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2007年9月10日 (月)

パヴァロッティ、死す

Pavarotti テノール歌手ルチャーノ・パヴァロッティが膵臓癌のため亡くなった。71歳だった(この項、Corriere.it 9月6日、7日、8日による)。

パヴァロッティのデビューはレッジョ・エミーリアで、《ラ・ボエーム》のロドルフォ役だった。

しかし世界的に有名になるきっかけは、1972年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で《連隊の娘》を歌い、高いド(do di petto)が9回出てくるのをどれも完璧に歌いこなし、拍手喝采をあびてからだとされている。

また、パヴァロッティは晩年にかけて、歌劇場でオペラを歌う以外の活動が目立ち、そこが彼の評価を左右する一つのポイントとなっている。とりわけ、パヴァロッティ&フレンズではボーノをはじめとするロックスターとの共演がマスコミの注目を集めたが、これは彼のアシスタントで後に妻となったニコレッタがロック・ファンであったことが影響しているようだ。

60歳を越えてニコレッタと恋におちたが、結婚までの道はけわしく、前妻アドゥアとの慰謝料をめぐる裁判は長く、きびしいものだった。アドゥアはマネージャー業を営んでおり、パヴァロッティのほかに、彼と同郷のミレッラ・フレーニや指揮者ダニエル・オレンを抱えている。

パヴァロッティは、2003年に結婚、そのときにはニコレッタは双子を妊娠していたが、男の子は死産で、女子アリーチェが生まれた。

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コメント

 かれの死、それから葬儀は一つの事件でしたね。歌のウマい歌手は世界中にごまんといますが、彼のように世界中の人たちから愛された歌手と言うのは極めて少ないでようですね。

 それが証拠に世界中の新聞がトップであつかい、その数が百紙に余るというから驚きますね。また弔問に訪れた人の顔ぶれも半端ではありませんね。

 欧州委員会のジョゼ・バローソ委員長から、前国連事務総長のコフィー・アナン(かれはトランペットを吹く?)、大統領のジョルジオ・ナポレターノ、現首相のロマーノ・プローディ、前首相のシルヴィオ・ベルルスコーニ(この人は歌手の経歴があるそうですね)、ズッケロに、指揮者のリッカルド・ムーティ、それにスキーの元チャンプ、アルベルト・トンバまでが列席したというから、交友範囲の広さも大したもんですね。(@_@;)

 葬儀会場になったモデナの大聖堂では、盲目の歌手、アンドレア.ボチェッリがモーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスを歌ったというし、ほんとに豪華版でしたね。モデナの市長は市長で、市の歌劇場にルチャーノの名を冠して永遠にその名誉を称えたいと演説はするし。

 しかし、ルチャーノと元の奥さんのとの間で、慰謝料問題で、そんなに長いこともめていたとは一向に知りませんでした。このことを知ったのは、panterinoさんのおかげです。しかし、前妻の子も今の奥さんの子も、みんな女の子って云うのもなんか、面白いですね。

投稿: 唐辛子 紋次郎 | 2007年9月11日 (火) 21時10分

そうですね。パヴァロッティの存在は、彼が途中から活動形態を多様化させたことにより、オペラ歌手という範疇を越えて、ポップスやロック歌手との交流をふかめ、マスコミへの露出度を高め、マスメディアの寵児となっていき知名度、認知度が抜群の存在となっていったわけです。

その辺は、BBCは死亡ニュース当日、特番のドキュメンタリーで扱っていました。

投稿: panterino | 2007年9月14日 (金) 07時19分

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