パリオに女性の進出
シエナのパリオに女性の進出が、徐々にではあるが着実に進んでいる(コリエレ・デッラ・セーラ、7月2日)。
今年の7月2日のパリオの旗(この旗のこともパリオと呼び、これがレースで勝った地区の宝物となる)は、二人の女性によって製作された。
シエナのパリオは17地区の地区対抗の祭りであるが、その中の1つ、オーカ(鵞鳥)地区で女性参加をめぐる運動が起こった。
もともとパリオは疑似戦争のようなものであるから、非常に男性中心の行事であった。しかし第二次大戦後、地区の運営、そしてパリオへの参加にも女性進出が進んだのであるが、オーカ地区では、地区(コントラーダ)の決定に関し、女性の投票が認められていないのである。
ところが、オーカ地区のライバル、トッレ(塔)地区では、女性カピターノ(地区のパリオに関する最高責任者)で、去年のパリオで優勝したのである。
これまで、トッレは、44年間もパリオに勝てず、オーカにしてみれば嘲笑の的であったのだが、女性カピターノで勝つと逆に、トッレの女性たちが、オーカの女性たちを批判することが可能になってくる。
オーカは、もともと伝統をかたくななまでに守り、そのことを誇るコントラーダ(地区)であった。そこで、女性の参政権についても侃々諤々の議論をへて、ようやく、コントラーダ内に、女性会 (Societa' delle donne) を結成することが認められた。
その他にも、ジラッファ(キリン)地区で、史上はじめて、バルバレスカ(女性の馬丁)が誕生した。クラウディア・コロンナという女性。パリオにおいては、馬は代理のきかない神聖な存在であるから、馬の世話係は、重要な役職である。
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