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2007年9月24日 (月)

ポルタ・ピア祭、復活か

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9月20日のポルタ・ピア祭を復活させるかいなかの議論が起こっている(コリエレ・デッラ・セーラ、9月20日)。

1870年9月20日、イタリア狙撃隊は、ポルタ・ピア(ピア門)の突破口からローマに入城し、教皇の世俗権力にとどめを刺し、イタリア統一を果たした。

1895年の401号法律では、この日を祝日と定めていた。しかし、ムッソリーニによってこの祝祭はとりやめられた。実際、1930年のポルタ・ピア祭が最後の祭りとなった。これにとってかわってラテラーノ条約記念日が祝日となったのである。

しかし、これまで知られているのとは異なり、ムッソリーニのヴァティカンに対する抵抗は小さなものではなかった。教皇パオロ6世が1970年に認めたように、ムッソリーニもポルタ・ピア(ローマのイタリア併合)は、すべての人にとって、教会にとっても良いことだったと考えていた。

しかし教皇庁のねばり強い交渉もあって、1.イタリア各都市の20 settembre 通りという名前は変えないこと、2.学校の歴史の教科書からポルタ・ピアの事件を削除しないこと、を条件にして、祭りはやめたのである。

この議論に関しては、アントニオ・ディ・ピエッロの《L’ultimo giorno del papa re》(王としての教皇、最後の日)(Mondadori, pp.326, 18,50ユーロ)が最近出版された。

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