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2007年2月17日 (土)

ムッソリーニ文書

Mussolini1 ムッソリーニの日記がスイスに保管されていることが判明した(コリエレ・デッラ・セーラ、2月11日)。

ムッソリーニの最期はスイスに逃亡しようとするところを、パルティジャーニ(パルチザン)に発見されて、処刑されたのだが、そのパルティジャーニの1人がムッソリーニの手帳を保管していたらしい。

フォルツァ・イタリア党の上院議員マルチェッロ・デッルトリは、語る。「去年の夏、ある公証人から(スイスの)ベッリンゾーナに呼び出された。そこで5冊のムッソリーニの手帳を見た。備忘録で、毎日つけてあり、1935年から1939年までを扱っている。当時の赤十字の手帳だ。数時間、ページをめくって読んだが、大きな感動を覚えた」。

デッルトリ議員はこの手帳の由来を語る。「最近亡くなった人物の所有物だった。彼はムッソリーニを逮捕したパルティジャーニの1人で、統帥が持ち歩いていたものの一部を自分の物にしていたわけだ。歴史家には知られていた人物だが、私は名前は挙げない」。

「手帳はカバンの中にあった。たぶん他の手帳もあったのだろうが、消えてしまった。手帳がスイスにあったのは、所有者の二人の息子がスイスに住んでいるからだし、彼自身も1945年以降にスイスの市民権を得たのだと思う」。

デッルトリは、本格的蔵書家だが、その信憑性には疑いを抱いていない。「保存状態は最高だ。それが本物であるという証拠もある。それにムッソリーニの字体は、日記で、少し雑だが、はっきりそれと認めることが出来る。備忘録は1939年12月まで、ドイツのポーランド侵攻の前夜までだ。相続人との間にいくつか問題はあるが、この日記はまもなく出版されるだろう」。

内容について驚いたことは、と聞かれて、デッルトリは「戦争を避けたいという意思があったことだ。ムッソリーニの戦争に対する態度は、1939年まで否定的だった。彼ははっきりと、戦争を望まないと書いている。戦争を避けるために、あらゆることをしている」。

「多くの名前、姓が出てくる。ファシスト幹部についても、おどろくほど否定的な評価を下された人もいる」。

これらの手帳の信憑性については抵抗運動史の専門家クラウディオ・パヴォーネやデニス・マックスミスのように本物である可能性はあるとする人(possibilista) と、歴史家ジョヴァンニ・サッバトゥッチやヴァレリオ・カストロノーヴォのように懐疑的な人がいる。過去20年にムッソリーニの「文書」と称するものはたくさん「発見」されたが、ほとんどが偽物だったからだ。

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