ピオ11世の文書公開
ヴァティカンは、ピオ11世に関わる文書を、9月16日から公開する(コリエレ・デッラ・セーラ、6月25日)。
アキッレ・ラッティは、1922年ピオ11世として教皇になり、1939年に亡くなった。
ヴァティカン機密文書館は、1610年パオロ5世の時に生まれた。レオーネ13世は、1881年に、それを学者に公開した。
それ以降、代々の教皇は、新しい部分をその時々に公開することを決定してきた。
2000年からは、第二ヴァティカン公会議に関する文書が公開になった。ジョヴァンニ・パオロ2世は、ベネデット15世の逝去までの書類を公開した。
ピオ11世の在位期間の文書が公開になることで、国際関係における教皇庁の政策・戦略が明らかになる。ヒトラーの権力奪取の問題をどう考えたか、スターリニズムの始まりについてどう判断していたか、メキシコ革命、東方政策は、といった事柄についての情報が明らかになる。
このヴァティカン機密文書館の現在の館長は、セルジョ・パガーノ神父で、バルナバ会修道士。1997年からこの任にあたっている。
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