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2006年5月 4日 (木)

《13歳の夏に僕は生まれた》

Photo_7

(写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《13歳の夏に僕は生まれた》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督。イタリア映画祭で、すでに、《ペッピーノの百歩》、《輝ける青春》が上映され好評を博し、《輝ける青春》は6時間という上映時間にもかかわらず、岩波ホールでかなり長期間にわたり上映された。両者とも日本でDVDが出た。しかも 《13歳の夏に僕は生まれた》は、プレミア上映で、今日一回のみの上映であったので、非常に会場は混んでいた。

この夏、東急の Bunkamura ル・シネマなどで全国公開するそうだ。

ここからネタバレです。

北イタリアのブルジョア家庭(企業家)の一人息子サンドロは、父親、父親の友人とクルーズ中に海に転落し、イタリアへの不法入国をねらう移民たち満載のおんぼろ船に救出される。

サンドロは、ルーマニア人兄妹に助けられ、船にいる間は、イタリア人であることを隠す。この船には、実に多様な人種が載っており、地球そのもののメタファーともとれる。それを運転しているのが、とんでもない奴らなのだが・・・船自体の姿は、おんぼろで、過積載であり、故障もするのだが、海に浮かぶ姿は、海の色が変化するのとともに変化し、いわく言い難く美しい。

やがて船上の難民たちは、パトロール隊に保護され、収容所に入れられる。サンドロはイタリア人であり、両親が迎えに来る。サンドロは、ルーマニア人兄妹を養子にして、ここから助け出してくれと両親に懇願する・・・

神父や判事など、制度的なことも描きこまれている。そのことで、制度の不備も、一層、明らかになる。

この作品は、ジョルダーナの他の作品と同様、社会問題への意識が骨太に中心にある。子供の視点から描かれている分、素朴な質問をもう一度問いかけることが可能な仕組みである。

ブレーシャの学校の場面では、サンドロの同級生に黒人がいるし、サンドロの父(アレッシオ・ボーニ)が経営する工場にも決して少なくない元不法移民(現在の法的状態は不明)がいる。

続編があるのだろうか、と思わせる、オープン・エンドな終わり方であった。

同時上映の短編は、《ルー》。これは爆笑ものの、パロディ映画。

ブルーノ・ボゼット監督、2004年。これはアメリカのピクサーの作る 《トイ・ストーリー》 などをパロディー化したもの。

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コメント

今晩は 私も観てまいりましたのでTBさせて頂きますね^^
なかなか心にずしっとくる作品でしたね。
ジョルダーナ監督の作品は大好きです。

投稿: マダムS | 2006年5月 5日 (金) 00時24分

今晩は、マダムSさん。
監督自身は風貌も、何というか、きわめて高度に常識を備えた人という感じがしました。
エクセントリックにならずに、しかし社会で片隅に追いやられがちな問題をしっかり見据えている、そういう大人なのですが、子供の視点のみずみずしさを兼ね備えているところが、才能ですね。

投稿: panterino | 2006年5月 5日 (金) 21時09分

ブレーシャのあたりはLega Nordの強い地域で、外国人排斥のポスターなどが目立ちましたね。わたしが行ったのはもう5年も前の話ですが。そういう地域は逆に、イタリア人がやりたがらない仕事を外国人が受け持っている地域なのですが。

そういうわけで、北イタリアは豊かな地域だとは思いますが、(日本人も含めて)外国人が暮らすにはいささか気分が良くない感じがしました。

投稿: Shibano | 2006年5月 5日 (金) 21時46分

そうですね。座談会で、ジョルダーナ監督も言っていましたが、イタリア人は、かつては、自分たちが移民する側だったこともあって、人種差別主義者ではないと思っていた。ところが、それは、移民問題が生じていないからだった。移民が増えてみるとイタリア人も人種差別の問題と無縁でないことが明らかになったというわけです
社会学か何かの本で、移民が一定割合(5%ー10%だった気がします、記憶が曖昧ですみません)を越えると一気に軋轢が高まるという説を読んだことがあります。

この映画では、子供が海で溺れるシーンが長いのですが、そこに死と再生のイメージがあります。つまり、子供は象徴的にはそこで死んで生まれ変わることになります。
「生まれ変わった」子供はそれまでよりずっと、人種の異なる子供、工場で働く黒人、黒人の同級生と積極的に交流するようになります。つまり、親の世代は、子供のときに不法移民問題もなかったけれど、逆に言えば、異人種を理解するチャンスにも恵まれなかったわけです。今の子供は、不法移民問題を抱えた社会に最初から生きているとも言えるし、異民族と接するチャンスに恵まれているともいえるわけで、それをプラスに転ずる可能性(それがたやすいものでないことは、映画の中でも明らかになるのですが)を、次世代をになう子供にジョルダーナは託しているように見えました。

投稿: panterino | 2006年5月 6日 (土) 20時41分

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