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2006年11月30日 (木)

ベルルスコーニと裏金

Agrama ロサンジェルスの検察局は、ハリウッドのプロデューサーとベルルスコーニの間で裏金づくりがなされたのではないかという疑いを持っている(コリエレ・デッラ・セーラ、11月23日)。

フランク・アグラマは、ハリウッドのプロデューサーで、ベルルスコーニのテレビ局のために、1980年代および1990年代、パラマウント映画を買う仲介を果たした とされていた。

しかし、実際は、アグラマ、ベルルスコーニ、フィニンヴェスト/メディアセットの取締役が、調整して、アグラマの会社を動かしていた。

それによって、フィニンヴェスト/メディアセットの取締役にキックバックを渡していたという疑いがもたれている。

こうした疑いに基づき、アメリカのジェイソン・ゴンザレス検察官は、65人のFBI捜査官を動員して、11月15日、ロサンジェルスのアグラマの屋敷および事務所を捜索した。

ゴンザレス検察官によると、ベルルスコーニは、アグラマの匿名社員(socio occulto) である可能性が高く、それにより1億4200万ドルの税逃れをしていたものと見られる。

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ヴァティカン、コンドーム解禁を検討

Cupido 法王によって委託された研究により、コンドームの使用の検討が、本格的なものとなってきた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月22日)。

この研究は第一関門である、ハビエル・ロザーノ・バラガン枢機卿が管轄する保健従事者評議会を通過し、約200ページの報告書を出した。

この文書は教理省(Congregazione per la Dottrina della Fede)に送られる。バラガン枢機卿(保健大臣に相当する)が認めるように、これに返答するのは、今度は神学者や法王の役割ということになる。ただし、いずれにしても、「性的に放埒な態度」を奨励するものではないと断っている。

浮上しているのは、結婚した夫婦でどちらかがHIVポジティヴになっている場合のセックスにおけるコンドーム使用についてである。

これまでにも、個々の聖職者、たとえば、カルロ・マルティーニ枢機卿は2006年4月に「エイズに侵された配偶者は、パートナーを守る義務がある」という言い方で、間接的にコンドームの使用を認めている。

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法王謁見のプロトコール

Papanapolitano イタリアのナポリターノ大統領が、ラッツィンガー法王と会見した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月21日)。

その際のプロトコールが話題となっている。イタリア側は24名の代表団をヴァティカンに送った。大統領夫妻、マッシモ・ダレーマ外相夫妻、在ヴァティカン・イタリア大使ジュゼッペ・バルボーニ・アックワなどなど。

ベネデット16世の指輪にキスをした人は5人。ヴェールをかぶった人は3人。多くの人は、敬意を表しつつ、単に握手をするだけだった。

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2006年11月29日 (水)

ゼッフィレッリ、アイーダ役に痩せることを求めるが失敗

Urmana ゼッフィレッリは、ソプラノのヴィオレタ・ウルマーナに痩せるよう求めたが、彼女はそれに失敗した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月21日)。

「ゼッフィレッリは、若くて恋するアイーダになって欲しいと言い、数キロ痩せることを求めたけれど、だめだったわ」とウルマーナ。

12月7日のスカラ座の初日の『アイーダ』のタイトル・ロールを歌う彼女は、「ジムで自分をいじめることなんて出来なかった。私は料理が、特にイタリアのが好きで、イタリア人の夫と、姑が私を甘やかすの」。

彼女はリトアニア出身で、夫は、イタリア人テノールのアルフレード・ネグリ。

今度の『アイーダ』は、ラダメス役は、ロベルト・アラーニャ、指揮はリッカルド・シャイー。シャイーとウルマーナは、すでにアムステルダムで『ドン・カルロス』を共演している。「マエストロは、いろいろな声の音色を求めてきます」とのこと。

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2006年11月28日 (火)

プローディ、ディリベルトを叱る

Diliberto_oliviero オリヴィエーロ・ディリベルト共産主義者党書記長

プローディが社交辞令を棄てて、共産主義者党(pdci)書記長のディリベルトがローマのデモ行進に参加したことを批判した、「ある種のデモには行かないものだ」と。

このローマのデモでは、ナッシリアで死亡したイタリア人兵士に反対するスローガンが掲げられ、軍服を着た人形が焼かれた。

ローマ検事局では、30人に対し、捜査を開始した。

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2006年11月27日 (月)

ゼッフィレッリの自伝

Francozeffirelli フランコ・ゼッフィレッリが自伝を書いた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月19日)。

ゼッフィレッリは、今年のスカラ座のオープニングを飾るリッカルド・シャイー指揮の『アイーダ』の準備に余念がない。この演出は、ゼッフィレッリにとって5回目の演出となるが、「アイーダの中のアイーダ」になるとの前評判である。

そのゼッフィレッリが自伝を書いた。11月28日から書店に並ぶ予定(出版社は Mondadori)。

500頁を越える長さだが、まったく退屈しないという。彼の生涯は最初から、並ではないからだ。1923年2月12日にフィレンツェで婚外子として生まれる。

母親の Adelaide Garosi は情熱的な生き方をし、夫の葬式には、別の男の子供をお腹に宿しており、スキャンダルとなった。

母アデライーデはモーツァルトが好きだったので、『イドメネオ』からゼッフィレッティと姓を付けたのだが、転記のミスでゼッフィレッリとなったのだ。

何年も後になって、父親は認知して、コルシという姓を与えようとした。だが、もう既にゼッフィレッリはゼッフィレッリだった。

ルキーノ・ヴィスコンティとの出会い、仕事、愛憎関係。ヴィスコンティとの関係は、あらゆるドアを開いてくれた。

初めてパリに行くときには、コクトー、ジャン・マレー、ココ・シャネル宛てへの紹介状を持っていたのだ。シャネルは、12枚のマティスの素描をプレゼントしてくれた。

そしてマリア・カラスとの友情。オナシスはカラスとゼッフィレッリを不仲にしようと工作したが無駄だった。

追記:ゼッフィレッリの母は、彼が6歳のときに亡くなり、彼は《mamme》(マンマの複数形)の愛情に囲まれて育った。乳母のエルシリア、叔母のリーデ、英語を教え、シェイクスピアへの情熱を吹き込んでくれたイギリス人のミス・メアリー。

こうした事情は、彼自身による映画『ムッソリーニとお茶を』に描かれている。

が、あの映画に描かれていないこともあった。つまり、すべてが平穏に過ぎたわけではない。礼拝堂で、ある修道士が彼にしつこくキスをし、身体を触られたという。「告白しえない欲望を、私の身体を触ることで満たすと、彼(修道士)はぐったりとした・・・そして、熱い悔恨の涙を流しながら、自分の祈祷台に走っていった」。

最初のオルガズモは、日付がはっきりとしており、1936年のピランデッロが亡くなった日だという。そして、最初の恋は、高校の同級生だったが、まわりの連中はそれに気づき、しつこくからかった。

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2006年11月26日 (日)

未回収領土のイタリア人の犠牲者

             

Battisti_marciaチェーザレ・バッティスティ

「未回収」領土で、イタリア側にたって志願兵として出兵した人たちの展覧会が開かれる(コリエレ・デッラ・セーラ、11月17日)。

未回収領土とは、イタリア統一時にいまだイタリアの領土にはなっていなかったアルト・アディジェおよびヴェネツィア・ジューリアを指すが、第一次大戦で、1915年にイタリアが参戦したときに、この地の人々にはとるべき道が別れていた。

法的に言えば、これらの地はオーストリア・ハンガリー帝国であるから、オーストリア皇帝のために戦うべきであったのだ。実際、数万の若者が、そうすることを余儀なくされた。

しかし、トレント地方やジューリア地方には、イタリア側に志願した兵がいたのだ。その数は、千人か、あるいはそれを若干下回る程度であったが、意識的に祖国を選んだ人たちであった。その中には、チェーザレ・バッティスティやファビオ・フィルツィのようにオーストリア側に処刑された人もいる。

彼らは、長らく忘れられてきたが、実はファシズム期には、過剰なまでに語られてきた。

戦後、彼らの姿や声は、イタリア人の集団的記憶からは消し去られていたが、今回、トレント県のロヴェレートの戦争博物館で、彼らの展覧会が催される。

会議も開かれ、セルジョ・ルッツァーティ、アントニオ・ジベッリ、パオロ・ポッツァート、ピエロ・デル・ネグロ、マリーノ・ビオンディ、ジュリア・アルバネーゼらが参加する。

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『アマチェム星のセーメ』

Photo_67 ロベルト・ピウミーニ作長野徹訳オクタヴィア・モナコ絵『アマチェム星のセーメ』(汐文社、1500円)を読んだ。

アマチェム星人は、毛が生えず、頭に赤い雲をのせている。アマチェム人同士が、話をしたり、遊んだりするときは、雲をまぜあわせ、大きな赤い雲にする。

この星で単性生殖によって生まれたセーメは、自由を求めて宇宙を旅する。

ここからの枠組みは、明らかに、『星の王子さま』に似ている。

実にいろいろな星がある。中には、安部公房を思わせる病院だけの星もある。スウィフトの『ガリヴァー旅行記』の飛ぶ島を思い出させる不条理な星も一つや二つではない。

出会いもある。

これ以上はあらすじを書かないことにするが、オクタヴィア・モナコの絵は素晴らしい。このファンタスティコな世界に照応した、シュールでありながら、親しみのもてる、暖かさの伝わってくる挿絵だ。

登場人物が絡み合って、対立したり発展したりするドラマはない。それは『星の王子様』と同じである。

しかし、地球の常識からはかけ離れた星々をめぐるうちに、セーメという主人公は成長し、自らを見出していく。

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フィーニ、コーランの授業を認める

Fini20ebete 国民同盟(AN)の党首、ジャンフランコ・フィーニは、ミラノのアラブ学校でのコーランの授業を認めた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月17日)。

コーランを選択科目として置くことは、イスラム教徒にとっての権利だとしている。

現在、イタリアには、約50万人の外国人が学校におり、その3分の1はイスラム教徒である。

外国人は191の民族にわたり、78の言語におよぶ。

Caritas の報告書によれば、イタリアには100万人のイスラム教徒がいるという。

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2006年11月24日 (金)

いじめの生徒、留年に

Bullismo ダウン症の同級生をいじめ、それを撮影し、インターネットに流していた高校生たちは、学年末までの停学となり、留年することになった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月17日)。

彼らは学年末まで、授業をうけられず、成績もつかない。退学とはならず、同じ学校に留まることは可能である。

この処罰は学校会議(consiglio di classe)で決定された。

公教育大臣ジュゼッペ・フィオローニは、Radio Capital で彼らの行為は不良というよりは、人でなしだ、と糾弾した。

事件の起きた高校 Istituto tecnico Albe Stejner の校長によると、彼らは成績は良く、今まで教師から注意を受けたこともないという。校長は、彼らはテレビゲームと現実の区別がついていないのであり、このことについて、すべての人が、学校および家庭で、よく反省しなければならないとしている。

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大麻に関する通達に意見割れる

Livia_turco_1 リヴィア・トゥルコ大臣の発した麻薬に関する通達が論議を呼んでいる(コリエレ・デッラ・セーラ、11月17日)。

この通達は、個人で所持していても逮捕されない大麻の量がこれまでの0,5グラムから1.0グラムになるというもの。1.0グラムというのは、マリファナの巻きタバコにすると20~30本に相当する。

0.5グラム以上1.0グラム未満を所持していた人は、行政罰を受けるのみとなる。

この通達に対し、中道左派のマルゲリータ党の中では、意見が割れている。

今月16日には、51人のウリーヴォの下院および上院の議員がトゥルコ保健大臣に手紙を書いた。

手紙に署名したドリーナ・ビアンケッティは、若者を何本かのマリファナ・タバコで刑務所に入れたいわけではないが、麻薬の問題は多角的に、複合的に対処しなければならないとしている。

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2006年11月23日 (木)

『ママは負けない』

Mi_piace_lavorare 九段のイタリア文化会館で映画『ママは負けない』を観た。

これは日伊女性国際会議(11月23ー26日)の初日で、「労働の世界における女性」という表題で、映画とディスカッションが行われた。

まず、フランチェスカ・コメンチーニ監督、ニコラ・ブラスキ主演の『ママは負けない』(Mi piace lavorare--mobbing)を上映。モビングというのが、職場での「いじめ」なわけだが、この映画では、会社の経営陣が入れ替わり、ブラスキ演じるところのアンナという女性が、シングル・マザーで病気の父(施設に入っている)を抱えているのだが、リストラの対象として狙われている。

そのため、次々と彼女に不向きな職場、あるいは仕事のないポジションにつかされたりする。

彼女は、不満を抱えつつも、じっと我慢し、耐える。不愉快な日々を過ごす彼女は、娘から、いつも不機嫌なママのようになりたくないから、子供は産みたくないと言われたりする。

この映画は、5月の連休に毎年開催されているイタリア映画祭で2005年に上映された。二度観て、やはり、重いテーマを叙情的に撮っているという印象を受けた。

上映後のディスカッションは、「女性と仕事:法律による保護の限界」というテーマ。パネリストは、渥美雅子(弁護士)、岡本太郎(映画評論家)、 古賀太(朝日新聞文化事業部)、塩野七生(作家)、ジゼッラ・デ・シモーネ(労働法、ジェノヴァ大)、イレーネ・ビニャルディ(フィルムイタリア社長)、松本侑壬子(映画評論家)の7人。

渥美氏は、アンナは我慢しすぎたという説。塩野氏は、主婦や他人によって代替可能な職種の人には法的保護が必要であるが、作家のような自由業は別のカテゴリーであるという。また、正規雇用と非正規雇用の待遇の大きな差が問題でこの格差を縮めなければならないとも述べた。

ビニャルディ氏は、この映画はずっと悲しい物語だが、最後の部分だけオプティミスティックであると述べた。最後は、アンナが会社からの解雇勧告をはねつけ、裁判を起こし、1年後に賠償金を獲得して、新しい職場を得て、娘と旅に出るところで終わるのである。

デ・シモーネ氏が言うように、実際には、裁判を起こして、次の職場を獲得するのは、非常に困難なことで、この映画のようにうまくいくかどうかは不確かだという。

松本氏は、世界の映画で働く女性がどう描かれてきたか、またアメリカ映画の中でも、80年代、90年代と描かれ方がどう変化してきたかを解説。そうした中でも、コメンチーニのこの職場の描き方、また、シングルマザーの生き様の描かれ方は、傑出しているとのことだった。単に、がんばる母ではなく、職場・社会の問題として捉える視点が強く出ている点が、新しいのである。

このような映画が労働組合 Cgil の協力により、低予算で、女性監督により産出され得るというところに、イタリア文化の底力があるように思う。

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『コッリエーレ紙に巣くう虫』

Baco_2_1 コリエレ・デッラ・セーラの副編集長、マッシモ・ムッケッティが『コッリエーレ紙に巣くう虫』を出版した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月15日)。

この本は、最近のRcs(コッリエーレ紙の出版元)の歴史を描いた本であり、ステーファノ・リクッチによるRcs株の買い占め騒動や、著者ムッケッティのコンピュータがハッキングされたことなどが書かれている。

ムッケッティは、この危機をコッリエーレ紙と資本主義の関係の危機と捉え、歴史を遡っている。

20世紀初めのコリエレ・デッラ・セーラ紙の編集長は、ルイージ・アルベルティーニであった。この人は1900年から1925年まで編集長をつとめたのであるが、反ファシストであったために追放されたのである。

戦後は、エイナウディがファシズム以前に戻そうと呼びかけたが、反応は鈍かった。

結局、イタリアのメディアは経済界や権力者からの独立というものが制度的に確固たるものにならぬままに現在にいたったようだ。

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2006年11月22日 (水)

ナポレオン軍が盗んだフラ・アンジェリコ見つかる

Angelico_san_marco_1 フラ・アンジェリコ作、フィレンツェのサン・マルコ寺院の祭壇画の一部が、イギリスのオックスフォードの住居から発見された(コリエレ・デッラ・セーラ、11月15日)。

この作品は、1438年にコシモ・デ・メディチが、グイド・ディ・ピエトロ(後の、フラ・アンジェリコ、ベアト・アンジェリコ)に祭壇画を描かせた。主題は、天使や聖人に囲まれる聖母子であった。

1810年、ナポレオンに率いられたフランス軍がイタリアにやってきて、祭壇を分解した。中央翼(上の写真)のみがフィレンツェに残った。

16枚のプレデッラ(祭壇画下部の小壁板絵)は奪われ、消失しているが、そのうちの何枚かは、ミュンヘン、ワシントン、ダブリン、パリの美術館に所蔵されている。

今回、オックスフォードで発見されたのは、プレデッラ2枚。70歳代の年金生活者の家で、発見された。

持ち主は、ジャン・プレストン(最近亡くなった)という元図書館員で、この2枚の板絵は、1970年代にアメリカで200ポンドで買ったもの。

この板絵をアンジェリコではないか、と直観したのは、故人の友人でオークションの競売人の Guy Schwinge。

彼は、ブリストル大学教授の Michael Liversidge を呼び、同意を得る。さらに、ナショナル・ギャラリーの専門家 Dillian Gordon に連絡をして、お墨付きを得る。

この板絵は、大きさは38㎝×13㎝。2枚まとめてオークションにかけられるが、100万ボンドから競りが開始される予定。

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障害者に対するいじめ

Scuola_1411_06 トリノの職業系高校(istituto professionale) でダウン症の生徒が4人の在校生にいじめを受けている映像を仲間が撮影し、インターネット上に流し、衝撃を与えている(コリエレ・デッラ・セーラ、11月15日)。

取り調べによると、4人の高校生(16歳と17歳)が、同じ学校のダウン症の生徒に暴力を加え、その場面が、グーグルに流された。

高校の所在地はトリノの郊外。4人の高校生は、3人が男子、1人が女子で撮影を担当した。

彼らは、トリノの未成年者対象の検事局の取り調べを受けている。

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2006年11月21日 (火)

イタリア国鉄、破産の危機

Fs イタリア国鉄が破産の危機に瀕しているとマウロ・モレッティ代表取締役が語った(コリエレ・デッラ・セーラ、11月15日)。

モレッティが語ったのは、上院の委員会で、もうこのままでは立ちゆかないほどで、前内閣のときから、ここ三年間、予算を13億ユーロ削減されているという。

国鉄の民営会社 Trenitalia は2006年の赤字は、17億ユーロにのぼる見込み。絶対に増資が必要だと、モレッティは主張している。

イタリアの国鉄鉄道網は、1万6千㎞。3分の2は電化されている。6400㎞は複線化されている。駅および停車場は2300。貨物の積み卸し場所は、500。

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2006年11月20日 (月)

RAI番組編成、変わる

Milly_carlucci ミリ・カルルッチとパオロ・ベッリ

Raiは、12月11日から、9時台のショウ番組を、より番組表の時刻通りに放送することになり、文化番組を増やすことになった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月14日)。

イタリアのテレビと言えば、番組表の時刻は目安に過ぎないと言われることがあるが、多方面からの批判を受けて、Raiは9時台のショウ番組は、9時10分以降には開始しないことを決めた。

Rai Uno では、2007年9月からは、単なるトーク・ショウではなくて、ロベルト・ベニーニがダンテを読み講釈したフォーマットを参考に、新たな文化番組を開始する。

Rai Due では、今年11月末から、歴史番組を開始する予定。

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プローディ内閣、不支持63%に

Romanoprodi プローディ内閣の不支持率が63%に達した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月14日)。

コリエレ・デッラ・セーラ紙の委嘱によりIspo が11月10/11日に、1000人を対象に実施したもの。誤差3%。

これまでの政府をどう評価しますか、という問いに対し、肯定的、否定的とわからないの答えがある。

        肯定   否定 判らない

2006年6月 39  41  20(%)
      7月 44  31  25
      9月 41  53  6
     11月 32  63     5

これを政治的傾向別にみると、自分がどういう傾向と思うかによってわけると、9月と11月では次のような変化がある。

              9月  11月

左派または中道左派 80  63(%)
(-17ポイント)
中道           20  19
(-1ポイント)
右派または中道右派 11  7
(-4ポイント)
わからない       24  19
(-5ポイント)

支持率の低下が目立つグループは、男性、35-55歳の層、高学歴層、企業家、サラリーマンといったところである。  

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ミルツァの『イタリア史』

Milza フランスの歴史家ピエール・ミルツァが『イタリア史』(Storia d'Italia--Dalla preistoria ai giorni nostri) (pp.1024, 32 ユーロ、Corbaccio) を出版した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月13日)。

ピエール・ミルツァはフランスの歴史家だが、イタリア系移民の子供で、特にファシズムの専門家。

ファシズム関係の著作の他、ナポレオン三世やヴェルディについての著作もある。

ミルツァは、イタリアがローマ帝国崩壊以降、何度も苦難に遭いながらも、そのたびに奇跡的に蘇ってきたことを忘れてはならないという趣旨の記事を、コリエレ紙によせている。

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2006年11月19日 (日)

ジョリーホテル、Nhホテルと合併

_jolly_hotel_excelsior イタリアのホテル・チェーン、ジョリー・ホテルはスペインのNhホテルと合併する(コリエレ・デッラ・セーラ、11月12日)。

スペインのNhホテル・グループは、ミラノの銀行Banca Intesa とジョリー・ホテルを合併することで合意した。

Nhホテルと Banca Intesa は共同出資で、Nh Italia を持っている(Nhが51%、Banca Intesa が49%を所有)。新会社は、Grande Jolly という名前だが、51%を Nh Italia が保有し、42%を Joker (ザヌーゾ家と Canova partecipazioni の持つ持ち株会社)が、7%を Banca Intesa が所有する。

ジョリー・ホテルの株式に対しては、1株25ユーロで、25%を公開株式買い付けで取得する見通し。取得費用は、1億2800万ユーロとなる。

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ルテッリ、自由化の提案

Francesco20rutelli副首相のフランチェスコ・ルテッリが、自由化に関する「アジェンダ」を提出した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月9日)。

17ページの文書で、法案ではない。論点は7つあり、1番目は、地方における公共サービスを、民間に開放すること。即ち、競争入札にして、サービスの提供者の数を増やし、より効率のよいサービスを目指す。

2番目は、公共輸送機関で、「革新的な」輸送機関を目指す。これは、具体的には、スクールバス、ホテルの送迎バス、運転手付きレンタカーなどを含む。

3番目は、Eniによらないガス供給網の構築。Eniの独占状態から、競争相手のいる状態をめざす。

4番目は、消費者・利用者の保護。

5番目は、自由化されるセクターの社会的緩衝装置について。

6番目は、効率的で透明性の高い行政。

7番目は、Autorita' の改革。市場の番人として、独立性を持ち、強力な権限を持たせる。

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2006年11月18日 (土)

ドラーギ:学校は、経済成長の推進力

Draghi_mario3_inf200x200 イタリア銀行総裁のマリオ・ドラーギが、ローマ大学サピエンツァ校の経済・商学部の開校100年を記念した講義をし、大学の経済発展における重要性を説いた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月10日)。

この特別講義には、前大統領カルロ・アゼリオ・チャンピ、元首相ジュリオ・アンドレオッティ、ジャンニ・レッタ、イタリア銀行総局長ファブリツィオ・サッコマンニといった錚々たる面々が顔をそろえた。

イタリアでは、学校に一年通うごとに、労働市場に参入出来る確率、即ち、職につける確率は、2,4ポイント高くなる。南部では、学位をもった人間が希少なため、一年通うごとに、3,2ポイント高くなるという。

ともかく、イタリアは Ocse (OECD)諸国のなかで、他の先進国と比較して、劣位にある。2005年時点で、25歳から64歳の人で高校卒業者は、37,5%で、大学卒業者は12%で Ocse 諸国平均の約半分に過ぎない。

また、大学中退者の比率も高く、入学者の約60%にのぼっている。

ドラーギは、処方箋としては、すべての生徒・学生に均等なチャンスを与えるようにし、その後は、優秀な学校により多くの予算を与えるべきだとしている。

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大学教授、予算案に反対

Aula イタリアの大学教授たちが、政府の大学関連予算の削減に対し、反対を表明した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月10日)。

大学の学生数は増加しているので、むしろ予算増が必要だという。来年は、2億5千万ユーロの予算増が必要で、さもなくば、帳尻が合わない可能性があるという。

イタリアの大学数は、75。大学入学者数は、2000年の29万5500人から2004年の35万人へと18%増えている。

卒業生は、2000年の16万1000人から2005年の30万1300人へと87%も増加している。

にもかかわらず、2006年度予算案では、大学関係は1,33%の削減であるので、ファビオ・ムッシ大学・科学研究相は、ベルサーニ経済発展相の策定した基準はとんでもない誤りだとしている。

近年の大学関係予算案の前年比の推移は次の通り。
2000年 8,05%
2001年 7,09%
2002年 ー1,49%
2003年 0,55%
2004年 5,05%
2005年 6,36%
2006年 ー1,33%

一方、国別に比較した大学生一人あたりの予算は次の通り。

イタリア  7241ユーロ
フランス  9135ユーロ
ドイツ   9985ユーロ
イギリス  7500ユーロ

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2006年11月17日 (金)

イタリアの結婚・離婚・再婚情報

Matrimoni イタリアの結婚、離婚、再婚に関する情報が Eures から発表された(コリエレ・デッラ・セーラ、11月9日)。

2005年における住人1000人あたりの結婚数は、イタリアの北部3,8、中部4,6、南部(島嶼部を含む)4,8で、北低南高である。

結婚数は、1975年が37万3784件だったのに対し、2004年は、25万974件。平均年齢を1975年と2003年で比較すると、男は26,3歳から33,2歳へと+7歳となり、女は、24,4歳から29,9で+5歳となっている。

イタリアは離婚をするのには、別居が前提となっているが、別居の数は1995年の5万2千件から2004年の8万3千件と59%増加している。

離婚は、1995年の2万7千件から、2004年の4万5千件へと66,8%増加している。

再婚者も増加している。1975年に9800だったものが、2003年には、32,000に増えている。逆に寡夫(婦)で再婚した人は、1975年の11,700件から2003年の5500に減っている。

再婚者の結婚全体に占める割合は、1975年が2,9%だったのに対し、2003年では7,1%となっている。

再婚者の平均年齢は、男が45歳、女が41,3歳。

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2006年11月16日 (木)

アリタリア、女性の制服にパンツ・ルック

Alitalia_hostess_1 昔のアリタリアの女性フライト・アテンダント

Alitalia_hostess_2 現在のアリタリアのフライト・アテンダント

アリタリア航空のフライト・アテンダントの制服が変わる(コリエレ・デッラ・セーラ、11月9日)。

11月15日から、エア・ホステス(イタリア語ではただ hostess)の制服がこれまでスカートであったが、パンツ・ルック(pantaloni)も可となる。

この決定は、10年越しの交渉の末に獲得したもの。社内では「熱紛争」(vertenza termica) という謎めいた名称で呼ばれていた。というのも、機内および機外が寒いときにスカートをはいていたくない、というのが、女性組合員の主張であったからだ。

マルペンサ空港やモスクワ空港に雪が降っている時にも、スカートで、デコルテ(深い襟ぐり)というのは、馬鹿げている、というのが、組合代表のロザンナ・ルシートの主張。

ヨーロッパの大半の航空会社では、フライト・アテンダントにパンツ・ルックを認めているという。イタリアでは、 Meridiana 航空ではずっと認められているが、AirOne航空では認められていない。

では、これまで何故認められなかったのか?「顧客は、クラッシックな制服のエア・ホステスを好む、スカートで、風に吹かれて足が見えるのを」というのが答えで、要するにマーケティングの問題なのだ。

ヴェネズエラの Avensa航空やアメリカの Hooters air では、よりセクシーな制服を着用している。

アリタリアでは、今回、10月から4月までは、パンツ・ルックが解禁となった。色は、スカートと同様ブルー、ストレートで重いギャバジン地。地上職員はすでに使用している。

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2006年11月15日 (水)

ジェノヴァ、引き取り手のない遺体が30%

Cimitero_di_staglieno_a_genova ジェノヴァのスタリエーノ墓地

ジェノヴァでは、引き取り手がなく、葬式も行われず、市の職員により最低限の埋葬がなされる遺体が30%にのぼっている(コリエレ・デッラ・セーラ、11月9日)。

ジェノヴァのサン・マルティーノ病院の死体安置室の担当係ルチャーノ・ドルチェッティは「3分の1よりは少し少ない」としている。

死体安置室に36時間安置した後、引き取り手が現れないと、「無縁仏」(salma senza interesse) 、即ち、弔う縁者のない死体となる。

これに該当する死者は老人が多いのだが、親族がいないか、見つからない、あるいは見つかっても、葬儀の費用を負担する意志がない。

ドルチェッティによると、「残念なことだが、立派な社会生活を送り、皆から認められ、愛された人が、寂しい最期を迎えることもまれではない」。

こうした事態を避けるため、葬儀会社が一種の「埋葬証書」を発行した。証書の中には、非常に詳しい指定を加えたものもある。葬儀に、どういう花を使用するか、どんな音楽を使うかまで指定したものもあるのだ。

ジェノヴァはこれほど変わってしまったのだ。もともとは死者を手厚く埋葬する都市で、市には36もの墓地がある。しかし市役所の墓地担当者ロベルト・ブルキエッリによると、ここ5年で、墓地を訪れる人は、45%も減少した。もっとも減少したグループは40代の人々である。

他の町ではどうか。市の死体安置所で、「無縁仏」とナッタ比率は次の通り。

トリノ  5,5%(436体中24体)
ナポリ 5% (786体中40体)
ボローニャ 1,7%(1150体中20体)
ミラノ  1,2% (970体中12体)

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2006年11月14日 (火)

聖エジディオ共同体

Andrea_riccardi 聖エジディオ共同体の創設者アンドレア・リッカルディ

聖エジディオ共同体の会長アンドレア・リッカルディのインタビューが掲載されている(コリエレ・デッラ・セーラ、11月6日)。

聖エジディオ共同体は、アンドレア・リッカルディやマリオ・マラッツィーティが、テヴェレ川のほとりで、学校にも行けないスラム街の子供や当時まったく無視されていたジプシーの子供に読み書きを教える民衆学校から始まった。

彼らは、いわゆる68年世代で、リッカルディは56歳。

聖エジディオ共同体の運動は、今日、70ヶ国、4大陸に広まり、数万人の活動者がいる。

リッカルディは、イタリア在住のアラブ女性が身につけたいと思うならヴェールを禁ずることは出来ないし、規則にかなっていないからといってアラブ学校を閉鎖することは出来ないという考えを表明している。

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トイレはユニセックスに

Luxuria_1 ルクスリア議員

トランスジェンダーのルクスリア議員が女性トイレを使用することの是非で、エリザベッタ・ガルディーニ議員から激しい抗議があった問題で、第三のトイレを作るのか、すべての人のためのトイレを作るのかという問題に関し、労働組合が口を開いた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月8日)。

Cgil (Confederazione Generale Italiana del Lavoro イタリア労働総同盟)は、「トランスジェンダーの人に対する非寛容が大きすぎる。仕事場には、ユニセックスのトイレを」と表明した。

シエナ大学では、15年前からユニセックスのトイレにしている。男子の方が、女子よりも汚すという苦情を除いては、問題がないという。

ルクスリア議員はこの解決法を歓迎しているが、ガルディーニ議員は、「二次的な問題」だとしている。

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空港の手荷物、新たな規制

Bagaglio_a_mano イタリアの空港でも、手荷物の規制が厳しくなる(コリエレ・デッラ・セーラ、11月7日)。

この規制は、EU諸国共通のもの(ノルウェー、アイスランド、スイスも含む)。機内持ち込みに関し、

1.機内に持ち込める液体、飲料は100ccまで。

2.容器は、透明ビニール袋にいれる。ビニール袋の大きさは、20cm×18cm。

3.透明ビニール袋は、他の手荷物とは別々に運ぶ。

規則の適用は厳しく、マルペンサではヌテッラ(パンに塗るチョコレート・クリーム)まで拒絶された。

追記:上記のノルウェー、アイスランド、スイスの部分は、元の記事の誤記と管理人の勘違いがあったので、訂正しました。

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『コジ・ファン・トゥッテ』その4

Cosi_1 指揮者パスカル・ヴェロ

今回の二期会の『コジ・ファン・トゥッテ』では、舞台の上にもう一つ舞台がしつらえられていた。

その舞台上の舞台で、二組のカップルは、交差劇を繰り広げる。面白かったのは、デスピーナの屋根裏部屋が、舞台上の舞台の床下にあるという工夫だ。

ドン・アルフォンソは、忙しく、舞台上の舞台と、舞台袖近くの書き物机を行き来する。彼がこの2組の愛の試練劇の台本家であり、演出家であるわけだが、通常、それは比喩的な意味でのことであるが、今回の演出では、文字通り、ドン・アルフォンソは進行中の劇の台本を書いているという趣向なのである。

ドン・アルフォンソの佐藤泰弘は、声も日本人ばなれして、しっかりと太く朗々と響く声が出て、なおかつ、演技も雄弁で説得力に富んでいた。

ドン・アルフォンソと並んで、現実派を演じ、恋人たちの認識の虚構性を浮かび上がらせるのは、松原有奈のデスピーナ。彼女も、とてもチャーミングに庶民派の主張を、身体的表現も含め効果的に演じていた。

彼女の生き生きとした演技とのコントラストがあるので、増田のり子のフィオルディリージ、田村由貴絵のドラベッラ姉妹の演技の悲嘆にくれる大袈裟な演技も活きてくる。細かくみれば、やや優等生的な姉のフィオルディリージの性格とほんの少し軽いドラベッラの描き分けも、巧みに歌いわけ、演技わけられていていた。

与那城・グリエルモ、小貫・フェッランドは、声が重すぎず、モーツァルトの軽妙さをよく出していた。とりわけ、アルバニア人に化けてからが、演技に実にいい味を出していた。

姉妹二人は、恋人との別れに悲嘆にくれるところから、徐々にあらたな男性の出現に心が揺れ、やがてそちらに心が傾いていくという、実に表現しがいのあるグラデーションのある幅が素材として与えられているのに対し、男性二人は、姿を変えるという演技面と、自分の恋人の心変わりを知ったときの嫉妬にもだえる様で、グラデーションというよりは落差を演じ、歌い分けねばならないわけだが、2組の男女は4人ともそれぞれに、演劇的に満足を与えてくれた。

また、フィオルディリージの心が揺れるぎりぎりの所で、軍人の服装をして、婚約者のもとへ行こうと決意をしたときに、私は一体誰なのだと自らのアイデンティティを問う場面で、彼女の軍服姿の影が大きく映し出された照明は、的確で、判りやすく(判りやすいから、芸術的に価値が低いとは、僕は考えない)、効果的。

指揮のパスカル・ヴェロは、『コジ・ファン・トゥッテ』の男二人が士官、すなわち軍人であること、その男の空威張りを示唆するようなオーケストレーションがほどこされていることを良く伝えていた。具体的には、派手にティンパニーが鳴る。

これは作品の性格描写として成功していたと思う。難を言えば、第二幕が音楽としてだれてくるので、もう少しテンポを早めてもよかったと思う。

『コジ・ファン・トゥッテ』は、CDでもべームのライヴ盤(数種類)、カンテッリのスカラ座ライヴなど名盤には事欠かないが、上演を見て聞いて、劇の世界に浸る歓びは、それに勝るとも劣らぬものであった。

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2006年11月13日 (月)

『コジ・ファン・トゥッテ』その3

Photo 『コジ・ファン・トゥッテ』のもう一つのソースは、『狂えるオルランド』の第43歌である。

ある騎士が、騎士リナルドに語った話。その騎士は、素晴らしい妻がいたのだが、メリッサという魔女に言い寄られた。

騎士は最初はメリッサを相手にしなかったが、メリッサは、騎士に妻の貞節を疑わせる。メリッサの企みにのった騎士は、旅に出かけるふりをし、メリッサの魔術により、以前から妻を慕っていた別の騎士の姿に化け、メリッサを小姓にして、妻の留守宅を訪れる。

最初は妻は求愛を拒むが、目もくらむ宝石を目にして、人に知られることがなければ、と承諾してしまう。そこで、魔法のヴェールをとり、姿をあらわす。妻は恥じ入ると同時に怒る。

妻は、夫が姿を借りていた別の騎士のところへ行ってしまい、今度は本当に結ばれ、もう二度と最初の夫のところへは帰ってこなかった、という話。

このエピソードの後に、フィオルディリージという名前の登場人物も出てくる。

自分の妻の貞節を疑い、別人になりすまして求愛する点は、オウィディウスの『変身物語』と共通。さらに、フィオルディリージという名前は、『コジ・ファン・トゥッテ』の登場人物の名前そのものだ。

ここまで2組のカップルというのは出てこなかったが、『狂えるオルランド』の第28歌(名古屋大学出版会の『狂えるオルランド』(下)pp.92-110)には、妻への嫉妬に狂う二人の男の繰り広げる物語がでてくる。

この話は、かなり刺激の強い艶笑話であることをお断りしておく。ジョコンドという美貌の持ち主である騎士が兄と旅することになる。旅の翌日、忘れ物を取りに帰ってみると、妻は屋敷の若い下男と同衾している。

ジョコンドは大変なショックを受け、痩せこけ、美貌も衰える。パヴィアの王がジョコンドと兄を歓待してくれるが、一向に悩みはさらない。ところが、王妃の小人との愛の現場を盗み見てしまい、自分だけでなく、王でさえ、こんな目に遭っているかと知り、元気を取り戻す。

王は、ジョコンドが元気になったわけを知りたがり、知ったあと衝撃を受ける。

ジョコンドと王は、二人して旅に出かけ、あちこちで女性を口説き、次々に成功をおさめる。やがて、新たな色事を求めるのが面倒になり、一人の女性を共有しようということになる。

スペインのフィアンメッタという女性をかわるがわるに愛するのだが、3人川の字に寝ている寝所に、フィアンメッタの以前からの知り合いグレコという若者が夜中に忍び込んで一晩中、愛を交わす。王とジョコンドは、隣で激しいご様子と思いながら、相手を邪魔すまいと遠慮していた。

翌日、思い違いが解け、一杯食わされたと、二人は肋骨が痛くなるほど大笑いをし、この女を二人の間にはさんで寝かせておいても無駄だったのだから、妻が不貞をはたらかぬよう見張るなど愚の骨頂と悟る。

自分たちの妻が、他の女と較べて、とくに性悪でもなく、すべての女と同じであるなら(se son come tutte l'altre sono),家に戻って、妻を相手にするのが良かろう、ということになる。

二人はフィアンメッタと恋人に金をやり結婚させてやる。

この話(第28歌)には続きがあって、この後、その場にいた一人の年老いた、賢い男が、女の浮気ばかりが非難されるが、男で浮気をせぬものが一人でもあろうか、と正論を吐く。

その男は、「ほかの者より正しい考え持っていたゆえ、なべての女がそのように蔑まれるのに、もう耐え兼ねて」、男たちに、この中に、妻を裏切ったことのない者がいるだろうか、と問い、かつ、女性のなかに貞節を守ったものもいる例をあげる。

この老人は、ドン・アルフォンソの原型の一つであろう。『狂えるオルランド』の第28歌は、『コジ・ファン・トゥッテ』よりも、かなり露骨に、艶笑話風に、男の嫉妬、女性の貞節のもろさ、そしてそれほどそれを気にする男たちの行動の矛盾などが、深刻ぶらずに、愉快な話として展開される。

これも、ダ・ポンテの頭の隅にあったとしても、おかしくはないだろう。

(長くなったので、ここでもう一度、区切ります)。

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『コジ・ファン・トゥッテ』その2

Cosi_fan_tutte_1 『コジ・ファン・トゥッテ』のストーリーの元ネタは、複数あると言われているが、いくつかのオペラ辞典に共通して指摘されているものが二つある。

一つは、オウィディウスの『変身物語』という古代ローマ時代の古典。その巻7に「ケパロスとプロクリス」の物語がある(岩波文庫では『変身物語』(上)pp.292-303。ブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』では、この部分、前半の逸話が省略されているので、ここでは参考にならない).

ケパロスとプロクリスは夫婦である。二人が新婚ホヤホヤのころ、曙の女神アウローラが、ケパロスに横恋慕し、拉致してしまう。

ケパロスは、女神に、いかにわが妻プロクリスが素晴らしい女性かを語っていたものだから、女神は気を悪くし、「そんなに妻がよければプロクリスの元へ帰りなさい。でも、私の予見によれば、お前はきっとそれを後悔するでしょう」、と言われる。

女神の言葉に不安にかられたケパロスはあろうことか、プロクリスの貞節を疑う。そして、変装して、別の男になりすまし、プロクリスに求愛する。最初はプロクリスは相手にもしないのだが、度重なる求愛、金銀財宝に心を動かされる。するとケパロスは正体を明かして、妻をなじる。

彼女は恥じて家を逃げ出すが、ケパロスは追いかけて許しを乞い、和解する。(その後、今度は、プロクリスが誤解に基づいた嫉妬をし、それがもとで、ケパロスは、魔力を持った槍で、あやまってプロクリスを刺しケパロスは死んでしまう)。

たしかに、『コジ・ファン・トゥッテ』の原型という感じである。自分の妻(婚約者)の貞節を、男が別人になって求愛して試すという点が共通している。ただし、ケパロスとプロクリスが1組のカップルであるのに対し、『コジ・ファン・トゥッテ』は2組のカップルで、しかも、別人になって求愛するときに自分の婚約者ではなくて、友の婚約者に求愛するという趣向になっているわけだ。

もう一つの下敷きは、アリオストの『狂えるオルランド』の第43歌(名古屋大学出版会の脇功訳『狂えるオルランド(下)』、pp.370-405)である。

(長くなったので、ここでもう一度区切ります)。

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『コジ・ファン・トゥッテ』その1

Cosi 日生劇場で『コジ・ファン・トゥッテ』を観た(11月12日)。

東京二期会の公演。指揮パスカル・ヴェロ、演出・宮本亜門。

今さらながらではあるが、モーツァルトの音楽の楽しさ、輝かしさ、美しさに酔いしれる。

はるか以前に観た時と異なり、イタリア語が理解できるようになってみると、モーツァルト・オペラの洒脱な喜劇性、こういう歌詞のところに、こんな曲想をもってきている、ということの面白さがよくわかる。

ストーリーは極めて図式的で判りやすい。二組の婚約者(女性はフェッラーラ出身の姉妹)がいて、男二人がドン・アルフォンソにそそのかされて、自分たちの婚約者たちの貞節をためす賭けをする。

どう試すか。男二人は、突如として出征することになり、フィオルディリージとドラべッラは悲痛の声を上げる。男二人はこっそり喜ぶが、ドン・アルフォンソはまったく諦めない。姉妹の留守宅に、アルバニア人二人がやってくる。姉妹は、最初はけんもほろろだが、やがて、アルバニア人二人の命がけの求愛にほだされてしまう。

アルバニア人は毒を飲み、医者を呼ぶのだが、この医者が実は姉妹の家のお女中のデスピーナで、今回の上演ではここで巨大な磁石が上空から降りてきて電気ショックを与えて解毒するシーンは実に愉快で、観客にも大受けだった。

はじめは妹のドラベッラが陥落し、何度も抵抗はするのだが、ついにはフィオルディリージも、抗しきれなくなる。

このアルバニア人たち、実は、二人の婚約者フェッランドとグリエルモである。交差して相手の婚約者を口説き落としたのだが、自分の婚約者が「陥落する」と、身悶えして、嫉妬に苦しむ。この場面も、与那城敬のグリエルモ、小貫岩夫のフェッランドともに熱演・好演で、つくづく、日本人歌手の喜劇の演技レベルは上がったと思う。これには、上演に字幕がついて、観客も良く笑うようになった、という相互作用が効いていると思う。客に受けるところは、演ずる側も、熱がこもり、力が入るというものだ。

アルバニア人たちと姉妹が結婚式をあげようというところ(公証人は変装したデスピーナ)へ、出征した男たちが帰ってくる。さあ、大変となるが、男たちがこれまでの経緯を明かし、和解して幕。

非常に、図式的な恋愛ゲームの戯曲なのであるが、ドン・アルフォンソとデスピーナが、現実派の哲学を、ドン・アルフォンソはやや抽象的に、デスピーナは、庶民的に露骨に、随所に披露し、恋愛ゲームの主人公たち4人が別世界に生きていることを浮かび上がらせる仕組である。

当日のプログラムには、大田黒元雄によるあらすじ紹介(1954年、『コシ・ファン・トゥッテ』日本初演時の公演プログラムに執筆されたもの)が転載されていて、貴重であると同時にまことに興味深い。

この一文の末尾には、「この筋書を見てもこの作品があまりに茶番すぎるので戯曲的な効果に乏しいことはわかるにちがいない」とある。おそらく、当時にあっては、珍らしからぬ認識であり、あるいは現在でもこう考える人もいるかもしれない。

欧米人にも、モーツァルトの音楽は素晴らしいが、「コシ・ファン・トゥッテ」の戯曲は不道徳だと、やや別方向からではあるが、この台本にケチがついている。

僕自身は、こういう図式的な戯曲には、自然主義的な戯曲にはない戯曲的な効果が、ふんだんにあると考えている。自然主義的な戯曲には、自然主義的な戯曲の特性からくる本当らしさ、現実感、それによる感情移入のしやすさ、などといった特徴、効果が生まれるであろう。

それに対し、こういった人工的、図式的、ゲーム的な戯曲には、そこでおこっている出来事を、(観客が)突き放して眺め、出来事を客体化し、そこで生じた喜怒哀楽をひっくるめて笑い飛ばしてしまうことを可能にするであろう。もちろん、だからといって、部分的な感情移入を排除するわけではない。

それこそ、図式的に言ってしまえば、悲劇的な話(本格的な悲劇は話がまた別)には、リアリティーが欠かせないのであり、喜劇的な話は、必ずしもそうでなく、むしろ人工性が戯曲的効果を高めることはまれではない。

ドニゼッティの最高傑作『愛の妙薬』では、ただのワインを惚れ薬と言ってドゥルカマーラが売り込むが、それをネモリーノが何の疑いも持たずに信じ込むのは、リアリティーが無いと言えば無いが、むしろその方が喜劇性が増す、喜劇としての劇的効果は高まるのだ。

さらに「コシ・ファン・トゥッテ」の場合、幾何学的な対象性がある。2組の婚約者たちがいて、男たちは相手を取り替えて友人の婚約者を口説き落とす。幾何学的に美しい。そしてロココの美意識にそれは訴えかけたであろう。それも劇的効果の一つとは言えまいか。

むろん、左右対称、二項対立を基本とした美というものは、ロココに始まるわけではなく、洋の東西を問わない。たとえば、漢詩の対句は、2つの句が構造は同一で、内容のコントラストに面白みを見いだしているわけである。しかしながら、そういった二項対立の構造を、恋愛ゲームに応用しているところがロココ趣味だと、僕は思う。ブーシェや、フラゴナールの絵を想起してみると、納得いただけるだろうか。

(長くなってきたので、その1としてここで区切りをいれます)。

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ダミアーノ:自由化は不規則雇用者のためになる

Bersani ベルサーニ経済発展相

労働大臣のダミアーノが、企業家の友と非難されている問題に対し、経済発展大臣のベルサーニが反論した(コリエレ・デッラ・セーラ、11月6日)。

労働者の反政府デモに、労働大臣を補佐するはずの政務次官ローザ・リナルディ(Prc)が参加したことが、さらにこの問題を大きくしている。

このデモのスローガンに、「ダミアーノ(労働相)、こんなことのためにお前に投票したんじゃないぞ」、「ダミアーノは、企業家の友だ、職を去れ」などとあるのだ。

こうした一連の言動に対し、ベルサーニ経済発展相は、実は、不規則雇用の問題と自由化の問題は、関連しているのだという。

たとえば、許可証がないから、若者がタクシー運転手になろうとしてもなれないのである。ただし、自由化という改革は、経済と成長というコンテクストの中で実施されねばならない。

不規則雇用の状態の人々へのメッセージはと問われて、ベルサーニは、すでに所得税減税で、配慮してきたと述べ、さらに見習い期間の社会保障費支払いについて、議論しなければならないとしている。

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2006年11月11日 (土)

ロージ:ナポリには仕事が少ない

Frosiフランチェスコ・ロージ監督が、ナポリの治安問題に関し、インタビューに応じている(コリエレ・デッラ・セーラ、11月5日)。

「何年も前から、残念ながら、私は同じことを言い続けている。どんな市長でも、県知事でも、一人だけではナポリを変えることはできない」。

それでは、希望はないのでしょうか?
「中央政府の大規模な介入が無いかぎり、状況はさらに悪化するだろう。映画監督をやっている私にそれが判んだ。政治家にそれが判らないってことがありえるだろうか?」

ロージは、ナポリの犯罪に関わる映画を3本撮っている。『都会を動かす手(Mani sulla citta')』、『ラッキー・ルチャーノ』、『ナポリ日記』である。

1990年代には、ナポリの再生(rinascimento) が語られたわけだが、「実際には、失業や、郊外の荒廃や組織犯罪に立ち向かうには、市民の参加だけでは十分ではない」

アマート内相は流れを変えられるでしょうか?
「そう願うし、ともかく第一歩であるわけだ。しかし、カモッラとの戦いは、長いものとなるし、経済的にも社会的にも根本的な措置が必要となる、それは公的秩序の問題だけではないんだ」

例えば?
「私は映画監督に過ぎないから、出来上がった解決策を持っているわけじゃない。しかし私ならすぐに実行することが一つある。学校を夜まで開けて、若者が勉強する機会と、共に過ごす機会を与える。どの地区でも、麻薬取引の王国となってしまった道路で過ごす代わりにね」

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2006年11月10日 (金)

アマート:通りごとのコントロールを

Amato ジュリアーノ・アマート内務相

アマート内相が、ナポリの治安対策をより詳細に語った(コリエレ・デッラ・セーラ、11月4日)。

目指すところは、市民の安全、領土のコントロール、順法文化の発達である。

通りは一本、一本コントロールし、カモッラ(ナポリの犯罪組織)の聖域は作らない。

ナポリ地域で1000人の人員を増強するが、内訳は、250人の警察官、274人のカラビニエーリ、70人の財務警察官、30人の森林警察官、400人の専門情報員。

235台の自動車およびバイクを増強するが、34台の自動車と、70台のバイクが警察用、100台がカラビニエーリ用、35台は財務警察用。

パトロールは50%増しにする。パトロールの数を92から142に増やす。

旅行者に対する保護的な監視部隊を新設する。Scit(Squadra di controllo degli itinerari turistici) を新設し、すべての旅行者が、ひったくり等にあわないように150人の監視部隊を作る。

警察の分署(commisariati) を廃し、統合して10の警察管区とする。こうして100人分の増強が可能となる。

6ヶ月以内に、ナポリはイタリアで最もヴィデオカメラに監視された町となる。ヴィデオカメラは、治安部隊センターにつながっている。

3月までに、通りを明るくする。480万ユーロを投入する。

ごみ。産業廃棄物に関する犯罪をカラビニエーリが捜査する。

犯罪組織から押収した資産の再評価をする。

特別作戦。カラビニエーリと警察の混成部隊を創設する。緊急に400人からなる部隊を結成する。

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トルゼッロ、解放される

Torsello_libero アフガニスタンで10月12日に拉致され、そのまま行方不明となっていたジャーナリストガブリエーレ・トルゼッロが3日朝、解放された(コリエレ・デッラ・セーラ、11月4日)。

今回のアフガニスタンでの解放劇には、Sismiというイタリアの情報機関が関わっていたらしい。Sismi の長官ニコロ・ポッラリは、テレビのインタビューをうけ、自分の組織の貢献を強調した。

ダレーマとベルルスコーニはそれぞれ、Sismiの活躍に感謝した。

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ナポリの治安措置

Spaccanapoli スパッカナポリ(ナポリの中心部)

ナポリの当面の治安対策が明らかになった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月3日)。

犯罪対策に関しては、自治体に対する県知事の権限を強化する。

内務省は、治安対策として、新たに1000人を増強する。

町の問題箇所に、24時間監視態勢のヴィデオカメラを設置する。

当局がパトロールするための車両を増やす。

市民の特別パトロール隊を組織し、「犯罪対策計画」に若者の参加を促す。

ナポリの約20の警察管区を10の管区にまとめ、統合する。

検討されていたが、軍隊は今のところ出動はしない。また、プローディ首相は、ナポリのための特別法は設けない方針。

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ミラノのアラブ学校、再開

Scuola_araba ミラノのアラブ学校が再開される見通しとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、11月3日)。

ミラノの東部 Vetura 通りに初のイタリアーエジプト学校が開いたのは10月9日であった。突然、開校したため、ロンバルディア州の学校局長の認可を得ていなかった。

三日後の10月12日、ミラノ県知事は、アラブ学校の閉鎖命令を出した。「建物が基準を満たしていない、安全に関する規則が守られていない」というのがその理由だった。

学校側が修繕などをした結果、ロンバルディア州学校局長のマリオ・ジャーコモ・ドゥットは授業を認可した。その数時間後、ミラノ県知事のジャン・ヴァレーリオ・ロンバルディは、学校閉鎖命令を撤回した。

このため、11月6日(月)から学校は再開する見込みとなった。

この措置に対し、国民同盟は、こうして一種のゲットーが出来上がると反対し、北部同盟は、反対を唱えにアラブ学校に出向く予定である。

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誰がカルドゥッチを殺したか

Carducci カルドゥッチは殺された、と言っても物理的にではなく、精神的にである。その復権をめざしてアルド・A・モーラが Giosue Carducci, scrittore, politico, massone (Bompiani, 12,50ユーロ)を出版した (コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日)。

カルドゥッチが、100年前にノーベル賞を取り、その数ヶ月後に亡くなった後、誰が彼を「殺した」のか。その責任は、文学者たちにあると、モーラは言う。

まず、弟子のパスコリ。パスコリは、卒論も、ボローニャ大への就職もカルドゥッチに負うていたにもかかわらず、彼を無視する方向に貢献してしまった。

ダンヌンツィオは、自分だけが「国民詩人」(poeta vate) でいたいと願った。

それだけではなく、モーラによれば、カルドゥッチが文学者として軽視されるようになったのは、政治的な関わりのためだという。彼は、統一なったばかりの新生イタリアのために、教育的意図を持った詩、すべての人にわかりやすい詩を書いたのだ。

それゆえ、政治家ジョリッティからは、ガリバルディやヴィットリオ・エマヌエーレ2世と並べて賞賛されている。つまり、イタリア国民のアイデンティティ形成に寄与した詩人という評価が与えられているのだ。

彼は一方では、既成の態勢に反逆し、宗教的ではあったが、カトリック教会に背を向け、一方で、フリーメーソンではあったが、無神論者ではなかった。

離婚に関して進歩主義的見解を持っており、女性解放論者であったが、社会主義者ではなかった。

ジョルジョ・デ・リエンツォによれば、19世紀、20世紀の詩人は病的である者が大勢いるなかで、唯一、健康的な詩人、光を夏を歌う、健康で強い女性を讃える詩人であったという。

もちろん、彼の人生には不幸もあり、我が子を幼くして失った悲しみを歌った詩 "Pianto antico" も名高い。

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2006年11月 9日 (木)

『怠け者』

Nullafacenti 経済学者ピエトロ・イキーノの『怠け者』(Mondadori, 12 ユーロ)が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日)。

副題に、《我々の公的機関でのもっとも深刻な不正は、なぜ生じ、またどう対応すべきなのか》とあるが、この最も深刻な不正というのが、怠け者の公務員である趣旨なのだ。

本は、非正規雇用(precario) の公務員と労働組合員の(架空の)対話で始まる。

非正規の者は、1年ごとに契約更新の不安定な身分で、月収は800ユーロ(12万円)で、しかもボーナス(13ヶ月目の給料 tredicesima)が無い。

しかるに正規雇用のものは、タイムレコーダを押してしまえば、ろくに仕事はせず、にせの病欠でもOK、それで月収は1200ユーロ(18万)が13回もらえる、不公平ではないか、と precario の側が告発する。

しかし、組合員の側は、むしろ給与水準の低さを問題とする。

イタリアの公務員は350万人。公的部門、私的部門を併せて非正規雇用は270万人。

(管理人のコメント) 勤勉に働こうとしない公務員の姿は、『マリオの生きる道』という映画に、リアリスティック(無論、多少の誇張、皮肉はあるだろうが)に描かれていた。

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ナポリの治安に軍隊出動か

Misso カモッラのボス、ジュゼッペ・ミッソ(現在は服役中)

ナポリの治安が不安定なため、軍隊が出動する可能性が出来てきた(コリエレ・デッラ・セーラ、11月2日)。

プローディ首相は、大統領とも対策を話し合い、おそらく軍隊出動だけでは不十分だろう、と語った。

首相が自ら11月2日にナポリを訪れ、3日には内務大臣ジュリアーノ・アマートが訪問する予定。

数千人の軍隊を、ナポリに派遣するかどうかは、マステッラ法務大臣およびカンパーニャ州知事バッソリーノ、ナポリ市長イェルヴォリーノらと首相が話し合う。

しかし、いずれにせよ、軍隊を派遣するだけで問題が解決するとは考えられないので、「的確で具体的な計画」をもって立ち向かう必要がある。

ナポリの犯罪組織はカモッラであるが、基礎的なデータが提供されている。

66の組(clan)
6500人の組員
5万人の準構成員
7800人(恩赦で出所したナポリ人)

犠牲者のデータは次の通り:
75人 今年の年初からの犠牲者
12人 この10日間の犠牲者
50,000 毎年、恐喝または強奪の犠牲になっている企業
25億ユーロ: 生産システムへの損害

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2006年11月 7日 (火)

ムッソリーニの遺骸はどこへ

Benitomussolini ムッソリーニの遺骸を、現在のままプレダッピオに置くか、ローマへ移送するか、親族の間で議論になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、10月31日)。

ローマ進軍の記念日にあたる10月末から11月初旬の週末には、プレダッピオに、ムッソリーニの墓に6000人の人が訪れるという。

当然、プレダッピオの町にしてみれば貴重なビジネス資源(記念品、バール、レストラン、商店、ガソリンスタンド)である。

そこへムッソリーニ一族の中に新たな動きが出てきた。ムッソリーニの子供ロマーノの未亡人が遺骸をローマへ移すことを申し出ているのである。

11月半ばに親族会議を催す予定。

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2006年11月 6日 (月)

文教予算の96%が人件費

Scuola イタリアの文教予算は96%が人件費に使われてしまい、実験室や語学・情報教育のための機器に投資するお金がほとんどないことが判明した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月31日)。

教育関係で働く人が、自己形成のために費やせる予算は、1人あたり、1年で65ユーロ(約1万円)で、警察官(283ユーロ)の4分の1、軍人(1179ユーロ)の20分の1である。この数字は、Adi (Associazione docenti italiani イタリア教員連盟)の提供したもの。

Adi 会長のアレッサンドラ・チェネリーニによると、今回の予算案でも、教育機関への予算再配分は無いという。

それどころか、生徒対教師の比率を、教師一人当たりの生徒数を増やして、ヨーロッパの平均に近づけようとしているという。

ただし、プローディ首相は、これまで不安定雇用だった臨時雇い教員(9月に採用して、翌年6月に解雇される)を、3年間で15万人正式雇用すると述べている。

不安定な雇用の教員(precari) は、現在20万9千人いるとのこと。労働組合の Cisl や FLC Cgil もこの問題は重視している。

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フィアットの新車

Panda_100hp 新タイプのパンダ

Bra 新車ブラーヴォ

フィアットから新車ブラーヴォとパンダの新タイプが発売される(コリエレ・デッラ・セーラ、10月30日)。

パンダは、1980年に初代モデルが発売され、2003年にモデルチェンジして、再登場した。シリーズ中に100馬力の強力なメンバーが2007年から新登場。13400ユーロから。

ブラーヴォは Centro Stile Fiat でデザインされた新車。車長は434㎝、幅179㎝、高さ149㎝。2007年1月から販売され、このモデルから、フィアットのマークが新しくなる。値段は、16000ユーロから、と推定されている。

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デル・ピエーロ、200ゴール

Delpiero_alessandro_inf200x150 ユーヴェントゥスのデル・ピエーロがユーヴェ通算200ゴールを決めた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月29日)。

今季、セリエBに降格しているユーヴェントゥスはフロジノーネとの対戦。デル・ピエーロの決めたゴールで、1対0で勝利をおさめた。

デル・ピエーロのビアンコネーロ(ユーヴェの愛称、白黒の意)での初ゴールは、1993年9月19日、対レッジャーナ戦でのもの。試合は4対0でユーヴェの勝利。

100ゴール目は、2001年8月26日、対ヴェネツィア戦でアレックスは100ゴールを決めて3対0とし、その直後、101ゴール目を決めて4対0とした。

デル・ピエーロは、「これは到達点ではない。まだまだゴールを決めたい」としている。

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2006年11月 5日 (日)

外国の新聞・雑誌の選んだ観光地

Assisi アッシージのサン・フランチェスコ大聖堂

Urbino ウルビーノのパラッツォ・ドゥカーレ 

Sienaシエナのカンポ広場

外国雑誌・新聞が選んだイタリアの観光地ベスト10のベスト3は、アッシージ、ウルビーノ、シエナだった(コリエレ・デッラ・セーラ、10月29日)。

テレビ番組《パンドーラ》の企画で、外国メディアにイタリアの観光地を問うたもの。アッシージを推奨したのは、Times of India.

ウルビーノは Sydney Morning がイタリアの理想都市と絶賛。

シエナを褒めたのは Guardian。「波打つ小道に、食料雑貨店、ブティック、カフェが様々な種類の花のように咲き乱れ、ニンニクやお菓子の匂いが漂い、誇り高い住民はコントラーダ(地区)に別れて住んでいる」。

シチリアではシラクーサが第4位。フランスの Elle のおすすめ。5位は、エルコラーノ、スイスの Neue Zurcher Zeitungが「ポンペイより保存状態が良い」と推薦理由。

6位はフェラーラ、7位カゼルタと王宮、スペインの El Pais.

8位は、ミラーノ、9位がチェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア人の墓地。10位はアルベロベッロのトゥルッリ住居。これは Financial Times の推薦。

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2006年11月 4日 (土)

モンティッキエッロの開発の是非

Photo_66 モンティッキエッロ(斜面の空地に建設計画が進行中)

シエナ県の南、オルチャ渓谷(世界遺産)の小さな中世の集落モンティッキエッロに92軒分の小さなヴィッラを建てる計画をめぐって論争が生じ、中道左派は同地で会議を開いた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月29日)。

きっかけは、アソル・ローザ教授がレプッブリカ紙にあてたこの建設計画に抗議する手紙。手紙は中道左派内部に論争を引き起こした。

建設計画に明確に反対なのは、マントヴァの市長フィオレンツァ・ブリオーニとカパルビオの市長ルチーア・ビアージ。副首相のフランチェスコ・ルテッリは、建ててしまったものを壊すのはほぼ不可能だが、ダメージを最小限にとどめるために、あらゆる手立てをとる必要があると述べている。

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ルクスリア、「第三のトイレ」論争

Luxuria ルクスリア議員

ヴラディミル・ルクスリア議員の女性用トイレ使用をめぐり、エリザベッタ・ガルディーニ議員が激しく抗議した件で、モンテチトーリオ(下院)に第三のトイレを作るかどうかという論争が起こっている(コリエレ・デッラ・セーラ、10月29日)。

トランスジェンダーの人はどこで、おしっこをするべきなのか?問題はルクスリア議員だけでなく、彼女(ルクスリア議員は女性形で呼んで欲しいと公言している)の助手フクシアの問題でもある。

フォルツァ・イタリアのマルゲリータ・ボニヴェル議員は、第三のトイレを作ることを提唱している。しかし、キリスト教民主連合のブルーノ・タバッチは、「この論争は度を越している。ルクスリアは自分を女性と考えているんでしょ?どうして大騒ぎしなきゃいけないんだ?第三のトイレなんて、本当に馬鹿げていると思う。ユニセックスの全員のためのトイレを作るほうがもっと真面目だと思う」。

国民同盟のイニャーツィオ・ラ・ルッサも同じ考え。「第三のトイレはまったく馬鹿げた話。むしろトイレの性別を無くすほうが意味がある。私は、緊急事態で、下院の女性トイレに入ったことがあるが、誰も騒ぎ立てなんかしなかった。もし、ティッティ・デ・シモーネが、男子トイレにきても騒がないよ。それどころか、彼女はレスビアンだと自ら公言しているのだから、彼女が女性トイレに行ったら、ひょっとしたら、女性たちは心穏やかでないのではないだろうか」。

エリザベッタ・ガルディーニ議員は第三のトイレ派である。

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2006年11月 3日 (金)

ガルディーニ議員、ルクスリアに「女性用トイレから出て行け」

Gardiniエリザベッタ・ガルディーニ議員

フォルツァ・イタリアの女性議員エリザベッタ・ガルディーニが、共産主義再建党でトランスジェンダーのルクスリア議員の女性トイレ使用に激しく抗議した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月28日)。

ルクスリア議員(本名はWladimiro Guadagno)は、当選以来、毎日、六ヶ月にわたり、女性用トイレを使用してきた。

エリザベッタ・ガルディーニ議員は「私はトラウマを負ったわ。予期してなかった。一種の性的暴力だわ」と被害者ぶりを強くアピールしているが、ルクスリア議員は今までこのようなことは一度もなかったという。

「こんなことであんなに叫ぶなんて考えられない」とルクスリア、「女には生まれてくるけれど、淑女にはなるものなのね」。

下院議長のファウスト・ベルティノッティは、「寛容」の大切さを説き、「自己のセクシュアリティを認めることについて議論する必要があると思う」と述べている。ルクスリア議員は、戸籍上は男性であるが、外見および情感は女性であるからだ。

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スパイ事件、左翼民主、情報機関を攻撃

Cucchi ジュゼッペ・クッキ将軍

一連のスパイ事件を受けて、左翼民主(党)のピエロ・ファッシーノ書記長は、情報部幹部の辞任を求めた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月28日)。

プローディ首相は、検察が、事態を明らかにしてくれるだろう、としている。子供への贈与に関しては、2003年に行ったもので、すべて法律に則ってしたことだという。

中道右派のこの事件への対応は、ばらばらである。ベルルスコーニは、事態を沈静化しようとしている。国民同盟は、表だった反応は示していない。UDCのカジーニは、プローディへの連帯を表明した。北部同盟は、ベルルスコーニに同調している。

チャンピ前大統領は、70年代、80年代のP2(政権中枢に入り込んだフリーメーソンのグループ)のスキャンダル時代のようだと評した。

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2006年11月 2日 (木)

移民と麻薬

Carabinieri イタリア北部で移民の麻薬の売人が増加している(コリエレ・デッラ・セーラ、10月28日)。

麻薬売買で逮捕されたり、告発されたりしたもののうち、外国人の比率が高い都市は次の通り:

パドヴァ: 64,7%
プラート: 64,6%
ミラノ:   56,4%
ボローニャ:56,1%
ベルガモ: 54,4%
ヴェローナ:53,3%
トリノ:    53%
ペルージャ:52,6%
ローディ:  52,4%
フィレンツェ:52,1%

逮捕された移民者の少ない都市は以下の通り:

カルタニセッタ、エンナ、マテーラ:0%
アグリジェント:0,7%
カンポバッソ: 1,5%
アオスタ:   3%
レッジョ・カラーブリア:3,2%
オリスターノ:  3,2%
メッシーナ:   3,7%
レッチェ:    4,1%
フォッジャ:   4,4%
ナポリ:     4,5%
パレルモ:   4,7%

経済的に豊かな北部に、外国人・移民の売人が多い。南部には少ないことが一見して見て取れる。南の売人はイタリア人が多いということになる。

麻薬に関し逮捕または告発された人のうち外国人の割合のイタリア全体での経年変化は次の通り:

1988:12,8%
1989:13,9%
1990:16,7%(マルテッリ法)
1991:16,3%
1992:14,5%
1993:19,4%
1994:22,5%
1995:22,9%(暫定措置法489号)
1996:22,4%
1997:28,1%
1998:31,7%(トゥルコ・ナポリターノ法)
1999:29,3%
2000:29,3%
2001:31%
2002:29,7%(ボッシ・フィーニ法)
2003:27,9%
2004:27,7%
2005:28,7%
2006:27,9%

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フィアット、マーク一新

Fiat フィアットの新しいマーク(marchio)

フィアットのマークが変わる。《Bravo》の新型車から、新しいマークが採用される。盾の形をしているが、これは1931年から1968年にフィアット車に採用されていたものを復活させつつ、ルビー色の鮮やかな赤に染めて、新たな形にしたものである(コリエレ・デッラ・セーラ、10月27日)。

《ブラーヴォ》(スティーロの後継車種)は2007年1月29日から発売され、新しいマークが付くが、他の車種でも12-18ヶ月かけて新しいマークが搭載される予定。

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2006年11月 1日 (水)

スパイされていたプローディ夫妻

Prodi_e_flavia プローディ首相とフラーヴィア夫人

プローディ首相夫妻をはじめとして、ナポリターノ大統領、右派、左派の政治家、ナショナル・チームのサッカー選手、実業家らの納税記録に不正なアクセスが繰り返し行われていたことが発覚し、国税職員127名、財務警察員10人が家宅捜索を受けた(コリエレ・デッラ・セーラ、10月27日)。

ミラノ検事局によると、2005年夏から2006年6月まで、夫妻の資産状況がスパイされていた。

スパイされていたのは、前大統領のチャンピ、ベルルスコーニ、左翼民主(党)のファッシーノ、サッカー選手のトッティ、デル・ピエーロなど多数。

今のところ、この大がかりな不正アクセスに《黒幕》がいるのかどうかは不明。

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急進党の書記長、バイセクシュアルを告白

Capezzone 急進党の書記長ダニエーレ・カペッツォーネがバイセクシュアルであることを告白した(コリエレ・デッラ・セーラ、10月26日)。

彼自身がカミングアウトしたのであるが、「男性から誘惑されたことはありますか?」という問いに対し、ボルヘスの言葉を引用して、mente ospitale (持てなしの心)を持たねばなりません、といういくつかの意味にとれる言葉で答えたあと、女性たち、男性たちと友情およびそれ以上の関係を持っている、と答えた。

このインタビューは《Eva Tremila》という雑誌に掲載された。カペッツォーネは34歳。下院の生産活動委員会の委員長で、「ものを考える人」が好きとのこと。下着はトランクス(boxer)を好む。

ポルノ映画について尋ねられ、疑いなく、意義のある制度だと思うとも答えている。親密な時の過ごし方について、「会話は欠かせないものだ、さもなければ、単なる肉の処理になってしまう」とも。

書記長職は、リータ・ベルナルディーニに交代する予定。

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