《恋愛マニュアル》
《恋愛マニュアル》。イタリア映画祭2006(有楽町朝日ホール)。会場は、混んでいて、臨時の座席がかなり出ていたようだ。
ジョヴァンニ・ヴェロネージ監督。オムニバス映画で、「恋」、「危機」、「浮気」、「別離」からなる。上映前と後に、「浮気」に登場するディーノ・アッブレーシャの挨拶があった。
「恋」は若者の、「危機」は倦怠期(マルゲリータ・ブイとセルジョ・ルビーニのくたびれた夫婦はリアル)のとそれぞれのカップルの様相が描かれる。
ここからネタバレの部分あります。
「浮気」で婦人警官オルネッラを演じたルチャーナ・リッティゼットは快演だった。愉快なキャラクターを小気味よく演じ、言葉づかいも含め歯切れがよい。夫の浮気を知って逆上する場面、自分もふとしたきっかけでニュース・キャスターと一夜を過ごしてしまうオチ、これがある爽やかさを持って感じられるようになったところに、時代を感じる。おそらく、イタリアで、こういうシナリオが企画として通るようになったのはそう昔のことではないと想像する。
「別離」で、浮気をしようとしたところに夫が帰ってきて、というのは、コメディア・デラルテのよくある手だそうだ。18世紀のロココの絵画などにもお決まりのパターンで描かれている。逃れ出たところがバルコニーでなく、目もくらむような高さでわずかな縁しかないところが映画的であった。
4つのエピソードは、快適なテンポで進み、よく考えると、コメディア・デラルテのパターンにあてはめるためにリアリズムからはずれているところもあるのだが、そんなことは気にならずに大いに楽しめる映画だった。
追記:
同時上映の短編 《リトル・ボーイ》は、興味深い作品だった。ふわふわの毛足の長いしきものの上に子供がうずくまって寝ている。光が明滅し、どうもこの子供が胎児のようだと感じる。
だんだん、怪しげな、強迫的な音楽とリズムになってくる。
ここから先、ネタバレです。
これは、もしかして、妊娠中絶を告発する映画なのだろうかと思った。しかし、すぐにそれは勘違いであることが判明した。リトル・ボーイが何万人を殺したというナレーションが入る。
そう、リトル・ボーイは、広島の原爆の名前だったのだ。たった7分55秒の映画だったが、上映後、会場は一瞬、水をうったように静かだった。
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コメント
はじめまして。
私もこの短編、ラストにびっくりしました。イタリア人がみるアメリカと日本の関係、そしてその後に続くコメディの組み合わせのセンス…;。どちらも興味深かったです。
投稿: wako | 2006年5月 4日 (木) 20時48分
はじめまして。
イタリア人は、科学技術の進歩に無条件に楽観的ではないですね。人工授精であまった受精卵や幹細胞の利用法に関しても、様々な意見がありますし、カトリック教会は明確に反対しています。
原爆の脅威を、キノコ雲やただれた皮膚の写真を出さずに、生命の誕生と絡める逆説的な扱いが、不安をかき立てる音楽とあいまって映像の力になっていたと思います。
投稿: panterino | 2006年5月 4日 (木) 22時03分