ドニゼッティ《アンナ・ボレーナ》
ディミトラ・テオドッシュ(ソプラノ歌手)
アンナ・ボレーナ(アン・ブリン)
ドニゼッティ作曲《アンナ・ボレーナ》を観た。ベルガモのドニゼッティ劇場の上演(東京文化会館)。
イギリスのエンリーコ8世(ヘンリー8世)が、ローマ教会との縁まで切って強引に結婚したアンナ・ボレーナ(アン・ブリン)に愛想をつかし、新たな愛人ジョヴァンナ・セイモー(ジェイン・シーモア)と結婚しようと画策、アンナに愛人がいると告発するというとんでもない史実にもとづいたお話。
アンナ(ディミトラ・テオドッシュ:ソプラノ)は無実を訴える。ジョヴァンナ(ニディア・パラチオス:メゾ・ソプラノ)は実は、アンナの侍女で、エンリーコ8世(リッカルド・ザネッラート:バス)との中を後悔している。
アンナの元婚約者で、王に横取りされ、最後にはアンナとの姦通の罪をきせられるのは、リッカルド・ペルシー卿(ジャンルーカ・パゾリーニ:テノール)。他に、ズボン役でお小姓のスメトン(ホセ・マリア・ロ・モナコ:メゾ・ソプラノ)もアンナに密かに心を寄せていた。
テオドッシュは、一幕の幕切れでは、情熱的かつ力強い歌唱を聞かせてくれたが、二幕の幕切れではやや息切れしていたように見えた。
他の歌手は、ほぼ粒がそろっていた。ペルシー卿もかなりいい線を行っているのだが、酔わせるにはもう一息ほしい。
エンリーコ8世は、多少荒っぽい声になるところもあったが、役柄が役柄なのでこれはそう気にならない。
オーケストラはドニゼッティ劇場管弦楽団でえ、指揮はファブリツィオ・マリア・カルミナーティ。オーケストレイションが綺麗に見通せる指揮ぶりと演奏であった。難を言えば、僕の好みでは、ドニゼッティは、場面のおしまい、幕切れなどでいかにもアッチェレランドを要求している場面はもっとオケに鞭をいれてテンポを上げてほしかった。それがドニゼッティの醍醐味の一つであるからだ。
《アンナ・ボレーナ》というオペラは、ドニゼッティの出世作で、《ルチア》と同様に主人公の狂乱の場もすでにある。しかし長らく上演されておらず、1957年にマリア・カラス、ジュリエッタ・シミオナート、ガヴァッツェーニ指揮スカラ座という理想的メンバーで復活上演された。
幸い、1957年のカラス、1958年のジェンチェルでのスカラ座の演奏はCDで聴くことが出来る。ガヴァッツェーニはかなりカットして、結果的にCD二枚になる短さとなっている。
今回の上演は、1幕が100分、2幕が90分で、かなり長いヴァージョンであった。聞き比べると、ガヴァッツェーニがなぜカットしたのかも判るが、一度は長いヴァージョンで聴いてみるのも悪くないかもしれない。
気のせいかもしれないが、PAが使用されていたのではないかと思う。オーケストラボックスの真上に三つのスピーカの付いた反射板があって、テオドッシュの最強音のときに響きが不自然に聞こえた(ように思う)のである。
日本の聴衆は、きわめてお行儀が良いのであるから、PAは必要ないと思う。昔は、あのようなスピーカーのついた反射板は文化会館には無かったと記憶しているが・・・。
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