《ラクメ》
ドリーブ作曲の《ラクメ》を観た(上野、東京文化会館)。
日本では、80年ぶりの上演であるという。演奏は、スロヴェニア国立マリボール歌劇場である。
タイトルロールは、イタリアのソプラノ、デジレ・ランカトーレ。彼女は、普段は金髪なのだが、インド人女性ラクメという役柄にあわせて、黒髪にし、メークをすると、遠めには顔が映画女優のモニカ・ベッルッチにも似てくる。
ランカトーレは、非常に個性的な声をしている。高い音域はあまりビブラートがかからず、中域から低域にかけては、ビブラートがかかりなおかつ倍音もよく響く。最高域になると、むしろ細い感じの声になる。レッジェーロな声なのだが、その割には、中低域がよく響くのである。また、高めの音域では、歌う声と地声が微妙に交差する。
ストーリーは、ピエール・ロティの小説「ロティの結婚」が原作である。オペラでは、19世紀のイギリス統治下のインドが舞台。バラモン教の高僧ニラカンタとその娘ラクメがいる。ニラカンタは、イギリスの統治を憎んでいる。
しかし、そこへやってきたイギリス人士官のジェラルドとラクメは恋に落ちてしまう。ニラカンタは怒り、ジェラルドを刺す。ラクメは隠れ家で必死の看病をし、二人は永遠の愛を誓おうとするが、ジェラルドはイギリス人同僚の説得で、軍務に目覚め、ラクメは絶望し、毒を飲む。ジェラルドは異変に気づき、愛を誓うが時遅し、という物語である。
3幕ものであるが、それぞれの幕に、美しいメロディーのアリアおよびデュエットが散りばめられている。
指揮は、フランチェスコ・ローザ。テクスチュアを丁寧に洗い出してきれいにオケを鳴らすのだが、テンポが遅い。テンポが遅いと、結局は、この曲が求める軽さが出ないのである。概して、最近の指揮者は、軽い曲を軽く流すのが苦手で、ベタに丁寧に、ゆっくりと鳴らしてしまう。軽さとスピードは曲によっては、オケが縦一線にそろうことよりも、重要であると思う。
デジレ・ランカトーレは、上述のように特異な声質を持っているが、表情や演技は良く、容姿の美しさとあいまって、説得力ある人物となっていた。
ジェラルドのチェルソ・アルベロ(テノール)は、声は悪くないし、演技もまあまあなのであるが、ラクメが憧れる男性という魅力に乏しかった。雰囲気や歌いまわしにこちらを酔わせるところがもっと欲しい。オペラは、演劇でもあるから、相思相愛になる二人には、それなりの役柄、容姿、雰囲気が求められよう。声を台無しにしては元も子もないので、やせて欲しいとは思わないが、インド人女性を惹きつける魅力があるということを感じさせてほしかったのである。
ラクメの父親ニラカンタはを歌ったのは、エルネスト・モリリョ(バス)。ベネズエラ生まれであるが、スラブ系を思わせるややきめの粗い声であるが、声量は豊かで、イギリス人支配に対する怒りをわかりやすく表現していた。
楽曲は、特に二重唱では三和音がたっぷり響き気持ちが良い。イタリアオペラのように生の感情がそのまま出てくるといった感じではなく、感情もすべて知性で濾過されて表現されている感じである。感情が支配するのではなく、つねにコントロールされた範囲で感情の起伏が生起する。こういった曲だからこそ、軽さを軽さとして表現するテクニックと工夫が肝心とも言える。
現在から見れば、オリエンタリズムを指摘することはあまりに容易だろうが、むしろ一種の寓意的な恋愛物語として味わうことが可能であり、もっと上演されるべきオペラであると思った。
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