『コジ・ファン・トゥッテ』その3
『コジ・ファン・トゥッテ』のもう一つのソースは、『狂えるオルランド』の第43歌である。
ある騎士が、騎士リナルドに語った話。その騎士は、素晴らしい妻がいたのだが、メリッサという魔女に言い寄られた。
騎士は最初はメリッサを相手にしなかったが、メリッサは、騎士に妻の貞節を疑わせる。メリッサの企みにのった騎士は、旅に出かけるふりをし、メリッサの魔術により、以前から妻を慕っていた別の騎士の姿に化け、メリッサを小姓にして、妻の留守宅を訪れる。
最初は妻は求愛を拒むが、目もくらむ宝石を目にして、人に知られることがなければ、と承諾してしまう。そこで、魔法のヴェールをとり、姿をあらわす。妻は恥じ入ると同時に怒る。
妻は、夫が姿を借りていた別の騎士のところへ行ってしまい、今度は本当に結ばれ、もう二度と最初の夫のところへは帰ってこなかった、という話。
このエピソードの後に、フィオルディリージという名前の登場人物も出てくる。
自分の妻の貞節を疑い、別人になりすまして求愛する点は、オウィディウスの『変身物語』と共通。さらに、フィオルディリージという名前は、『コジ・ファン・トゥッテ』の登場人物の名前そのものだ。
ここまで2組のカップルというのは出てこなかったが、『狂えるオルランド』の第28歌(名古屋大学出版会の『狂えるオルランド』(下)pp.92-110)には、妻への嫉妬に狂う二人の男の繰り広げる物語がでてくる。
この話は、かなり刺激の強い艶笑話であることをお断りしておく。ジョコンドという美貌の持ち主である騎士が兄と旅することになる。旅の翌日、忘れ物を取りに帰ってみると、妻は屋敷の若い下男と同衾している。
ジョコンドは大変なショックを受け、痩せこけ、美貌も衰える。パヴィアの王がジョコンドと兄を歓待してくれるが、一向に悩みはさらない。ところが、王妃の小人との愛の現場を盗み見てしまい、自分だけでなく、王でさえ、こんな目に遭っているかと知り、元気を取り戻す。
王は、ジョコンドが元気になったわけを知りたがり、知ったあと衝撃を受ける。
ジョコンドと王は、二人して旅に出かけ、あちこちで女性を口説き、次々に成功をおさめる。やがて、新たな色事を求めるのが面倒になり、一人の女性を共有しようということになる。
スペインのフィアンメッタという女性をかわるがわるに愛するのだが、3人川の字に寝ている寝所に、フィアンメッタの以前からの知り合いグレコという若者が夜中に忍び込んで一晩中、愛を交わす。王とジョコンドは、隣で激しいご様子と思いながら、相手を邪魔すまいと遠慮していた。
翌日、思い違いが解け、一杯食わされたと、二人は肋骨が痛くなるほど大笑いをし、この女を二人の間にはさんで寝かせておいても無駄だったのだから、妻が不貞をはたらかぬよう見張るなど愚の骨頂と悟る。
自分たちの妻が、他の女と較べて、とくに性悪でもなく、すべての女と同じであるなら(se son come tutte l'altre sono),家に戻って、妻を相手にするのが良かろう、ということになる。
二人はフィアンメッタと恋人に金をやり結婚させてやる。
この話(第28歌)には続きがあって、この後、その場にいた一人の年老いた、賢い男が、女の浮気ばかりが非難されるが、男で浮気をせぬものが一人でもあろうか、と正論を吐く。
その男は、「ほかの者より正しい考え持っていたゆえ、なべての女がそのように蔑まれるのに、もう耐え兼ねて」、男たちに、この中に、妻を裏切ったことのない者がいるだろうか、と問い、かつ、女性のなかに貞節を守ったものもいる例をあげる。
この老人は、ドン・アルフォンソの原型の一つであろう。『狂えるオルランド』の第28歌は、『コジ・ファン・トゥッテ』よりも、かなり露骨に、艶笑話風に、男の嫉妬、女性の貞節のもろさ、そしてそれほどそれを気にする男たちの行動の矛盾などが、深刻ぶらずに、愉快な話として展開される。
これも、ダ・ポンテの頭の隅にあったとしても、おかしくはないだろう。
(長くなったので、ここでもう一度、区切ります)。
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