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2007年7月10日 (火)

モンタネッリの見た日本

Bonsai

インドロ・モンタネッリの日本探訪記が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、6月29日)。

モンタネッリは、1951年11月から52年3月まで日本に滞在した。戦後の日本がどう変貌を遂げたか、どう復興したかをリポートするためにやってきたのである。

ルイジ・オッフェッドゥという評者は、モンタネッリがプッチーニの《マダム・バタフライ》を見たときの思い出を紹介している。

「私は別の晩、プッチーニのバタフライを、東京のたくさんある歌劇場の一つで聴いた。私は一瞬、自分の故郷フチェッキオにいる気がした。演奏や演出のせいではない・・・観客の反応のせいだ。みな泣いていたのだ、フチェッキオでのように。実際、フチェッキオでは、ストーリーがいつも非常に重視され、薬局でも、床屋でも話の種になり、政党や派閥によって意見が割れるのだった(これはトスカーナが舞台か、そうでないか?)」

「バタフライは、フチェッキオでの初演は、本物の日本人によって演じられた。原信子で・・・彼女は優雅に繊細なアクセントで歌ったので、その自害の後で、テノールが再び舞台に現れると、観客とりわけ女性たちは、怒りくるって、スイカの皮をなげ、叫んだ:『人殺し!...お前が彼女を殺したんだ!』」

東京で再会した原信子は、目に涙をたたえて、モンタネッリの同郷人の熱い愛を思い起こした。

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