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2007年7月31日 (火)

プローディ首相:、福祉政策に大きな改定はなし、

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プローディ首相は、与党内の論争に待ったをかける形で、福祉政策に大きな改定はないと明言した(この項、レプッブリカ7月29日による)。

プローディの表明に対し、共産主義再建党の書記長ジョルダーノなど与党の左派からは、政治危機を招く発言だとの抗議の声があがっている。

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2007年7月30日 (月)

フェッラーリはスパイされていたが、マクラレンは無罪

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フェッラーリはスパイされていたが、マクラーレン・メルセデスは無罪という判決が下った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月27日)。

Fia の理事会は、不可解な判決を下した。マクラーレンは、フェッラーリの機密文書を所持したいたことを認めたものの、それをレースに影響がある形で利用したという十分な証拠が無いという理由で無罪としたのである。

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トッティ、ナショナルチームを離脱

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フランチェスコ・トッティは、サッカーのナショナル・チームから離脱することを正式に表明した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月21日)。

トッティの表向きの理由は、身体的なことで、所属チームのローマでの試合を最優先したいからということになっている。

しかしながら、その一方で、トッティは、自分がマスコミで批判されるのは、ローマでプレイしているせいで、北イタリアのチームでプレイしないからだとしている。

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《汚れなき抱擁》と検閲

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マストロヤンニとカルディナーレ主演の映画《汚れなき抱擁》は、上演までに検閲をめぐる駆け引きがあった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月20日)。

検閲側は、ニコラ・デ・ピッロ、新たに創設されたスペクタクル省の立ち場で、台本を検討していた。

台本はピエロ・パオロ・パゾリーニとアントニオ・セーニ。監督はボロニーニである。

デ・ピッロは6枚にわたる報告書を当時のキリスト教民主党の担当者に手渡していた。

1960年という時代を考えるとこれは微妙な主題を扱っていた。即ち、夫の不能によって、婚姻が無効になるということだ。

体制側も、プロデュース会社も、慎重にカットをもとめ、64,5メートルにおよぶカットがなされたにもかかわらず、公開時には、16歳未満が観ることを禁じられてしまった。

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2007年7月26日 (木)

ボッシ神父、39日ぶりに解放

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フィリピンで拉致されていたイタリア人神父が39日ぶりに解放された(コリエレ・デッラ・セーラ、7月20日)。

この神父は、ジャンカルロ・ボッシ、57歳。1980年代から、フィリピンで宣教師をしていたが、2007年6月10日にフィリピンのブラワ村の近辺で拉致された。

犯人は、イスラム解放戦線の分派で、ミンダナオ島の分離独立を目指している。

(お断り)
7月27日から9月20日まで、仕事の都合により、ブログの更新が不規則になります。あらかじめご了承ください。

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ベルトーネ長官、ラテン語ミサのユダヤ人に関する部分削除を示唆

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教皇庁のベルトーネ長官は、復活したラテン語ミサに関し、祈りの中で、ユダヤ人の改宗に言及する部分が問題となっていたが、それを削除する意向を示唆した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月19日)。

教皇庁の国務長官タルチジオ・ベルトーネ枢機卿は、教皇ベネデット16世と避暑地ピエーヴェ・ディ・カルドレで会見した。

ベルトーネ長官は、古いラテン語のミサには、ユダヤ人の改宗を祈る文句があったことを認めた。その部分が論争を引き起こしていたのである。ラテン語のミサに関しては、その部分の削除を検討することを表明した。

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クフラン、780ページの書類を売り渡す

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マクラレンの元デザイン担当のマイク・クフランは、780ページにおよぶフェッラーリの秘密書類を、三人のマクラレン関係者に提供していた。

その秘密書類を渡したのは、元フェッラーリのナイジェル・ステップニーである。

クフランが書類を渡した3人は、マクラレンの大物で、最初がジョナサン・ニール、次がパディ・ロウ、死後がマーティン・ウィトマーシュであった。3人はロン・デニスの下で働くもっとも責任あるポジションにいる人たちである。

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Vaffa は侮辱ではない

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破毀院で、《Vaffa》という表現は、侮辱とならないという判決が出た(コリエレ・デッラ・セーラ、7月18日)。

Vaffa は Vaffanculo の略で、馬鹿やろうとかくそったれという意味である。このたび、この決して上品とは言えないののしり言葉は、あまりにも使われすぎたため、侮辱性が薄れてしまったので、日常語に近くなり、侮辱罪を構成しないとの判決が破毀院で出た。

詩人のエドアルド・サングイネーティは、判決に基本的に賛成で、自分もよく使うと認めている。

UDC のヴォロンテや消費者連盟の Codacons は判決に批判的である。

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Air One, アリタリア買収競争から降りる

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アリタリアの民営化に関して、株式の売却先の候補になっていた Air One が競争から降りた(コリエレ・デッラ・セーラ、7月18日)。

Air One は政治的抵抗と財務省の持ち出した条件がきつすぎることを指摘している。

アリタリアは2007年5月5日に誕生から60年を迎えた。最初に飛んだのは、トリーノ−ローマ−カターニャで1947年5月5日であった。

アリタリアの負債は、3月31日現在で、1兆720億ユーロ(170兆円)である。

民営化に際してのアリタリアの株式取得には、Air One のほか、ロシアのアエロフロートも立候補していたが、6月27日に退却している。

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2007年7月25日 (水)

ビンディ民主党党首に立候補

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この秋に実施される予定の民主党の党首選に、ロジー・ビンディが立候補する意向を正式に表明した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月17日)。

すでに、現ローマ市長のヴァルター・ヴェルトローニ(1955年生まれ)は立候補を表明している。ヴェルトローニは、1998年から2001年までは左翼民主党の書記をつとめていた。

ロジー・ビンディは1951年生まれで、長年、Azione Cattolica に参加し、1984年から89年にはその副会長であった。第一次プローディ内閣では保健大臣をつとめ、現在は家庭大臣をつとめている。

選挙は、10月14日に実施される予定である。

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2007年7月23日 (月)

年金改正の三案

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年金改正に関する三つの案が紹介されている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月16日)。

問題の発端は、ベルルスコーニ政権のもとでの2004年の年金改革で、マローニ大臣(当時)が、老齢年金の支給開始年齢を、2008年に57歳から60歳に、一気に3歳上げるという案が現在有効であることだ。女性は、57歳で35年納付でよい。働き続けることを選択した人には32、7%のボーナスが付く。

この支給開始年齢が、3歳一気に上がるのを《scalone》(大きな階段)と呼んでいるが、これをどう解消するか、立場によって異なる解決策が提出されている。

まず、共産主義再建党の案。書記のフランコ・ジョルダーノ(写真)が首相に要求しているものだ。2007年までは、57歳で35年間納付。2008年からは、58歳で35年納付。2009年以降も58歳で、働き続ける人には奨励金を与える。

次に、経済省の案。2007年は57歳で35年間納付だが、ここから18ヶ月ごとに支給開始年齢が1歳ずつ上がっていく。2008年からは58歳。2009年下半期からは59歳。20011年からは60歳。2012年下半期からは61歳。2014年からは62歳となる。

最後に政府で検討されている案。これは年齢と納付期間の組み合わせでそれが上昇していく。
2007年は57歳で35年納付。
2008年と2009年は58歳で35年納付。
2010年と2011年は分担95 
58歳で37年納付(58+37=95)
または59歳で36年納付(59+36=95)
または60歳で35年納付(60+35=95)
2012年と2013年は分担96 
58歳で38年納付(58+38=96)
または59歳で37年納
または 60歳で36年納付
または61歳で35年納付
2014年と2015年は分担97 
58歳で39年納付(58+39=96)
または59歳で38年納付
または 60歳で37年納付
または61歳で36年納付
または62歳で35年納付

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歴史を作ったイタリア人

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調査機関Assirm の調査によると、イタリアの歴史にもっとも貢献した人物は、という質問に対して最も回答が集中したのは、ガリバルディであった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月16日)。

調査対象は15歳以上の1002人。46、4%の人がジュゼッペ・ガリバルディと答えている。選択肢としてのリストは無い状態である。

2位は、ベニト・ムッソリーニで15、5%。3位は、ジュゼッペ・マッツィーニ。4位は、カミッロ・ベンソ・カヴール。10位以内にはいった現役の政治家は、ベルルスコーニのみで、5、4%。ついで、アンドレオッティが2、3%で15位。
ノーベル賞受賞のリータ・レーヴィ・モンタルチーニは、1、9%で20位。

20世紀の人物では、教皇ジョヴァンニ・パオロ2世が9、3%、アルチーデ・デ・ガスペリが8、6%、サンドロ・ペルティーニが5、5%。

この調査は、7月4日にガリバルディ生誕200年を迎えたことを記念して、Assirm とジュゼッペ・ガリバルディ研究所が共同で実施した。

また別の調査によると、ガリバルディのことを36%の人が共和主義者、21%が社会主義者、11%が共産主義者に近い(特に被調査者のうち右派の人)と考えている。さらに、7%の人は無政府主義者、6%がフリーメイソン、1%がファシストであるとガリバルディを捉えている。

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ズガルビ企画の展覧会、会場を求めて放浪

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美術評論家でミラノの文化評議員のヴィットリオ・スガルビが企画した展覧会が、ミラノで開催できなくなり、会場をもとめて放浪している(コリエレ・デッラ・セーラ、7月15、16日)。

展覧会は 《Vade RetroーArte e omosessualita'》(退けーー芸術と同性愛)(イエスが自分を誘惑するサタンに向かって言った vade retro, Satana! サタンよ、退け!を踏まえたものと思われる)と題され、同性愛をテーマとした作品を集めた展覧会である。

しかし、ミラノ市長レティツィア・モラッティは、ミラノはこういった芸術でないものを芸術と称する不毛な挑発にはふさわしくないとして、いくつかの作品の撤去を求めた。それに対し、ズガルビは、全作品を展示できないなら、別の場所を捜すとして、モラッティ市長を 《修道女レティツィア》と呼んで揶揄している。

ズガルビは、ナポリで展覧会を催すことを考え、それを進めているが、ナポリでもマステッラ法相およびセーペ大司教が難色を示し、開催はあやぶまれている。

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2007年7月22日 (日)

パドヴァの《ゲットー》閉鎖へ

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パドヴァの 《ゲットー》が閉鎖される(コリエレ・デッラ・セーラ、7月15日)。

パドヴァのアネッリ通り一体は、麻薬取り引きで有名になり、麻薬の売人たちの地区と付近の住民をへだてるため、市当局によってアネッリ通り壁が築かれた。昨年の夏のことである。

市当局は、この地区から19日、20日に立ち退きを実施する。約60名ほどが対象で、ほとんどは移民である。滞在許可証を持つ者は、他のさまざまな地区に住居をあてがわれる。

市長は、麻薬の売人の巣窟を解体するのだと宣言している。

この地区からの立ち退き自体は、以前から進められてきた。この地区の不動産所有者のほとんどは、個人ではなくて、不動産業者や会社で、不在地主が多い。

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2007年7月21日 (土)

ヒトラーはヴァグナーを愛したが、ドイツ人はレオンカヴァッロを愛した

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ヒトラーはヴァグナーを愛好していたが、ドイツ人はイタリアオペラを愛好していた(コリエレ・デッラ・セーラ、7月14日)。

1938/39年のシーズンにドイツの劇場で最も上演されたオペラ作曲家は誰だろう? 読者はヴァーグナーだと思うであろう。《ラインの黄金》、《神々の黄昏》、《パルシファル》だろうか?

答えはそのどれでもない。レオンカヴァッロの《道化師》である。次がマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》、プッチーニの《マダム・バタフライ》である。

ヴァーグナーのオペラの中で最も上演回数の多かった《ローエングリン》は12位であった。

9月に出版される Jonathan Carr の Wagner Clan によれば、ヒトラーが権力についたからといって、ドイツ人がヴァグナーに熱狂したわけではないのだ。

ヒトラーが政権につく直前の1932/33年は、ドイツの劇場での上演頻度1位は、ビゼーの《カルメン》で、2位はヴェーバーの《魔弾の射手》。

第二次大戦中、ドイツでもっとも上演された作曲家はジュゼッペ・ヴェルディであった。

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ピストリウス、健常ランナーに混じって2位

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ローマの陸上大会で、パラリンピックの選手が健常ランナーと一緒に走り2位に入賞した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月14日)。 

オスカー・ピストリウスは、ローマの Golden Gala で400m走を、健常ランナーとともに走り、2位に入賞した。

スタートは遅く7位だったが、加速すると他の選手より早く、5人を抜き去った。

しかし、ピストリウスの喜びは、健常ランナーとともに走れたことだ。彼の夢は、北京オリンピックあるいはその次のロンドンオリンピックに参加することである。これまでのようにパラリンピックではなく、通常のオリンピックに参加したいのである。

ピストリウスは、1986年11月22日生まれ。生後11ヶ月のときに、両足とも膝からしたを切断した。2004年のアテネのパラリンピックでは、100mで銅メダルを獲得した。

彼の夢、オリンピック出場に関しては、義足が彼を有利にしている(歩幅を大きくしているなど)のではないかという議論もあり、結着を見ていない。

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司法改革、一票差で上院通過

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司法改革は、上院を一票差でかろうじて通過した。法案は下院に送られる(コリエレ・デッラ・セーラ、7月14日)。

上院は与野党の議席が伯仲しているため、終身議員の票が法案通過か否決かの決め手になることが多いが、今回もそうだった。そのため、ダンブロージョ議員の投票に対し、野党から「人殺し」といった野次がとんだ。

マルゲリータ党のマンツィオーネ議員の出した二度目の修正案が156対155票で否決されたのである。政府案は、下院に送られる。

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Dico から Cus へ

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Dico (事実婚法案)は Cus という名前で改めて国会に提出される(コリエレ・デッラ・セーラ、7月13日)。

文案は上院司法委員会委員長のチェーザレ・サルヴィ(写真)によって整えられた。新たな《婚姻》(同性間のものも含めて)、Dico ではなくて、Cus と呼ばれる。Cus は Contratto di unione solidale (連帯婚契約)の略である。

Dico では戸籍役場で登録するのであったが、Cus の場合は、調停裁判官の前で宣誓する形をとる。左翼民主党の報告者であるサルヴィは、国会で幅広い同意が得られることを希望すると述べている。サルヴィは、これは出発点で、法案の修正が可能であるとしている。

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2007年7月19日 (木)

ドラーギ:銀行はコストを下げよ

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イタリア銀行総裁マリオ・ドラーギは、イタリアの金利が高すぎると銀行を批判した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月12日)。

ドラーギ総裁によれば、イタリアの銀行システムは、合併によって強化され、ヨーロッパの中での競争に耐えるものになった。ドラーギは、合併は、出発点に過ぎないとし、顧客への視点を強調した。

即ち、イタリアの貸し付け金利は、ユーロ圏の平均より約1%高い。銀行は、透明性、ガヴァナンスの確立をはかるべきだと、総裁は、ABI の会議で諸銀行に向かって説いた。

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法王、プロテスタントは教会ではない

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ヴァティカンの教理聖省の出した文書が、プロテスタントを否定し論争を巻き起こしている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月11日)。

教理聖省(Congregazione per la Dottrina della Fede) の出した文書には、キリストは、「地上に唯一の教会」を立て、それはカトリック教会のうちにのみ「十全なアイデンティティー」を見いだすものだ、とある。

この文書は、ギリシア正教会、プロテスタントの激しい反応をかっている。

文書は、教皇ベネデット16世に承認されたものであり、わずか6ページのものである。タイトルは、「教会の教理に関するいくつかの質問への回答」。

回答は、5つで、その全体が、ある保証、伝統主義者やルフェーヴル派へ向けた動きとなっていて、次のことを述べている。即ち、第二ヴァティカン公会議は、「教会の教理」を「革命した」ものではなく、単に、「発展させ、深め、より広げたもの」に過ぎない、と。

5つの質問は、1964年に出た Lumen Gentium (教会憲章)をめぐるもので、「キリストの唯一の教会は、カトリック教会に存する」というテーゼをめぐるものである。

今回の文書は、2000年に枢機卿時代のラッツィンガーによって署名された Dominus Jesus という宣言の内容をより鮮明にしたものと言える。

これに対し、東方教会やエジプトのコプト教会、プロテスタントからは同意できないという声があがっている。

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低額年金者への増額、決定

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低額年金者への増額が決着した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月11日)。

来年1月1日から支給される。平均年額420ユーロが64歳以上の年金受給者に対し増額される。対象となるのは、300万人の年金受給者で、月額が654ユーロ(11万円)以下の人。

増額は、三区分に分けて実施される。年金納付が15年以下の人は333ユーロ。16−25年の人は、420ユーロ。26年以上納付した人は、505ユーロの増額となる。

労働組合は、最低年齢に関し、男性65歳、女性60歳を主張していたが、政府は男女とも65歳を主張していた。結局、男女とも64歳以上に対して、増額支給で決着した。

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2007年7月17日 (火)

イタリアの電気代はEU諸国の2倍

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イタリアの家庭は、スペインやフランスの家庭に比べ、二倍近い電気代を払っている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月8日)。

イタリアでは、家庭向けの電力料金は、1kWhあたり 0,2329ユーロであるが、スペインは 0,1225、フランスは0,1211である。

イタリア企業向けの電力料金は、1kWhあたり、0,1526ユーロであるが、ドイツは、0,1272、スペインは 0,0987で、フランスにいたっては、0,0701である。

Authority の会長アレッサンドロ・オルティスは、イタリアの料金は、明らかにヨーロッパの主要国より高いと指摘している。

今年前半の電気代は、0、4%下がったが、より実質的な値下げはいつになるだろうか?

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プローディ、イスラエルの首相と会談

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プローディ首相は、イスラエルのオルメルト首相とイェルサレムで会談した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月10日)。

プローディ首相は、イスラエルにとってすぐにも平和をと呼びかけた。しかし、イタリア政府とイスラエル政府には、見解を異にする問題もある。

例えば、イランに関しては、どちらもイランの核開発には反対しているが、プローディは、経済制裁はイタリア企業に損害を与え、貿易を崩壊させるとして反対している。

ハマスに関しては、オルメルト首相は、ハマスとの和解は不可能であるとしている。

プローディにとっては、パレスチナ紛争解決のための唯一の可能なシナリオは、イスラエル、パレスチナ双方が二つの独立した主権国家になることである。

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2007年7月15日 (日)

ボッシ神父、生存を確認

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フィリピンで拉致された宣教師ボッシ神父の生存が確認された(コリエレ・デッラ・セーラ、7月9日)。

ボッシ神父が拉致されたのは、6月10日で、1ヶ月が経過した。ボッシ神父は、1950年2月19日、アッビアーテグラッソ生まれの57歳。1980年代からアジアで布教活動をしている。

フィリピン当局は、神父を誘拐したのは、アブ・サヤフでアルカイダに近いグループであるとの見解を明らかにした。

イタリア外務省は、まだ確実なことは何もわかっていないとしている。

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ポッラリ、Sismi の秘密を明かすか?

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Sismi (イタリア軍の諜報機関)の元長官ニコロ・ポッラリは、この20年間の Sismi の秘密を明かすつもりだと語った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月9日)。

ポッラリは、上院防衛委員会の委員長デ・グレゴーリに託して、80年代からの秘密を明かす用意があると語った。秘密を明かすのは、自分と Sismi を弁護するためであり、そのため守秘義務から解放してほしいと願い出た。

彼が語るべき秘密は多岐にわたり、アブ・オマルの誘拐、レベノンへの国連の Unifil の派遣、レバノン紛争での市民の犠牲、最近のイタリア人人質とその解放などなど。

ポッラリは、Sismi が200人の司法官のスパイをしていたことへの責任を問われている。

与党のなかにはこの件に関し、調査委員会の設置するかどうかで意見が割れている。

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2人に1人はヴァカンスなし

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イタリア人の約半数は、今年の夏、ヴァカンスに行かない(コリエレ・デッラ・セーラ、7月7日)。

ホテル連盟の調べでは、51%がヴァカンスに行かないが、2006年と比較すると7%増加している。

また、夏のヴァカンスの平均的な出費は、825ユーロで、2006年の935ユーロから11、8%減少している。

ホテル連盟の会長はベルナボ・ボッカは、家計の窮状のせいだとして、政府に家庭へのボーナスを求めているが、コメディアンのエンリーコ・ベルトリーノはホテルなどの値段が高すぎるせいだとしている。

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2007年7月14日 (土)

大統領も500に試乗

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ナポリターノ大統領も、クイリナーレ宮でフィアット500に試乗した。ナヴィゲーターをつとめたのはミヒャエル・シューマッハだった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月6日)。

試乗のあと、シューマッハは、「大統領は、運転が上手だ」とコメントした。新500の値段は、1万500ユーロから1万4500ユーロ。

500のための投資は3億ユーロにのぼったが、発表後の反応は大変良く、すでに注文が3万台に達した。ブレーク・イーヴンになるためには、6万5千から7万台を売れば良い。ポーランドの工場はフル回転である。マルキオンネ会長によれば、ポーランド工場の年間生産力は15万台。もし、それでも追いつかない場合には、他の工場でも生産することを考えており、その場合、イタリアでの生産もありうるとの見解を示した。

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イタリアの人口6000万人へ

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Istatの統計によると、2006年イタリアの人口は、5913万1287人だった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月6日)。

2006年に、外国人で戸籍簿に登録した人は、29万7640人。外国人の人口は全体の5%で、2005年は4、5%から上昇している。

外国人の親から生まれた子供は、5万8000人。新生児の10、3%。1995年には9000人で、全体の1、7%であった。

国内の人口移動は、南部から北部への移動が150万人。州として、人を引きつけいるのは、エミリア・ロマーニャ(1000人あたり10、4人)、トレンティーノ(1000人あたり8、4人)、トスカーナ(1000人あたり7、4人)、ロンバルディーア(1000人あたり7、3人)、ヴァッレ・ダオスタ(1000人あたり7、3人)である。

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学校、6万人の非正規職員を正規採用に

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公教育相ジュゼッペ・フィオラーニは、7月中に6万人の非正規雇用者を正規雇用で採用する省令に署名した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月5日)。

5万人は教員で、1万には Ata (ausiliari, tecnici e amministrativi) と呼ばれる職員。採用されるのは、これまで非正規雇用だった人が対象。

人数は以下のように分配される。幼稚園6148人。小学校1万2066人。中学校1万2692人。高校1万3422人。

労働組合 Cgil Scuola の書記エンリコ・パニーニは、良い知らせだが、非正規雇用との戦いは始まったばかりだと述べた。2006/07年の非正規雇用教員は20万人にのぼっている。

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200人の司法官がスパイされていた

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200人にのぼる司法官が、軍の秘密警察によってスパイされていたことが発覚した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月5日)。

Csm (Consiglio superiore della magistratura 最高司法会議) は元Sismi (軍の秘密警察)の長官、ニコロ・ポッラリを非難しているが、ポッラリは違法なことはしていなかったと釈明している。

スパイ活動の犠牲者となった司法官は、中道左派政党に近いとされる人物。特に多かったのは、ミラノ検察局の司法官であった。

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2007年7月13日 (金)

マクラーレン、フェッラーリをスパイ

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フェッラーリの元メカニック長だったナイジェル・ステップニーは、フェッラーリの機密情報を、マクラーレンのデザイナー長マイク・コグラン(コフラン)に漏洩した疑いがもたれている。

マクラーレンは、距離をおいて、コグランを職務停止にした。

ステップニーもコグランも48歳。

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ストラーチェ、国民同盟を離脱

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フランチェスコ・ストラーチェが国民同盟を離脱する(コリエレ・デッラ・セーラ、7月4日)。

30年にわたってジャンフランコ・フィーニとコンビを組み、1994年の Msi から Alleanza nazionale (国民同盟)への転換も成し遂げたストラーチェであるが、たもとを分つことを自分のサイトで発表した。

ストラーチェは、右派を再建したいと考えており、10月に新党を結成する予定だ。

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2007年7月12日 (木)

パリオ、オーカ勝つ

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シエナ恒例の7月2日のパリオは、オーカ地区が勝った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月3日)。

最後まで競ったのは、ニッキオ(地区)とオーカ(地区)の馬。ゴール前が接戦になったので、史上初?の写真判定に持ち込まれた。

結果はオーカの勝利。勝ったのは、フェドーラ・サウナ、6歳の牝馬。騎手はジョヴァンニ・アッツェーニ、通称ティッティアで初優勝。オーカにとっては63度目の勝利。

ジェームス・ボンドのクルーもカメラをまわしていたので、次回作にはパリオの一場面が挿入されるかもしれない。

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ソフリ、自宅拘禁に

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カラブレージ警視殺害のかどで懲役22年の刑で服役中のアドリアーノ・ソフリが、病気のため自宅拘禁となった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月3日)。

ソフリ自身は、一貫してカラブレージ殺害に関しては、無実を主張している。ソフリは現在64歳、2005年に食道から出血し、緊急手術をピサで受けた。

そのためこれまで刑の執行を停止していたが、7月2日から再び刑が再会された。ただし、自宅拘禁で、パートナーのランディと一緒にフィレンツェ郊外に住める。ただし、時間には制限があって、4時間以上自宅を離れることは出来ないし、フィレンツェ市から出ることも許されない。

仕事や会議で出かける際には、フィレンツェの監視裁判所の許可が必要である。

カラブレージ殺害事件は、1972年に起きており、鉛の時代を象徴する事件の一つである。

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2007年7月11日 (水)

人工授精法で、出産減る

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リヴィア・トゥルコ保健相

リヴィア・トゥルコ保健相は、国会に、人工授精法の導入以来、イタリアの出生率が下がっているとの報告書を提出した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月3日)。

ベルルスコーニ政権によって導入された40号法のもとで、2003年から2005年にかけて出産件数は約1000件減っている。40号法では、1度に3個を越えて卵子を人工授精させることが禁じられているため、自然流産が3%増え、多胎分娩が2%減っている。

人工的な手段を借りての妊娠は3、6%減っている。

一方、人工授精に関し規制の緩いスペインに行くカップルが増えており、一日約4カップルがバルセロナの病院を訪れている。

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2007年7月10日 (火)

ミラノ、移民、警官を襲う

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ロムのキャンプ

ミラノで、警官が60人のペルー人移民に取り囲まれ、一時は騒然とした状態となった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月2日)。

きっかけは、偽ブランドの靴を販売していた男の取締りであった。

ミラノでは、4月には、チャイナタウンで、6月には、ロムのキャンプで警官との衝突があり、副市長は、ゼロ・トレランスを唱えている。ルールを守らないものは、去れとのことだ。

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ロ・ピッコロ親子、パレルモを制圧

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サルヴァトーレ・ロ・ピッコロ

過去1年のマフィア内部の抗争事件から、ロ・ピッコロ親子がマフィアの頂点にたった可能性が高い(コリエレ・デッラ・セーラ、6月30日)。

プロヴェンツァーノが逮捕された後、マフィアの頂点に誰が立つのかが注目されていたが、パレルモ出身のサルヴァトーレ・ロ・ピッコロと息子サンドロであるらしい。

2007年6月13日、刑期を終えて出所したばかりのニコラ・インガラオはボス、ニーノ・ロトロの右腕であったが、ロ・ピッコロ一家と敵対しており、サンドロに殺されたと見られている。

ロ・ピッコロ父子は、二人とも潜伏中であるが、新たなボスや、アメリカに逃走し帰国したボスたちと新たな同盟関係を結んでいるらしい。

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モンタネッリの見た日本

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インドロ・モンタネッリの日本探訪記が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、6月29日)。

モンタネッリは、1951年11月から52年3月まで日本に滞在した。戦後の日本がどう変貌を遂げたか、どう復興したかをリポートするためにやってきたのである。

ルイジ・オッフェッドゥという評者は、モンタネッリがプッチーニの《マダム・バタフライ》を見たときの思い出を紹介している。

「私は別の晩、プッチーニのバタフライを、東京のたくさんある歌劇場の一つで聴いた。私は一瞬、自分の故郷フチェッキオにいる気がした。演奏や演出のせいではない・・・観客の反応のせいだ。みな泣いていたのだ、フチェッキオでのように。実際、フチェッキオでは、ストーリーがいつも非常に重視され、薬局でも、床屋でも話の種になり、政党や派閥によって意見が割れるのだった(これはトスカーナが舞台か、そうでないか?)」

「バタフライは、フチェッキオでの初演は、本物の日本人によって演じられた。原信子で・・・彼女は優雅に繊細なアクセントで歌ったので、その自害の後で、テノールが再び舞台に現れると、観客とりわけ女性たちは、怒りくるって、スイカの皮をなげ、叫んだ:『人殺し!...お前が彼女を殺したんだ!』」

東京で再会した原信子は、目に涙をたたえて、モンタネッリの同郷人の熱い愛を思い起こした。

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2007年7月 9日 (月)

アニェッリ一族、マルゲリータにノー

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アニェッリ一族は、マルゲリータ・アニェッリの起こした裁判に反対する手紙を出した(コリエレ・デッラ・セーラ、6月29日)。

短い5行の手紙である。マルゲリータが起こした訴訟は、父ジョヴァンニ・アニェッリの相続をめぐってのものであったが、今回の手紙は、マルゲリータの叔母たち、クラーラ、スザンナ、マリア・ソーレ、クリスティアーナと従兄弟たちが書いた。

手紙は次の通り:
マルゲリータへ
     あなたが、あなたのお母さんと私たちとともに働いた人たち(フランツォ・グランデ・スティーヴンスとジャンルイジ・ガベッティ)ーーあなたのお父さんの全幅の信頼を得ていたし、私たちの全幅の信頼を得ていますーーに対して起こした攻撃には、まったく賛成できません。わたしたちの誰一人として、あなたと立場を共有していないことをお知らせします。

これに署名したのは、《ジョヴァンニ・アニェッリ》という合資会社のメンバーであるが、その中で署名しなかったのは、フィアットの副会長でマルゲリータの長男ジョン・エルカンとウンベルト・アニェッリ(ジョヴァンニの弟)の息子アンドレアのみであった。

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ラテン語のミサもどる

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ラテン語でのミサに熱意をそそいだルフェーヴル卿

45年の空白をへて、ラテン語のミサが戻ってきた(コリエレ・デッラ・セーラ、6月29日)。

ラテン語のミサは、ピオ5世(在位1566−1572)が定式化し、4世紀にわたって用いられてきたものであったが、第二ヴァティカン公会議で廃止された。

ベネデット16世が教皇勅令(motu proprio)によって、ラテン語のミサを認めることによって、教皇庁と伝統主義者の分離派との間に和解の扉が開かれることになる。

これも小さな革命であり、公会議での決定の見直しである。伝統主義者は、公会議直後に宣言された戦争での一つの勝利と考えている。その戦いのリーダーの一人、故ルヴェーヴル卿は、ピオ5世のミサを守るため、破門や分裂に至るまでおしすすめた。

もっとも数年前から、信者のグループの要望に添う形でなら、ラテン語のミサは容認されてきたので、実態を大きく変えるものではない。

信者の分裂をもっとも懸念しているのは、フランスの司教たちである。

ラテン語のミサ復活を求める運動に賛成した作家には、エウジェニオ・モンターレ、ボルへス、グレアム・グリーンなどがいる。

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Dpef 閣議決定

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Dpef (Documento di programmazione economico-finanziaria), 経済財政計画書が、閣議で承認された(コリエレ・デッラ・セーラ、6月29日)。

2007年から2011年の5年間にわたるもので、経済や財政のおおまかな傾向、目標を定めたもの。それによれば、2007年度の成長率は2%で、2008年は1、9%に落ち、2009年には1、7%まで下がる。その後、2010年と2011年には、1、8%と微増する。

これを受けて、財政負担率は、2011年には、42%にまで下がる。財政の累積赤字は、2010年には、国内総生産比100%以下(98、3%)に下がり、2011年には、95%まで下がる。

2008年からは、地方自治体の取る不動産税を安くする。

パドア=スキオッパ経済大臣は、EU から満点はもらえないが、不可でもないだろうと感想を述べた。

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《クリスマスの雪辱》

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プーピ・アヴァーティ監督《クリスマスの雪辱》を観た(イタリア文化会館)。

これは、監督の前口上のみがあった。《クリスマスの雪辱》は、《クリスマス・プレゼント》の続編である。しかし両者の間には17年の歳月が流れている。何故か? アヴァーティ監督は、続編は作らないつもりだった。ところが、出演者たちが続編を作りたいと申し出た。ならば、台本と監督を準備しなさい、それで私がオーケーすれば作れば良い。ところが、彼らは、最悪の台本を持ち込み、何とも言えない人物を監督として紹介した。これでは、と駄目だしをすると、ではあなたがやってくれ、と結局アヴァーティが引き受けざるをえない状況になった。

ここからネタバレあります。


前回賭けに負けたフランコは、現在は、映画のチェーン店を持つほど羽振りが良い。そこで、雪辱を晴らそうと一計を案じる。しかし敵もさるもの、すぐにフランコの意図は見破られてしまう。

映画批評を書いていたレレは落ちぶれているばかりか、肺癌の手術をしたところ。そこに医者のうら若い妖艶な妻とフランコの仲が進展してと、こちらの方が、前編よりも明示的に人間関係の複雑さ、うさんくささが示される。

ポーカーは意外な展開で、これは誰にも判らないだろうとアヴァーティ監督は、観るものへの挑戦だと言っていたので、ここには記さない。また、その説得力についても観る人の判断にまかせるほかはない。

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《クリスマス・プレゼント》

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プーピ・アヴァーティ監督《クリスマス・プレゼント》を観た(イタリア文化会館)。上の写真は白黒だが、本編はカラーである。

本作品の上映は、7月12日のみである。その後は、京都と名古屋で上映されるとのこと。

これも、アヴァーティ監督の舞台挨拶があった。アヴァーティ監督は、本作の前2本が興行的に大失敗に終わり、その結果、新作の金策に苦労することになった。それで、これまでで一番低予算で出来る映画を考え、5人の男がポーカーをやるという台本が出来上がったのだという。

5人のうち4人は若い頃からの友人・知り合いである。

ここからネタバレありです。


彼らの友情は、女性関係のもつれで、ひびが入った過去があり、その修復もかねて、ポーカーをしている(らしい)。女性が登場する回想場面は、男の姿は顔がなく、手や声のみなので、最初のうち、4人の男の顔と名前が一致しない時点では混乱する。もう一度、顔と名前が頭に入ったところで見直してみたい。

ポーカーは、結局、掛け金を相手があげてきた時に、それに応えるか、降りるかという選択肢があり、そこにはったりの余地があるわけで、それが見所を形成している。

友情と過去のわだかまり、ポーカーで誰と誰が密かに組んでいるか、見かけと実態が錯綜する面白さがある。

俳優は、ディエゴ・アバタントゥオーノ、ジャンニ・カヴィーナ、カルロ・デッレ・ピアーネ、ジョージ・イーストマン(身長が2メートルもあり、名前もアングロ・サクソン風だが、本名はイタリア系で、ジェノヴァ近郊に生まれている)。

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2007年7月 8日 (日)

《心は彼方に》

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プーピ・アヴァーティ監督《心は彼方に》を観た(イタリア文化会館)。

プーピ・アヴァーティ監督特集で、7月8日から12日まで彼の作品4本を特集。監督自身が来日し、上演の前後に挨拶および質疑応答があった。

本作品と《二度目の結婚》は、それぞれ別の年だが、ゴールデンウィークのイタリア映画祭で上演されたもの。《クリスマス・プレゼント》およびその続編《クリスマスの雪辱》が日本初公開である。

ここからネタバレです。


舞台挨拶で、アヴァーティ監督は、母親から聴いた話として、監督が子供のころ、修道院および修道女が運営する盲人施設で、健常者の男と会ってダンスをしたりする催しがあって、それにいくのはどんな男なのだろうと興味をそそられたとのことだった。この母親が与えた種は、この作品の重要な鍵をなすエピソードの一つである。

ローマで法王庁御用達の仕立て屋の息子に生まれたネッロは、高校のラテン語教師としてボローニャに赴任する。ローマの両親および叔父は、ネッロが女性とつきあうことを心待ちにしている。ネッロは堅物なのである。

ボローニャの下宿屋で同室となった男の紹介で、ネッロは、上述の盲人施設を訪れる。同室の男の恋人の姉が盲人で紹介されたのだが、ここで、事故のため目が見えなくなったアンジェラと出会う。アンジェラはブルジョワ(医者)の娘で、これまでにも数々の男を翻弄してきたが、事故のためグイドという婚約者に破談にされてしまった。

ネッロは、アンジェラに惹かれ、夢中になる。アンジェラの父親の忠告も功を奏さない。アンジェラの中には別の男への思いが消えないことを知っても彼の態度は変わらない。

ネッロとアンジェロはささやかな成就と、全体としては破局へ進むことは予想できる結末だ。

この物語を純愛ものとして捉えることは、決して間違いではないが、それで括りきれない要素をこの映画はたっぷりともっている。

1920年代の高校生活。彼は、標準的な《アエネーイス》ではなくて、ルクレティウスを教えている。この高校は共学になっているが、戦前にも共学の高校があったのだろうか?

男としては、ネッロの父親(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は遊び人、その弟は同性愛者で、ネッロは堅物。ネッロは本来なら司祭向きだったとされている。実際、教室では小声で、女性にも消極的なネッロは、教会で歌を歌うときには、人一倍大きな声が出るのだ。ラスト・シーンもそのことを物語っている。この男の三類型は、実にイタリア的と言わねばなるまい。とりわけ、司祭向きという類型が特徴的である。

また、これはヨーロッパ映画の特徴であるが、階級差もさりげなく書き込まれている。アンジェラの父は、はっきりと高校教師の給料では、あの贅沢/我が儘娘の面倒は見切れないと通告するのだ。

イタリア映画は、教会/カトリックがどう描きこまれているかが一つのポイントだと考えるが、アヴァーティは、フェッリーニの誇張された思い出という描き方をとらず、できるだけ等身大で1920年代の様子を復元するという形で表出し、繰り返し観ると、台詞のはしばしや、建物や、習慣の中に、社会的・宗教的テクスチャーが織り込まれていることが理解できるようになっている。

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2007年7月 7日 (土)

ヴェルトローニ、民主党党首に立候補

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ローマ市長ヴァルター・ヴェルトローニは、秋にできる民主党の党首に立候補することを表明した(コリエレ・デッラ・セーラ、6月28日)。

ヴェルトローニは、ローマから左翼民主党の書記長ファッシーノとともにトリーノへ向かい、そこで第一声をあげた。

ヴェルとロー二は、「新しいイタリアを作る必要がある。それが新しい千年紀の政党、民主党の使命だ」と宣言した。

非正規雇用を減らし、高速鉄道は認める方針。

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2007年7月 6日 (金)

コルティーナ、ヴェネトから分離の住民投票へ

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コルティーナ・ダンペッツォでは、来たる10月28日に、ヴェネト州から離脱して、アルト・アディジェ州に移転するかどうかを決定するための住民投票が実施される(コリエレ・デッラ・セーラ、6月27日)。

ヴェネト州から離脱は、ラモンからはじまり、アルトピアーノ・ディ・アジアゴの複数のコムーネ(市町村)へと及び、今度はドロミティ地方の真珠と呼ばれるコルティーナ・ダンペッツォに及んだ。

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《バレエに恋してる!》

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《バレエに恋してる!》(ベアトリーチェ・マジーニ著、長野徹訳、ポプラ社)を読んだ。

主人公はバレエ学校に通うゾエという10歳の女の子。姉妹の中でゾエだけがバレエ学校に行かせてもらっていることを気にしている。友人のレダは、最近背が伸びすぎて、バレエを続けられないのではと悩んでいる。意地悪なライラ、イギリスから来た素敵な男の子ジョナサン。女性校長のオレンスカ先生は、ソ連出身。絶対にほめない厳しい先生。

先生の厳しいところは、スポ根ものを思い起こさせる。実際、イタリアでは、日本のかつてのスポ根ものは、よくテレビで放映されている。だが、実際にこの小説の中に直接出てくる日本のアニメは、宮崎駿の《もののけ姫》や《千と千尋の神隠し》である。

ストーリーは、バレエの上達にはげむところと、学園もので、クラスメートの友情、いさかい、そこで波立つゾエの心情がくどくはなく描かれている。家族との関係も、学校生活とのバランスがとれた分量で書き込まれている。

これはシリーズもの《バレエ・アカデミア》の第一作であり、イタリアでは既に続編が出版されている。訳文は、漢字が少なめなこともあり軽やかで、スピード感をもって読み進めることが出来る。

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2007年7月 5日 (木)

コンクラーヴェの規則変更

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法王ベネデット16世は、コンクラーヴェの規則を一部変更する(コリエレ・デッラ・セーラ、6月27日)。

新規則では、コンクラーヴェの11日目から新規則で、絶対過半数ではなくて、3分の2以上の得票を獲得したものが新法王となる。そこまでに33回の投票が実施されることになるので、34回目の投票から、新ルールが導入されることになる。

もっとも、3分の2というのは古くからあった方式で、過半数というのは、先代のジョヴァンニ・パオロ2世が導入したものであった。

コンクラーヴェの投票は、理論的には、洗礼を受けていれば世俗の人間でも構わないが、事実上は、枢機卿の中から選ばれる。

最初のコンクラーヴェは、1271年のことで、33ヶ月にわたって次の法王が決まらず、法王の空位が生じたので、ヴィテルボのポデスタが選挙人の枢機卿を一つの建物に閉じ込めて、当選者が決まるまではパンと水しか与えないとしたことから始まった。

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運転中の携帯は、三ヶ月の免停に

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運転中に携帯電話を使用していたり、ヘッドホンで音楽を聴いていたところを見つかったものは、3ヶ月の免許停止になる(コリエレ・デッラ・セーラ、6月27日)。

この罰則は、2年間の間に再犯を犯したものに適応される。初犯のものは、従来通り、5点マイナスとなる。

現在は法案で、6月27日に下院で投票が実施され、その後、上院にかけられる。

無免許運転も最高刑は一年未満の収監となる。ディスコテーカは、酔っぱらい運転を未然に防ぐために、何を何杯まで飲んでよいかを表としてかかげることが義務づけられる。それだけでなく、酔っぱらい運転をわざと見逃したり、運転したりすると、最高8年の刑となる。

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2007年7月 4日 (水)

年金の合意へ一歩

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政府と労働組合は年金問題の合意に一歩近づいた(コリエレ・デッラ・セーラ、6月26日)。

政府の財源は、13億ユーロで、これを65歳以上の年金受給者、200万人以上、年金額が月700ー750ユーロまでの人に分配する。

2008年1月からは、年金額が平均で40−50ユーロ増額される。

残った問題は、財政赤字をEUに対してどう説明するかということだ。パドア=スキオッパ経財相とEUの交渉ということになる。

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2007年7月 3日 (火)

ベッリーニ劇場がピッツェリアに

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パレルモのベッリーニ劇場がピッツェリアになってしまっている(コリエレ・デッラ・セーラ、6月25日)。

劇場だった建物の前には、パラソルや椅子、看板があって、劇場だったことがわからなくなってしまっている。

この劇場は1806年から1860年まではレージョ・カロリーノ劇場と呼ばれ、、1860年からはベッリーニ劇場となった。

作家のヴィンチェンツォ・コンソロやダーチャ・マライーニはこの文化的蛮行に反対している。

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2007年7月 2日 (月)

第一共和制は今、終わる

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第一共和制は今、終わりつつある、との説をエルネスト・ガッリ・デッラ・ロッジャが唱えた(コリエレ・デッラ・セーラ、6月24日)。

われわれは、これまで、第一共和制は、少なくともその政治体制は、1992−94年に終わったと考えてきた。しかしそれは間違いだった。実際、第一共和制は、今、ここ数ヶ月で、われわれの眼下で終焉を迎えつつある。

というのも、90年代に始まった、1945−48年体制を築いた中道と中道左派(主としてキリスト教民主党と社会党)の危機ー解体過程が、今初めて、カトリックと共産主義者の左派の一部が危機をむかえることで、完結しようとしているからだ。

それゆえ、この視点からすれば、民主党をつくろうとする試みは、92−94年当時にキリスト教民主党から人民党へ名前を変更しようとしたのと同様の、対処療法に見える。

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2007年7月 1日 (日)

ロッシ、オランダGPで優勝

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特別カラーでオランダGPに臨み、勝利を獲得したヴァレンティーノ・ロッシ

オランダのアッセンで開催されたモトGPで、ヴァレンティーノ・ロッシは優勝を飾った(この項、日本テレビと Corriere.itによる)。

ロッシ(ヤマハ)は11番グリッドからのスタートで、ストーナー(ドゥカーティ)が独走態勢に入るかと思われた。ロッシはその後、徐々に順位をあげ、二位につけた。その状態が長くつづいたが、残り3周の地点で、ロッシはストーナーを抜き去り、そのまま優勝を決めた。

これで、ポイント・リーダーのストーナーとの差は、21ポイントに縮まった。

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ロンドンとミラノ証券取引所、合併へ

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ロンドンとミラノの証券取引所が合併する見通しとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、6月23日)。

この友好的吸収合併により、イタリア側は、合併後の28%を取得する。しかし、理事会には、12人中5人が占める。即ち、統治の重みが、資本の比率より大きくなる。

この合併に対し、イタリア銀行は、イタリア証券取引所の孤立からの脱却として歓迎している。また経財相は、大変ポジティヴであると評価している。

そもそも、イタリアの証券取引所は、マリオ・ドラーギ(現イタリア銀行総裁)が、国庫省の総局長だった1997年に、民営化をスタートさせた。というわけで、円環が閉じたことになる。ドラーギは、イタリア銀行総裁として、証券取引所の孤立化を脱却を促していたからだ。

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