アリダ・ヴァッリ死去
アリダ・ヴァッリが死んだ。84歳だった(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。
アリダ・ヴァッリの本名は、Alida Maria Laura Altenburger, baronessa von Marckenstein und Frauenberg ということで貴族だった。生まれたのは、ポーラ(現クロアチア)、1921年5月31日。
16歳のときに、コモ湖のほとりに移る。そこからミラノへ行き、さらにローマへ出る。またたく間に、当時のスターとなる。
彼女の芸名がアリダ・ヴァッリとなったのは、1937年からであるが、そのキャリアは2000年まで続く。それゆえ、彼女のキャリアは第二次大戦前と戦後に分かれる。個人的にも、婚約者のパイロットが戦死したという事件があった。
戦前の映画には、Feroce saladino, Mille lire al mese, Assennza ingiustificata などがあり、さらに、Ore 9 lezione di chimica, Eugenia Grandet (1946), Manon Lescaut, Due organelle があるというが、筆者は残念ながら観たことがない。
戦後、2人の幼子をともなってハリウッドに進出。《パラダイン夫人の恋》(1947)で、グレゴリー・ペックと共演、ヒッチコック監督。1949年には、《第三の男》(キャロル・リード監督)に出演。
イタリアに帰って、ヴィスコンティのもと《夏の嵐》(1954)に出演。1967年にはパゾリーニの《オイディプス王》に出ている。ベルトルッチ作品にも複数出ている。
1997年には、そのキャリアを讃えて、ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞。
芸術的には成功に満ちた生涯であったが、男性にはめぐまれなかったようだ。
チャンピ大統領は家族にお悔やみの言葉をおくり、「戦前のコメディー映画で人気を博し、イタリアの恋人」だったと評した。
ローマ市長ヴェルトローニの意向で、葬儀は、カンピドリオで行われる予定である。
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