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2007年5月30日 (水)

ラツィオ州、宗教の単位をマトゥリタに含めず

Maturita3ラツィオ州では、高校卒業試験(マトゥリタ)に、宗教の単位が換算されないことになりそうだ(コリエレ・デッラ・セーラ、5月25日)。

現在は、高校での学業は最大20ポイントまでカウントされる。

ラツィオ州行政裁判所は、労働組合Cgilの訴えに対し、保全的措置として、宗教の教師にその権限を与える省令を一時停止にした。

カトリック以外の宗教のものや、宗教の授業を受けていないものが不利にならないための措置とされている。

(訂正)宗教の時間のみで、20ポイントが加算されるとしていたのは誤りで、マトゥリタの全体の中で高校での内申書に相当するものが最高で20ポイントとカウントされる、と訂正しました。
マトゥリタの点数配分については、まるさんへの返答コメントをご参照ください。 

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フェッラーリの赤、変わる

RossamonacoF1のフェッラーリ車のボディーの色が、微妙に変わった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月24日)。

近年のフェッラーリ車は、赤がオレンジ色に近づいていたが、今回の変更はむしろ以前のフェラーリの赤の色調に近づいている。

重要な新しい点は、メタリックになったこと。テレビ映えする色調である。

しかしながら、通常の塗料よりも、メタリック塗料は重い。F1は100グラムでも違いが出るので、塗料の生産者は慎重に選ばれた。

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2007年5月29日 (火)

イタリアにおける貧困家庭

Istat01gIstat (政府中央統計局)のレポートの続きで、貧困についての報道が詳しい(コリエレ・デッラ・セーラ、5月24日)。

貧困とは、たとえば2人家族で、月936ユーロ(15万円)以下をさす。そういった家庭は、258万5千家庭あり、全体の11、1%にあたる。

しかし、もう一つ別の指標もあって、6家庭に1家庭(14,7%)は、月末までのやりくりにとても苦労している。約3分の1の家庭(28,9%)は、突然600ユーロの出費があったら、まかなえない。8家庭に1家庭は、医療費の支払いに問題をかかえている。南部では、7,4%の家庭は、時には食べ物を買うお金がない。

もっとも貧困にあえいでいるのは、人数の多い家庭で、お年寄りを抱えている家庭である。5人以上の家庭では、4家庭に1家庭(26,2%)が貧困層となっている。南部ではその確率が40%に上昇する。しかしながら、65歳以上のお年寄りを一人以上抱えている家庭の貧困率は、1997年の15,5%から2005年の13,6%に下降している。

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イタリア、より貧しく、より高齢化

IstatIstat (政府中央統計局)の500ページにおよぶレポートが出た。イタリアはヨーロッパで最も高齢化が進み、貧困状態にいる人は250万家庭(11%)におよぶことが明らかになった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月22日)。

北部と南部の格差は開き、もっとも平均収入の高いのはロンバルディア州の家庭で、最も低いのはシチリア州の家庭である。南部の失業率は、北東部の3倍もある。

経済の回復もみられるがヨーロッパとのギャップを埋めるほどではない。

イタリアの高齢化はヨーロッパで一番進んでおり、世界でそれを上回るのは日本だけである。

プローディ首相はイタリアにおける3つの異常状態を上げている。「南部の状況、人口の高齢化、女性と若者の就業率の低さ」である。

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『女教師への手紙』から40年

Don_milani

ドン・ロレンツォ・ミラーニ(1923-1967) と子供たち

『女教師への手紙』が出版されて40年がたった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月22日、ジョヴァンニ・ベラルデッリ)。

日本では、『イタリアの学校変革論ー落第生から女教師への手紙』というタイトルで、1979年明治図書出版から田辺敬子氏の翻訳で出版されている。

この本はイタリアの教育界に激震を起こした。ドン・ロレンツォ・ミラーニは、イタリアの学校が 《scuola di classe》(階級社会にもとづいた学校)であると批判し、農民や肉体労働者の子供は不利な立場におかれると告発した。

そのためこの本は1968年の学園紛争のときの重要なテクストとなった。現在でも、ベルティノッティ下院議長がその名を引用するし、フィオローニ公教育大臣は就任するとバルビアーナ村(ドン・レンツォ・ミラーニが学校を設立した村)に赴いた。

しかしこの本に感動したのは左派だけではなく、ベルルスコーニも感動したと述べている。

また影響力が強いので副作用がなかったとはいえない。落第させることは悪いことであるという考えや、成績・達成度にもとづく入学試験は社会階級を固定化するという考えである。

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イタリア人と政治不信

Parlamentoitaliano世論調査によると、イタリアで政治不信が広がっている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月22日)。

コリエレ・デッラ・セーラの委嘱で ISPO が実施した調査によると、イタリアの主要機関・制度に対する信頼度は次の通り。

警察・カラビニエーリ  84%
大統領         72%
カトリック教会     65%
EU           57%
司法          53%
労働組合       43%
RAI(テレビ)      38%
Mediaset(Canale 5, Italia 1, Rete 4)
                               37%
首相          33%
Confindustria (経団連)31%
議会           30%
銀行           22%

また、政治のことを考えたとき頭に浮かぶのはと訊かれて、

ネガティヴな態度(嫌悪、不信、怒りなど)
              58パーセント
無関心         25パーセント
ポジティヴな態度(責任、関心、情熱など)
              17パーセント

となっている。また、個別に次のように考える人も多数派である。

○私のようなものは、政府にまったく影響力がない 
              74パーセント
○政治家は人々の投票には関心があるが、考え
  には関心がない   80パーセント
○政府の人間は、自分のような人間に起こっている
 ことに本当の関心はない 77パーセント

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2007年5月28日 (月)

ナポリのごみに放火

Rifiuti_napoliナポリの道路に積みあがったごみに市民が放火した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月21日)。

ナポリの道端に収集されずに積みあがったゴミはいまや3000トンにのぼると推定されている。

市民が150箇所に火をつけたが、有毒ガスが放たれて危険な状態である。

ゴミを放置しておけば、夏にかけて気温があがれば、疫病等の危険性も増す。

(追記)囲み記事でゲーテの『イタリア紀行』のナポリ、1787年5月28日が引用されている。

 「非常に大勢の人たちが、ゴミをロバの背にのせ運ぶ仕事をしている・・・大きなしなやかな籠を二つロバの背にかけて運ぶが、籠がそれぞれ淵までゴミでいっぱいなだけではなく、ゴミが山のようにそびえているのだ」

もっともこの時代のゴミは野菜の茎や葉が大半であったとゲーテは書いている。

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Unicredit Group 誕生

UnicreditUnicredit と Capitalia が正式に合併を発表した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月21日)。

実体としては、Unicredit による Capitalia の吸収である。株式時価総額(capitalizaaaione di mercato) は Unicredit  が800億ユーロ、支店が7200、Capitalia は株式時価総額が200億、支店は2000である。

新銀行は、イタリア第1、ヨーロッパでは2位、世界では7位の規模の銀行となる。

名称は、Unicredit Group となる。イタリアにおける市場占有率は16%で、活動の半分は海外となる。本部は、ジェノヴァからローマに移る。

(追記と訂正)Unicredito と Capitalia 銀行の資本とあいまいに記していた部分を株式時価総額と訂正します。イタリア語では、Capitalizzazione del mercato または単に Capitalizzazione と記されており、株価×株数の意味なので、株式時価総額と訂正します。

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ユヴェントゥス、セリエAに復帰へ

Juventus今期、セリエBに降格していたユヴェントゥスが、セリエAへの復帰を獲得した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月20日)。

アレッツォとの試合を5対1でくだし、あと3節を残したまま、昇格を決定的なものにした。

年間を通じての記者の評価(pagelle) によると、ゴールキーパーのブッフォンが10点(満点)で、San Gigi (聖ジジ)と聖人になっている。

ネドヴェドとデル・ピエロの二人も、9,5と極めて高い評価を得ている。

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銀行合併、残るはMps, Unipol と Mediolanum

Salvatori_carlo_imago_135x104Unipol 理事長カルロ・サルヴァトーリ

銀行の大型合併が続き、残った独立系の金融機関として、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行、Unipol と Mediolanum がその動向を注目されている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月20日)。

1年足らずの間に、Intesa と Sanpaolo,  Unicredito と Capitaliaが合併した。人民銀行では、Bpvn と Bpi, Bpm と Bper が合併し、いまや「シングル」でいるプレーヤーは少なくなった。

そこでまず注目されているのは、モンテ・ディ・パスキ・ディ・シエナ銀行(MPS)である。インテーザともサンパオロともかつては話があったし、カピタリアも検討をしていた。

というわけで、インテーザ・サンパオロとの関係も考えられるし、スペインの Bbva との関係も可能性がある。

Mps 以外で動向が注目されているのは、DSの影響力の強い保険会社 Unipol と Mediolanum である。

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2007年5月27日 (日)

スカラ座、2006年の決算は黒字

Lissnerスカラ座総監督ステファン・リスナー

リスナー総監督は、スカラ座の2006年の収支が、148万ユーロの黒字であることを発表した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月19日)。

収入が、3943万ユーロから4847万ユーロへと増加した。当初の予想では、570万ユーロの赤字であったが、ミラノ市からの200万ユーロの調整金などもあり、予想以上の結果が出た。

さまざまな施策が功を奏した。節約、共同プロダクション、海外公演など。『アイーダ』の経済的貢献は決定的であったとのこと。

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Unicredito と Capitalia 合併作業は秋に

Geronzi_profumo18052007Unicredito と Capitaliaの大型銀行合併の作業はこの秋に実施される見込みとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、3月19日)。

合併で、9289の支店を持つことになり、イタリアでは郵便局(1万4千)に次ぐ数となる。

イタリア国内では、三つの名前で活動を続ける。南部では、Banco di Sicilia, 中部では Banca di Roma,  北部では Unicredit となる。

従業員は17万697人。6千から8千人の余剰人員が出る見通し。

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ローマとミラノの治安問題

Veltroniローマ市長ヴェルトローニ

治安に関し、内相アマートは、ローマおよびミラノ市長と協約を結ぶ(コリエレ・デッラ・セーラ、5月19日)。

パトロールをするカラビニエーリを増やし、移民受け入れの施設、ロマ(ジプシー)の村をつくる。単一の民族で構成されている地区が出来ないようにする。

ローマに住むロマは約1万人と推定されている。そのうち7500人は23の公式に認定されたキャンプに住んでいるが、数千人はテベレ川沿いなどに突如として形成され、また消えていく臨時のキャンプに住んでいる。今回、1年以内に郊外の4箇所に連帯の村をつくり、そこにロマを住まわせる計画である。

一方、ミラノでは、比較的チェントロ(町の中心部)にある現在のチャイナタウン(Via Paolo Sarpi, Via Luigi Canonica,  Via Bramante) を郊外のアレーゼ(アルファ・ロメオの元工場がある)に移すことを検討している。

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ピサ高等師範学校の学長選

Scuola_normale_di_pisaピサ高等師範学校の学長選が奇妙な展開になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月18日)。

Pisaの Scuola Normale Superiore はナポレオンがフランスの制度にあわせて創設したイタリア屈指の名門大学であるが、その学校の学長選が奇妙なことになっている。

現学長の歴史・考古学の教授サルヴァトーレ・セッティスが再選されなかったのだが、その後、歴史学教授アドリアーノ・プロスペリの名前で、学内の人物の誹謗中傷の混じった書簡がナツィオーネ紙の編集部に送られた。

しかしアドリアーノ・プロスペリ教授は、その書簡を書いたのは私ではないと否定しており、不可解な事態となっている。

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第一回プッチーニ・マラソン

Puccini07第1回プッチーニ・マラソンの1日目に参加した。

プッチーニ・マラソンは、2日にわたっての催しで、1日目はテレビ映画『プッチーニ』(345分)とミニ・コンサートが交互にはさまれる。

2日目は、いくつかのオペラの抜粋と声楽曲の演奏会である。

1日目は、12時から20時30分まで、2日目は13時半から21時45分までと、両日とも8時間を越える催しなのでマラソンという名がついている。

1日目の開始はまず、ビュッフェ・ランチから。本格的なイタリア料理で、味もよいのだが、アニェッリ・ホールはロビー(フォアイェ)がやや狭く、テーブルを置いて、人がならぶと大混雑となってしまう。

まず腹ごしらえをして、ダリオ・ポニッスィ氏の司会で、主催者側複数の挨拶。その後、アントニア・チフローネの歌唱で「ある晴れた日に」をピアノ伴奏で聴く。アニェッリ・ホールは立派なホールであるが定員は370人でコンサートホールとしては大きいほうではないため、歌手の声はびんびん響く。歌い手も細かいニュアンスを届けやすいので、こういう演奏会もまた独特のよさがあることを確認した。

サンドロ・ボルキ監督によるRAIのテレビ映画『プッチーニ』は、三部にわけて上映された。6時間を越える大作、というかテレビのときは5回にわけて放送したようなので、今回は、1回2時間上映して、休憩をいれ、そのあとミニコンサート(プログラムには細かな変更がいくつかあった)をして、上映とつなげていた。この企画自体はとても良かったと思う。

映画はサンドロ・ボルキ監督によるものだが、調べてみるとボルキ監督は、テレビ映画の世界で有名だったようで、『ポー河の水車小屋』などがある。

この映画の感想は、プッチーニの生涯をどう描くか(そこには台本作者や監督の解釈も入ってくる)ということと切り離せないと思うが、気がついたことをいくつか書こう。

楽譜出版業者のリコルディは一貫してプッチーニの才能を認めていた。プッチーニは台本作家への注文が細かく、何度も書き直させるので、ルイジ・イッリカとジュゼッペ・ジャコーザは悩まされたり、憤慨したりするのだが、リコルディがまあまあとなだめたりする。結局、このコンビは、『ラ・ボエーム』、『トスカ』、『マダム・バタフライ』の三大傑作を生み出したのだから、決して和気藹々とではなく、台詞の書き直しや文学観の相違で言い争いもしているのだが、三人の緊張関係は結果的にはきわめて生産的であったのだ。

無論、言葉にこだわってオペラを作曲しているのはプッチーニだけではないが、こういう場面は、とくに歌手(の卵)には見てもらいたいものだと思う。最近の演出家や指揮者が優位にたった上演になってくると、歌は一要素となってしまいがちだが、多くのオペラ愛好者は、歌を聞きにきているのだ、細かな歌いまわし(レチタティーヴォも含め)や力のこもった言葉には、それなりの歌い方が、甘い台詞には、ドルチェな歌いまわしが求められるし、作曲家もそれを強く意識して書いているということがわかる。

プッチーニは素材探しにも随分苦労していたようで、ダンヌンツィオともリコルディの仲介で、接触したが結局結実はせず、後にザンドナイが『フランチェスカ・ダ・リミニ』などを、ダンヌンツィオ原作で作曲することになる。

『ラ・ボエーム』の初演はトリノのテアトロ・レージョ劇場だが、指揮は若き日のトスカニーニ。彼はアンコールをやらないという主義だったが、『ラ・ボエーム』の初演時には、終幕のミミの死の場面をアンコールさせた。

もう一つ興味深かったのは、1900年代初期にプッチーニが自動車事故にあったこと。事故後は、車椅子にのっている(のちに、歩けるまで回復する)。

また、エルヴィーラ夫人が神経質で嫉妬深い人であり、若いお手伝いさんとプッチーニの仲を疑い、その女性は自殺してしまい、検死で無実であったことが確認されるという悲劇が起こるのだが、『トゥーランドット』のリューは彼女の存在が全面的に投影されている(という解釈をこの映画はとっている)。

現代の伝記や研究などに照らして、どこまでが史実に基いて正確なのか、評者にはまったく判定する能力も資格もないが、当時の服装やオペラ劇場をとりまく人々の交流、人脈(海外も含め)などもうかがえてとても、プッチーニのオペラを聴いたことのある人にとっては、とても興味深い映画であった。(1970年代のテープということもあって、各回の終わり数分はなくなってしまったようでそれが惜しかったが、それはないものねだりで、見られたことは大収穫です)。

映画の中には、当然ながらオペラの場面があり、マリオ・デル・モナコやティト・ゴッビといった製作当時の大歌手、若き日のプラシド・ドミンゴの歌・演技が味わえるのもこの映画の決して小さくない楽しみの一つだが、合間のミニ・コンサートを聴くと、生の声はこんなに美しいのかという感慨も同時に持つ。大西由利子、山畑晴子、佐藤晶子氏のそれぞれ声のキャラクターは異なるが、牧口純子氏のピアノ伴奏での熱唱は、楽しめた。日本人が歌った「ある晴れた日に」では、最初にアントニア・チフローネが歌ったのと比較すると声はチフローネが力強いのであるが、ふと柔らかな音調になったり、身体のふとしたしぐさも蝶々さんにぴったりはまっていた。世代が変わっても蝶々さんは日本人歌手にとって大きな強みを有していることが判った。

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2007年5月26日 (土)

Fukusas と Piano, Eurの再開発

Nuvola_di_fuksasローマ郊外の官庁街EURの再開発が、建築家 Fuksas と Piano により計画されている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月18日)。

マッシミリアーノ・フクサスの計画は Nuvola と呼ばれ、大きな雲状のものが、巨大な箱の中にはいっている(図)。

これが Viale Europa にそびえることになるが、2010年完成予定である。

Eur自体の起源は、1938年にさかのぼる。建築家マルチェッロ・ピアチェンティーニの構想によるもので、ファシズムの政権獲得20周年の1942年には万国博覧会が開かれるはずであったが、第二次大戦で計画がくるった。

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中絶を避けるため母から避難

Abortireジェノヴァで、17歳の少女が中絶を避けるために、母親から逃れて警察に駆け込んだ(コリエレ・デッラ・セーラ、5月18日)。

少女はエクアドル人で、妊娠3ヶ月。少女は、母、姉妹、叔母たちとジェノヴァに暮らし、少女の父親はエクアドルにいる。

母親は、少女に中絶をせまり暴力をふるったので、少女は警察に駆け込んだのである。胎児の父親は、やはり17歳のエクアドル人で責任をとると言っている。

イタリアで2005年に自ら妊娠中絶をした人は12万9588人で、1982年と比較すると45,9%減少している。

2003年に中絶をしたうち未成年者は9980人。そのうち14歳以下は255人であった。

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2007年5月25日 (金)

プローディ政権、誕生一年

Prodi1プローディ政権発足から一年がたったが、世論調査の結果はおもわしくない(コリエレ・デッラ・セーラ、5月18日)。

調査は、Ispo がコリエレ・デッラ・セーラ紙のために5月10-13日に、968人を対象に実施した。誤差3%。

プローディ政権発足当時は、支持(positivo)が48%、不支持(negativo)が52%であったのに対し、現在は支持が46%、不支持が54%で、不支持が増えている。

ベルルスコーニ政権の時には、発足当時が支持55%、不支持45%で、一年後には支持47%、不支持53%となった。

プローディ政権は一年経過して、あなたはこの政権が
とてもよくやっている              3%
選挙公約をまもるため、まあよくやっている 32%
期待と比べると、少しがっかりした      45%
とても悪い                   20%

ベルルスコーニ政権発足後1年(2002年)のときには
ととてもよくやっている              3%
選挙公約をまもるため、まあよくやっている 32%
期待と比べると、少しがっかりした      45%
とても悪い                   20%

ベルルスコーニ政権発足後1年(2002年)のときには
とてもよくやっている              8%
選挙公約をまもるため、まあよくやっている 30%
期待と比べると、少しがっかりした      34%
とても悪い                   28%

となっていた。

ベルルスコーニ政権と比較すると、とても悪いはベルルスコーニの28%に対し、プローディが20%だからましなのだが、悪いをふくめた失望は、20+45%で、65%となり、3分の2はがっかりしたということになる。

自分がどの党派に属すると考えるかの別に支持率を分けると次の通り。

左派
発足時 支持88% 不支持12%
今日  支持70% 不支持30%

右派
発足時 支持85% 不支持15%
今日  支持80% 不支持20%

中道
発足時 支持52% 不支持48%
今日  支持41% 不支持41%

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2007年5月24日 (木)

Unicredito と Capitalia 合併への詰め

Geronziカピタリア銀行会長チェーザレ・ジェロンツィ

Unicredito 銀行と Capitalia 銀行の合併が大詰めを迎えている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

両者の資本を合わせると、1000億ユーロとなる。

また両者が合併すると、世界第六位の規模の銀行が誕生することになる。

また新銀行は Mediobanca の9%を所有することになる。

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パドヴァ、娼婦の行進

Padova_1パドヴァで、市の課した罰金に反対する娼婦の抗議デモがあった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

パドヴァの市長フラヴィオ・ザノナート(左翼民主)は、売春との戦いを宣言し、お客への罰金を課す条例を作った。

顧客が支払う罰金は、すぐに払うなら50ユーロで、遅延すると150ユーロにまで上がる。

顧客の喪失をおそれた娼婦は、罰金と同額分の「現物」での払い戻しを保証した(bollino rosa-バラ色のクーポンーと呼ばれている)。

15日までに罰金をうけた客は14人。パドヴァの娼婦の40%は未成年で、90%は外国出身である。

パドヴァ市長は、今度は、麻薬の売買を標的にし、買いにくる客に罰金を課す考えだ。

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プーリア州知事、同性愛者が養子をとる権利を求める

Niki_vendola_20051221プーリア州知事ニキ・ヴェンドラ

プーリア州知事が、同性愛者も養子をとる権利が欲しいと主張した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

ニキ・ヴェンドラ知事は、これまで自らのプライヴァシーを進んで語ることはなかった。ところが、今回「父親になりたい」という願望を語った。しかし、それは単なる生物学的な話ではない。「血筋は関係がない、私にとって父親とは、自分の精子に限定された生理学的なものではない」。

「子供を育てるというのは、世話をやき、その子を知り、その子を聞くということだ」。

しかしながら、彼が送っている人生は、父性とは両立しがたいものだとも語った。現在のところ、具体的には考えていないとしつつも、新生児が捨てられたという話を読むたびに胸が締め付けられるという。

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2007年5月23日 (水)

ミラノ市役所、子供のいる家庭に麻薬検査キットを配る

Kitミラノ市は、13歳から16歳の子供を持つ家庭に、麻薬検査の引き換えクーポンを配った(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

対象となるのは、3883家庭。両親は、キットを薬局で引き取ることもできるし、放置して引き取らなくてもよい。

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ミラノの高校生、マリファナを吸い、死亡

Studenti01gミラノの工業高校ガッダ・ディ・パデルノ・ドゥニャーノ高校の15歳の生徒がマリファナを吸い、死亡した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

学校では、麻薬が売買され、「マリファナの廊下(il corridoio delle canne)」と呼ばれる場所があるという。おそらくはそこで、ダリオ・Eもマリファナを吸い、倒れたのだ。

彼は顔面蒼白となり、身体が震え、床にどすんと倒れ、救急で運ばれたが助からなかった。

ダリオの同級生二人は、検察の取調べを受けた。彼らはダリオが吸ったものが普通のマリファナだというが、専門家によると吸引直後に死をもたらすのは、むしろクラックやヘロインであるという。

ミラノの麻薬蔓延はひどい状態になっている。ミラノで一度でもコカインを使用したことのある人は12万人。10軒に7軒の家庭では、麻薬問題をおそれている。

15歳から19歳のミラノっ子で、過去1ヶ月にマリファナを使用したものは32%。初めてのコカイン経験は13歳。15歳から19歳のミラノっ子で、過去一ヶ月にコカインを使用したものは9%、クラックかエクスタシーを使用したものは6%にのぼっている。

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バスジャック事件、主犯逮捕

Ahemetiノヴァーラ県で起きたバスジャック事件の主犯がミラノで逮捕された(コリエレ・デッラ・セーラ、5月17日)。

Rsupen Ahemeti という23歳のアルバニア人で、逮捕されたときには、セミオートマティックのピストル7,65(7,65ミリ口径のピストルということだと思われるー管理人)を腰にさしていた。

犯人はアルバニアのティラナ出身の若者で、イタリアの滞在許可証は得ている。アレッサンドリーノで、建設の骨組み作業に従事していたが、ミラノにも多くの接点があり、おそらくはそこで第二の「活動」として、コカインの売人をしていたと思われる。

バスジャック犯の3人は、人質の証言によると、犯行の間、3人とも大量のコカインを吸っていた。

動機については、テロリズムや組織犯罪、悪魔崇拝のカルトなどの線も調べたようであるが、単に安易な金銭獲得をねらった犯行との見方が強まっているが、ただし、何故、人質が差し出した金銭を拒絶したのか、何故、乗客一人一人の身分証明書をチェックしたのかという疑問は残っている。

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2007年5月22日 (火)

アフガニスタンのEmergencyの病院は、暫定的に San Raffaele が引継ぎか

Don_verzeドン・ヴェルゼ

アフガニスタンで人道援助活動を展開してきた Emergency は、レプッブリカ紙の記者がタリバンに拘束された事件で仲介者となった人物をアフガニスタン政府が逮捕したため、活動を停止しているが、Emergency の活動を暫定的に San Raffaele 基金が引き継ぐ可能性が出てきた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月16日)。

サン・ラッファエーレ基金は、1971年にミラノで設立された。設立者はドン・ルイージ・ヴェルゼで、1920年ヴェローナ県のイッラージ生まれ。1984年からは Aispo (Associazione Italiana per la Solidarieta' tra i Popoli) が出来て、発展途上国の援助活動をしている。

サン・ラッファエーレの申し出に対し、外務省は慎重である。Emergency がアフガニスタンに戻る可能性もさぐっている。

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バスジャック

Busノヴァーラ県アレッサンドリア近郊でバスジャック事件が起こった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月16日)。

バスには10人ほどの乗客がおり、学生や通勤客がいた。そこへ3人の武装した男が、バスジャックをした。そのうち少なくとも2人はアルバニア人で、1人は逃走中。

彼らは逃走する際に、バスに放火した。

逮捕されたアルバニア人は一人は正式の滞在許可証を持っており、もう一人は不法滞在者だった。

彼らは、バスジャックの間、コカインを使用していたらしい。事件は午後2時45分ごろ発生した。

しかしバスには2人の警官も乗車していた。ロベルト・;クレッリとエジーディオ・ヴァレンティーニで、彼らは犯人を取り押さえようとした。一人は腕に怪我をして途中下車した。もう一人は座席にしばりつけられた。

しかし降りた警官が知らせ、警戒態勢がしかれた。走っていたA26のいたるところに検問所が置かれた。

運転手は頭にピストルを突きつけられ、ヴェルチェッリ・エストで高速道路を降りるよう命じられた。しかしそこにはカラビニエーリが待っていた。停車を求めるが、バスはパトカーの横にぶつかり、打ち合いが始まった。しかしそこでバスの運転手が「打たないでくれ、打たないでくれ」と大声で叫び、バスは通りすぎていく。

やがてバスは一般道からそれた行き止まりの道に入る。そこで降りて、バスに火をつけ、逃走した。3人のうち、1人はすぐに、もう1人は数時間後に警察犬が発見したが、最後の1人は逃走中である。

バスジャックは少なくとも1時間以上続いた。

この事件をうけ、与野党の間には、移民政策論争が起こっている。

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シチリアの地方選挙、中道右派の勝利

Cammarata

ディエゴ・カンマラータ市長(パレルモ)

シチリアの地方選挙は、中道右派の勝利に終わった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月15日)。

パレルモの市長選挙は、現職のディエゴ・カンマラータ市長が当選した。敗れたレオルーカ・オルランド(中道左派)は投票に不正があったと主張している。

アグリジェントでは、有力候補がどちらも過半数をとれずに、決戦投票へ。トラーパニはジローラモ・ファツィオ(中道右派)が当選。ラグーザでえは、フランコ・アントーチ(中道右派)が当選した。

この選挙結果をうけ、ベルルスコーニは、プローディ政権は終わりだと通告したが、プローディは地方のテストに過ぎないとしている。共産党再建党は、パドア=スキオッパ経済相の年金問題発言がいけないと非難している。

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2007年5月21日 (月)

Unicredito銀行とCapitalia銀行の合併、首相承諾

Profumoウニクレディト銀行のアレッサンドロ・プロフーモ

ウニクレディト銀行とカピタリア銀行の合併にプローディ首相がゴーサインを出した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月15日)。

首相は、「こうしたダイナミズムには賛成だ。こうした銀行システムの強化が20年前に実施されていれば、イタリアの銀行部門はもっと強力だったろう」と述べた。

ウニクレディトにとっては、合併相手はフランスのソシエテ・ジェネラル銀行もありえるが、手続き的には国内の銀行であるカピタリアのほうがやりやすい。

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IMF:イタリアの年金改革は必至

Imf IMFとヨーロッパ中央銀行は、イタリア政府に対し、年金改革の必要性を訴えた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月11日)。

IMF(イタリア語ではFmi: Fondo monetario internazionale) は「イタリアの年金改革は、イタリアにとって必至であり、財政の継続性を保証するためにも必要だ」としている。

「ヨーロッパで、イタリアはGDPに対する公的支出の比率が最も高い」。そして年金改革の必要性に関しては、EUからOCSEまで意見は一致しているという。

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2007年5月20日 (日)

オートマ車、徐々に増加

Leva_del_cambioイタリアで徐々にではあるが、オートマ車が増えている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月14日)。

新車登録のうち、ギアがオートマティックである自動車の比率は2006年は9パーセントを越えた。

1996年 1,20%
1997年 1,11%
1998年 1,53%
1999年 2,33%
2000年 2,76%
2001年 3,50%
2002年 4,21%
2003年 5,09%
2004年 6,32%
2005年 7,58%
2006年 9,07%

となっている。2006年には21万3687台のオートマ車が新車登録された。

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批評のマエストロの時代は終わったか?

Francofortiniフランコ・フォルティーニ(フィレンツェ1917-ミラノ1994)詩人、批評家

エマヌエーレ・ジナートが著したアルフォンソ・ベラルディネッリについての本が20世紀の批評の大家についての論争を巻き起こしている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月14日)。

アルフォンソ・ベラルディネッリは、フランコ・フォルティーニのことを「悪いマエストロ(cattivo maestro)」と考えていた。なぜなら、文学をマルクシズムを通じて判断するが、文学はマルクシズムを判断できないとしていたからだ。

しかし若手の批評家アンドレア・コルテッレッサは、フォルティーニのようなイデオロギー的批評家の欠落を感じるという。「マルクシズムが捨て去られるのと同時に、文化的組織、現実を解釈する強力なシステムも捨て去られ、われわれが受ける唯一のイデオロギーは市場というイデオロギーになってしまった」。

マエストロの時代が終わって、友人の時代が来たという。

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エイズ予防と純潔

Aidsnastroアメリカではエイズ対策に純潔教育を10億ドルを費やして推進したが、効果がないことが明らかになった。イタリアの若者は、より慎重であるが、無知であることが判明した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月13日)。

2005年の調査(SWGが Oggi 紙のために実施した)によると、女子の68%、男子の44%が、大切な愛(grande amore) に出会うまでは純潔を守ると考えている。

結婚まで守るという考えているのは、男子の6%、女子の5%に過ぎない。イタリアの若者の最初の性体験の平均年齢は、男子が17歳で、女子が18歳、アメリカよりは遅いという。

また、パートナーを変えることもイタリア人の若者の方が少ない。18歳から30歳の若者は2-5人のパートナーを持ったと申告しており(Censis のデータ)、パートナーの数が少ないことはエイズのリスクを減らしている。

大学での調査によると、北部、中部の大学生の70%が初めての経験ではコンドームを使用したというが、南部ではその比率は低くなる。

イタリアの小児科協会の調査によると、12歳から14歳の子供のうち、男子の73%、女子の59%は性について「すべて」知っていると答えた。しかし、誰から情報を得たかを尋ねると、76%が友人からで、男子の21%、女子の35%が母親から情報を得ており、男子の25%、女子の11%が父親から情報を得たと答えている。

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2007年5月19日 (土)

90年後のファーティマ

Fatimaファーティマに聖母マリアが出現して90年がたったが、聖母のお告げに第四の秘密があるのかが論争になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月13日)。

1913年5月13日、ポルトガルの羊飼いのルチア(右)、フランチスコとジャチンタが白い服を来て手にロザリオを持った婦人が現れるのを見た。その出現は、その後も続き、5回にわたった。

ジャチンタとフランチスコは幼くして死んだが、ルチア・ドス・サントスは修道女になった。1942年に、聖母のお告げの内容を書いたが、1960年までは秘密にしておくよう求めた。

1981年の5月13日にジョヴァンニ・パオロ2世の狙撃事件が起こった。法王は、2000年5月13日に、お告げの第3の秘密が「白い服をきた司祭が・・・兵士のグループに殺される」という内容であったことを明らかにした。

しかしながら、カトリックの信者の中にもすべての秘密が明らかにされたわけではないと考えるものたちがいた。

アントニオ・ソッチは『ファーティマの第四の秘密』(Rizzoli 2006)の中で、ファーティマの第3の秘密の一部は現在も隠されていて、それは教会のヒエラルキーの転向に関わるものではないか、とされている。

それに対し、ヴァティカンの国務長官となったベルトーネは、修道女ルチアと2000年、2001年、2003年に会って、実施したインタビューに基づきそれを否定する本『ファーティマの最後の預言者。修道女ルチアとの会話』(Rizzoli) を著した。

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イタリア人の身長、伸びる

Altoイタリア人の平均身長は過去40年間で、7cm伸びた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月13日)。

1900年当時、イタリア人の平均身長は161cmだった。1965年には163cmとなり、1995年には168cm、2005年には170cmに達した。

男子平均では、1950年に170cmだったのが、2005年に174cmと55年で4cm伸びている。現在、女性の平均身長は163cm。

また、180cm以上の若者は、1950年代は6、2%に過ぎなかったものが、2005年では20%にものぼっている。

地域的な偏差もあって、2000年から2005年の間に、イタリア全体では1,6cm平均身長が伸びているが、南部だけをとると、2,5cm伸びている。全体がならされてきているということになる。

有名人の身長が紹介されている。
ジョヴァンニ・ジョリッティ(政治家)184cm
ヴィットリオ・エマヌエーレ3世   154cm
ソフィア・ローレン          172cm
トト                 163cm
ラウル・ボーヴァ(俳優)      181cm
ルチャーナ・リティツェット(女優) 160cm

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2007年5月18日 (金)

アフガニスタン政府、Emergency に帰国か施設接収を迫る

Afganistan アフガニスタン政府は、イタリアの人道援助組織Emergency に対し、帰国して活動を再開することを求め、5月25日までに戻らなければ、病院その他の施設を接収するとの最後通告を出した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月13日)。

現在アフガニスタンに駐留するイタリア兵は2015人。

国際赤十字によると、Emergency の活動は、アフガニスタンの医療活動の少なくとも4%を担ってきた。

アフガニスタン国内には Emergency の病院が3つ、25の診療所や救急看護所がある。どれもアフガニスタン国内では最良の施設と考えられている。完全に無料で、1999年に活動開始以来、150万人の患者の治療にあたってきた。

病院はカブール、アナバー、ラシュカル・ガーにある。カブールの病院は2001年に開設、100床、X線、断層撮影装置、2つの手術室がある。アナバーの病院は、1999年に開設、100床、X線、2つの手術室がある。ラシュカル・ガーの病院は2004年に開設、75床、X線、2つの手術室がある。

アフガニスタン政府は、Emergency に対して最後通牒をつきつけたわけだが、Emergency 側は、ハネフィの釈放を求めている。ハネフィはラシュカル・ガー病院の責任者であり、レプッブリカ紙記者がタリバンに拘束された際に、仲介をつとめたが、現在、拘留中である。

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Family Day, 100万人以上の参加

Family_day1Family_day2Family Day という Dico 法案に反対する大集会がローマのサン・ジョヴァンニ広場で開かれ、100万人以上が集まった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月13日)。

集会は、カトリック系の人が集まり、野党CDLのリーダーや、与党からもマステッラ大臣が参加した。一方、ナヴォナ広場には、左派の急進派が集まり、DSの不参加を非難した。

二つの集会はサン・ジョヴァンニ広場の方が人数が多く、元首相で終身議員のアンドレオッティも参加した。

ベルルスコーニは、マニフェスト紙の風刺漫画(司祭を風刺したもの)を見て、参加することを決めたとのこと。

プローディ首相は、「国家の世俗性は、政治的責任を負うものにとって欠かせない。宗教を政治問題化すべきではない」と述べた。

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経済相、Rai の理事会のペトローニを不信任

Padoaschioppa01gパドア=スキオッパ経済相は、Rai の理事としてペトローニを不信任にした(コリエレ・デッラ・セーラ、5月12日)。

アンジェロ・マリア・ペトローニは、2005年5月31日に理事に任命されていたがフォルツァ・イタリアの人であった。

与党側はこの動きを歓迎しているが、野党側はクーデターだとして激しく反発している。

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2007年5月17日 (木)

アリタリアの買収にMPS登場

Alitalia_1アリタリアの買収に、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行も加わる可能性が出てきた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月10日)。

アリタリアは、国が所有する株式を30%ほど売却する予定だが、その買収に手をあげていたグループが複数あり、手続きのところで膠着状態に陥っていた。

そのグループの一つ Air One (イタリアの国内線中心の航空会社)と Intesa-Sanpaolo 銀行に、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ(MPS)銀行が加わろうというわけだ。

他には、ロシアのアエロフロートと Unicredit 銀行、Tpg-Matlin-Mediobanca というグループがある。

MPS は DS (左翼民主党)に近いと見られており、他のグループにとっては Air One の会長 Carlo Toto と DS の関係を確認することになったわけで、手ごわい相手になりそうだ。

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2007年5月16日 (水)

6ヶ月留学を大学卒業条件に

Erasmus1プローディ首相は、大学卒業要件として、6ヶ月間、ヨーロッパの大学で学ぶことを義務化したいとの考えを示した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月10日)。

今年は、EU各国の交換留学生制度 Erasmus を開始して20年目にあたる。

開始した1987年には約3000人がその制度を利用したが、今年はヨーロッパ中で15万人の学生がこの制度を利用して、本国を離れて学んでいる。

このエラスムス留学制度の20周年を記念した行事がボローニャ大学であり、ファビオ・ムッシ大学相、ジョヴァンナ・メランドリスポーツ・若者政策相、ジャック・ドゥロール元EU委員長が出席したが、そこでプローディ首相は、エラスムスを強化してすべてのEUの大学生の義務にすべきであり、エラスムス世代のみが新たなヨーロッパを構築できるとの考えを示した。

エラスムスでこれまで学んだ学生の数は150万人。イタリアで学んだのは約50万人。昨年度イタリア人学生が学んだ国は以下の通り:

スペイン 6005人
フランス 2651人
ドイツ  1772人
イギリス 1341人
ポルトガル796人
ベルギー 598人
オランダ 519人
その他 2758人
合計 1万6440人

エラスムスが出来る以前に留学経験を持ったRAIのジャーナリスト、マリア・コンチェッタ・マッテイは「外国語を学ぶのはとても役にたちます。でもそれだけではないの。他国の若者にまじって生活した経験から、その人をよく知る前に決めつけることはしない、ということを学んだわ」と語っている。

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2007年5月15日 (火)

大統領、受刑者に会う

Napolitanooo215ナポリターノ大統領が、マステッラ法相とともに、ローマのレビッビア刑務所を訪れた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月9日)。

イタリア共和国の歴史では、大統領が刑務所を訪問するのは二度目。

2002年にチャンピ大統領がスポレートの刑務所を訪れている。

受刑者たちは、大統領を拍手で迎え、口々に「恩赦、恩赦」と唱えた。

イタリアには258の刑務所がある。刑務所の収容人員は、4万3500人。先般の恩赦で出所した受刑者は2万6201人。イタリア人が1万6158人、外国人が1万43人。

釈放されたもののうち、12%は再び罪を犯し、刑務所に戻ってきた。

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2007年5月14日 (月)

アルゼンチンに移民すると長寿?

Inps1 INPS(全国社会保障公社)が年金を支払う人のうち、90歳以上の人の割合が海外の移民では、並外れて高いことが明らかになった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月8日)。

100歳以上の人の割合が、イタリア全土では、7309人で2000人に1人の割合であるのに対し、海外在住のイタリア人では635人で435人に1人の割合である。

アルゼンチンだけでも、109歳が1人、108歳が3人、107歳が8人、106歳が3人。さらに105歳が11人、104歳が10人、103歳が32人102歳が51人、101歳が52人。つまり276人の100歳以上の人が年金を受け取っている(ことになっている)のである。

海外在住のイタリア人にINPSが支払う年金は毎年13億ユーロ。

在外イタリア人で、90歳から99歳で年金を受け取っている人は2万576人。

この在外イタリア人の長寿の比率は、正常とは考えられない。そこで、生存証明を求めたところ、遺族や関係者から数千人からは死亡したという報告があったという。

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アジアーゴで州を移るための住民投票

Asiago アジアーゴおよび周囲の7つのコムーネで、所属する州を変えるための住民投票が実施された(コリエレ・デッラ・セーラ、5月8日)。

アジアーゴおよび周囲の7つのコムーネ(市町村)は、現在は、ヴェネト州に属しているが、北側のトレンティーノ州に移りたいとして、住民投票を実施した。

このあたりは標高1000メートルほどの石灰土の高原地帯である。チーズの名前でも知られている。この高原を altopiano di Asiago または altopiano di Seette Comuni という。

投票率は、63,2%。所属する州を変えることに賛成は、投票者の94,1%、反対は3,4%、白票または無効票が2,5%であった。

つまり有権者の59,2%が賛成票を投じたことになる。コムーネごとに見ると、
アジアーゴ 65,7% (全有権者のうち、賛成票を投じた割合)
ガッリオ   66,9%
ロツォ    65,4%
ロアーナ  60,1%
ルジアーナ 57,3%
コンコ    55,6%
フォーツァ  53,9%
エネゴ    43,2%

所属する州を変更するためには国会の承認が必要であり、すべての手続きを完了するには、数ヶ月ではなくて、数年を必要とする。

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イタリア、財政赤字改善

Prodi211イタリアの財政が健全化してきたことをEUが認めた(コリエレ・デッラ・セーラ、5月8日)。

EU委員会によれば、イタリアの2007年の経済成長の見通しは1,9%。2008年に関しては1,7%と予測している。

また、2008年のイタリアの財政赤字は国内総生産比で2,1%となる見込み。2006年の赤字は4,4%であった。2008年は2,2%の赤字になると予想されている。

同じくEU委員会によれば、イタリアの累積財政赤字は国内総生産(PIL、prodotto interno lordo) の105%で、2006年の106%より少し改善した。2008年は103,1%となる見通し。

プローディ首相は、今年のような緊縮財政はもうとらないとしているが、EU側は財政のゆとりは赤字削減のために用いるべきであるとしている。経済大臣のパドアースキオッパは、緊急事態は終わったが、健全化はまだ終わっていないとの見解を示している。

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2007年5月13日 (日)

ドゥカーティ独走

Stoner7507_wideweb__470x2980ケーシー・ストーナとヴァレンティーノ・ロッシ

二輪レースの最高峰モトGPで、ドゥカーティが圧倒的な速さを見せ、勝ち続けている(コリエレ・デッラ・セーラ、5月7日)。

モトGPはこれまで、ヤマハ、ホンダといった日本のメーカーのマシンが上位をしめていたが、去年後半からドゥカーティが圧倒的速さを見せ付けている。

2006年終わりから今年にかけての7戦で、ドゥカーティが5勝しているのである。

ドゥカーティは日本のメーカーに比べれば小さいメーカーである。年間3万5千台、従業員1100人。

6日の上海グランプリでは、ケーシー・ストーナ(ドゥカーティ)が優勝し、王者ロッシ(ヤマハ)は2位に終わった。3位はスズキのホプキンス。

ドゥカーティのマシンは直線で圧倒的強さを誇る。上海グランプリでの最高速は次の通り。

1.ストーナ(ドゥカーティ)333,5 km/h
2.ホフマン(ドゥカーティ)333、4 km/h
3.ペドロサ(ホンダ)   332,6 km/h
4.カピロッシ(ドゥカーティ)331,6 km/h
5.デ・プニエ(カワサキ) 331,0 km/h
6.バロス (ドゥカーティ) 330,1 km/h
7.メランドリ(ホンダ)   325,8 km/h
8.ロッシ (ヤマハ)   325、7 km/h

というわけで、ストーナとロッシの最高速は8km/h も違う。ロッシ自身、これまであんな速いマシンと戦ったことはない、というコメントを残している。

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イタリアにもアメリカ式キャンパス誕生

Innovazione4イタリアの各地にアメリカ風の巨大キャンパスが建設される(コリエレ・デッラ・セーラ、5月7日)。

たとえば、ジェノヴァの工科大学 Polo tecnologico scientifico di Genova Erzelli は、40万㎡以上の広さがあり、教室や実験室に9万㎡、ハイテク生産スペースに20万㎡、学生や研究者の住居空間に10万㎡が割り当てられる。学生は5000人。6000人のポストが新たに発生する。2015年開設予定。マリオ・ベッリーニの設計。

トリノでは Polo universitario nell'area dell'ex Italgas という名前で、法学部と政治学部が含まれる。教室、実験室、図書館、庭や広場、学生と住民の相乗作用が可能な「開かれた」場所を持つ。工事は2007年中に開始し、2010年~2011年の開設予定。

この他、ミラノでも Politecnico della Bovisa が2008年にオープンする予定。これらはいわゆる「頭脳流出」を防ぐ目的を持っている。これらの新キャンパスでは、大学と企業が共同で研究することが可能になる。

ローマの場合は三箇所に分かれる。Citta' dello Sport di Tor Vergata (Santiago Calatravaの設計)、Citta' universitaria di Pietralata (6395人の寮、月350ユーロ)、Citta' universitaria di Acilia (1200人の寮と、一帯の再開発)である。

これまでのイタリアの大学のキャンパスと異なり、アメリカ風に、キャンパスの中で生活の用が足りてしまう仕組みを目指している。

(追記)イタリアの古い都市の中にある大学は、たとえば修道院や病院だったものを改築して学部の建物に転用していたりするので、学部ごとに離れた場所にあったり、食堂は別であったり、スポーツ施設は無かったりする。それゆえ、町にとけこんでいるとも言える。

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新民主党の誕生は10月16日に

Pd新民主党の誕生は、10月16日になる見込みとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月7日)。

手続きなど詳細は未定であるが、民主党(Partito democratico) は、ピエロ・ファッシーノが10月16日ではどうかという呼びかけに対し、プローディ首相がそれで行きましょうと答えた。

10月16日は、Unione (現在の与党連合)が2005年に首相候補の予備選を実施した日で、そこでプローディが74%を獲得し、勝った日である。

ファッシーノは、2008年の3月まで待たずに、今年の秋に新党を立ち上げようと呼びかけ、プローディがそれに答えた形である。「プロセスを加速するのは正しいことだ」と首相。

ただし、マルゲリータが求めるように、党の綱領を6月中に決めるのはむずかしい、との考えを示した。プローディは、党結成の過程で、一般党員の参加ができるようになることを求めている。

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ナンニーニ、ピア・デ・トロメイを歌う

Gianna20nannini2_1ジャンナ・ナンニーニ













Pia ダンテと会うピア・デ・トロメイ

シエナ出身のロック歌手ジャンナ・ナンニーニがダンテの『神曲』に登場するピア・デ・トロメイを歌うアルバムを出した(コリエレ・デッラ・セーラ、5月4日)。

この作品はナンニーニとピア・ペーラの共作。

ピア・デ・トロメイは、ダンテの『神曲』の煉獄篇第5歌の終わりに登場する。「思い起こしてください。わたしがピアでございます。シエナが私をつくり、マレンマが私を滅ぼしました・・・」。

ピアはシエナの貴婦人で、マレンマのピエトラ城主と結婚したが、夫の不当な嫉妬により殺された。

ナンニーニは今まで、ピアが男の視点から捉えられていたのに対し、女の立場から、ピアを歌いたいという。現代化されていて、ナンニーニのピアはエイズに苦しむ。

2008年4月からは舞台にもかけられるが、今夏の末には、一部が Vagabond Crew のヒポップと共演で演じられる。

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パードレ・ピオのミュージカル

Caldarola

主役のピオ神父を演じたヴィンチェンツォ・カルダローラ

Padre_pio

ピオ神父の生涯がミュージカルになった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月6日)。

ピオ神父(Padre Pio) といえば、イタリアで最も人気の高い聖者の一人であるが、本名はフランチェスコ・フォルジョーネ。1887年5月25日にベネヴェント県ピエトレルチーナ生まれ。1968年9月23日にサン・ジョヴァンニ・ロトンドで亡くなった。

パードレ・ピオが有名になったのは、アッシジのサン・フランチェスコと同じく聖痕が生じたからである。彼は15歳のときにカプチン派の聖職者となり「フラ・ピオ」(fra' Pio) という名を授かった。1911年9月8日に最初の聖痕が現れた。

今回、彼の生涯をミュージカル化した『神の俳優』(Actor Dei) は、サン・ジョヴァンニ・ロトンドで初演された。プロダクションはSound & Co Music Entertainment di Marco Luppa によるもので、費用は約150万ユーロ。

主演はヴィンチェンツォ・カルダローラ(写真)。監督はジュリオ・コスタ。舞台および音楽はアッティリオ・フォンターナ。

生涯は27のカンツォーネで歌われているが、聖人としてというよりも、まず人間として、疑いや奇跡を目の前にしてとまどう姿を描いている。

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遅刻の言い訳

Assenza_1遅刻の言い訳を集めた本が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、5月6日)。

編者は John Beer であるが、仮名で、実はパドヴァの学生である。

「L.は校庭で派手な色模様の蝶々を追いかけて道に迷い10時15分に登校した」。

「3月8日の欠席理由。ミモザを買う花屋の列があったため」。(3月8日は、イタリアでは、「女性の日」でミモザを贈る習慣がある)。

「A.は数日を祖父の世話で過ごした。彼の言い分によると、彼の祖父は以前から潜伏者で、公の場に出られない」。

「生徒E.は10月19日欠席したが、『猫が爆発した』ためとしているーー教師P.」。

そのほか、靴の裏の犬の糞を取り除くための遅刻、時計のチクタクがうるさくて寝付けなかったための遅刻、登校途中でE.T.が道をよこぎったための遅刻、男子生徒の生理痛ゆえの欠席もある。

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2007年5月12日 (土)

イタリア国鉄改革案

Fs_etr500brandsavイタリア国鉄の改革案の骨子が固まった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月5日)。

それによると、2007年~2011年の5年間で、1万の余剰人員を削減し、1000両の新車両を購入する。

理事長のマウロ・モレッティは、2006年が20億ユーロの赤字だったことを認めたうえで、2009-2010年に黒字化することを約束した。

また、5年間で、運賃をローカル線では22%、長距離路線では35-40%値上げする。ただし、通勤・通学用は例外。

1000両の列車購入には、64億ユーロが必要になる見込みである。

この案をもって経営側は労働組合との交渉にあたる予定である。

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2007年5月10日 (木)

ヴェネツィア、サン・マルコ広場周辺は、お上品に

San_marcoヴェネツィアのサン・マルコ広場およびその周辺は飲食のために立ち止まることが禁止になる(コリエレ・デッラ・セーラ、5月4日)。

食べ物の残りやペットボトル、ストローなどを捨てる行為があとをたたず、飲食およびごみ捨ての禁止に踏みきった。

このルールを守らせるためのパトロール隊も新たに導入される。四ヶ国語で注意できるよう訓練中である。

飲食のほか、サンマルコ広場およびサンマルコ寺院、パラッツォ・ドゥカーレなどでは、上半身裸も禁止される。また、地面に寝そべることも禁止。休憩したい人は、150メートル離れた Giardini ex Reali (写真では鐘楼の左側)という公園に行かねばならない。ここでは飲食も可能である。

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パレルモで、バスの運転手110人無免許で雇われる

Autobus5b15d180x140_1パレルモで、市営バスの運転手が110人新たに雇用されたが、誰もバスの運転免許を持っていないのだった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月4日)。

市営バスの運営母体は、Amat Palermo S.p.A. で、Amat (Azienda municipalizzata autotrasuporti) は1964年からパレルモおよび周辺の公共輸送の営業をしている。2005年からは株式会社化したが、株主はパレルモ市である。

路線網は、約330kmでパレルモおよび近隣のコムーネ(市町村)をカバーしている。

110人は非正規雇用であるが、一人もバスの運転免許を持っていない。また、公募も実施されずに、直接指名されているので、まもなく実施される地方選挙対策であるとの疑念が浮上している。

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婚外子増える

Bam2_1 イタリアで婚外子が増加している(コリエレ・デッラ・セーラ、5月4日)。

結婚しているカップル以外から生まれた子供(bambini nati fuori dal matrimonio)の比率は、1994年の8,1%から2005年は13,7%へと大きく上昇した。

この10年間で、事実婚のカップル、未亡人や寡夫でないシングル、片親家庭は、全家庭の23%に達した。

出生率は1994年の1,22から2005年の1,31に上昇した。

子供のいるカップルは39,5%で、1995年に比して減少し、こどものいないカップルは19,8%で、1995年に比して増加している。

片親家庭は、200万家庭あり、16,4%が父親と子供、83,6%が母親と子供となっている。

25歳から34歳の独身者で、親と住んでいるのは、1995年の35,5%から2005年の43,3%へと上昇している。

イタリアの約半分の家庭は、月1800ユーロ以下で生活している。

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年金改革のたたき台

Prodi政府の年金改革のたたき台は、2008年1月からは、年金支給開始を58歳からにというものである(コリエレ・デッラ・セーラ、5月4日)。

5月9日から、政府は、労働組合を含めて関係者と年金改革の交渉をする予定であるが、労働相によると、政府側のたたき台は、2008年から、老齢年金の支給開始最低年齢を57歳から58歳に上げるというものだ。

ただし、その最低年齢は、その後、18ヶ月ごとに1歳上昇しつづけ、2014年からは62歳が最低年齢となる。この調整には、年金支給額を計算する際の係数の調整が含まれ、支給額が6-8%減少するのだが、給与が低かったり、その他の弱い立場の人は例外となる。

これはマローニ改革の際に、2008年から最低年齢が57歳から60歳に一気に上昇する「大きな階段」(scalone) の問題を解消し、57歳、58歳、59歳、60歳といった風に徐々に上げていくようにしたものである。そこが前政権のマローニの決めた制度と、今回労働大臣のチェーザレ・ダミアーノ案の違いである。

しかしこの案には、経済相から異論が出ている。マローニ改革をそのまま実行した場合と比べ、ダミアーノ案では、支給開始年齢が60歳になるのが遅れるので、25億ユーロの出費増になるからだ。

政府案はあくまで交渉のたたき台に過ぎず、これから労働組合等との交渉で、どう決着がつくかが注目される。

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2007年5月 9日 (水)

テロ犠牲者の日を制定

Aldo_moro_2_1 1978年5月9日ローマのカエターニ通りで発見されたアルド・モーロ元首相の遺体。Br (赤い旅団)により暗殺された。

Piazza_fontana_1

1969年12月12日ミラノのフォンターナ広場の農業銀行に爆弾がしかけられ、爆破で16人が犠牲となった。

テロリスモ犠牲者の日が制定された(コリエレ・デッラ・セーラ、5月3日)。

議会は、5月9日をテロ犠牲者に捧げる日とする法案を可決した。提案者はウリーヴォのサビーナ・ロッサ上院議員。

どの日にするかについては、意見が分かれた。共産主義再建党と Pdci (イタリア共産主義者党)は、棄権した。この二党は、12月12日の Piazza Fontana の惨劇の日をテロ犠牲者の日にしたかったのである。緑の党(Verdi) も当初はその案に賛成であったが、最終的には与党案(5月9日)にしたがった。

この両者では歴史の見方が違ってくる。共産主義再建党のマウリツィオ・アチェルボによれば、「左派のテロリズモは、国家の逸脱分子の攻撃に対する反応だった。だから象徴的な日を選ぶとすれば12月12日しかありえない」というわけだ。

1969年のピアッツァ・フォンターナ事件が国家および右派による緊張をたかめる戦略だったという考え方である。これに対し野党のカルロ・ジョヴァナルディは反論する。「また国家が二重であるという理論が浮上してきましたね。二つが戦っているかのような。一方で民主主義を守り、一方で無辜の市民を襲うということになる」

北部同盟は、また別の日を考えていた。3月26日で、1971年に公営住宅の職員アレッサンドロ・フローリスが殺された日である。

国民同盟(AN)からは、5月23日(ファルコーネ判事がマフィアに暗殺された日)、9月11日(アメリカの twin towers)なども提案された。

北部同盟のマッテオ・ブリガンディは最終投票の前にこう皮肉を言った。「それでは、カインがアベルを殺した日を選ぼうじゃないか」。イタリア国会議員の意見の多様さには、旧約聖書もびっくり、といったところか。

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2007年5月 8日 (火)

ベルサーニ、民主党のリーダーに立候補の準備

Bersani開発相のピエルルイージ・ベルサーニは、新たに結成される民主党 (Pd) のリーダーに立候補する用意のあることを明らかにした(コリエレ・デッラ・セーラ、5月3日)。

ベルサーニはリーダーを選ぶ選挙は直接制が良いとし、そのためにはあらゆるレベルで予備選を実施すべきだとしている。

新たな政党のための出発点は、新たな考え・思想であり、その考えを持つ人は立候補するなりして、その考えを新党結成の過程で戦わせていくべきであるという。

問題になるテーマは、政治と経済の関係、北部の問題、女性問題、環境および南部問題である。

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2007年5月 7日 (月)

『イタリアにおける治癒の場所』

Lucia_『イタリアにおける治癒の場所』という本が出版された。聖人や場所の力によって病気が治るという信仰を紹介したものである(コリエレ・デッラ・セーラ、4月30日)。

筆者はマッシモ・チェンティーニという人類学者で、出版社はMacchione editore, 240ページ、20ユーロである。

423のコムーネが登録紹介されている。

たとえばベルガモ県の San Patrizio a Vertova の傍には眼病に効くとされる泉があって、信者はまずその水で手をぬらし、聖人の像の眼をぬらし、ついで自らの眼をぬらす。

ラティーナ県カンポディメーレの住民は長寿で、その秘密は、ファッジェティーナの泉の水にあると言われている。

マチェラータ県の San Venanzio a Camerino には石が保存されていて、その石には聖人の膝の跡がついており、この石に痛いところをあてると効く、とくに偏頭痛が効くと言われている。

要するに、イタリアの各地にはあらゆる病気を治癒する場所というか奇跡が、キリスト教伝来以前からあるのである。 

聖人もそれぞれ得意分野があって、サン・ロッコはペストに、サンタ・ルチーア(写真)は眼病に、サン・タガタは胸の病に、サン・タントニオはヘルペスにご利益があるといった具合である。

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お小遣い、6歳から30歳まで

Paghettaイタリアでは、平均して6歳から30歳までお小遣いをもらっている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月29日)。

Iard の4月23日発表のレポートによると、10人に8人のイタリア人は、学校を30歳から40歳の間に終え、労働の世界に入る。

Istat の統計によると、34歳以下の29,5%の非正規雇用者(precari) は家族と共に暮らしている。

世界の若者はどうしているのか?たとえば、イギリスのティーンエイジャーは、週に4,2ポンド(約6ユーロ)をお小遣いとしてもらっている。ドイツでは、6歳~10歳は12、5ユーロで、11歳~16歳は、約30ユーロをもらっている。

しかしイギリスの若者の40%はお小遣いを補うためにバールやドッグ・シッター(!)をしているし、ドイツでも夏休みに働くのは普通である。

スイスでは、学費を払うために、70%の学生が毎月450-500ユーロを稼いでいる。アメリカでも36%の学生が働いている。

日本でも週20時間のパートタイムをする若者がよく見られる。時給6,5ユーロで、月に550ユーロを稼ぐ。

アングロサクソンの社会では、裕福な家庭でもパートタイムで働く。目的は、お金は別として、こうした仕事が責任、学校や家庭以外の世界との接触、両親からの独立を学ばせるからである。

イタリアでの年齢別お小遣いは次の通り:

6歳~10歳:
週に約7ユーロもらう。使い道は、お菓子や漫画、おもちゃやカード。携帯電話料金に使うのは4,3%に過ぎず、衣服に使うのも8,3%に過ぎない。

11歳~13歳:
週に10ユーロもらう。3人に1人は、携帯料金にあてる。映画やパブ、ピッツェリア、アクセサリーに使う者が増える。

14歳~17歳:
週に18ユーロもらう。携帯料金が53,2%に増加する。他に、アルコール飲料、タバコ、交通料金など。ヴィデオゲームは下降。

18歳~22歳:
週に40ユーロ。靴や衣服、めがね、カバンやリュックに使われる。流行品や「グループ」の一員であると感じるために用いられる。そして、最新の携帯電話や i-Pod を買う。

23歳~26歳。
週50ユーロ。イタリアではお小遣いがまだもらえる。ディスコテーカや自動車のガソリン代。本代だけでなく、遠い大学に進学したものは下宿代がはいる。

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2007年5月 6日 (日)

テレコム、スペインのテレフォニカが資本参加

Telefonicaピレッリの理事会は、テレコムの株式18%を所有する持ち株会社Olimpia を、スペインのテレフォニカおよびイタリアの銀行団に譲渡することを決定した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月29日)。

銀行団は、Mediobanca, Intesa Sanpaoloでこれにベネトンの Sintonia, スペインの Telefonica が加わる。この一群の銀行・企業が Telco という持ち株会社を作る。この Telco はテレコムの株式を23,6 %持ち、さらに比率を高める可能性もある。

Telco の持ち株比率は次の通り:
Telefonica       42,3 %
Generali          28,1 %
Mediobanca     10,6 %
Intesa Sanpaolo   10,6 %
Sintonia (Benetton) 8,4 %

こうして10年の間に、テレコムの持ち主は、国庫省からロベルト・コラニンノへ、そしてマルコ・トロンケッティ・プローヴェラへ、そしてイタリア・スペイン企業連合へと移ったことになる。

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《カビリア》

Cabiria無声映画《カビリア》(ジョヴァンニ・パストローネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これは、もともと1914年に作られた映画を修復したものである。毎秒16コマ上映で、181分17秒で、オリジナルは183分50秒であった。

第一次大戦前夜の1913年から1914年にかけて製作されたもので、無声映画である。題材は、古代のローマ対カルタゴのポエニ戦争を背景にした冒険と愛の物語。字幕や登場人物の命名はダンヌンツィオの手になるものである。

上映に先立って、トリノ映画博物館の人の解説があり、ステファノ・マッカーニョ氏のピアノ生演奏を伴奏にして上映があった。もともとの映画では、イルデブランド・ピッツェッティが作曲したのであるが、当日のピアノ演奏がどれくらいそれを引用しているのかは不明。三時間ずっと引き続けなので大変である。感じとしてはジャズピアノ風の曲と演奏であるが、時代劇なのでところどころ、重々しい響きが混じっていた。

画像は、以前2001年の「イタリア映画大回顧」のときよりずっと鮮明になっており、ストーリーも波乱万丈で、無声映画独特のリズム(画面と字幕が交互にあらわれる)に慣れれば、退屈しないものであった。エキストラや舞台装置は手抜きがなく、豪華絢爛たるものであることが、デジタル修復で画像が鮮明になったことでよく判った。

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《癒しがたき愛》

Inguaribile_amore_1 短編映画《癒しがたき愛》(ジョヴァンニ・コヴィーニ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

登場人物は二人。病気で寝たきりの男と、彼を介護しつつ文字盤をなぞって会話する女。

不思議な衝撃を受ける映画だ。画面を動きまわるのは、文字盤をなぞる女の指、男はかすかに目線が動くのみである。音声を発するのは彼女のみである。しかし、文字盤を女が声に出して読むので、会話にはなっている。

男は、ALS (筋萎縮性側索硬化症)にかかっているのである。彼らはこうして10年間を過ごしてきたことが語られる。

ドキュメンタリータッチではあるが、まさしく映画的な、映画でなけえれば表現しがたい会話、まなざしの交差がここには存在している。

実は彼らのブログがある。

http://www.conoscicesare.org/malattia/

ここで、この映画の予告編や、彼の病歴等々を知ることができる。

この短編映画は、イタリア映画評論家連盟ドキュフィクション賞他多数の賞を受賞している。

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《ヴィットリオ広場のオーケストラ》

Orchestra_di_piazza_vittorio《ヴィットリオ広場のオーケストラ》(アゴスティーノ・フェッレンテ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

ローマの移民が多く住む地区で、移民を中心にしたオーケストラを作り、演奏会に至るまでのドキュメンタリー。

アフリカ、アラブ、インドなどさまざまな出身地の音楽家、多様な音楽が登場する。

当然、彼らをリクルートしたり、まとめあげていく過程は容易ではない。

イタリアの移民問題を、不思議な角度から捉えた作品である。

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《わが人生最良の敵》

Il_mio_miglior_nemico_1《わが人生最良の敵》(カルロ・ヴェルドーネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

昨年の映画祭の《恋愛マニュアル》で、妻に去られた医師を演じたヴェルドーネが主演・監督。

シルヴィオ・ムッチーノ演じる若者と、ふとしたことから敵対関係に陥るが、協力せざるをえなくもなる。

前半はどたばた、艶笑話もからんで笑えるが、後半ややしんみりと家族、親子、恋人について考えることになる。

ヴェルドーネは、演技がうまいので、同じ手を別の映画や別の人で見たことがあっても笑ってしまう。

中心人物がアキッレとかオルフェオというギリシア神話の人物と同じ名前なのも、寓意性を示唆している。オルフェオは妻エウリディーチェが死んだとき、黄泉の国まで追いかけていったのである。

といったことは考えなくても、楽しめる上質な娯楽作品。

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2007年5月 5日 (土)

《犯罪小説》

Romanzo_criminale_1《犯罪小説》(ミケーレ・プラチド監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

この犯罪組織は実話に基づいている。

犯罪組織の名は、Banda della Magliana というが、これはジャーナリズムが付けた名前で、Magliana というのはローマの地区の名。

麻薬取引だけでなく、この映画でも示唆されているが、政治の世界とはリーチョ・ジェッリや P2(フリーメーソンの組織で政界、官界中枢のメンバーが数多くいた)とも関わっていた。

映画が扱っている時代は70年代から90年代であり、ペコレッリ殺人事件、アルド・モーロ殺人事件、ロベルト・カルヴィ事件、ボローニャ駅爆破事件など、現在でも全容が解明できていないテロになんらかの関わりを持っている可能性があるという。

ローマの犯罪史上最も強力な組織であったが、シチリアマフィアと異なり、ピラミッド型の権力構造はもたず、ボスが一人ということもなかった。

メンバーの何人かは極右組織との交流をアルド・セメラーリ教授を通じてもった。セメラーリ教授は高名な犯罪学者であるだけでなく、P2や秘密警察Sismiとも強いつながりがあった。

映画としては、豪華な顔ぶれで、キム・ロッシ・ステュアートが Freddo (冷血)、ステファノ・アッコルシが警部、ジャスミン・トリンカが Freddo の恋人役といった具合。冷戦時代の闇の深さがうかがえる作品である。

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チャイナタウンで発砲事件

Chinatownミラノのチャイナタウンで発砲事件があり、二人の中国系の若者が死亡した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月28日)。

犯人も同じく中国系の若者と見られる。

この地区では、4月12日に、中国系住民と警察の衝突があった。27日は、コムーネ(ミラノ市)と中国人コミュニティーの話し合いがあり、チャイナタウンにおける荷物の積み下ろしに関し新たなルールを制定するための協議がもたれた。

チャイナタウンのうわさでは、殺人犯はトリノからやってきたという。  

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スコルセーゼ:《新世界》は私の家族の物語

Goldendoor201マーティン・スコルセーゼ監督が、《新世界》(クリアレエーゼ監督)の物語には、自分の一家の物語と重なるところが多いと語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月27日)。

マーティン・スコルセーゼ(なぜか、日本ではスコセッシと呼ばれているが、Scorsese というスペルではスコセッシとは読めない)はイタリア系アメリカ人であり、この映画をみていたく感動し、プロデューサのファブリツィオ・モスカに、ニューヨークで公開するように強く主張した。

エマヌエエーレ・クリアレーゼ監督の作品は、20世紀初頭にシチリアの一家がアメリカに移民する旅をめぐるもので、アメリカでは5月25日から公開される。

またこの映画は、第50回サンフランシスコ映画祭のオープニングを飾った。2002年にロバート・デニーロの発案で開始された Tribeca 映画祭(9・11後、マンハッタン再興を目指して創設された)の第6回にも出品されるが、デニーロはニューヨーク・ポスト紙からこの映画祭監督を辞任するよう勧告された。映画祭が方向性を失っていることを批判されている。

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2007年5月 4日 (金)

Emergency, アフガニスタンの病院を閉じる

Emergency_1アフガニスタンで人道支援活動を展開してきた Emergency は、アフガニスタン政府が Hanefi を逮捕し釈放しないことに抗議して、アフガニスタンの病院を閉鎖した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月27日)。

これまでの経緯は次の通り。

3月5日レプッブリカ紙の記者マストロジャーコモが、運転手、通訳とともに、タリバンに拉致された。運転手は3月16日にタリバンに処刑され、その場面がビデオに撮影された。

マストロジャーコモと通訳Nashkbandi の解放をめぐり、Emergency がタリバンとの交渉に入った。

3月19日、タリバンはマストロジャーコモを Hanefi に渡したが、Nashkbandi はなぜかタリバンのもとに残された。Nashkbandi はタリバンによって4月8日に処刑された。

Hanefi はアフガニスタンの秘密警察により3月20日に逮捕された。Nashkbandi の処刑に加担したという罪状である。Emergency  は Hanefi の釈放を要求している。

Emergency は1999年以来、医療援助や手術でアフガニスタンの150万人以上の人間を助けてきた。

アフガニスタンには Emergency の3つの病院と28の救急センターがあるが、その活動が凍結された。

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《マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶》

Marcello《マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶》(マルオ・カナーレ、アンナローザ・モッリ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

プレミア上映で、初夏から渋谷のBunkamuraル・シネマ他全国ロードショー。

マストロヤンニをめぐるドキュメンタリー映画で、バルバラとキアラという異母姉妹、映画監督、スタッフらへのインタビューと、記録映像、出演映画の断片が交互に映し出される。

ここからネタバレです。

マストロヤンニの人柄が気取らない、スターぶらないということはすべての人が異口同音に述べていた。それはフェッリーニが巨匠ぶらないことにも通じていたろうし、そういう人間性が共通していたこともあってあの二人は気があったし、信頼関係があったのかもしれない。

電話魔であったことも、皆が証言している。それがどんな電話、誰への電話かが気になるところだが、ヒントを与えてくれるのは、脚本家のスーゾ・チェッキ・ダミーコのみで、彼女はマルチェッロは自分のうちによく電話をしにきた、それは構わないのだが、自分を巻き込むのはやめて欲しかったという。「今パリで・・・」などと嘘の証言を彼女にさせるのである。

もう少しこういったお茶目なというか、本人にとっては必死の工作の話を聞きたかったが、むしろ彼の人間性の素晴らしさと演技方法の自然さが語られる。脚本の台詞はきっちり頭にいれず、役柄をきちんと飲み込んで、場にのぞむのである。

二人の娘のインタビューは、やはり、娘にとっての父親がどういうものであったのかということが一つ一つのエピソードにこもっている。バルバラの(マストロヤンニ出演)作品の好みも興味深い。なぜその作品が好きかという理由がファンとはまったく異なるのだ。

全体としてはちょっと突っ込みが足りない気もするが、心の芯が少し温まる映画である。

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《N-私とナポレオン》

Nio_e_napoleone《N-私とナポレオン》(パオロ・ヴィルツィ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

エルバ島に流されたナポレオンを島民がどう迎え入れたか、島民の生活も含めて描かれる。

ナポレオンを演じるダニエル・オートゥィユが、なまりのあるイタリア語を駆使するのは、おそらくリアルなのだろう。コルシカは中世はピサやジェノヴァが支配しており、フランスの統治は18世紀半ばになってからだ。また、コルシカ語は、イタリア語やトスカナ方言に近いらしい。

映画の登場人物マルティーノは自由主義者で、最初はナポレオン上陸に反対しているが、ひょんなことからナポレオンの書記となり、彼の人間性に惹かれていく。

彼の家族(兄、姉)をめぐるお話は、むしろコミカルで気楽に楽しめるもの。

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《それでも生きる子供たちへ》

All_the_invisible_children《それでも生きる子供たちへ》(オムニバス作品)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはオムニバス作品で、イタリア人監督ステーファノ・ヴィネルッソ(今回来日)らの呼びかけで、アルジェリアのメディ・カレフ監督、サラエボ生まれのエミール・クストリッツァ監督、アメリカのスパイク・リー監督、ブラジルのカティア・ルンド監督、イギリスのジョーダン・スコット監督、ナポリ生まれのステーファノ・ヴェネルッソ監督、中国のジョン・ウー監督、それぞれが製作した7本の短編のアンソロジーとなっている。

それぞれが、問題を抱えた子供を主人公にしている。ヴェネルッソ監督のものは、ナポリで金持ちの男から腕時計を盗む少年チロが主人公。家庭もすさんだ感じであり、少年の眼差しはどこかさみしげだ。

しかし、いろいろな困難にもかかわらず、子供たちは基本的には生き生きとしている。

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《プリモ・レーヴィの道》

La_strada_di_levi《プロモ・レーヴィの道》(ダヴィデ・フェッラーリオ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはタイトルの通り、ロードムービーである。ただし、アウシュビッツ収容所から奇跡的に生還した作家プリモ・レーヴィがイタリアに帰国するまでに通った道筋をたどっている。

タイトルからは、なんとなく暗く重い話かと思うと、そうでもない。というのも、収容所自体は出発点になるが、時折挿入される歴史的な画像のほかは、現在のロシア、ベラルーシ、ルーマニア、ハンガリーの様子が映し出されるからだ。

ダヴィデ・フェッラーリオ監督(今回来日)は、昨年公開された《トリノ、24時からの恋人たち》(映画祭のときは《真夜中を過ぎて》というタイトルだった)では、トリノの映画博物館を舞台にした一風変わった三角関係を描いていたが、今回は、旅そのものが主人公であって、継続的に登場する人物はいない。

レーヴィですらも、途中では忘れ去られたかのように、各地の現在のエピソードが語られるのである。

観ているうちに、旅をすることが人生そのものではないかと思えてくる。それが、プリモ・レーヴィのような数奇な運命を辿った人と自分の運命を重ね合わせる一つの方法と監督は考えているのかもしれない。

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2007年5月 3日 (木)

《星なき夜に》

La_stella《星なき夜に》(ジャンニ・アメリオ監督)を観た(イタリア映画祭、2007)。

イタリア人技術者と中国人女性通訳者が、中国各地を製鉄所を捜してまわるロードムービーである。

セルジョ・カステリット演じるヴィンチェンツォ・ブォーナヴォロンタ(姓が善意という意味であり、ストーリーが寓意的なことが暗示されている)は、ジェノヴァの製鉄所の整備技師。

中国の代表団が買い付けた中古の高炉に欠陥部品のあることに気づき、自ら改良した部品を届けようと中国に渡る。そこからは、ロードムービーになる。

大都会からはじまって、内陸部に行くにつれ、ふだん僕らがほとんど眼にしない貧しい庶民の中国の生活が明らかになる。ヴィンチェンツォは部品を届けるこだわりは捨てないが、観客として見ていると、この広大な混沌とした現代中国においては、部品の一つや二つに欠陥があろうがあるまいが、たいした違いではないと思わせられるほど、都市部の高層ビルと内陸部、さらにはモンゴル自治区の建造物の格差は大きい。

最初は、うちとけぬ中国人通訳とイタリア人技師の間に、しだいに心が通っていくのは、ある意味で予想通り。

中国が、こういう貧しい暮らしを正面から見せるようになったのは、まだら状とはいえ、豊かな部分が出てきたからではないかとも思った。映画としてのインパクトと、中国の現状が与えるインパクトを切り離し区別して評価することが困難な作品である。

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オルミ監督の新作をめぐる論争

Centochiodiエルマンノ・オルミ監督の新作《Centochiodi》(百の釘)をめぐって、政治家オリヴィエーロ・ディリベルトとオルミ監督のあいだで応酬がかわされた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月24日、26日)。

ディリベルトは Pdci (イタリア共産主義者党)の書記長で、大の読書好き。

オルミ監督の新作の冒頭、宗教書に釘が打たれ、「世界中の本は、友との一杯のコーヒーに及ばない」という文句が出てくる。

それがいたくディリベルト書記長のお気にめさなかったらしく、オルミ監督の新作は、非教育的メッセージを発しているとして非難した。ディリベルトは本も書いているし、自ら認める濫読家なのである。画像としては、危険な本は根絶しなければいけないという考えを表しているようにも見えるというのが、ディリベルトの非難である。

オルミ監督は、それは自分の意図を誤解している、だが、何らかの補償的行為はするという。

リベラツィオーネに映画評を書いたリタンナ・アルメーニはディリベルトがまったく誤解をしており、この映画は、むしろ無意識的に反ラッツィンガー的な映画で、男性、女性、人々の間の愛や関係について教義に反するところがあり、欠点はあるものの、強いメッセージ性をもった映画であるとしている。

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《ザカリア》

Zakaria短編映画《ザカリア》(ジャンルーカ&マッシミリアーノ・デ・セリオ監督)を観た(イタリア映画祭2007)。

デ・セリオ監督は、1978年トリノ生まれで、双子の監督である。これまでにも、《マリア・イエズス》、《私の兄弟ヤン》というイタリアの外国人を撮った短編映画を撮っているという。

この映画では、ザカリアという少年の一日を追っていて、学校で、アラブ語の単語をならい、イスラム教の礼拝所へ行くと、同じ年頃の少年と出会う、そこで、名前を名乗ると、相手もザカリアという同じ名であったという話。

声高に何かを主張するのではなく、少年の生活を静かに語り、その心情に寄り添っていく作品。

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公的支出が国内総生産の半分に

Draghi3Eurostat によると、2006年のイタリアの公的支出は、Pil (国内総生産)の50%を越えた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月24日)。

これまでの推移では、

2003年:48,3%
2004年:47,7%
2005年:48,3%
となり、2006年は50,1%となってしまった。

50%を越えているのは、ユーロ圏ではイタリアとフランス(53,5%)のみ。ただし、フランスの場合、単年度の赤字が Pil の3%以内であり、累積赤字も60%に近い。それに対し、イタリアの場合、累積赤字は Pil の106%ほどにつみあがっている。

そのため、ヨーロッパ中央銀行からはイタリアに対し、慎重な財政運営が求められている。

イタリア銀行総裁のマリオ・ドラーギ(写真)は、国家の財政支出を抑えるよう求めている。

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2007年5月 2日 (水)

《ニュース》

News短編映画《ニュース》(ウルスラ・フェッラーラ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

激しく移り変わるアニメと新聞記事がパッチワークのように重ねあわされるのだが、残念なことに筆者の視力では、新聞記事が何と書いてあるのか読めず、作者の批評的意図が読み取れなかった。

アニメ画面の変化からは、何らかの形で現代社会を批評しているのではないかと予想した。

4分の短い作品。

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《見えますか?》

Do_you_see_me_1短編映画《見えますか》(アレッサンドロ・デ・クリストファロ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

非常に不思議な味わいの映画である。

ある男が、気に入った絵をずっと見ているのだが、実はこの絵というか写真は、ゆっくりと動いていることに気づく。

シーン変わって、その女性の部屋にも絵(写真)がかけてあって、絵をみていた男の部屋がものすごいスピードで動いている様子が移っている。

女性は、部屋を出て、男の店を訪ねる、というのがストーリー。二つの系列の時間が額縁を通じてつながっていた、というのがミソであり、それを映画という媒体ならではの時間・空間・動きの日常とずれた感覚を味あわせてくれる佳品。

イタリア映画評論家連盟監督特別賞受賞。

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《私です》

Sono_io短編映画《私です》(セルジョ・カステリット監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはもともとイタリアの下着メーカー intimissimi がプロデュースした短編映画(21分)である。

監督は、俳優として今回の映画祭でもベロッキオ監督の《結婚演出家》、アメリオ監督の《星なき夜に》に主演しているセルジョ・カステッリット。

レストランで働く若い女性(ケティ・ソーンダス)が、ふとしたきっかけで女性監督(モニカ・グェッリトーレ)のカメラ・リハーサルを受ける。詩を暗誦したところ、監督とその女性は親子であることがわかるといった筋。

気のきいた洒落た短編映画である。

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移民の子供、10人に6人がイタリア人と自己認識

Aula_5アニェッリ財団の調査によると、イタリアで生まれた移民の子供あるいは子供のときにやってきた移民の10人に6人は、自分をイタリア人であると考えている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月24日)。

調査対象は約900人。出身国は、ルーマニア、モロッコ、中国、アルバニア、モルドバ、ペルー、そしてエクアドル。

イタリア生まれの子の58パーセントは自分をイタリア人と捉えている。5歳までにやって来た子供では54パーセントとなり、6歳から12歳でやって来た子供では、26パーセントに落ちる。13歳から17歳でイタリアに来た子供ではさらに下がって12パーセントである。

中国人がもっとも自らの異質性を保つ傾向が強い。言語に関し、友達と話すときにイタリア語を好むのが中国人では41パーセントに対し、アルバニア人では82パーセント、モルドバ人やモロッコ人では70パーセントである。同世代のイタリア人と判りあうのはやさしいと答えたのは中国人では9パーセントに対し、ルーマニア人、ペルー人、モルドバ人では50~60パーセントであった。

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ポー河、水不足

Bacino_poSiccita04g ポー河の水不足が深刻になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月24日)。

当局は、水の使用量を少なくするように呼びかけている。最悪の場合、6月には水不足のため停電が起こる可能性もある。

クレモナでは、基準点から4月1日でー6,61m、4月23日にはー7,02mとなっている。これまでの記録では、
1976年7月 -5,54m
1994年4月 -7,17m
2003年7月 -7,72m
2006年6月 -7,77m

となっている。ポー河は長さが652km、アドリア海に流れこむ河口が380平方キロメートル、支流の数140、ポー河を水源に暮らす人は1600万人、水域は7万1千平方km、流域は3200のコムーネ(市町村)と4つの州(ピエモンテ、エミリア・ロマーニャ、ヴェネト、ロンバルディーア)にまたがっている。

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《私たちの家で》

A_casa_nostra《私たちの家で》(フランチェスカ・コメンチーニ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

パンフレットにあるように「現在のミラノを舞台に、銀行家、娼婦、財務捜査官、モデル、年金生活者などさまざまな職業、階級の人々が織り成す人間模様」を、ルカ・ビガッツィのカメラワークで丹念に描いた作品。

フランチェスカ・コメンチーニは2005年の映画祭では《ママは負けない》という労働現場でのいじめ、リストラ問題をCGILの協力のもと、殺伐としたテーマを叙情的な味わいを失わずに描いていた。

今回は、最初にヴェルディのオペラ《リゴレット》のスパラフチーレ(殺し屋)のテーマが鳴るところで、ははん、とピンと来る人は来たと思うが、まるで《リゴレット》の終幕の4重唱のように、さまざまな階級、立場の人生がミラノという都市を舞台に偶然の一致を結構多用して重ね合わせている。

偶然の一致を多用すると話はうそっぽくなりがちだが、一方で、室内楽的な旋律の絡み合いという別の味わいもうまれてくる。

一つの線は、不正な株式の買占めで、銀行合併の際に、インサイダーで先回りしてその株を買占めておけば、大儲けが出来るが、その金の出所を消す必要がある。そこで、ある若者のアイデンティティーが利用されるのだが、この若者は、銀行株買占めの黒幕の銀行家(どこかベルルスコーニを思わせる風貌のルーカ・ジンガレッティ)の愛人(ラウラ・キアッティ)と関係を持ったことからこの件に巻き込まれる。

もう一つの線は、この経済犯罪を追う財務警察官のリータ(ヴァレリア・ゴリーノ)とそのつれない彼氏とその両親。父親は贅沢が好きな元教師で、妻に内緒で蔵書を古書店で処分している。妻は身体が弱く、後に倒れる。

さらにもう一つの線があって、スパラフチーレに相当するのが、その名もオテッロというガソリンスタンドの店員。この男前科があるものの、東欧から来た娼婦ビアンカを純粋に愛している。

ビアンカを悲劇が襲い病院にかつぎこまれるが、その病院にリータの彼氏の母もかつぎこまれて、さらにビアンカが妊娠している子供の引き取りてとして銀行家が現れ、病院で三つの線が一つに重なる。

それぞれの金と愛が描かれるオペラティックな味わいの映画であるが、腐臭を垂れ流しにし、社会全体を金第一の価値観へと傾斜させている階層への批判も痛烈である。

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2007年5月 1日 (火)

《ミルコのひかり》

Rosso_come_il_cielo

《ミルコのひかり》(クリスティアーノ・ボルトーネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

この作品は、プレミア上映の一つで、この秋、劇場公開予定。

原題は、Rosso come il cielo (空のように赤く)である。イタリア映画界の盲目の音響技師ミルコ・メンカッチの子供時代の実話に基づく映画である。

事故で視力を失ったミルコがジェノヴァの全寮制の盲学校に入学し、そこで録音テープに音を録ることに目覚める。彼は、映画のサウンド・トラックに相当するものを、作り上げようとする。

校長は、ミルコの活動に反対、ジュリオ神父が密かに助けてくれて・・・といったストーリーである。

盲人が、盲人であるがゆえに、さまざまな活動を断念する必要はないのだ、という主張が認識されはじめた時代の物語で、センチメンタルにならず、前向きに生きるという主張に満ち溢れた映画である。ユーモラスな場面にもことかかない。

監督の舞台挨拶でも、盲人に限らず自分をブロックするものを取り除く戦い、その戦いに勝てるとは限らないが、それをするのが生きる意味だ、というようなことを述べていた。

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《カイマーノ》

Caimano 《カイマーノ》(ナンニ・モレッティ監督)を観る。

この作品は映画を撮るプロセスを描いた映画である。その点では、ベロッキオ監督の《結婚演出家》と共通する。

最近のメタ映画で気づくのは、単に先行作品への言及や引用のみではなくて、映画を撮るという行為、プロセスを見せていくようになっているということだ。

この作品では、女性新人監督テレーザ(ジャスミン・トリンカー今回来日)が、行き詰まったプロデューサ、ブルーノ(シルヴィオ・オルランド)のところへ台本を持ち込む。ベルルスコーニを批判するという台本で、ブルーノはよく読まずに乗り気になる。

主役を引き受けたプルチ(ミケーレ・プラチド)が途中で降板を申し出たり、銀行が借金の返済を迫ったり、映画づくりの多事多難さも、さまざまな側面から描かれる。

ジャスミン・トリンカが舞台挨拶で繰り返し述べていたように、単に政治的映画ではなく、映画づくり、映画づくりへの愛をめぐる物語でもある。

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