世によって枢機卿に任ぜられている。

彼は現在のボローニャの状態を衰退ととらえて厳しく非難した。コリエレ・デッラ・セーラ紙のインタビューに答えて、ボローニャの年配の市民は、最近の状態をますます悪化していると嘆いている、としている。ボローニャには大きな可能性があるのに、それがブロックされているように見える。徐々に汚くなってきて、住民のなかには何をしても合法なのだと考えるものもいる。

教区教会の食堂に並ぶ列が日に日に長くなっている。貧しい人がますます貧しくなっているのだ。しかもそれは、第三世界からの移民ではなくて、ボローニャ人なのだ。

これに対し、ボローニャ市長のセルジョ・コッフェラーティは、ボローニャに問題があることは認めつつも、それはイタリアのみならず、世界的規模で生じている問題で、パリやロッテルダム、アムステルダムで起こったような暴力事件がボローニャでは幸い起こってないことを指摘している。

これに対し、ボローニャ市長のセルジョ・コッフェラーティは、ボローニャはイタリアのみならず、地球規模で起こっている問題に直面しているのだという。しかし、その問題に対し、パリやロッテルダム、アムステルダムで生じた暴力が幸いボローニャでは生じていない。

ボローニャの知識人のなかには、枢機卿に同意し、いきすぎた寛容さが存在していると指摘する人もいる。

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2007年11月10日 (土)

ルーマニア人、襲撃される

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ローマ郊外で、ルーマニア人が人種差別的襲撃にあった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月3日)。

襲撃したのは、10人ほどで全員顔をヘルメットや野球帽などでかくしていた。女性も1人いた。場所は、トール・ベッラ・モナカというローマの郊外のスーパーマーケット。

先日、ジョヴァンナ・レッジャーニという女性がルーマニア人に襲われ、死亡した事件と関連したものと思われるが、ヴェルトローニ市長は、襲撃事件を激しく非難し、「憎しみは、われわれの共同体の価値観とは相容れない」と述べた。

また、先日死亡した女性の夫は、「一人一人のロム、一人一人のルーマニア人、一人一人のイタリア人を区別した考えることが必要で」、外国人をいっしょくたにして憎悪の対象とすべきではないとしている。

ルーマニア人で負傷したのは、三人。そのうち一人は重傷を負った。

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2007年11月 9日 (金)

ルーマニア人、4人追放

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ミラノ県知事の命令で4人のルーマニア人が国外退去になった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月3日)。

政府の暫定措置令により、国外退去を命ずる権限が県知事に与えられたが、最初の命令は4人のルーマニア人に対してくだされた。

ミラノーブカレストの片道切符である。知事ジャン・ヴァレリオ・ロンバルディは、「彼らは、度重なる犯罪で告発され、有罪とされており、治安に害を与える人物である。社会的に危険であり、社会にとけこむ意志がみられない」としている。

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2007年11月 8日 (木)

ジョヴァンニ23世の日記公刊

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教皇ジョヴァンニ23世の日記が出版される(コリエレ・デッラ・セーラ、11月3日)。

出版されるのは、1958年から1963年の日記で、ジョヴァンニ23世が教皇に選出されてから、死にいたるまでの期間である。

ジョヴァンニ23世、アンジェリーノ・ロンカッリは、ベルガモ県のソット・イル・モンテに1881年に生まれる。1958年10月28日に教皇に選出され、ジョヴァンニ23世を名乗った。1959年にヴァティカン公会議を招集し、ローマで1963年から開催した。1963年に死亡。2000年にジョヴァンニ・パオロ2世により、福者に列せられた。

本のタイトルは、Pater amabilis. Agende del pntefice 1958-1963 (Istituto per le scienze religiose di Bologna, pp.567, 50ユーロ)。ロンカッリ教皇は、若い頃から67年にわたり日記をつけていた。

第二ヴァティカン公会議は、現在もなおヴァティカンに賛否両論のある大事件であった。その大事件を引き起こした教皇の日記は現代史の証言としても興味深い。

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Romeni と rom

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Romeni と rom の違いを説明しているコラムがあったので紹介する(コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日)。

Rom は人であり、romeno はルーマニアの住人である。ロムは、世界中に住んでいるある民族(アメリカやブラジルにもロムはいる)であるが、国家を持たない。

それに対しロメーニは、国家を持つ。ルーマニアという国家で、国境や政府を持っている。ただし、ロムがルーマニア国民であることがある(イタリア人、フランス人、ブルガリア人であることもあるわけだが)一方で、すべてのルーマニア人がロムであるわけではない。それどころか、ルーマニアにおいては、ロムは人口の2、5%にすぎない。

ロムとロメーニは、われわれイタリア人の認識のなかではたがいに入り組んでいる。rom と romeno という二つの語が形も似ているので混乱してしまうのである。

ロメーニ(ルーマニア人)は、2200万人強で、1月からEUに加わった。ロムは、ヨーロッパには、1400万人いて、自分の生まれた国のパスポートを持っている。イタリアには16万人のロムが暮らしているが、そのうち5万人がイタリア人である。イタリアのサーカスでもっとも重要な二つのファミリー、オルフェイ家とトーニ家はロムである。

ロムのなかには、キリスト教徒も、イスラム教徒もいる。一方、ロメーニ(ルーマニア人)は、その87%が(ギリシア)正教徒である。

最新の統計によるとイタリアにはロメーニが50万人以上いる。


以下、管理人の感想およびお断りーー上記の記事が書かれるのは、ロムとロメーニがイタリア語ではしばしば混同されて持ちいられているからである。日本語で、たとえばルーマニア人とジプシー(厳密に言えばロムと同一ではないが)と表記した場合には混同は起こりようがない。これまでの記事でも、発話者や記者の表記に混同と思われる場合がしばしば見られたため、管理人の判断でロメーニとあるのに、ロムと解釈して紹介したことが何度かありました。どうぞ、ご了承ください。

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外国人犯罪と強制退去

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ローマで女性殺害事件が起こったのを機に、外国人の強制退去の権限を県知事に与える暫定措置令が承認された(コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日)。

政府は、様々な法案を含む治安に関する一連の施策にとりかかっていた。犯罪行為に未成年を利用することを取り締まることや、治安を理由にEU市民を国外退去にする権限を知事に与えることなどが含まれていた。

ローマのトール・ディ・クィントで女性が暴行され、死亡した事件を機に、法案は、大急ぎで、暫定措置令に変わった。容疑者のルーマニア人は、自分はバッグを盗んだだけだと主張している。

この動きに対し、国民同盟のフィーニは批判的である。また、この事件がたとえばミラノでなく、ローマで起こったから暫定措置令がしかれたのではないか、という批判もある。

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2007年11月 6日 (火)

エピファーニ、減税をもとめる

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労働組合 Cgil (イタリア労働総同盟)のリーダー、エピファーニが減税を要求した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月31日)。

エピファーニの求める減税の内容は、5年間にわたって徐々に控除額を増やしていくというもの。その結果として、労働者一人あたり平均で、ひと月あたり100ユーロの減税になることをめざす。

この議論は、イタリア銀行総裁マリオ・ドラーギのイタリア人の給与は低すぎるという議論に触発されたものである。

この減税策を実施するために必要な財源は、150億ユーロにのぼる。

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2007年11月 5日 (月)

教皇、薬剤師に良心的拒否もとめる

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教皇ベネデット16世は、中絶と安楽死に関し、薬剤師にその薬の提供を拒絶する良心的拒否を求めた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月30日)。

特に問題となったのは、モーニングアフターピル(pillola del giorno dopo)と呼ばれる受精卵の着床を防ぐ薬である。この薬はヨーロッパでは何年も前から使用されている。最初に合法化したのはフランス。イタリアには、2000年11月に入ってきた。医師の処方箋が必要である。

この求めに対し、Ordine dei farmacisti はこれを支持しているが、Federfarma は反対している。

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《詩の住む街−イタリア現代詩逍遥》

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工藤知子訳/著《詩の住む街ーイタリア現代詩逍遥》(未知谷)を読む。

現代といっても、かなり同時代に近い詩人が収められている。アルダ・メリーニ(1930ー )、マリーア・ルイザ・スパツィアーニ(19240−  )、サンドロ・ペンナ(1906−1977)、アメーリア・ロッセッリ(1930−1996)、アンドレーア・ザンゾット(1921− )、マリオ・ルーツィ(1914−2005)の6人の詩が訳出されている。
どの詩人も、日本語で読む機会はほとんどないと思うが、おのおの独自の世界を持ち、充実した詩を書いていることがわかる。

イタリアの現代文学が翻訳されるのは、たとえば英文学にくらべるとずっと稀であるが、それが現代詩ともなれば一層まれで、皆無に近いといったほうがよいだろう。

その点だけでも、この本は大変に価値ある本と言えるだろう。訳文は、こなれた角のとれた日本語にすることはあえてせず、むしろイタリア語のレトリックを感じさせるものになっていて、新鮮であり、鮮烈な言葉、フレーズが次々に繰り出される。

第二部は著者のエッセイ。第三部は、著者のレオパルディ論が収められている。レオパルディ論も、あまりに宗教的で奇矯な母、慈愛に満ちた手紙を交換した妹との関係がわかり興味深い。

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内閣不支持増える

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内閣の不支持者が増え、早期の選挙を求める人が40%に達した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月29日)。

10月24日に実施した世論調査によると、内閣は辞職して選挙をすべきと考える人が40%、選挙でなく、内閣を変えるべきだとする人が16%、プローディ内閣を続けるべきとする人が31%、わからないが13%。

選挙で中道左派、中道右派に投票する人にわけて、上記の質問を分類すると、早期の選挙を望む人は、中道左派に投票した人の12%、中道右派に投票した人の75%になる。選挙なしで、内閣を変えるべきだとする人は中道左派で15%、中道右派で15%。プローディ内閣を続けるべきと考える人は、中道左派で66%、中道右派で7%。わからないとする人は、中道左派で7%、中道右派で3%となっている。

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2007年11月 4日 (日)

カジーニ、シエナで結婚

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ピエル・フェルディナンド・カジーニ議員とアズッラ・カルタジローネがシエナで結婚した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月28日)。

カジーニは元下院議長でカトリック系の 政党UDCのリーダー。アズッラ夫人は、出版社カルタジローネの副社長で34歳。二人の間には、すでにカテリーナという娘がいる。

カジーニは二度目の結婚のため、教会婚ではなく、シエナの市庁舎で、市長の立ち会いで式を挙げた。最初の結婚でさずかったマリア・カロリーナとベネデッタは、すでに思春期の少女である。

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2007年11月 3日 (土)

シェンゲン協定の拡大

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シェンゲン協定の地域が12月21日から拡大される(コリエレ・デッラ・セーラ、10月27日)。

12月21日からシェンゲン協定の地域に加わるのは9カ国(図の濃い灰色)。ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、バルト3国、スロヴェニア、マルタである。

これでこれまでの15カ国(紺色)の部分と自由に往来できるようになる。ポーランドからイタリアやドイツに大量の介護人や看護師が流出するのではないかと予想されている。

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ドラーギ:イタリアのサラリーは安すぎる

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イタリア銀行のマリオ・ドラーギ総裁は、イタリア人の賃金はヨーロッパで最も安いと警告した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月27日)。

ドラーギ総裁は、生産性と労働市場の柔軟性を高めることの重要性を説いた.柔軟性をツケを若者にのみ負わせるのではなくて、定年を上げるべきだとした。

若者の収入が以前より減っているのは、彼らの生産性が、時代の求める技術的枠組に適応していないからだとしている。

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ENI、売り上げと利益のトップ

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2006年イタリアでもっとも売り上げと利益の多かった企業は ENI (イタリア炭化水素公社)だった(コリエレ・デッラ・セーラ、10月26日)。

イタリアの売り上げ上位10社とその利益は次の通り。
売り上げ             利益
Eni 861億ユーロ       92億ユーロ
Fiat 518億                11億
Enel 374億               30億
Telecom 310億               30億
Gse 238億               1300万
Finmeccanica 124億         9億9千万
Esso italiana 110億         18億
Poste italiane 98億           6億8千万
Riva Fire 95億           6億9千万
Erg 91億           1億5千万

メディオバンカ調べによる。

赤字のトップは、FS(国鉄)で20億ユーロ、ついてピレッリ(12億)、アリタリア(6億2600万)。

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2007年11月 2日 (金)

カリパリを射殺したアメリカ兵、裁かれず

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イラクで誘拐された新聞記者を受け取りにいった帰り道にアメリカ兵に、ニコラ・カリパリが射殺された事件は、法体系の不備から犯人がさばかれぬままに終わる(コリエレ・デッラ・セーラ、1026日)。

200534日、ニコラ・カリパリ(写真)は、拉致されていた新聞記者ジュリアーナ・ズグレーナを解放した。彼らはトヨタ・カローラに乗って帰路についたが途中の検問所でアメリカ兵に銃撃をうけ、カリパリは死亡した。

カリパリを射殺したのは、アメリカ兵マリオ・ロザーノで、ローマ検事局は、法の裁きを求めたが、重罪裁判所は、裁判管轄権(giurisdizione)の不備を理由に、アメリカ兵を告訴しないこととした。

カリパリの未亡人は憤慨し、夫は二度殺されたも同然だと述べている。ズグレーナ記者は、イタリアは主権を喪失した、と糾弾している。

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プローディ、上院で連続否決される

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政府は、上院での投票で6回連続で否決された(コリエレ・デッラ・セーラ、1026日)。

プローディ首相は、与党各派に、責任を果たすよう求めた。

与党のなかで野党と投票行動をともにした者には、ランベルト・ディーニやナターレ・ダミーコなどがいる。

深夜の7度目の投票で、何とか政府案は通過した。

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インテルシティ、20年前より遅い

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イタリアの列車インテルシティーは20年前よりも、速度が遅くなっている(コリエレ・デッラ・セーラ、10月25日)。

たとえば、ミラノ中央駅とローマ・テルミニ駅間は、1987年には5時間5分であったのが、2007年現在では、5時間56分かかっている。また、トリノとミラノ間では、1985年に1時間35分であったものが、2007年では1時間45分になっている。

この調査は Altroconsumo によって、6月、7月に、ローマ、ミラノ、トリノ、ボローニャ、ナポリ、バーリの主要駅で実施された。

対象になったのは、1180の列車。

時刻表どおり運行された列車の割合は、ローマ66%、バーリ43%、トリノ33%、ボローニャ64%、ミラノ68%、ナポリ33%となっている。

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2007年11月 1日 (木)

フィアット、利益倍増

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フィアットは四半期の純益が倍増した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月25日)。

フィアットは関連会社すべて、Comau(自動化システムを製造)を含めて黒字化した。四半期ごとの営業利益は、6月末の4億2700万ユーロから、9月末の7億4500万ユーロへと増加した。

純益は、2億ユーロから4億5400万ユーロと倍増した。自動車の売り上げは18パーセント増加。

これをうけて理事会では、従業員の月給を月30ユーロ増額することを了承した。

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ウニタ紙、アンジェルッチ家の所有へ

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グラムシが創刊した新聞《ウニタ》の所有が、アンジェルッチ家に移る(コリエレ・デッラ・セーラ、10月25日)。

アントニオ・グラムシが1924年に創刊した《ウニタ》は、アンジェルッチ家の手に所有権が移る。アンジェルッチは、《リベロ》、《リフォルミスタ》の出版者。正式には左翼民主党の先買権が消失する45日後に契約が結ばれる見通し。

これに対し、1990年代にその編集にあたっていたヴェルトローニは怒っている。

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ジョヴァンニ23世:パードレ・ピオ、とてつもない誤魔化し

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教皇ジョヴァンニ23世は、パードレ・ピオのふるまいに対し重大な疑義をもっていた(コリエレ・デッラ・セーラ10月25日)。

ジョヴァンニ23世は、未公開メモの中で、ピオ神父について、「とてつもない誤魔化し」、「魂の破滅」といった強い言葉で断罪していることが明らかになった。

1960年の夏、ジョヴァンニ23世は、教皇庁の評議員であるピエトロ・パレンテからサン・ジョヴァンニ・ロトンドでの聞き取りテープの内容報告をうけた。三人の女性信者がピオ神父からさずかったのは霊的な信仰のみではなく、あまりに親密な関係をもったのではないかという疑いを持たれていた。

最近パードレ・ピオについての書物を著したルッツァーティは、パードレ・ピオとフォっジャのラス(地域のボス)、カラドンナの間には暗黙の契約があったとしている。また、ピオ神父の最初の2つの伝記はファシズム政権のもと、ムッソリーニの演説集を出版したのと同じ出版社、ファシスト党公認の出版社から出ていることに注意を喚起している。

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パードレ・ピオの聖痕の疑惑

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歴史家のセルジョ・ルッツァーティが、パードレ・ピオの聖痕に疑問を呈する本を書いた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月24日)。

ルッツァーティがあげている疑惑の根拠は、一つは、1919年にピオ神父が、フェノール(石炭酸)を購入していること。これは、手の傷の治療に適する物質なのである。さらに、その数週間後、内密にしてほいてほしいという条件つきで、ヴェラトリン4グラムを求められたのだ。
 ヴェラトリンは有毒物質で、医者の処方がなければ出せない薬剤である。通常は、ミリグラムで溶かして使用するので、4グラムというのは、途方もない量であり、薬剤師は驚愕した。この薬剤師はフォッジャのヴァレンティーニ・ヴィスタという人物である。

薬剤師は、この薬物は、パードレ・ピオが手の傷を治療するためか、あるいは、手の傷をいっそう目立つようにするために用いたと考えている。

ルッツァートは《パードレ・ピオ、奇跡と20世紀の政治》(エイナウディ)でこうしたことを書いている。

ピオ神父は、1999年に福者(beato)に列せられ、2002年に聖人 san Pio da Pietrelcina に列せられている。

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