« セボルガ「公国」の内紛? | トップページ | 祈りとミサと政治的影響力 »

2006年6月16日 (金)

イタリア最初のフェミニスト

Smorelli

イタリア最初のフェミニスト、サルヴァトーレ・モレッリについて、セルジョ・ロマーノが紹介している(コリエレ・デッラ・セーラ、6月12日)。

モレッリについては、セルジョ・ロマーノも知らなかったと告白している。

モレッリは、1824年にプーリア州に生まれ、1840年法学を学ぶためナポリに上京する。そこで、マッツィーニ派の若者を知り、「青年イタリア党」に入党する。

1848年2月ブルボン朝のフェルディナンド2世が自由主義に転じるだろうと、モレッリは信じるが、やがて王は7月には議会を停止し、翌年には議会を閉鎖してしまう。

モレッリは、憤慨して、王の肖像画を故郷の広場で焼き捨てたーーそれは当時は犯罪であった。

彼は懲役8年を言い渡され、イスキア島の要塞、ヴェントテーネ島などに幽閉される。

イタリア王国が出来ると、レッチェで新聞を創刊する。そのころ、『女性と学問』を執筆。

1867年下院議員となる。マッツィーニ派で、進歩主義者で、社会改良に積極的に取り組んだ。

彼の法案は、すべて冷たく受け止められたが、彼が熱心だったのは、火葬および墓地の閉鎖、教育改革と宗教教育の廃止、家族の権利の改革ー夫と妻の権利の平等、離婚、嫡出子と婚外子の差別の撤廃ーであった。

彼の提出した女性に関する法案には次のような条項があった。

第一条 女性のアイデンティティが、タイプや能力において男性と同等であることを認め、民法や政治的権利において男性と同じ扱いをうけること。

第三条 女性の権利を制限するすべての法律や付則による規制を撤廃すること。

|

« セボルガ「公国」の内紛? | トップページ | 祈りとミサと政治的影響力 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/10554002

この記事へのトラックバック一覧です: イタリア最初のフェミニスト:

« セボルガ「公国」の内紛? | トップページ | 祈りとミサと政治的影響力 »