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2006年6月24日 (土)

Cattocomunismoの終焉

Donmila3

ドン・ロレンツォ・ミラーニ

エルネスト・ガッリ・デッラ・ロッジャが Cattocomunismo の終焉について論説を書いている(コリエレ・デッラ・セーラ、6月18日)。

エルネスト・ガッリ・デッラ・ロッジャは歴史家で、コリエレ紙の論説委員。

Cattocomunismo とは Catto(licesimo) と comunismo の合成語で、1970年代から用いられるようになったらしいが、その源流には、いくつかの運動がある。フランコ・ロダーノ(1920-1983)が、第二次大戦中の抵抗運動のなかで、 Il movimento dei cattolici comunisti を結成し、その後、Sinistra cristiana と名前を変え、やがて、1945年12月には、イタリア共産党に合流した。

ロダーノは、ベルリングェルのブレーンの1人で、歴史的妥協(1973年イタリア共産党の提案による共産党とキリスト教民主党の妥協路線)という戦略を考え出した。

Cattocomunismo という用語は、より一般的な形で、左派に与するカトリック(ロニエロ・ラ・ヴァッレ、アドリアーノ・オッシチーニ)または資本主義に批判的で、社会的正義に敏感な批判的な人(ジュゼッペ・ドッセッティ、ドン・ロレンツォ・ミラーニ)を言及する際に用いられるようになった。

現代、Cattocomunismo が終焉を迎えた原因はどこにあるのか?

現在のヨーロッパで、経済・社会的な環境に関し決定的な因子は、各国の政府ではなくて、EUである。ブリュッセルやフランクフルトで経済・財政に関する拘束力のある基準値は決定される。

この事実は、社会・経済的枠組みの根本的変化とあいまって、ヨーロッパ諸国において、政治的議論や経済に関する議論の重要性に終止符をうってしまった。

こうして生まれた空白は、人間存在や日々の生活の倫理的問題に関する議論によって埋められるようになっている。人工授精、臓器移植、安楽死、同性婚といった問題である。

要するに、ユーロの導入やグローバリゼーションが文化的コンテクストを変えてしまったのだ。

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