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2006年6月 4日 (日)

ドニゼッティ『連隊の娘』

Photo_16 Cast_stefania

ドニゼッティ『連隊の娘』をきいた。ボローニャ歌劇場の引っ越し公演である(渋谷、オーチャードホール)。

上演のレベルは非常に高く、観客の評価も熱いものだった。

『連隊の娘』というオペラは、ストーリーはたわいもない恋愛物語であり、そういうオペラは気楽に聴けて実に楽しい。その最高峰が、同じ作曲家の『愛の妙薬』ということになるだろう。

マリーという娘が主人公(ステファニア・ボンファネッリ)で、この娘は、戦乱の中で、親とはぐれ、連隊にひろわれ軍隊の中で育った。

ところが実は、マリーはベルケンフィールド侯爵夫人(エレーナ・オブラスツォワ)の姪であったことが判る。○○が実は、××であった、というのは、芝居でも、オペラでもよくあるパターンであるが、これはさらに、もう一回実は、マリーはこれこれであったという話がある(ここでは省略)。

連隊に育てられている間に、マリーはすっかり軍楽のいさましい、庶民的なノリの音楽が好きになっている。恋人トニオ(ファン・ディエゴ・フローレス)もチロルの若者にすぎない。

侯爵夫人は、マリーを貴族と結婚させようとするが、最後は、目出度く、マリーとトニオが結ばれる、というお話。

演出家のエミリオ・サージは、なぜか第二次大戦終了後間際のフランスに駐留しているアメリカ軍という設定にしていたが、効果および説得力は、疑問であった。

演技は、やや大袈裟なベルケンフィールド侯爵夫人とシュルピス軍曹(ブルーノ・プラティコ)が巧みに脇を固めて、客席の笑いを何度もとっていた。一昔前に較べると、日本の観客も笑うようになったことに感慨をもった。しかも、反応が結構、敏感なのである。

先のイタリア映画祭でもヴェロネージ監督の『恋愛マニュアル』が、観客の間ではとても受けていた。これも、恋愛をテーマとしたコメディである。テレビでも久々の漫才ブームが起こっているが、長い暗いトンネルをやっと抜け出しかけて、人々は笑いを様々なレベルで求めているのかもしれない。

歌手としては、トニオのフローレスが抜群の出来。ドニゼッティの様式感を的確に捉え、声も強いところ、柔らかいところ、ともに訴えかける力がつよく、声の表情にも幅があり、さらに、肝心なフレーズでさっとテンポをあげて締めるなど、巧みであり、なおかつ、うっとりとさせる。素晴らしい歌手である。

サービス精神も旺盛で、一幕のアリア〈友よ今日は何て楽しい日〉はハイC(高いド)が何度もでてくる難局だが、完璧に歌い上げ、それまでの拍手とは桁の違う劇場中が地響きのするような拍手に応えて、もう一度そのアリアを歌ってみせた。

ブルーノ・プラティコのシュルピス軍曹も、実に愉快な歌と演技を披露してくれた。彼が優れたロッシーニ歌いであるというプログラムの解説は、納得がいくもので、是非、ロッシーニでもその歌を聴いてみたい、観てみたいと思う。(追記:その後、調べてみると、1993年にシャイー指揮ロッシーニの『チェネレントラ』でドン・マニフィコ役を聴いていました。13年前とはいえ、ザル記憶力がお恥ずかしいかぎりです)。

ベルケンフィールド侯爵夫人のオブラスツォワは貫禄で、わざと気取ってフランス語の発音を誇張して、観客の笑いをとっていた。歌・演技ともにベテランらしくつぼを抑えたもの。声量もさすがといったところ。

タイトル・ロールのマリー(連隊の娘)、ステファニア・ボンファデッリは、美貌、容姿が文句なかった。軍服姿でも、格好良いし、花嫁衣装(といってもとてもシンプルな衣装なのだが)それも可憐で、素敵だった。

歌も誠実に歌っていて、相当高いレベルにあるのだが、無いものねだりをすると、ドニゼッティ特有のふっと叙情的になるアリア(たとえば《愛の妙薬》の〈人知れぬ涙〉)では、軍隊で勇ましい時のマリーと、せつせつと心情を吐露するマリーの間の落差、声の表情の落差がもう一歩欲しかった気がする。さらに言えば、ドニゼッティは、曲の途中で、不思議な転調や半音階がはいるのだが、そこの表情づけ、声の音色の変化、間の取り方が絶妙であると、聴衆の心に訴えかける力が何倍にもなり、これこそドニゼッティだ、という醍醐味を味わえるのにと、という感じをもった。とはいえ、非常にレベルの高い歌唱と演技力で、私の望みは、非常に贅沢なものに違いない。

指揮はブルーノ・カンパネッッラ。オーケストラはボローニャ歌劇場管弦楽団。驚くほど厚い響き(私の席は一階の後ろ)で、丁寧な指揮振りだった。個人的な好みでは、軍楽のらっぱの部分などは、もっとお気楽な感じで、ノリよくやって欲しかった。そうすることによって、侯爵夫人が体現するお上品文化とのコントラストが音楽的にもよくわかるからだ。

ただし、第二幕の中盤からは、けっこうノリがよくなっていた。

全体としては、極めて完成度の高い上演であった。観客の拍手も熱く長く続いた。ドニゼッティは、これから上演の機会が増えるのではないか、という希望を持った一日だった。

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コメント

ドニゼッティの転調や半音階について勉強になりました。サークル内で「人知れぬ涙」を歌う機会があるので、参考にします。

フローレスにオブラスツォワ…、うらやましい限りです。N○Kあたりで是非とも放送してほしいものです。

投稿: Raimondi | 2006年6月 6日 (火) 18時57分

転調や半音階、ご理解いただき、大変満足です。ドニゼッティの転調は独特ですよね。
僕としては、鼻歌的な軽さを失わずに、叙情性が醸し出されれば最高のドニゼッティ(喜劇の方です、もちろん)なのです。

NHKがハイヴィジョンで放映すれば、最高ですね。放映権が高いのでしょう。1993年の時には、ボローニャはフジテレビが呼んでいたのですが、今回も主催者はフジですね。フジテレビは放映する責任があるのではと思うけど、どうなんでしょうね。

投稿: panterino | 2006年6月 7日 (水) 00時00分

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