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2006年12月 2日 (土)

ハイドン『月の世界』

Photo_68 ハイドンのオペラ『月の世界』を観た(北とぴあ・さくらホール)。

ゴルドーニ原作、ハイドン作曲のオペラである。

ボナフェーデという老人には、クラリーチェとフラミニアという二人の娘がいるが、ボナフェーデは娘たちを男と交際させない。彼女たちに思いを寄せるエックリティコとエルネストは一計を案じる。

エックリティコがボナフェーデに、自分は月の皇帝から招待されて月へ行くが一緒に行かないかという。ボナフェーデがどうやって行くのかと尋ねると、特別な薬を飲むと身体が軽くなって飛べるようになるのだ、というがこれが実はただの睡眠薬。

ボナフェーデが薬を飲んで目覚めると、エックリティコの家の庭に運び込まれていて、そこを飾り立てて月だと思いこませる。月の世界へ、地上から、娘二人とお手伝いのリゼッタが呼び寄せられる。

月の皇帝(実はリゼッタの恋人チェッコ)は、リゼッタを玉座につけ、さらに、エックリティコやエルネストに娘たちの持てなしを命ずる。ボナフェーデは、止めさせようとするが、皇帝は、これが月の習慣だと丸め込む。

二組のカップルは結婚することになるが、ぎりぎりのところで、正体および事情が明かされる。ボナフェーデは怒るがあとの祭り。

とても楽しいオペラであるが、今回の演出は、その楽しさを伝える工夫に富んでいた。まず、序曲の時に、登場人物が幕に漫画のイラスト(加藤礼次朗)で大映しにされる。

月の世界(と想定されている場所)に行く話であるし、月の皇帝(実は従者のチェッコ)も出てくるので、服装が漫画的なのは実にぴったりなのだ。

第一幕の天体望遠鏡を備えたエックリティコ家の内部も、当然現実離れしている。

こうした装置・舞台にどれだけ演出家・実相寺昭雄(11月29日に亡くなった)の意図が反映されているのか、どこからが、もう一人の演出家三浦安浩のアイデアなのか、はたまた美術・唐見博の工夫なのかは判らない。

この演目は、DVDもなく、舞台を見るのも初めてなのだが、優れた装置であったと思う。

指揮は寺神戸亮・管弦楽レ・ボレアードで古楽器を用いての演奏。

ハイドンのオペラを聴くと、時代はほとんど重なっているのに、いかにモーツァルトの感情表現と異なっているか、に驚く。モーツァルトの方が、はるかにロマン派的になっているのだ。それに対し、ハイドンは機智に富み、ドライである。啓蒙主義時代の作曲家、即ち、理性重視の作家なのだということを改めて感じる。

第1幕の終わりで、睡眠薬を飲んだボナフェーデが死んだと思い、娘クラリーチェと女中リゼッタは嘆くが、遺産がもらえると判ると、俄然元気になるおかしさ。

あるいは、第二幕で、月の皇帝が、ボナフェーデに向かって、「お前の世界では、ほとんどの者が実は気が触れておる」(Quasi tutti al vostro mondo siete pazzi in verita')と、観客の一人一人を指さしながら歌うのも、愉快だった。

歌手はボナフェーデのフルヴィオ・ベッティーニ(バリトン)が群を抜いて秀逸。演技も、声質、声の表情、レチタティーヴォも含め、高水準であった。

娘役のソプラノ・森麻季(フラミニア)、ソプラノ・野々下由香里(クラリーチェ)も、セイラームーンを思わせる衣装をまとい、ヴィヴラートをかけすぎない声で、安定した演奏を聞かせてくれた。

女中リゼッタ(穴澤ゆう子・メゾソプラノ)は、第一幕は女中で、第二幕では月の皇帝に求婚されるという見せ所、聞かせ所たっぷりの役だが、達者な演技力で、声も声量こそ圧倒的ではないものの、表情豊かに、お后に変身する時にはどきっとするお色気も発揮して、舞台を盛り上げていた。

エックリティコのセルジュ・グビウ(テノール)、エルネストの彌勒忠史(カウンターテナー)も、着実な歌唱とアドリブ的(実はアドリブではないと思うが)なジェスチャー・演技で観客にうけていた。

チェッコの水船桂太郎は、従者と月の皇帝を演じ、リゼッタとペアになる存在だが、上にあげた ‘siete pazzi' のアリアが熱唱だった。レチタティーヴォの声質に磨きがかかるとさらに良いと思う。

インターネットで調べると意外なことに、ハイドンの『月の世界』は別の団体も上演しており、日本初演ではないが、いずれにせよ、極めてまれな上演であることは間違いない。

接する機会の稀なハイドンのオペラに音楽的にも、お芝居としても、十分堪能できる上演に出会えたのは、幸せなことであった。

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