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2006年8月31日 (木)

婦女暴行対策

Moratti ミラノ市長モラッティ

ミラノで外国人、移民による婦女暴行が多発し、市長が対策にのりだした(コリエレ・デッラ・セーラ、8月29日)。

ミラノにいる外国人は、18万1千人。合法な者が14万5千人、非合法な者が3万6千人。

出身地の大陸別内訳は、北アフリカが19%、南アメリカが19%、東ヨーロッパが33%、その他が22%。

宗教は、キリスト教(カトリックとギリシア正教)が45%、イスラム教が40%、その他が15%。

外国人の子供で学校に通っているのは、3万5千422人。保育園3879人。小学校1万4872人。中学校8657人。高校8014人である。

2万3千の手工業の会社で、24パーセントが外国人の所有。エジプト人が28%、ルーマニア人が14%、モロッコ人が6,7%。

市長が打ち出した対策の一つは、無線バス(radiobus) で、女性を夜間、家のそばまで送り、女性が戸口に入るのを見届けるというもの。

モラッティ市長は、警告だけでなく、対策を実施することが必要だとの決意を示している。

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2006年8月30日 (水)

ボッシ、もう離脱は語らない

Bossi_1 ウンベルト・ボッシ

北部同盟のウンベルト・ボッシは、もう(北部のイタリアからの)離脱は語らないと、述べた(この項、Il Giornale, 8月28日)。

ただし、中央集権が行き過ぎると、「自由」のための闘いをするのだという。

レバノンへのイタリア兵の派遣については、国連に反対することはできないとし、賛成票を投ずる。中東には、秩序が必要である。

また、巨大銀行の合併、インテーザ銀行とサンパオロ銀行の合併については、やっと北部の企業の利害を理解する銀行として歓迎している。

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2006年8月29日 (火)

季節の開始が変わってきた

Rondini_1 ツバメ

季節の開始が、ヨーロッパ中で変わってきた。春が早くはじまり、秋の開始は遅れている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月27日)。

春の開始は、ヨーロッパでは暦の上では、春分の3月21日なのだが、

イタリアは3月11-13日
スペイン 3月9-13日
フランス 3月13日
         イギリス  3月13日
         ドイツ    3月11日

となってきた。一週間から10日、春の開始が早いのである。

秋の始まりは逆に遅れている。 暦の上では、9月23日からだが、

イタリアでは、9月29-30日
スペイン   9月29-30日
フランス   9月29日
イギリス   9月29日
ドイツ     9月28日

ヨーロッパの動植物の行動を調査して明らかになったのだが、具体的には、ツバメの渡りが10日ほど早くなり、イタリアに3月11日に渡ってきている。

ムクドリは北ヨーロッパからローマ以南にやってきたが、現在はトスカーナやポー河平原にもいる。

ミモザの花は、3月8日のシンボルであるが、近年は一ヶ月ほど早く咲いてしまい、女性の日の祭りには入手困難になりつつある。

この研究は大がかりなもので、ヨーロッパ21カ国で、542種類の植物、19種類の動物の行動を1971-2000年にわたり調査した結果にもとづいている。

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Intesa と Sanpaolo の合併

Bazoli_1 インテーザ銀行の会長ジョヴァンニ・バゾリ

Salza_1 サンパオロ銀行の会長エンリーコ・サルツァ

イタリアの大銀行インテーザとサンパオロの合併を、両行の理事会が認めた(コリエレ・デッラ・セーラ、8月27日)。

インテーザ銀行の会長ジョヴァンニ・パゾリは、ヨーロッパで主役を張れる銀行が生まれると述べ、サンパオロ銀行の会長エンリーコ・サルツァは、イタリアだけでなく世界中で競争力をもてるだろうと期待している。 

両行合併による新銀行は、資本金が2006年8月時点で650億ユーロ。2009年の利益は70億ユーロの見込み。顧客は1300万人。イタリア中の窓口は6200だが、そのうち60パーセントは北部。一番多いのは、ロンバルディア州で1447。一番少ないのは、モリーゼ州で、23.

新銀行の一般的な市場占有率は、19,5パーセント。貸し出しでの市場占有率は21,8パーセントでイタリアで一位。貯蓄の運用も、32,4パーセントで、イタリアで一位。

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2006年8月27日 (日)

マンテーニャは、もろくて貸し出せない

Cristo_morto 「死せるキリスト」

マンテーニャの死後500年を記念して、マントヴァでマンテーニャ展が企画されているが、作品の状態が不安定で貸し出せないという問題にぶつかっている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月23日)。

貸し出しが暗礁に乗り上げているのは、一つは、ミラノのブレーラ美術館の「死せるキリスト」(テンペラ画、68×81cm、1500年頃の作)、短縮法、つまり極度の遠近法で、非常に有名であり、映画作品にもしばしば引用される(たとえば、パゾリーニの「マンマ・ローマ」)。

もう一つは、ヴェネツィアのカ・ドーロという館にある「サン・セバスティアーノ」(1506年頃の作)。マンテーニャは、この身体に矢のささった聖人を好んで描き、同じ題材のものが、パリのルーブル美術館と、ヴィーンにもある。

両者ともに、今回のマントヴァでの展覧会に貸し出しを渋っており、主催者の中心人物であるヴィットリオ・ズガルビは、「誰かが嘘をついているのだ」と憤慨している。また、この二点の展示がないと、入場者は20万人減るだろうという。当然、収入も減るわけで、160万ユーロ(2億4千万円)の減となる見込み。

しかし、ブレーラ美術館側は、絵が「病んだ」状態であるとし、さらにヴェネツィアの「サン・セバスティアーノ」は修復中なのだという。

ルテッリ文化大臣は、当惑気味で、技術的問題の評価には立ち入らず、美術館が決定すべきであるとしている。

(なお、明日、8月28日から9月24日まで、仕事の都合で、更新が不定期となります。あらかじめご了承ください)。

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長びく婚約期間

Fidanzati

イタリア人の婚約期間が伸びて、1993年以降は平均5年になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月22日)。

Istat(政府中央統計局)によると、1964年には、婚約期間は3年4ヶ月であったものが、現在は5年間になっている。

ただし、結婚前に同棲するカップルの割合も増加している。
1974年     1,4%
1984~1993 9,8%
1994~1998 14,3%
1999~2003 25,1%

ローマ大学の人口統計学者グラツィエッラ・カゼッリによると、すべてが現在は遅くなっているという。「学校の卒業、家から出る、新家庭を作ること」。

出会いの場所は次の通り:
1964年以前  1993年以降
学校
1,9%     7,2%
ヴァカンス
1,8%           8,5%
ディスコテーカ
2,5%     9,3%
近所の人を通じて
21,3%    5,8%
お祭り
17,5%    4,6%
友人のパーティ
8,4%     19,7%
友だちや親戚の家で
20,3%    13,2%
職場
6,5%     9,3%
宗教の組織
1,4%     3%
道で
12,3%    9,2% 

婚約者はイタリア語で fidanzato/a というが、これは20世紀になって広まったフランス語法で、1840年にはマンゾーニは小説のタイトルに promessi sposi を用いている。

若者の間では、ragazzo/a も用いられるが、北部では moroso/a も用いられるとのこと。

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2006年8月26日 (土)

マンマと仕事

Mamma_e_lavoro

ミラノでは毎年、出産した女性の1700人が仕事を辞めている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月18日)。

ミラノ県の(委託した)調査によると、2003年に出産女性で仕事を辞めた人は1710人(ロンバルディア州では5519人)。2004年は1700人(州では5225人)。2005年は、1767人(州では4913人)。

ミラノ県の175万6千人の就労者のうち、女性は75万9千人。

どんな方策が、会社にとって効率的で、従業員にとって有益ですかとの問いに、

フレキシブルな勤務時間
 80%(会社にとって効率的)
 96%(従業員にとって有益)
パートタイム
 71%(会社)
 94%(従業員)
保育園との契約
 60%(会社)
 95%(従業員)
会社の保育園
 49%(会社)
 90%(従業員)
復帰のための態勢
 45%(会社)
 80%(従業員)
2人の従業員でポストを分割
 36%(会社)
 63%(従業員)
Soho的に会社から離れての労働
 33%(会社)
 74%(従業員)
 

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2006年8月25日 (金)

レッジーナとアレッツォは降格なし

Lillo_foti_presidente_della_reggina レッジーナの会長リッロ・フォーティ

Caf (Commissione di appello federale) の裁定では、サッカー疑惑に関し、レッジーナとアレッツォは降格はなく、ペナルティーとしてマイナス点が与えられる(コリエレ・デッラ・セーラ、8月18日)。

Caf はスポーツ関係での訴えを受理する機関。これでセリエAは、

アスコリ
アタランタ
カリアリ
カターニャ
キエーヴォ
エンポリ
フィオレンティーナ(-19)
インテル
リヴォルノ
メッシーナ
ミラン(-8)
パレルモ
レッジーナ(-15)
ローマ
サンプドリア
シエナ
トリノ
ウディネーゼ
となる見通し。ただし、翌週、控訴することができる。

セリエBの構成は次の通りになる見通し:
アルビノレッフェ
アレッツォ(-9)
バーリ
ボローニャ
ブレーシャ
チェゼーナ
クロトーネ
フロジノーネ
ジェノア
ユヴェントゥス(-17)
レッチェ
マントヴァ
モデナ
ナポリ
ペスカーラ
ピアチェンツァ
リミニ
スペーツィア
トレヴィーゾ
トリエスティーナ
ヴェローナ
ヴィチェンツァ

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2006年8月24日 (木)

カプリ島に入島制限か

Capri

カプリ島の入島を制限する案がでている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月18日)。

カプリ島は、古代ローマ時代からの避暑地であるが、観光客のあまりの人数に悲鳴をあげている。

フェリーや水中翼船で島を訪れる人は、一日あたり1万8千人。その多くが、日帰りで、お金の消費が少なく、ゴミは増え、コムーネ(町役場)としては歓迎せざる事態なのだ。

レンボ町長によると、現在は、5分おきに船が着いて、港はいつも船と人であふれかえっている。町の広場に行くケーブルカーに乗るにも百人もの人が列をなしている。これを解決するために、入港間隔を30分おきにすることも検討している、とのこと。

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高速道路の制限、120キロに?

Autovelox

運輸大臣のアレッサンドロ・ビアンキは、高速道路の最高速度を現行の時速130㎞から120㎞に落とすことを提案する(コリエレ・デッラ・セーラ、8月18日)。

これは、EUが定めた2010年までに交通事故を半減させるという目標を達成するため。運転中の 《無責任な携帯電話の使用》 に関しても徹底取締りをするとし、また、大型車、特に Tir (長距離を走る大型トラック、二両連結のものもある)の取締りを厳しくするという。

さらに、一定以上のスピードを出ないようにしてしまうリミッター(limitatori automatici della velocita') の導入も検討している。

イタリアでは、2003年7月1日から現行の免許の点数制になった。その結果、その年度内に、事故の件数は14,5%、死者は18,8%、負傷者は17,9%減少している(この数字は計算してみると明らかに間違っているが、減少していることは確かだー管理人)。1年後(2004年の7月から)、事故はさらに7%、死者は2,2%減少した。

事故・死者・負傷者の推移は次の通り:

     事故   死者    負傷者
2000  22万9千 6649    32万2千
2001  23万5千 6691    33万5千
2002  23万9千 6739    34万2千
2003  23万2千 6065    32万7千
2004  22万4千 5625    31万7千

事故原因は次の通り:
不注意な運転   29,8%
優先道路の無視 10,4%
車間距離の不足 13,4%
スピードの出し過ぎ 46,4%

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2006年8月23日 (水)

モンターレの恋文

Montale エウジェニオ・モンターレIrma

イルマ・ブランダイス

Moscadrusilla_tanzi モスカ(ドゥルシッラ・タンツィ)とモンターレ

エウジェニオ・モンターレがイルマ・ブランダイスに宛てた手紙150通あまりが出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月27日、コリエレ紙未着のため、古い記事から)。

エウジェニオ・モンターレは、1896年ジェノヴァ生まれ。1925年に詩集《Ossi di seppia》(イカの骨)を出版。難解な、しかし、20世紀を代表するイタリア詩人。1975年にノーベル賞受賞。1981年没。

イルマとの出会いは、モンターレがフィレンツェの図書館Gabinetto Vieusseux の館長であったときに、彼女が詩人を訪れたのがきっかけ。1933年の夏のことであった。二人はたちまち恋に落ちた。

イルマ (1905-1990) は、ユダヤ系アメリカ人で、ダンテや中世ラテンを学ぶ研究者で、当時、イタリア文学を教えはじめ、コロンビア大にも通っていた。彼女との出会いは、モンターレの詩まで変えた。第一詩集の Ossi di seppia と 第二詩集 Occasioni の作風は大きく異なる。彼女は、詩の中では Cliziaという名前で登場するが、Cliziaが誰であるかは、長い間謎であった。

モンターレの死後、徐々に明らかにされ、今回、イルマが出会いの場でもあったGabinetto Vieusseux に寄贈していた手紙が出版される運びとなった。タイトルは Lettere a Clizia (Rosanna Bettarini, Gloria Manghetti e Franco Zabagli 編、Mondadori, 25ユーロ)。

イルマは、1933年と34年の夏にイタリアを訪れ、ヴェネツィア、ジェノヴァ、トリーノ、シエナ(モンターレと一緒にパリオを観ている)を回っている。三度目の訪れは、1938年で、すでに戦争の噂がかけめぐり、二人は別れる。

モンターレには、もう一人の女性がいたのである。モスカ(本名はドゥルシッラ・タンツィだが、愛称でこう呼ばれ、モンターレの作品中にもこの名で登場する)という女性とこの時期出会っている。モスカは、美術評論家の妻であったのだが、やがてモンターレと暮らすようになり、後年1963年、死の前年に結婚している。

最初はモンターレはイルマに対して、モスカの存在を隠していたが、ある時点で告白すると、大騒ぎになる。イルマは愛に関し、ブルジョワ的な考えを持ち、可能であれば、結婚という形を望んでいた。さらに、絶対的な、永遠の愛に憧れていた。

モンターレは一時、アメリカ行きも考えるが、モスカはそれを認めない。自殺するとおどしたり、哀れみを乞うたりして、結局、モンターレはモスカとイタリアに留まったのである。

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2006年8月22日 (火)

雑誌の宣言

Lacerba

雑誌のマニフェストを集めた本が出た(コリエレ・デッラ・セーラ、4月26日ーここ数日、コリエレ紙未着のため以前に紹介しそびれた記事です)。

Il secolo dei manifesti (宣言の世紀)(Aragno editore, Giuseppe Lupo 編、32ユーロ)。20世紀の様々な雑誌の宣言を集めたもの。

古いところから、はじめよう。Poesia(1905)には未来派のマリネッティが宣言を掲載した。「我々は、攻撃的運動、熱にうかされた夢遊病を称揚する・・・」。

これに対抗したのが、La Voce。1908年にプレッツォリーニが現実への知的介入を訴えた。「イタリアは、性格を、誠実さを、開放性を、知性を、精神をもっと必要としていると我々は信じる。・・・我々は、知的生活の倫理性を強く感じる」。

今度はそれに対抗し、つまりプレッツォリーニのクローチェ主義に距離を置いて、1913年 Lacerba で、パピーニやソッフィチが「人生万歳!」と叫ぶ。ただし、La Voce は1914年になると編集が Giuseppe De Robertis に代わり、文学中心となる。

第一次大戦後の1919年には、未来派や La Voce の前衛性に反発し、反動的な La Ronda が創刊される。するとそれに対抗して、ソルミやデベネデッティ編集の Primo tempo が1922年に創刊され、そこにソルミの友人のモンターレやサーバが詩を掲載した。

またこの時期ゴベッティは Il Baretti を1924年に創刊し、未来派やダンヌンツィオに対抗し、彼のもとにはフビーニ、カルロ・レーヴィ、ギンズブルグ、デベネデッティ、サペーニョ、モンターレといった人々が集まってきた。

以下、ファシスト期、戦後・・・と続く。文学雑誌を通じて見えてくるイタリア史もあるのである。

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2006年8月21日 (月)

モトGP、カピロッシ優勝

Capirossi_1 カピロッシ(ドゥカーティ)

Capirossi_rossi_1 レースを終えて、抱き合うカピロッシとロッシ

モトGPのチェコ・グランプリは、ドゥカーティのロリス・カピロッシが2位以下を大きく引き離して優勝した(この項、日テレと Corriere.it).

2位は、ヴァレンティーノ・ロッシ。3位はペドロサ。

カピロッシは、スタートから好調で、2位以下との差を広げる一方で、堂々1位。

2位争いは熾烈で、ロッシとペドロサは、何度も抜きつ抜かれつ、ぎりぎりの闘いを続けた。

ポイント・ランキング1位のニッキー・ヘイデンは9位に終わった。ポイント・ランキング2位のペドロサとの得点差は25点、3位ロッシとの差は38点に縮まった。

中野真矢は8位。

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2006年8月20日 (日)

オズペテクの新作

Ozpetek

オズペテクの新作 Saturno contro が28日封切られる(コリエレ・デッラ・セーラ、8月14日)。

オズペテク監督の映画は日本でも、《無邪気な妖精たち》(Le fate ignoranti) と 《向かいの窓》(La finestra di fronte)、《聖なる心》(Cuore sacro) がイタリア映画祭で公開されてきた。

フェルザン・オズペテクは、1959年イスタンブール生まれ。イタリアに1978年に移り、今日では、イタリアの監督と考えられている。

トロイージ、ヌーティ、トニャッツィ、マルコ・リージらの助監督をつとめて修行した。

《無邪気な妖精立ち》と《向かいの窓》は成功を収めたが、前者はマルゲリータ・ブイ演じる未亡人が、夫の恋人を探していくと実はゲイでという話で、1000万ユーロの売り上げを達成した。後者は、全く作風が異なり叙情的なタッチだが、メッゾジョルノとボーヴァが主演。

《聖なる心》は、興行的には思わしくなく、観客にも、批評家にも受けが良くなかった。監督自身も、自分の知らない金持ちの世界を語ってしまったのが間違いだったと認めている。

新作は、ブイやステーファノ・アッコルシのように気心の知れた仲間にアンブラ・アンジョリーニのように新たな仲間が加わり、30代と40代の人間の対比が描かれるらしい。

マルゲリータ・ブイは、禁煙を手助けする精神科医の役柄で、6時間も喫煙の害についてしゃべりまくり、45分に1本の煙草を許してくれる。ステーファノ・アッコルシがその夫で、銀行家。その友人が童話作家。

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レバノンに3000の兵士

Marina_militare

イタリアは国連軍としてレバノンに約3000人の兵士と戦車、戦闘機を派遣する見込みとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、8月14日)。

レバノンにはすでに約2000名の国連レバノン暫定軍(Unifil:United Nations Interim Force in Lebanon)が組織されている。これに各国から約1万3千人が加わろうとしている。そして1万5千人のレバノン軍と協力して活動にあたる。

派遣に手をあげているのは、フランス、スペイン、ポーランド、インドネシア、トルコ、マレーシア、モロッコとイタリア。アメリカとドイツは援助はする。

国連レバノン暫定軍が出来たのは1978年3月と古い。1978年の国連決議425号、426号によるもので、任務は次の通り。

・イスラエル人のレバノンからの撤退を支援する
・国際的和平と安全を復旧する
・レバノン政府が、同国の南部に機能回復するのを手伝う

1979年6月以来、イタリアは、Cavalleria dell'Aria 部隊が53人の軍人と4機のヘリコプターAB205を駐屯させてきた。彼らの任務は、
・衛生
・偵察、探索、救助
・国連レバノン暫定軍司令部と作戦部隊の連絡をする
・消火活動

今回の新たな派遣ではレバノンの南部に配置される。

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イタリア人は手を洗わない?

Lavarsi_le_mani

イタリア人で、汚いものに触ったら、きまって手を洗うという人は33%に過ぎないという調査結果が出た(コリエレ・デッラ・セーラ、8月13日)。

67%のイタリア人は、トイレに行ったり、くしゃみをしたり、咳をしたり、動物を触ったりした後で、または食事の前に、規則的に手を洗わないことが明らかになった。

同様の人は、ドイツ人では75%。アメリカ人では69%。この調査は Hygiene Council という機関が8000人を対象として実施したもので、そのうちイタリア人は1000人。

さらに、18歳以下では、トイレに行ったあと手を洗うと答えたものはわずか2%。大卒者では、なぜか手を洗う人が21%で、全体の33%よりも少なくなる。

イタリア人で、ばい菌が手から入ってくると考える人はわずか7%で、イギリス人は28%。実際は、汚い手から細菌が入ってくることが一番可能性として高いのである。

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2006年8月19日 (土)

「ベネチア人にしっぽがはえた日」

Photo_60 アンドレア・モレジーニ作 長野徹訳「ベネチア人にしっぽがはえた日」(汐文社)を読んだ。

子供向けのファンタジーである。舞台はヴェネツィア、時代劇であるところが一風変わっている。総督(ドージェ)や評議員たちが出てくる。

主人公は2人の子供(一人は、キリスト教徒、もう一人はユダヤ人でゲットーに住んでいる)とベファーナ(1月6日の前夜にやってくる魔女、イタリアの子供はお菓子をもらう)。

ベファーナの失敗で、ヴェネツィア中の人にスカンクやキツネやワニ等々のしっぽが生えてしまう。大騒ぎになるのだが、それをユダヤ人の陰謀だと言うものがあらわれ・・・という話。

予想通り、宗教の壁を越えた友情物語であるのだが、二人の子供のちょっとまぬけな守護天使や、時代劇ならではの総督の登場、ゲットーという日本の子供にはなじみの薄いものが出てくるのだが、メインとなるストーリーは単純なので、子供でもまったく読みにくくはない、と思う。

というか、こういうストーリーをきっかけに、ヴェネツィアという町やその歴史、あるいはまたキリスト教や魔術、魔女に興味をもつ子供も出るかもしれない。

なお、この本は「イタリアからのおくりもの 5つのちいさなファンタジア」というシリーズの一冊。

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パゾリーニの未公開フィルム

Pasolini_sul_set

ヴェネツィア映画祭で、パゾリーニの「ソドムの市」の未公開フィルムが上映される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月12日)。

「ソドムの市」(Salo' o le 120 giornate di Sodoma) はパゾリーニの遺作であり、とてつもない映画である。

サド侯爵の原作を、ファシズム末期のサロ政権下に時代を移して、若者たちの肉体が仮借なく消費されていく。

スキャンダルを呼び、検閲の対象となった映画である。

公開されたのは1975年で、31年たって、ヴェネツィアのリド島で、その未公開部分が、パゾリーニの友人であったジュゼッペ・ベルトルッチの手により編集され Pasolini prossimo nostro というタイトル上映される。上映時間は50分。

ジュゼッペ・ベルトルッチは、他にパゾリーニのテクストに基づいて 'Na specie de cadavere lunghissimo という映画を製作している。

「ソドムの市」で編集の段階でカットされてしまったのは、犠牲者となる若者をリクルートする場面と、撮影クルー全員がパゾリーニを含め踊るシーンでこれが映画の最終シーンとなる予定だったのだという。

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ミラノでホームヘルパー増加

Badante

ミラノで、お年寄りの介護をするホームヘルパーが増加している(コリエレ・デッラ・セーラ・ミラノ版、8月12日)。

この夏、ミラノではホームヘルパー(badanti)が約20%も増えている。約5万人の移民がその仕事についているが、半分は不法滞在で、支払いは大半がヤミ(税金などを支払っていない)。

ホームヘルパーが増えた理由は主に2つ。1つは、老人ホームの支払いが高すぎて入所できないこと。もう1つは、ミラノでは、65歳以上の人がヴァカンスに行かずに市内に残っていること。

このホームヘルパーたちは、同時に家政婦 (colf) でもある。ミラノには一人暮しの老人が9万人いて、介護や家事手伝いの需要があるのだ。

ミラノのホームヘルパーのデータは次の通り:
2006年5月 40000人
2006年8月 48000人

性別:95%が女性
年齢:平均39歳(17,5%が30~34歳)
結婚:49%が結婚している(子供の数は平均1,67人)
学歴:17%が大卒
家事手伝い:85%のホームヘルパーが家の掃除や子供の面倒もみている
職務:アイロンがけ、料理、買い物が75%

彼女たちの平均収入は月800ユーロ(12万円)。

出身地は、
ウクライナ  21,2%
フィリピン    6,4%
ルーマニア  11,8%

宗教
カトリック   56,3%
カトリック以外のキリスト教 
         30,9%
イスラム教   5,1%

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ミラノで学生の下宿代、高騰

Bacheca

ミラノで学生の下宿代が高騰している(コリエレ・デッラ・セーラ、8月12日)。

9月からミラノにある7つの大学は、新学期が始まるが、市内では一部屋が平均500ユーロ(7万5千円)で、一年で10~15%上昇している。

ミラノの大学に毎年進学してくる学生は、3万人。国立だけで1万1千人に上る。

ミラノの7つの大学に登録している学生数は20万人。そのうち、イタリアの各地からやってくるのは4万人。

ミラノの大学に進学を希望して受験する学生は2万人。

適切な下宿があればミラノで暮らしたいが、遠方からの通学を余儀なくされている学生は1万5千人。

しかも、学生の下宿は、ほとんどが正式の契約書なしのヤミの状態だという。

下宿代が特に上昇しているのは、カトリック大、ボッコーニ大、二つのポリテクニコの付近だ。

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電子黒板の導入

Lavagna_elettronica

Penna_elettronica_1

電子ペン(二つのボタンがマウスとして機能する)

Tavoletta_1 生徒用タブレット(電子黒板と無線でインタラクティヴにつながっている)

Risponditore

応答機

イタリアで、コンピュータと一体化した電子黒板の導入が実験的に開始される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月12日)。

ボローニャおよび周辺の109校で実験的にマルチメディア・ボード(電子黒板)が導入される。このボードは、マルチメディアでかつインタラクティヴなのである。

導入されるのは、小学校、中学校、高校。この企画は、Carisbo基金の寄付により実現する。マルチメディア一台は約5000ユーロ(75万円)の見通し。

教員は電子ペン(マウスにもなる)を用いて、コンピュータを使用するようにボードを用いることもできるし、図や文字を書くことも出来る。商品名は InterWrite といい、アメリカからの輸入品である。

すでにプーリア州やロンバルディア州では導入している学校があり、大統領宮にも導入ずみという。

このボード自体は、1,3メートル×1,7メートルの大きなものだが、生徒には、26,7センチ×29,2センチのタブレットが配布される。タブレットとボードは無線(ブルートゥース)でつながっている。それとクイズ番組などで使用される応答機 (risponditori) で1セットとなっている。

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イタリア人ボランティア、殺される

Angelo_frammartino

イエルサレムのパレスチナ人キャンプでボランティアとして働いていたイタリア人の若者がアラブ系の少年に殺害された(コリエレ・デッラ・セーラ、8月12日)。

殺害されたのは、アンジェエロ・フランマルティーノ、24歳。犯人はアラブ系の少年で16歳くらいという。

強盗ではなく、動機は政治的なものと見られているが、詳細は不明。

アンジェロが働いていたのは、CGILが組織したキャンプだった。アンジェロと一緒に行った11人は、イタリアに帰国した。

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2006年8月18日 (金)

無為の美徳はパリに

Dolce_far_niente

dolce far niente (何もしないで暮らす気楽さ)という言葉は、イタリア以外でもイタリア語で綴られることがあるが、実際には、パリの方が余暇が多いことが判明した(コリエレ・デッラ・セーラ、8月11日)。

UBS銀行の調査によると、以下が年間の労働時間と年間の休暇日数

パリ   1481時間  27日
リヨン  1572     25
ヘルシンキ 1603   29
ベルリン 1611    29
オスロ  1627    24
・・・
ローマ  1747    21 
とあって、ローマは47位であった。休暇が一番長いのはブラジルの年間30日。

勤勉なほうは、
ソウル  2317時間 10日
メキシコ・シティー 2266 14
香港   2231    9
ボンベイ 2205   17
台北   2143    12
となっている。

給料の高い都市は次の通り
1.コペンハーゲン
2.オスロ
3.チューリッヒ
4.ジュネーヴ
5.ニューヨーク
6.ロンドン
7.シカゴ
8.ダブリン
9.フランクフルト
10.ブリュッセル
11.ロサンジェルス
12.ミュンヘン
13.ヘルシンキ
14.ベルリン
15.ルクセンブルク
・・・
パリは24位。

物価が高いのは、
1.オスロ
2.ロンドン
3.コペンハーゲン
4.チューリッヒ
5.東京
6.ジュネーヴ
7.ニューヨーク
・・・
11.パリ

物価が安いのは、
64.リマ
65.ナイロビ
66.キエフ
67.マニラ
68.デリー
69.ブエノス・アイレス
70.ボンベイ
71.クアラ・ルンプール

ビッグ・マックが何分の労働で買えるかは次の通り
東京   10分
ボゴタ(コロンビア)97分
ローマ  25分
リスボン 32分
パリ    21分
ミラノ   20分

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2006年8月17日 (木)

パリオへの賭けを、シエナ封じる

Photo_59

国家独占局がパリオへの賭けを認可しようとしたが、シエナ市が立ち上がり阻止した(コリエレ・デッラ・セーラ、8月10日)。

国家独占局 (AAMS, Amministrazione Autonoma dei Monopoli di Stato) は、シエナのパリオで、どのコントラーダ(地区)が勝つかの賭けを認可しようとしたが、12時間後、その認可を取り消さざるをえなくなった。

1970年代にも、シエナのパリオを全国的なくじにしようという試みがあったが、シエナ市民が拒絶した。

フィアットがパリオという名を自動車につけようとした時にも問題が起こり、ティーポという名に変えた。その後、1997年からパリオという名前の自動車は生産されている。

Uomo Vogue というファッション雑誌は、パリオの旗手(alfiere) にコントラーダの色のセーターを着せた写真を掲載し、賠償金を払った。

パリオのイメージ、肖像権は、il Consorzio per la tutela del Palio というパリオ保護協会があって、厳重に管理されている。

ただし、Betfair のように外国の会社が賭けの対象にしてしまうのを阻止するのは困難なようだ。

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ヴァティカンの次期国務長官

Bertone

ヴァティカンの次期国務長官(首相に相当)にタルチジオ・ベルトーネ枢機卿が、9月15日に就任する(コリエレ・デッラ・セーラ、8月10日)。

「私の弱点」は、英語を話さないことだとベルトーネ枢機卿は語る。そのことをすぐに教皇に告げたが、ラッツィンガー教皇は、「重要人物ーたとえば偉大なドイツの首相ヘルムート・コールーで英語を話さなかった人がいる」ことを教え、励ましたという。

ただし、新国務長官は、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語を話す。

ベルトーネ枢機卿は、社会的課題に積極的で、イタリアでのモスク建設には反対しないし、将来、イタリアの学校での宗教の時間にイスラム教教育という選択肢を困難ではあるが排除しないとしている。

また、第二ヴァティカン公会議での革新に反対したルフェーヴル派の人々が戻ってくるならば、方法はあると述べた。

新長官は、子供の頃からユヴェントゥスのファンで、ドン・ボスコからスポーツや音楽に対して開かれた態度を学んだとし、ピエモンテのワインや田舎への小旅行が好きなことを率直に認めている。

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2006年8月16日 (水)

イタリアにおけるジャンセニスモ

Giansenio ヤンセニウス(1585-1638)

『イタリアにおけるジャンセニスモ』(Edizioni di Storia e Letteratura) が出版された。近く、続編となる2巻がでて、3巻本となる予定。

ジャンセニスモほど、深く秘かな影響を与えた思想も少ない。オランダの司教コルネリウス・ヤンセニウス(ヤンセン)(イタリア風には Cornelio Giansenio) がアウグスティヌスの思想に影響を受け、原罪は人間の自由を損なってしまったので、人間が救済されるには、神の恩寵によるしかない、と主張した。

これは、当時、法王庁で隆盛を極めていたイエズス会の自由意志を重視する考え方とまっこうから衝突した。

インノチェンツォ10世は、1653年の大勅書 Cum occasione でヤンセニウスの著作の中の5命題を異端として断罪した。

ジャンセニスモは、フランスで特に発達した。パスカルやアルノーが信奉者として名高い。

イタリアでは、銀行家のエンリコ・クッチャの態度がジャンセニスト的と言われた(彼はスカラ座の初日に決して姿を現わさなかった)。

作家ではマンゾーニや彼に近かったマッツィーニの母マリア・ドラーゴ。近年では、ピオ10世のカテキズム(教理問答)は、ジャンセニスト的であったと言われている。

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デ・ロベルトの小説、映画化される

Vicere

フェデリーコ・デ・ロベルトの小説「副王」が映画化される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月8日)。

スペイン系のシチリアの副王ウゼダ家の人々の物語。舞台はリソルジメントの時期で、トマージ・ディ・ランペドゥーサの『山猫』(ヴィスコンティの映画によって名高い)と重なる。

実際、ヴィスコンティは、この小説も映画化しようと考えていたのだが、実現しなかった。

今回、この作にいどんだのは、ロベルト・ファエンツァ監督。トリノ出身、1943年生まれ。

原作者のフェデリーコ・で・ロベルトは、ヴェリスモ(自然主義)の最も若い作者(1861-1927)だった。

主演は、クリスティアーナ・プレツィオージ、ランド・ブッツァンカ、他。映画館で上映の後、RAIで二回にわけて放映される予定。

この小説が映画化されるのは、テレビ映画を含め初めてとのこと。若き日のファエンツァ監督にこの小説を読むようにすすめたのは、当時、この小説の映画化を試み、台本を書いていたヴィスコンティであったが、映画化実現には、宗教関係者からの反対が強かったという。

シチリアのベネディクト派の修道院における悪魔払いのすさまじさが描かれていることが一つの原因らしい。

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2006年8月15日 (火)

イタリア人とアレルギー

Allergie

アメリカの病院の研究で、アレルギー体質の人が、他の病気(パーキンソン病など)にかかりやすさが、他の人に較べて高いという結果が出た(コリエレ・デッラ・セーラ、8月9日)。

イタリアで、アレルギーで苦しむ人は1100万人で、人口の20パーセント。

ぜんそくで苦しむひとは300万人。花粉症に悩む人は500万人。ダニ・アレルギーの人は45パーセント。都市部で、アレルギーの子供は13パーセント。

アレルギー体質の人は、年4~5%の割合で増加している。小麦などイネ科の植物の花粉にアレルギーな人は73パーセント。

2020年には、子供の50パーセントがアレルギー体質になると予想されている。

アメリカでの研究では、196人のアレルギー患者を追跡調査したところ、他のグループに較べて、2,9倍のパーキンソン病患者が発生した。イタリアの免疫学者アルベルト・マントヴァーニは、両者の関連はありうるが、データとして検体数が少なすぎるとしている。

アメリカの学者は、抗炎症剤を定期的に摂取すると、パーキンソンを予防する効果があるのではないかという仮説をたてている。

これからの研究の発展が待たれる。

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2006年8月14日 (月)

増えすぎたノロジカ

Capriolo ノロジカ(capriolo)

ノロジカが増えすぎてしまったので、5万頭を処分することになった(コリエレ・デッラ・セーラ、8月8日)。

イタリアで生息するノロジカは約45万頭。一年に30-40パーセント増えているという。そのため、州ごとに、生息数の調整、即ち、狩によって殺す頭数を決めた。

イタリア全国では約5万頭。州別には、ヴァッレ・ダオスタのアオスタ県で1006頭、ロンバルディア州のブレーシャ県94頭、ソンドリオ県264頭、コモ県134頭、ヴァレーゼ県85頭、トレンティーノ・アルト・アディジェ州のトレント県3000頭、ボルツァーノ県10000頭、リグーリア州のサヴォーナ県800頭、トスカーナ州のシエナ県4419頭、ピストイア県438頭、エミリア・ロマーニャ州のレッジョ・エミーリア県6690頭、フォルリ県1604頭となっている。

ピエモンテ州で600頭を処分することが問題視されているが、元環境大臣のカルロ・リーパ・ディ・メアーナは、生物のバランスを保つために合理的なことだと評価している。

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2006年8月13日 (日)

自動車にブラックボックス

Scatola_nera

自動車にブラックボックスを取り付ける実験がイタリアで開始される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月8日)。

5都市で、1万7千台の車両が対象。自動車のブラックボックスは、衝突によりエアバッグが開いたときから遡って最後の20秒のデータが保存される仕組み。

いくつかの箇所にセンサーがついている。前面のセンサーは、衝突の激しさと、減速を測定する。

側面のセンサーは、チェックボックスに横滑りや車軸のずれを知らせる。

後部のセンサーは、事故の直前にブレーキがかかったかどうかを記録する。

衛星用アンテナは、GPSを用いて、事故の場所を正確に測定する。

こうしたブラックボックスを使用する目的は、保険料を安くすることで、少なくとも10%は安くなるという。

実験は、トリノ、ミラノ、ローマ、ナポリ、パレルモで実施され、抽選によって選ばれた車に装置が取り付けられる。

ブラックボックスを提供しているのは、Meta System というエミリア地方の会社で、ヨーロッパ規模の競争に勝ち抜いてその座を得た。

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2006年8月12日 (土)

イーラ・フュルシュテンベルクの息子、タイで死亡

Christoff_hohenlohe

イーラ・フュルシュテンベルクの息子クリストフが、タイの刑務所で亡くなった(コリエレ・デッラ・セーラ、8月9日)。

イーラ・フュルシュテンベルクは、2003年に亡くなったジャンニ・アニェッリの姉クラーラ・アニェッリの娘。イーラは15歳の若さで、1955年9月30日、ヴェネツィアで、アルフォンソ・フォン・ホーエンローエ(1924-2003)と結婚した。

Ira_von_furstenberg イーラとアルフォンソ

イーラの兄はエゴン・フュルシュテンベルク(ファーステンバーグ)(1946-2004)で有名なファッション・デザイナーだった。

クリストフは母イーラがわずか16歳の時の子供である。イーラはその後、映画女優として20本あまりの映画にも出演している。ただしそのほとんどがB級映画である。

クリストフは、アニェッリ一族のフィアットの持ち株会社を6,83%所有している。派手な生活を送っていたが、次第に母とは異なり、スポットライトを浴びなくなる、あるいは浴びることを避けるようになっていた。

タイの空港で、パスポートに関する不正な記述のため逮捕され、一週間後に亡くなった。詳しい死因は今のところ不明である。

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2006年8月11日 (金)

医長、選択を迫られる

Primari

リヴィア・トゥルコ保健大臣は、全国約1万人の医長に、公的な仕事か私的な仕事どちらかを選択し、二重に仕事を持つことを禁じる方針を打ち出した(コリエレ・デッラ・セーラ、8月7日)。

トゥルコ大臣によると、医師の自由な職業選択を妨げるつもりはないが、公的病院の部局の医長の場合は別という方針だ。

イタリアの医師関係の人数は次の通り:

医師 33万人
国の医療活動に関わる医師 11万人
医療活動に関し協約を結んだ拠点で働く医師 7万人
大学の医学部で専門医の研修をする学生  2万5千人
大学で医学を教える教授 1万1千人
私的に開業する医師 12万1千人

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外国人と投票

Stranieri

外国人も、徐々に選挙に投票できるようになりそうな見込みであるが、イタリアにはどんな国からの移民が増えているのかの囲み記事(コリエレ・デッラ・セーラ、8月7日)。

イタリア在住の不法滞在でない外国人は約280万人で、人口の5%。

当局に突き止められた不法滞在者は11万6580人。43,7%は本国に送還された。

Caritasの推定によるとイタリアの不法入国者は50万人。

2001年と現在を比較したときの割合は次の通り。

アルバニア  31万6659人   +83%
中国      11万1712    +138%
フィリピン    8万2625     +53%
モロッコ    29万4945     +64%
ルーマニア  24万8849    +232%
セネガル    5万3941      +73%
チュニジア   7万8230      +64%
ウクライナ   9万3441     +981%

イタリアの移民の政治的傾向は次の通り:

中道左派  50-55%
中道     20-25%
中道右派  15-20%
想定不能  15-20%

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2006年8月10日 (木)

詩とインターネット

Balestrini_1

詩人のナンニ・バレストリーニが、出版社は詩の本の出版を止めてしまったが、インターネットがあるという議論を投げかけた(コリエレ・デッラ・セーラ、8月5日)。

バレストリーニは、グルッポ63という、1960年代の前衛芸術運動の創設メンバーの一人で、詩人・小説家。グルッポ63には、ウンベルト・エーコやサングイネーティなどがいた。

バレストリーニの言うように詩の本は売れないのだが、古典とみなされるものは売れる。Meridiani のシリーズに入ったものは、どれも成功をおさめている。

20世紀の詩人で、流通しているのは、クヮジーモド、ウンガレッティ、モンターレ。パヴェーゼにルッツィ。

詩の市場で、基準となる出版社は3つか4つで、モンダドーリ、エイナウディ、ガルザンティ、グァンダ。

現代詩となると話は別で、出版社が無いわけではない。クロチェッティ、カンパノット、インテルリネア、Scheiwiller、ブック、マンニなどなど。詩の雑誌も、Poesia がしぶとく生き残っている。

本の市場を研究するジュリアーノ・ヴィジーニによると、詩人で年に5000部以上の売り上げがある人は少ない。というわけで、本格的な市場というものを語ることは出来ない。

現代詩人で売れているのは、アルダ・メリーニ、パトリツィア・ヴァルドゥーガ、パトリツィア・カヴァッリ、マグレッリだという。

イタリアにおいて、詩を出す出版社は600あり、年に3000冊が発行されるが、よくよく内情をみると、ほとんどが自費出版に近いという。

出版社にとってインターネットは、スカウトのチャンスを与えてくれるものではあるが、伝統的な形ーー雑誌を読んだり、自発的な持ち込みを評価するーーも続いていくとのこと。

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プロペラが90度回転する飛行機

Ba_609_ プロペラが上を向いてヘリコプター状のBA609

Photo_58 プロペラが前を向いてプロペラ機状のBA609

イタリアとアメリカが共同で、プロペラが90度回転して、飛行機にもヘリコプターにもなる乗り物を開発した(コリエレ・デッラ・セーラ、8月5日)。

この飛行物体は、《minotauro dei cieli》(天空のミノタウロス)と呼ばれている。ミノタウロスは、頭が牛で、身体が人の怪物である。半分、ヘリコプターで、半分、飛行機なのだ。

離陸・着陸は、ヘリコプターのように、水平方向に進んで行くときは、飛行機のようになる。

ミラノ・ローマ間を一時間で行くが、広場や会社の屋上から離着陸できる。

製作したのは、アメリカのベルと、イタリアのアグスタ・ウェストランド。

これは第二のプロトタイプで、最初のプロトタイプが飛んだのは、2003年であった。

大きさは、
長さ 13,3メートル
幅  18,3メートル
水平飛行 時速565キロメートル
垂直飛行 時速185キロメートル
行動半径 1290キロメートル
高度 8000メートル

乗員の数は、6から9人。操縦室は、見通しがよく、夜間飛行用にも適したディスプレイが備え付けられている。

2010年から販売される予定で、価格は、1200~1600万ユーロ(18~24億円)である。

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Coop ブランドのアスピリン

Aspirine

Coopブランドのアスピリンが、来年以降に登場するかもしれない(コリエレ・デッラ・セーラ、8月5日)。

ハイパーマーケット(ipermercato) やスーパーマーケットで、薬品が売られることが認められるようになったが、Coopは来年以降、自社ブランドの薬品を50%以上安い値段で売り出す意向である。

Coopは、薬品販売の自由化をうけて、計画を発表した。それによると、この秋に26カ所の販売所を設ける。

しかし、2007年内には、150カ所に増やす。また、Coopイタリアの会長ヴィンチェンツォ・タッシナーリは、自社ブランドで薬品を配給したいという意向を示した。まず、アスピリンから始めて、他の処方箋のいらない薬品に拡げていく方針であるという。

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ジェネリック薬品にまつわる疑惑

Farmaci_generici

イタリアで、ジェネリック薬品が広まらないように、検査結果を操作した研究がなされていたのではないかという疑惑が持ち上がっている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月5日)。

イタリアでは、2001年にジェネリック薬品(特許が切れた医薬品を、成分は同じで、異なるメーカーが作ったもので、値段が安い)が認められたが、広く普及しているとは言えない状況である。

ヨーロッパ諸国で、医薬品売り上げのうちジェネリック薬品(farmaci generici) がしめる割合は次の通り:

イタリア    4,1%
ポルトガル  6,2%
オーストリア 12,8%
フランス    13,6%
ドイツ     32,6%
イギリス   50%

イギリスの市場が、ジェネリック薬品に関しては、最も進んでおり、法律もマーケットに対しインセンティヴを与えている。

ドイツでは、処方箋の約40%がジェネリックで出されている。

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2006年8月 9日 (水)

移民の受け入れ

Immigrati

イタリア政府は、5年以上イタリアに滞在する移民に対して、一定の条件を満たすものには市民権を与えるという法案を提出する(コリエレ・デッラ・セーラ、8月4日、5日)。

イタリア政府は、大胆な移民受け入れ政策のための法案を打ち出した。それによると、移民でイタリアに5年暮らしたものは、イタリアの市民権を得ることが出来る(現在は、10年が必要)。ただし、市民権を得るためには、イタリア語のテストに合格する必要がある。

一定要件を満たした外国人がイタリアで生んだ子供は、自動的にイタリア市民権を得る。ただし、その子供が18歳になった時点で、市民権を放棄することが出来る。

また、イタリア国内と海外で親子ばらばらの親が、未成年の子供を呼び寄せることが出来る。

左翼民主党の案では、5年以上イタリアに居住する外国人は、地方選挙に参加できる。

試算によるとこの法案によって、約90万人が市民権を新たに得て、2008年には150万人に達する見通し。

現在、イタリアに合法的に居住する外国人は約300万人。アマート内相によれば、毎年の市民権獲得者は1万8千人を超えない見込みであるという。

この法案に北部同盟のロベルト・カルデローリなどは、「左派は外人票を得て、権力を維持しようとしている」として批判的である。

一方、船に乗って漂流する移民は、増え続けており、2004年から2005年にかけて1万3千人から2万3千人に増加。

今年の前半だけで、すでに1万1千人を超えている。

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ヴァイアグラの消費、ローマが1位

Viagra

ヴァイアグラの都市別消費量の調査で、ローマが1位であることが判った(コリエレ・デッラ・セーラ、8月4日)。

住民1000人あたりの各県別の消費量を比較したものが発表された。調査したのは、Ims Health という薬品のマーケティング調査会社。

ローマが4790でトップ。ヴァイアグラは、1998年10月14日の認可以来、イタリア全国で、4468万錠を販売。

2006年の前半6ヶ月で、約500万錠を販売し、2005年の同期より10%増えている。

トップのローマに続くのは、ピストイア(4755錠)、リミニ(4627)、フィレンツェ(4517)、ピサ(4319)、モデナ(4197)、リヴォルノ(4108)、ボローニャ(4054)、プラート(4037)、ルッカ(3948)。

ミラノは15位(3722)で、ナポリは31位(3400)だった。最下位は、その名も、ポテンツァ(990)。

イタリアの平均値は、2960錠であるが、地域による偏りがあって、トスカーナ州とエミリア・ロマーニャ州は消費量が多い。ミラノのサン・ラッファエル婦人科・性科学研究所所長のアレッサンドラ・グラツィオッティンによると、上記の二州は他の地域よりも世俗的(非宗教的)で、生活の質への関心が高い。トスカーナの消費量は、住民1000人あたり4226錠である。

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2006年8月 8日 (火)

自由化法案、可決

Bertinotti ベルティノッティ下院議長

イタリアで、多方面にわたる自由化法案が可決された(コリエレ・デッラ・セーラ、8月4日)。

自由化法案のポイントは複数ある。

1.専門家に対する最低料金が廃止される。現金で払う料金は、2006年には最大が1000ユーロ、2007年は500ユーロ、2008年は100ユーロで、それ以上はクレジット・カードか小切手で払うことになる。

2.不動産の売買は、登録税を払うことになり、IVA(付加価値税)は免除される。

3.銀行は顧客との契約を一方的に変更することは出来ない。少なくとも30日前に予告しなければならず、口座保持者は、それを拒絶し、無料で解約することができる。

4.自動車やバイク、船の所有者が替わったときに、公証人のところへ行く義務がなくなる。所有権の移転は、コムーネ(市役所)などで出来るようになる。無料となり、その日のうちに認可される。

5.店舗を開く手続きが簡略化される。(喫茶店、レストラン、ホテルのような)公共店舗の免許を発行するための県や市町村の委員会は廃止される。

6.処方箋なしの薬品は、スーパーマーケットで売れるようになるが、薬剤師の存在が必要。死亡した薬剤師の相続人は、2年間、薬局の資格を保持するかどうかの猶予を与えられる。

7.タクシーは免許の重複がなくなる。

8.パン屋は1956年の規定が廃止される。市町村あたりのパン製造やパン屋の軒数の制限がなくなる。今後は、活動を開始するという届け出をし、衛生および環境に関する資格を持っていればよい。

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2006年8月 7日 (月)

ブリアトーレ、癌を告白

Photo_57

F1ルノー・チームの監督フラヴィオ・ブリアトーレが癌の手術をしたことを明らかにした(コリエレ・デッラ・セーラ、8月2日)。

ブリアトーレは、ナオミ・キャンベルをはじめとして、多数のモデルや新進スターと浮き名を流してきた。

ナオミ・キャンベルとは2年間婚約したが、2001年に別れた。2003年には、ドイツ人モデルと婚約し、翌年娘が生まれたが、別れた。

現在の恋人は、エリザベッタ・グレゴラーチ。

ブリアトーレは、「死なない気がしていた」が、アメリカの病院で検査をしたところ、左の腎臓に癌が見つかり、イタリアに戻って手術を受けた。

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吾妻兼治郎の大回顧展

Photo_56

イタリアで、日本人の彫刻家吾妻兼治郎の回顧展が開かれている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月2日)。

吾妻は、1926年山形生まれ。80歳を記念して、ノヴァーラの郊外 Vacciago di Ameno で大回顧展が10月15日まで開かれる。

吾妻は、戦後イタリアに渡り、マリノ・マリーニの助手を1960~1979年まで勤めた。

第二次大戦中は、神風特攻隊に所属し、親友が戦死した4日後終戦となり、命を長らえたが、虚脱状態となる。

何か精神的なものを求めて彫刻の道を歩み始めたのである。イタリア在住50年になるという。

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ジェラートに、遺伝子組換え食品が

Gelato

イタリアで、工場製のジェラートに魚の遺伝子組換えしたタンパク質を用いる案が企業側から提示されている(コリエレ・デッラ・セーラ、8月2日)。

イタリアの工場製ジェラートの40%のシェアを持つ Unilever が、イギリスの食品安全を担当する役所に、鱈の一種(merluzzo artico) のタンパク質を遺伝子組換えしたものを使用する許可をもとめ、それがEUに持ち込まれた。

これに対し、子供にアレルギーを引き起こす危険性があると警鐘を鳴らす科学者もいる。

なお、すでに遺伝子組換えプロテインを含有したジェラート(アイスクリーム)は、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでは販売されている。

Unilever によると、こうすると低カロリーのジェラートが出来るのだという。

イタリアでは、農業関係者、ジェラート屋の組合が製造中止を求めている。

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シューマッハ、アロンソともにリタイア

Button 初優勝を飾ったジェンソン・バトン

ハンガリーで行われたF1は、ドライバーズ・チャンピオンを競うアロンソ、シューマッハともにリタイアに終わった(この項、フジテレビ721と Corriere.it).

フリー走行・予選での走行違反のためアロンソ(ルノー)、M.シューマッハ(フェラーリ)とも予選タイムに2秒が追加され両者とも10位までに入らぬ状況からスタート。

ところが、ハンガロリンクは雨で、大荒れとなり、スタート直後から、シューマッハ、アロンソともに上位に浮上。その後、ミシュラン・タイヤが路面状況にあいアロンソがトップに立つ。

後半、雨が止んで路面が乾き、次第にブリジストン・タイヤに有利になってきて、シューマッハが追い上げをはかっている時に、アロンソはタイヤ交換するが、後輪のタイヤのナットの締め方が不十分だったのか、リタイア。

シューマッハは雨天用のタイヤをはき変えず、表彰台圏内を死守しようとしたが、トラックロッド(un tirante di convergenza) が壊れて(ハイドフェルドとの接触の際か?)、リタイアとなった。

優勝したのは、ホンダのジェンソン・バトンだった。

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2006年8月 6日 (日)

Uefa、新規律を作成

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Uefa (ヨーロッパ・サッカー連盟)は、人種差別的暴言やシミュレーションに対し新たな規律を制定する(コリエレ・デッラ・セーラ、8月1日)。

新規律は、すぐに効力を発し、2008年の大会および予選にも適用される。

まず人種差別に関して。肌の色、人種、宗教、出身民族に関して、個人や集団の尊厳を損なう言葉や態度をとったものは5日間の出場停止になる可能性がある。

ファンが同様の言動をした場合、クラブは1万9千ユーロ(285万円)以上の罰金を支払う。

しかし本当に新しい規定は、シミュレーションに関するもの。審判の目をのがれた場合でも、シミュレーションをしたものは、2日の出場停止の可能性がある。判定は、テレビ映像に基づく。

また、今季から、一試合で5枚以上のカードをもらったクラブは、罰金を課せられる可能性がある。

ドーピングについては、2年間の出場停止の可能性がある。ただし、意図的でなかった場合には、1年未満の出場停止となる場合がある。

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フィリッピ、水泳で金メダル

Photo_54 アレッシア・フィリッピ

ブダペストで開催されたヨーロッパ水泳選手権で、400メートル個人メドレーで、アレッシア・フィリッピが金メダルを獲得し、男子400メートルリレー自由形でもイタリアチームが金メダル、マッシミーノ・ロゾリーノは、400メートル自由で銀メダルを獲得した(コリエレ・デッラ・セーラ、8月1日)。

アレッシア・フィリッピは、4分35秒80の歴代4位の素晴らしい記録で、自分でも信じられないと語った。アレッシアは19歳、185cmの長身である。5歳から水泳を習ったという。

400メートルリレーは、フィリッポ・マニーニ(24歳)、アレッサンドロ・カルヴィ(23歳)、ロレンツォ・ヴィスマーラ(31歳)、クリスティアン・ガレンダ(24歳)のチームが勝利した。

マッシミリアーノ・ロゾリーノは、400メートル自由で、二位に入った。彼のヨーロッパ選手権でのメダル獲得は12個目。

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ペッシーナ、ブーツを攻略

Pessina

薬品卸しの Alliance の会長ステーファノ・メッシーナは、薬局チェーンの Boots を手にいれた(コリエレ・デッラ・セーラ、8月1日)。

ステーファノ・メッシーナは、1977年に家業を再建して Alleanza Farmacuetica を設立した。それが Unichem と一緒になって Alliance Unichem という大きな薬品卸し業者となっていた。

今回、Alliance Unichem とイギリスの薬局チェーン Boots が、メリル・リンチ銀行の仲介で合併することとなった。

こうして出来上がる Alliance Boots社は、15ヶ国に2700店の薬局を持つ。また、ヨーロッパ中で、Alliance Boots 社の薬品の卸売り業者は380あり、そこから薬品の配給をうける薬局は12万5千店にのぼる。

新会社の市場での価値は、120億ユーロとなる。ペッシーナは、Alliance の株30%を所有していたので、新会社の16%を所有することになる。

薬品卸業は、集中が進んだ分野で、世界でトップの10業者が市場全体の60%を支配している。

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2006年8月 5日 (土)

高校卒業試験、変わる

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高校卒業資格試験(maturita') の採点方法が変わる(コリエレ・デッラ・セーラ、7月31日)。

試験委員会は、2002年からモラッティ公教育大臣(当時)によって、受験生の高校の教員のみで構成されていたが、これを1999年ベルリングェル大臣(当時)によって実施された自校と他校の教員の混合した委員会構成を復活する。

ベルリングェル改革によって、成績判定によってあらかじめはじかれる「フィルター」は廃止された。1998年まで、試験が受けられない生徒が5~7%いた。今度の改革で、試験が受けられない生徒の割合は10パーセントまで上昇する可能性がある。

高校の最終学年(5年生)に、赤点をかかえて進級するものが、30%いるのである。

今回の改革に関し、フィオローニ教育大臣のメッセージは明快で、生徒はもっと勉強しなければならないし、学校は補習授業などをしっかり組織しなければならない、ということになる。

また、高校卒業資格試験の採点方法についても変化する見込みで、口頭試問の配点が100分の35から100分の25に減る。高校での最終3年間の取得単位の配点が100分の20から100分の30に増える。

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2006年8月 4日 (金)

フィーニとルクスリア

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Prc(再建共産党)下院議員のヴラディミル・ルクスリア議員が国民同盟党首のフィーニからコーヒーをご馳走になったことが話題になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月30日)。

ルクスリア議員は、トランスジェンダーを自認する議員であり、国民同盟の他の議員たちは、国会でルクスリア議員に挨拶をかわそうとしないという敵対的態度をとっているため、この二人のコーヒーは注目を集めた。

ルクスリアによると、他の議員たちは、最初は(彼女の性的曖昧さに)戸惑っていたようだが、少し話すと慣れてきて、壁が崩れる、と語っている。

また、ルクスリアはフィーニが最近の国民同盟の集会で、事実婚を認めたことに注目し、事実婚を法制化する際に、中道右派からも助けがあればとの望みを抱いているという。

ちなみに、ルクスリアは今年5月のイタリア映画祭に上映された《母なる自然》に、ゲイの劇団を率いる演出家という役柄で出演していた。

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イタリア家庭、節約

イタリアの家庭が、節約して、衣服などの購買を控えめにしている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月29日)。

Istat(政府中央統計局)によると、2005年の家庭の消費は、2004年に較べ0,7%しか増えていない。

家庭あたりの平均支出は月2398ユーロ。ロンバルディア州では2872ユーロで、アルト・アディジェ州は3229ユーロと高い。逆にシチリア州は、1681ユーロ。

収入は北高南低であるが、食料品に使うお金はほとんど同じで、450から460ユーロ。したがって、南部の場合、食料品に使う家計の比率、エンゲル係数が高くなる。

人々は、衣服や靴、教育、家電や文化的趣味への出費を倹約している。

経済の停滞もあって、原油の値段は上昇しているが、7月のインフレ率は2,2%で、6月の2,3%から下がっている。

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アンナ・ファルキ、整形で勝訴

Anna_falchi 整形かどうかが争われた女優アンナ・ファルキの唇

女優アンナ・ファルキが、唇が整形であるかどうかをめぐっての裁判で勝訴した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月29日)。

出版社Conde' Nast は発行する雑誌の一つで、彼女の唇が整形によるものであると主張していたが、裁判の結果、1万5千ユーロと裁判費用を支払わねばならなくなった。

ミラノの民事裁判所で、ステーファノ・ローザ裁判長の判決で、「自然な」唇ということになった。アンナ・ファルキ側は、50万ユーロを要求し、慈善事業に寄付するとしていた。

ファルキの夫は、RCSの株価操作容疑で逮捕されたステーファノ・リクッチである。

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子宮頸癌のワクチン、2007年に

イタリアで、子宮頸癌のワクチンが2007年に登場する見込みとなった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月29日)。

欧州医薬品庁 (Emea, agenzia del farmaco europea) で、はじめてワクチンが認可されたが、誰に対して提供すべきかを決定するのが、残された課題である。

アメリカではすでに市場に出回り、11,12歳の女子にワクチン接種を実施している。この年齢は、性行動が始まる前にというねらいから。

このワクチンは、子宮頸癌を引き起こさせるパピローマ・ウィールスから身体を守るもので、もっとも多いタイプの4つの株に対応している。男性への適用は研究中である。

ブレーシャ大学教授(婦人科医学)のセルジョ・ペコレッリは、アメリカにならうのが良いだろうと述べている。「幼い子にワクチンを受けさせる必要性を両親に説明するのは、簡単だはないだろうが、アメリカでは、子宮頸癌は、女性にとって11番目に多い癌である」とのこと。

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理系学部学生に奨励金

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国立ミラノ大学では、理系学部の学生の減少をくい止めようと奨励金を出すことにした(コリエレ・デッラ・セーラ、7月29日)。

奨励金が出る対象となるのは、物理学、化学、数学を学ぶ学生。760ユーロまでの払い戻しが行われる。

ミラノ国立大学に2005/06年に登録している学生は、6万2千人。そのうち上記三学部に登録しているのは、約2千名である。

何度もノーベル物理学賞候補となっているジョルジョ・パリージも危機を訴えている。このままでは第三世界に転落してしまうとも言っている。

物理学部は2000/01年の新入生が151人であったのに対し、2005/06年は122人。数学学部は、2000/01年が74人であったのに対し、2005/06年が97人。化学学部は、2000/01年が120人であったのが、2005/06年が180人。

これらの学生に対し、1年が終わった時点で、ある一定の単位を取ったものには、200~760ユーロが払い戻しされる仕組みをとったのである。

学長代理のジャンピエロ・シローニは、この奨励金は効果があるにはあるが、それほどでもないと、認めている。「最近の学生は学力が落ちている。やる気がない。世界の他の場所ではこうではないのに」。

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薬剤師、再びのストは回避

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薬剤師が再びストライキを実施しようとしたが、回避された(コリエレ・デッラ・セーラ、7月29日)。

薬剤師・薬局の自由化に関して、問題になっているところは4点ある。

1.処方箋の不要な薬を、スーパーマーケットでも売れるようにすること。その際、薬剤師の存在が必要かどうか。

2.保健大臣リヴィア・トゥルコとフェデルファルマの合意で、ディスカウントの上限20%は廃止された。

3.薬局は、保健の拠点となり、例えば、専門医への予約をオンラインで出来るようにする。全国的な保健システムについてはさらに討議される予定。

4.薬局が救急診療所のような役割を果たす可能性についても検討する。その場合、保健衛生事業の一翼を担うことになり、血圧の測定などを行うことになる。

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2006年8月 3日 (木)

ミラノで、ヴァカンスへ行く人減少

ミラノでヴァカンスに行く人が減っている。しかし、店舗の8割は閉まっているので、生活は不便だ(コリエレ・デッラ・セーラ、7月28日)。

ミラノに8月に残る人が増えている。2000年以降の変化は次の通り。
 
2000年  42万人
2003年  43万人
2004年   45万人
2005年  65万人
2006年  70万人

ミラノに夏いるのは、観光客や別の時期にヴァカンスに行く人もいるが、多くは経済的な理由で残るのである。この時期、働いている人は、アルバイトなど非正規雇用の場合が多いという。

この時期、ミラノの3万4千軒の店舗のうち、8月に一週間以上開く店は、6100しかないのである。つまり、5軒に1軒しか開かない。消費者団体はあまりに少ないと不満を表明している。

ただし、つぎの職種・店舗は交代で開けることが義務付けられている。薬局、パン屋、タバコ屋、新聞・雑誌販売所、市内の市場。

ヴァカンスの平均日数も近年、減少傾向にある。

2003年  22,3日
2004年  20,8日
2005年  19,2日
2006年  19日

となっている。経済停滞と高齢化が原因と考えられている。
 

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文化相、ファシズム時代の芸術を再評価

                                                         Lanciatore_di_giavellotto「 投げ槍の投擲手」

文化相のフランチェスコ・ルテッリは、1960年代に雷で破壊された「投げ槍の投擲手」の復元の記念式典で、ファシズム時代の美術の価値の再評価を呼びかけた(コリエレ・デッラ・セーラ、7月28日)。

ルテッリ(副首相でもある)は、ファシズム時代の政治には否定的であるが、美術や建築は評価できるという立場を表明した。

この時代を代表する建築家としては、アダルベルト・リベラ、ジュゼッペ・テッラーニがいる。

Images カプリ島のマラパルテ荘
(アダルベルト・リベラ、1938)

Monumento_ai_caduti_di_como コモの戦没者記念塔
(ジュゼッペ・テッラーニ、1930-33)

こうした動きに対して、批評家たちの立ち場は別れているが、再評価の必要性に関しては一致している。ピオ・バルディは、この時代の建築物も歴史の一部であると述べている。

一方、マッシミリアーノ・フクサスは、再評価の正当性を認めつつも、歴史の再解釈とは区別する必要があると念を押している。

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恩赦法、下院で可決

Di_pietro 恩赦に反対のディ・ピエトロ議員

下院で、ウリーヴォ、フォルツァ・イタリア、UDCの賛成で、恩赦が可決されたが、中道左派の内部では緊張が高まっている(コリエレ・デッラ・セーラ、7月28日)。

賛成は460票。反対は、北部同盟、国民同盟の一部とディ・ピエトロ率いる価値あるイタリア。イタリア共産主義者党(Pdci)は棄権。

これで法案審議は上院に移る。可決された場合には、1万2千人の受刑者が自由の身となる。

恩赦の対象となるのは、今年の5月2日までに犯された犯罪で、刑が最大で3年、罰金が最大で1万ユーロ、軽減される。ただし、刑が確定しているもののみが対象となる。

恩赦の対象となる犯罪は、殺人(故意の殺人も含む)、窃盗、強盗、恐喝、故買、詐欺、組織的でない麻薬販売。減刑は、経済犯罪、公務執行妨害も含まれる。

対象とならない犯罪は、テロリズム、大量殺戮、誘拐、組織犯罪、未成年売春、幼児ポルノ、人身売買、性的暴行、マネーロンダリング、暴利罪。

恩赦の対象になる受刑者の人数は次の通り。

殺人   6152
窃盗   2148
公金横領  50
強盗   5175
麻薬の製造および販売 
     13264
公務執行妨害 388

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2006年8月 1日 (火)

ピレッリ、銀行団に40%譲渡

Pirelli

ピレッリと銀行団が合意に達し、ピレッリの40%を銀行団に譲渡することになった(コリエレ・デッラ・セーラ、7月27日)。

ピレッリ・タイヤ・グループの評価額は、19億ユーロ。銀行団は、その40%にあたる7億6千万ユーロ分の株式を買い取る。

銀行団は、メディオバンカ、インテーザ、カピタリア、JPモルガン、リーマン・ブラザーズとレオナルド・ディ・ジェラルド・ブラッジョッティ。

最後のレオナルドだけが少ない割合で、銀行団の5%を負担、即ちピレッリの2%を取得する。その他の5つの銀行は、銀行団の19%ずつを負担、ピレッリの7,6%ずつを取得する。

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ベニーニ、ダンテを語る

Benigni

Dante ロベルト・ベニーニと
ダンテ・アリギエーリ

ロベルト・ベニーニがフィレンツェでダンテの『神曲』を語るショーを13夜にわけて上演する(コリエレ・デッラ・セーラ、7月26日)。

13夜に渡ってこの催しは行われる。7月25日が初回で、8月13日まで、毎回ダンテの『神曲』の一歌を素材としたショーとなる。13の歌(カント)は、地獄篇の最初の10歌および第26歌、第33歌そして天国篇の第33歌である。

初回には、ベニーニはダンテにプローディを紹介し、「気に入らないかい? その前にいたやつを見なくちゃね・・・自分に足りない票をいまだにあそこで数えているんだ」といった調子で、政治への諷刺をふんだんに交えたもの。

ベニーニは、2002年の年末12月23日に、『天国篇の最後(第33歌)』と題して、同様のショーをしたが、それはRAI1で放送され、1300万人の視聴者が見た。

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フィアット、インドのタータとも提携

Tata ラタン・タータとセルジョ・マルキオンネ

フィアットは、インド最大の自動車メーカー、タータ自動車と、「グローバルな戦略的提携」を結ぶことで合意した(コリエレ・デッラ・セーラ、7月26日)。

中国、ロシアとの提携を発表した翌日、フィアットは今度はインドの自動車メーカーとの戦略的提携を発表した。

タータ自動車はインド最大の自動車メーカーで、55億ドルの売上高をほこる。

提携内容だが、まずインドでの10万台の生産。セグメントB(自動車の大きさ)ではグランデ・プントを生産し、それより大きいところではまだコード番号だけの《D200》を生産する。

第二の合意は、エンジンとトランスミッションで25万台分を予定している。それはインド国内および輸出用となる。

第三にラテン・アメリカでの協力関係を目指す。とくにSuvやピックアップ・トラックの生産をアルゼンチンのコルドバ工場で行う見込み。

ラタン・タータは、「これは長期にわたる関係の第一歩にすぎない」という。

フィアットの会長モンテツェーモロも同じ考えで、タータとの関係は、3つの理由で重要であるという。
1)タータは、巨大な産業グループである
2)インド市場は、大きな潜在的可能性を秘めている
3)協力関係は、インド以外をも見据えている

投資額は、おおよそ15億ユーロにのぼる見込みである。

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