スコルセーゼ:《新世界》は私の家族の物語
マーティン・スコルセーゼ監督が、《新世界》(クリアレエーゼ監督)の物語には、自分の一家の物語と重なるところが多いと語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月27日)。
マーティン・スコルセーゼ(なぜか、日本ではスコセッシと呼ばれているが、Scorsese というスペルではスコセッシとは読めない)はイタリア系アメリカ人であり、この映画をみていたく感動し、プロデューサのファブリツィオ・モスカに、ニューヨークで公開するように強く主張した。
エマヌエエーレ・クリアレーゼ監督の作品は、20世紀初頭にシチリアの一家がアメリカに移民する旅をめぐるもので、アメリカでは5月25日から公開される。
またこの映画は、第50回サンフランシスコ映画祭のオープニングを飾った。2002年にロバート・デニーロの発案で開始された Tribeca 映画祭(9・11後、マンハッタン再興を目指して創設された)の第6回にも出品されるが、デニーロはニューヨーク・ポスト紙からこの映画祭監督を辞任するよう勧告された。映画祭が方向性を失っていることを批判されている。
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コメント
こんばんは。
TBをさせていただこうと思っていたのですが、Blogの相性が悪いのか、どうもうまくいかないようです。
こちらの記事を私のBlog内でリンクを貼らせていただきましたことご報告します。
http://natsu.at.webry.info/200705/article_13.html
スコルセーゼの『私のイタリア紀行』を見ると、彼の祖父母のようなイタリア移民のために、イタリア語でイタリア映画を放送するテレビ局がN.Y.のリトル・イタリーにあったということですが、それは『新世界』の登場人物たちのその後の姿なのですね。
投稿: なつ | 2007年5月10日 (木) 23時50分
なつさん
トラックバックとコメントありがとうございました。
また、トラックバックで不便をおかけして申し訳ありませんでした。
実は、しばらく前から、トラックバックを管理人が承認するまで保留するシステムに変えていました。管理人の怠慢と技術的な能力の低さから、それをどう表示したらよいのか判らず、調べるのも面倒だなあなどと、いい加減な態度できてしまいました。
スコルセーゼ(スコセッシ)の「私の映画旅行」を見ると、彼の家族(親や祖父母)がどんな思いで、ネオレアリズモの映画を見ていたのか、またその家族のリアクションをマーティン少年が鋭敏に感じ取っていたことが語られ貴重な映画解説でありドキュメントですね。
追記:目立たない形ではありますが、プロフィールの一行紹介にトラックバックの件、お断りを追加しました。
投稿: panterino | 2007年5月11日 (金) 08時52分