ガゼッタ・デッロ・スポルト、110周年(2)
イタリアのスポーツ紙「ガゼッタ・デッロ・スポルト」紙、110周年の続きである(コリエレ・デッラ・セーラ、4月3日の付録ガゼッタ・デッロ・スポルト特別号)。
「ガゼッタ・デッロ・スポルト」紙は、もともと「ラ・トリプレッタ」というトリノでエウジェーニオ・カミッロ・カスタマーニャが創設した新聞と、「イル・チクリスタ」という1895年に、エリゾ・リヴェーラによって創刊された雑誌が一緒になって、新たに出来た。
最初は、ガゼッタ・デッロ・スポルトという題字の下に、イル・チクリスタ・エ・ラ・トリプレッタと印刷されていたが、それがかっこに入れられるようになり、1897年1月1日には消えて、「ガゼッタ・デッロ・スポルト」のみとなった。
ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の色であるが、前述のように創刊時は、緑色であった。白い紙より安価であったからだ。紙の管理には限界があって、1896年9月4日の新聞は、白く見える。この時から、しばらくの間、紙の色は一定しない。
1897年1月には、緑色に戻っている。
1899年1月2日にピンク色となる。
第一次大戦の余波で、1920年4月8日から5月11日まで、ピンク色を放棄した。
1943年9月8日から第二次大戦終了時までは、入手できる紙しだいで、白だったりピンクだったりする。
1945年、68日間の中断ののち、7月2日に新たにピンク色で発行再開し、今日に至る。
ガゼッタ・デッロ・スポルトで地方版があるのは5つ。ラツィオ、シチリア、カラーブリア、カンパーニャ、プーリア/バジリカータである。
世界におけるガゼッタ・デッロ・スポルト。ヨーロッパでは、ベルギー(1994年から)、スペイン(1999年から)でも印刷・発行されている。
アメリカでは、ニューヨークで、1994年、ワールドカップの直前から印刷・発行されている。
ついで、アルゼンチンのブエノスアイレス(2000年)、ブラジル(2000年)、オーストラリア(2001年)とイタリア系移民のいるところに広がっている。
ちなみに、ガゼッタ・デッロ・スポルトと同じ年、1896年生まれの文化人には、ノーベル賞詩人でコリエレ・デッラ・セーラにオペラ批評を書いたエウジェーニオ・モンターレ、小説「山猫」の作者ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ、画家フィリッポ・デ・ピシスがいる。
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