ヴァティカンの近衛兵、隊長に不満
ヴァティカンのスイス人近衛兵たちは、厳格な隊長に不満を抱いているらしい(コリエレ・デッラ・セーラ、1月2日)。
イギリスの新聞 Independent によると、ヴァティカンの近衛兵たちは、指揮官のエルマー・テオドル・マデル大佐の厳格さに不満を抱いている。
マデル大佐は、カクテル・パーティを禁止したり、門限の12時を厳格に守らせて、衛兵の不満を増大させている。しかも、本人は、ヴァティカンの外に泊まってくることがたびたびあるらしい。
この報道に大佐は激怒し、教皇庁の報道室で記者会見を開き、報道内容を否定し、訴訟も辞さないとした。
ヴァティカンのスイス衛兵には500年の歴史がある。
1506年設立。1505年に法王ジュリオ2世がスイスと交渉し、1506年1月21日に最初のスイス衛兵がローマにやってきた。
1527年 ローマ劫掠。カール5世の軍隊は、ヴァティカンも掠奪した。この衝突で、法王庁の衛兵147人が殺された。
1548年 軍隊再建。 パオロ3世が軍隊を再建し、スイスから新たに225人がローマに到着。スイス兵は「魂と忠誠の軍」として知られる。
1798年 解散。ピオ6世が衛兵の解散を決定。翌年、ローマがフランス軍に占領中、法王死去。次の法王ピオ7世が1801年に衛兵を再建。
1979年 再編成。 近衛兵は何度か再編成されている。1914年にピオ10世が、1959年にはジョヴァンニ23世が、1979年にはジョヴァンニ・パオロ2世が再編し、鉾槍兵(alabardieri) を70人とした。
2002年 最初の非ヨーロッパ人。今日、「スイス歩兵隊」は、5人の士官、1人の司祭、27人の下士官、77人の鉾槍兵からなる。2002年に、最初の非ヨーロッパ人、インド人が入隊した。
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