イタリアのポルノ産業
イタリアのポルノ産業についての本をブルーノ・ヴェッキが著わした(コリエレ・デッラ・セーラ、5月7日)。
タイトルは、 「私の快楽のためにやるんじゃない」(Non lo fo per piacere mio) で、出版社は Melampo (115 ページ、10ユーロ)。中身は、イタリアのポルノ産業についてのエッセイを集めたもの。
ポルノ産業にとっても、大きな転換点は、1989年のベルリンの壁崩壊であった。東欧の美女たちが、夢(一攫千金)をもとめて、西側へなだれこみ、イタリア風のセクシーな映画を、一気に、本当の産業に変えたのだという。
今日、この変換は終了し、次の目的地は中国になっているのだそうだ。
また1970年代のミラノでは、1976年に最初のポルノ映画館 Majestic (もとの Delle Stelle ) が出来た。それから20館ができたが、当時は、観客はこっそりと観たものだという。と同時に、70年代においては、ポルノ映画を観ることは、当時の支配的な文化に対する抗議でもあった。
それが、VHSやDVDの登場によって変わった。ポルノスターもウクライナ、ロシア、モルドヴァ、ハンガリー、チェコ、スロヴァキア、ルーマニア、ブルガリアにまで至っているという。
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コメント
イタリアのポルノ産業ですか。モアナ・ポッツィとセレンが思い浮かびます。
投稿: 台湾人 | 2011年6月22日 (水) 22時14分
台湾人さん
おっしゃる通りモアナ・ポッツィは、謎の死も含めて時々コリエーレ紙でもとりあげられていますね。
投稿: panterino | 2011年6月26日 (日) 17時31分