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2006年5月 6日 (土)

《見つめる女》

Photo_9 (写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《見つめる女》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

パオロ・フランキ監督、2004年。《聖なる心》主演のバルボラ・ボブローヴァが、ミステリアスな女を演じる。

ここからネタバレです。

トリノに住むヴァレリア(ボブローヴァ)は、向かいのマッシモを恋しているが、ただ遠くから観ているだけである。マッシモがローマに転居したことを知って、彼女も衝動的にローマに出て行く。

マッシモは、製薬会社から大学に転職したのだが、マッシモの恋人は、法学の教師フラヴィア(ブリジット・カティヨン)である。フラヴィアは、亡夫の本の書き直しをしているが、そのタイピストとしてヴァレリアを雇う。フラヴィアが若い女を警戒せずに、マッシモに紹介し、食事を共にする場面は、不思議といえば不思議である。

フラヴィアは、結局マッシモが共同生活を申し込むのに、ためらいを見せ、今の別々の生活拠点を持つ生活から踏み出す決意を示さない。そのことと、嫉妬深くないことは絡んでいるのだろう。

マッシモとフラヴィアの仲は、決裂し、マッシモはヴァレリアに接近するが、ヴァレリアはトリノへ帰る。ヴァレリアは、合理的理由に基づいて行動しているとは言えない登場人物なのである。こういう女性は、昔の日本映画などにはよく出てきたように思うが、西洋でもいるわけだ。

あるいは、ボヴローヴァの独特な風貌(スロヴァキア出身)と合わせ、普通でない、一風変わった女性を描きたかったのかもしれない。

同時上映の短編は《自画像》。フランチェスコ・アマート監督、2004年。

ここからネタバレです。

これは図書館員の日常を描いたものだが、ある日、図書館の外に、証明写真をとるボックスが設置される。主人公の図書館員は、興味をもってお金をいれ撮影するが、出てきた写真には、顔がうつっていない(ほとんど白いまま)。次の人は、ちゃんと写る。もう一度ためすが、また写らない。

最後は、ある女性が、やはり写らないということがあって、二人はそのことを確かめ合って微笑むというオチ。

図書館員の、ほとんど沈黙が支配する日常生活のなかでのささやかな事件というところが、味がある。

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