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2007年5月 1日 (火)

《カイマーノ》

Caimano 《カイマーノ》(ナンニ・モレッティ監督)を観る。

この作品は映画を撮るプロセスを描いた映画である。その点では、ベロッキオ監督の《結婚演出家》と共通する。

最近のメタ映画で気づくのは、単に先行作品への言及や引用のみではなくて、映画を撮るという行為、プロセスを見せていくようになっているということだ。

この作品では、女性新人監督テレーザ(ジャスミン・トリンカー今回来日)が、行き詰まったプロデューサ、ブルーノ(シルヴィオ・オルランド)のところへ台本を持ち込む。ベルルスコーニを批判するという台本で、ブルーノはよく読まずに乗り気になる。

主役を引き受けたプルチ(ミケーレ・プラチド)が途中で降板を申し出たり、銀行が借金の返済を迫ったり、映画づくりの多事多難さも、さまざまな側面から描かれる。

ジャスミン・トリンカが舞台挨拶で繰り返し述べていたように、単に政治的映画ではなく、映画づくり、映画づくりへの愛をめぐる物語でもある。

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コメント

TBさせていただきました。私の映画に対する疑問やベルルスコーニのスピーチのシチュエーションなどpanterinoさんに教えていただきたいです(笑)
イタリアに観光に来てくれはどういう発言だったのですか?

投稿: マヤ | 2007年5月17日 (木) 23時37分

マヤさんへ

マヤさんのブログ『私のイタリア映画紀行』http://myvoyagetoitaly.seesaa.net/
にもお返事を書き込ませていただきましたが、本ブログの読者のためにここにもお返事を書きます。


マヤさんの疑問を2つに整理します。
1.ベルルスコーニの実写部分は、政治的にどんなコンテクストで発言され、何が問題であったか?
2.ベルルスコーニはなぜ人気があるのか?

以下が、暫定的な僕の回答です。

 『カイマーノ』の中のベルルスコーニの実写部分ですが、あれはベルルスコーニ首相(2003年当時)が、EU議会で批判されていたのです。批判の内容は、たしか、メディアを多数所有したままで、政権を握っていることであったかと思います。

その批判をしたシュルツ議員に対して、ベルルスコーニは八つ当たりして、イタリアには今、ナチスの強制収容所の映画を撮っているプロデューサがいるが、あなたはそのカポ(収容所のユダヤ人の中から選ばれた見張り役)にふさわしい、と言ったのです。

ヨーロッパ議会は一瞬氷つき、そのあと大騒ぎになりました。

ベルルスコーニの横にいたのは、当時の与党連合を組んでいた国民連合の党首ジャンフランコ・フィーニで、唖然として横を向いてしまいます。フィーニの国民連合は、もともとはファシスト系の政党が母体だったのですが、フィーニになってファシズムとの訣別をうたっていたのですから、ベルルスコーニにこんなことを言われては、これまでの過去を清算してきた努力が水の泡になりかねません。

ベルルスコーニの人気、カリスマについては、田中角栄ではないですが、一代で富を築き上げて、権力の頂点に上り詰めた点が大きいのかな、と考えています。

こういうタイプの人は、強引だったり、たたけばホコリが出てくるのは、皆判っているのですが、そういう人に特有のアクの強さが逆に人を引きつける魅力にもなっているのかと思います(といって、僕はベルルスコーニの弁護をするつもりはなく、何故、多くの人が投票するのかを推測しているだけですが・・・)。

投稿: panterino | 2007年5月18日 (金) 19時07分

的確な回答ありがとうございました。
panterinoさんのような解説ができるレベルの方が
こうしてブログで情報を発信してくださるのは本当に素晴らしいことだと思います。

そういえば、モレッティの批評家嫌いが、料理評論家を串刺しにするブラックなシーンで描かれていましたね。
批評にも「愛」がないといけませんよね。

投稿: マヤ | 2007年5月19日 (土) 22時33分

こちらこそ、ありがとうございました。

回答で抜けていて失礼しましたが、イタリアに観光に来てくれというのは、あなたがた(シュルツ議員をはじめとするEU議会議員)は、イタリアのことを批判ばかりしているが、イタリアの本当の素晴らしさを何も知らない、イタリアには文化史跡をはじめとして見るべきもの味わうべきものが沢山あるから是非来なさいという文脈でした。(その後に、あなたたちは、民主主義の観光客みたいだというさらなる悪口雑言が来るわけですーーこれも判ったような判らないような皮肉ですね)。

マヤさんのブログにも書かせていただきましたが、『カイマーノ』のタイトルは、ケイマン諸島(節税、脱税のために会社が設立されることで有名、ベルルスコーニもここに他人名義でいくつも会社を持っている)とかけているのだと考えています。

多角的にベルルスコーニの問題点をあぶりだしている映画だったわけですが、同時に映画を撮ることへの愛を語る映画でもあったと思います。

投稿: panterino | 2007年5月20日 (日) 01時22分

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