« イタリア文化会館の色論争再び | トップページ | 安全基準を満たしたスタディオ »

2007年2月 9日 (金)

イストリアの悲劇

Norma_cossetto ティトーのパルチザンの犠牲者ノルマ・コッセット

第二次大戦末期にイストリア地方のイタリア人に起きた悲劇についての本が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、2月4日)。

タイトルは Foibe rosse (赤い鍾乳窩)、著者はフレディアーノ・セッシ。

イタリアの北東部、トリエステから旧ユーゴのイストリア、ダルマチア地方にかけては、その領有権を双方が主張していたところで、そういった地域の一つでノルマ・コッセットの悲劇は起こった。

彼女は、1943年10月4日、ティトー派のパルチザンに拷問され、犯され、生きたまま鍾乳窩(フォイバ)に投げ込まれたのである。

似た事件は数多く起こったのだった。一種の民族浄化である。

これまで、こうした地域のイタリア人の悲劇は、戦後の反ファシストの共和国という立脚点から、あまり積極的に語られずにきた。

|

« イタリア文化会館の色論争再び | トップページ | 安全基準を満たしたスタディオ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/13850523

この記事へのトラックバック一覧です: イストリアの悲劇:

« イタリア文化会館の色論争再び | トップページ | 安全基準を満たしたスタディオ »