共産党から左翼民主党へ
左翼民主(党)のファビオ・ムッシが、書記長のピエロ・ファッシーノに、左派が結集して民主党を結成しても、合流しないこともありうると告げた(コリエレ・デッラ・セーラ、2月19日)。
左翼民主(Ds)は、旧共産党の主流派から解党的脱皮をした党である。
党と書記長の歴史と支持率の変化が紹介されている。
書記長
1927-1964年
パルミーロ・トリアッティ
1964-1972年
ルイジ・ロンゴ
1972-1984年
エンリーコ・ベルリングェル
1984-1988年
アレッサンドロ・ナッタ
1988-1994年
アキッレ・オケット
(1991年にベルリンの壁崩壊を受けて、イタリア共産党を解党し、左翼民主党Pdsが誕生する)
1994-1998年
マッシモ・ダレーマ
1998-2001年
ワルテル・ヴェルトローニ
2001-
ピエロ・ファッシーノ
支持率
1946年 18,9%
1948年 31
(人民民主戦線でイタリア共産党+イタリア社会党)
1953年 22,6
1958年 22,7
1963年 25,3
1968年 26,9
(1968年3月1日、ローマで学生と警察の衝突。1969年9月11日大規模な金属労組のスト。「熱い秋」の開始)
1972年 27,1
(1973年ベルリングェルが共産党とキリスト教民主党の歴史的妥協を提案)
1976年 34,4
(1978年3月16日アルド・モーロが誘拐され、55日間の拘留後殺害される)
1979年 30,4
1983年 29,9
1987年 26,6
1992年 16,1
1994年 20,4
1996年 21,1
(1996年ウリーヴォが総選挙で勝利し、左翼民主党は第一党となる。1998年左翼民主党Pdsは左翼民主Dsとなる)
2001年 16,6
2006年 17,5
(上院の数字。下院ではマルゲリータとウリーヴォの旗印のもと統一会派を組んでいる)
ムッシの不満は、左翼民主(党)は、影響力の低い党になってしまったということ、オケットの時に低下した得票率とほぼ同じままだということだ。
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