ルチャーノ・モッジの略歴
ユヴェントゥスのルチャーノ・モッジ総監督は、元鉄道員から出世して、サッカー界の頂点に登りつめた男だった(コリエレ・デッラ・セーラ、5月15日)。
ルチャーノ・モッジは、1937年7月10日にモンティチャーノ(シエナ県)に生まれた。モンティチャーノは、シエナの南西に位置している。映画 《ノスタルジア》 に屋根のない教会サン・ガルガーノが出てくるがその近くの小さな集落である。
父は森林警備員。1962年、中学卒業後、モッジは国鉄に入る。国鉄職員としてチヴィタヴェッキアで働くかたわら、セリエD(現在のセリエC2)でプレイしていたが、あまり才能はなく、途中でサッカー選手としてのキャリアを断念した。
スカウトになることを思いつき、ユーヴェにカウジオを推薦したのち、ローマのため働く。1978年には、プルッツォを獲得。
その後、ラツィオやトリノと働き、1987年には、イタリアのチャンピオンだったナポリと契約した。そして、1994年、モンティチャーノ時代からのファンであったユヴェントゥスにウンベルト・アニェッリに招聘されて入ったのである。
今回の事件以前にも、ペルージャのオーナーだったガウチなどから、息子が会長をつとめるGEAとの絡みで批判のまとともなっており、数年前には 『ラッキー・ルチャーノ』という本が出ている。ルチャーノ・モッジのルチャーノおよび彼の幸運とアメリカ・マフィアの親分の名前をかけたタイトルであり、不正疑惑・強引な手法が以前から彼にはつきまとっていたことが推察される。
| 固定リンク


コメント