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2006年6月16日 (金)

セボルガ「公国」の内紛?

Seborga Luigino Giorgio_1 セボルガの全景

セボルガの通貨、ルイジーノ

セボルガの君主ジョルジョ1世(左)と、外務大臣(右)

イタリアの西端に位置するセボルガ公国の公女が、領土をイタリアに献上したいと申し出た(コリエレ・デッラ・セーラ、6月12日)。

セボルガ公国が位置するのは、リグーリアの西端で、フランス国境に近い。ここを統治するジョルジョ1世は、元花卉栽培者で、1963年にセボルガの統治者に選ばれた。

ところが、当地の公女ヤスミーネ・フォン・ホエンシュタウフェンは、あのフェデリーコ2世の子孫であると主張し、セボルガの領有権を主張してきた。

彼女は、イタリア共和国大統領のジョルジョ・ナポリターノに手紙を書き、セボルガの領有権を簒奪者(ジョルジョ1世のことだと思われる)に主張させぬことを条件に、セボルガをイタリアに献上したいと申し出た。

しかしセボルガは同意していない。「あの女性は、自分のものでないものを誰にも差し出すことは出来ないのです」とジョルジョ1世。

ジョルジョ1世は、後継者を捜している。少し疲れたのだという。

セボルガ公国の側では、セボルガが1748年に、シトー派修道会からヴィットリオ・アメデオ2世に売り渡された際に、サルデーニャ王国やサヴォイア家に登録されていないし、サルデーニャ王国がイタリアを統一した際にも、セボルガの名は出てこないので、セボルガはイタリアではない、と主張している。

セボルガという名前は、Sepulcri Burgum が縮まって、Seburgumとなり、さらに Seborga となったらしい。ここには聖杯などの聖遺物があると言われている。

ホウエンシュタウフェン家の人は、聖遺物、聖十字架の破片を所有していると述べている。

セボルガをめぐるジョルジョ1世と公女の争いは、公国の「再生」により、観光客が増えたことで、しばらくはおさまっていた。

公国は、ルイジーノという通貨を発行し、切手を売り、国旗やナンバープレートまである。

イギリス人はセボルガが好きで、BBCはジョルジョ1世にインタビューをし、タイムズ紙は、退位の意向を報道した。

セボルガは、人口が362人(320人とする説もある)の小さな集落なのである。イタリア共和国の側は、セボルガを一つのコムーネ(市町村)と考えている。

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