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2006年6月11日 (日)

ファシズム期のホモセクシュアル

La_citta_e_lisola ファシズム期におけるホモセクシュアルについての本が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、6月6日)。

著者は、ジャンフランコ・ゴレッティとトンマーゾ・ジャルトジオで、『都市と島ーーファシズム期イタリアにおける流刑地のホモセクシュアル』(Donzelli, 13,50ユーロ)。

たとえば、カターニャのホモセクシュアルは反ファシズムではなく、大多数は政治を無視し、あるものはファシスト党員であったという。都市部においては、相対的な寛容さを享受していたのだ。

抑圧の大波がやってきたのは、1939年のはじめで、彼らは大量にアドリア海の小島、トレミティ諸島やサン・ドミノ島に流された。

これはほとんど知られていない事件で、著者のゴレッティとジャルトジオは生き生きと描き出している。

島では受け身の役割のホモセクシュアルは、女性風のあだな('a Francisa,  'a Leonessa,  'a Placidina--'a が何を表わすかは、筆者には不明なのでご教示いただければ幸いです)がつけられた。女性役の男 (arrusi) は、正統的変態と考えられていたが、〈男役〉の方は、正式に結婚していることがしばしばあり、社会的非難の対象とはなっていなかった。

統一前のイタリアでは、南イタリアのブルボン朝支配のもとでは、北イタリアのサボイア朝とは異なり、同意があればホモセクシュアルの関係は罰せられなかった。

この相違は、1860年の国家統一以降も、1889年までは存続していた。1889年に、国全体で、処罰の対象からはずされたのである。だから1931年のファシスト法典が出来るまでは、刑罰に処せられなかったのである。

1930年半ばに大転換がおこり、カターニャの警察署長のアルフォンソ・モリーナは容赦なく取り締まり、ついには流刑に処してしまう。

ところが、受け身役のものだけを島流しにしたことで、逆説的な効果が発揮されてしまう。彼らは最初は、自分自身であることを隠す必要がない自由を享受したが、男役がいないので、看守たちを口説きはじめる(成功したものもいる)。

さらには、彼ら同士で口説きはじめ、受動的な立場と能動的な立場の区別が消滅し、大混乱になったという。

彼らは1940年6月、より危険な人間を入れる場所を提供するため、釈放された。

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