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2006年4月 9日 (日)

アメリカのイタリア人

アメリカにおけるイタリア人の受難の歴史を扱った本の紹介がコリエレ紙に掲載されているので紹介する。タイトルは、『イタリア人は白人か?アメリカでどのように人種は構成されたのか?』(Gli italiani sono bianchi? Come l'America ha costruito la razza) (pp.383, 19,50ユーロ、Saggiatore)という挑発的なものである。

これは論文集で、編纂したのは、Jennifer GuglielmoとSalvatore Salernoというアメリカの学者。2003年に英語で出たもののイタリア語版である。

ただし、コリエレ紙が紹介している Gian Antonio Stella の序文はイタリア語版のみのもの。

19世紀から20世紀にかけて、イタリアからアメリカに渡ったイタリア人は決して少なくないが、本書は、当時広まっていた人種的偏見の中で、イタリア人がどうアメリカ社会に入っていったかを検証するものである。

イタリア人は、白人の仲間に入る(!!!)ことをめざしたのだが、それには多くの人が疑問を呈していた(!!!)。そこからイタリア人と有色人種とのねじれた関係が生じる。一部では連帯があるのだが、大半は、苛烈な争いである。

イタリア語版序文の著者、ジャン・アントニオ・ステッラは次のようなエピソードを紹介している。

アメリカの伊達男たちの靴磨きをしていたイタリア人は、黒人のように扱われた(サルヴァトーレ・ラグミーナの本で紹介されたエピソード)。疑似宗教的な偏見が、プロテスタント社会やアイルランドのカトリック社会にも広まっていたのである。

その偏見とは、イタリア人の崇拝する聖人が黒いということで、シチリアで愛されている黒い修道僧、聖カロージェロ、また、ロレートの黒い聖母、シクリアーナの黒いキリスト、バーリの黒い聖ニコラ、アジーラの黒い聖フィリッポ、ヴェローナの黒い聖ゼーノがある。これらは、イタリア人が黒人であるということの証拠にはならないのだが・・・

また1922年にはロリンズ対アラバマという裁判があった。ジム・ロリンズという有色人種の男が白人女性と性的関係を持つ miscegenation (異種族混交)の罪を犯した(!!!)かどで有罪判決をうけたロリンズは、反論で、「彼女は、白人ではない、イタリア人だ!」と主張した。裁判官にその主張は聞き入れられ、判決文では、検事は、「問題となっている女性イディス・ラブエが、白人であるという証拠を提供していない」とし、それゆえ、「彼女が白人であるとは、断言できないし、また、彼女自身が黒人あるいは黒人の子孫であるということも出来ない」としている。

この イディス・ランブエ(Edith Labue)という名前は示唆に富んでいる。アメリカに渡ったイタリア人は、偏見を軽くするために、宗教を変える(ジュゼッペ・ダロンガロによると、1918年のニューヨークだけで、2万5千人の改宗者が出たという)のみでなく、アングロサクソン系に「聞こえる」名前に変えるものまでいたという。

イタリア人に対する偏見は、何世紀にもわたるものだ。イギリス・ロマン派のP.B.シェリーのそれもはなはだしい。イタリア人は、「愚かで悪習にそまった奴隷の部族に見える」としている。

科学者もその例外ではない。民族学者ジュゼッペ・セルジとルイージ・ピゴリーニ(1842-1925)は、多くの意見の相違がありながら、一点において一致していた。即ち、イタリアは、遠い古代にアフリカの民、おそらくはアビシニア(エチオピア)に征服されたということだ。これを、アメリカの人種差別主義者は都合よく解釈し、自分たちの偏見が「科学的」に裏づけられたと考えたのである。

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コメント

イタリア語を全く話せずにイタリアに住んでいる自分にとっては、本サイトはイタリアに関する面白い記事が沢山あり、興味深く見ています。
本記事は古いですが、面白かったですね。

イタリア人の同僚も「南イタリアはアフリカ人に占領された事がありその影響がある」との認識です。

南イタリア人はラテン系人種なので、北イタリアのガリア系とは違います。日本人並みに背が低く黒髪です。
海岸から少し山の方に入った街では、ガリア系並に背の高い人が多くなったりします。

イタリアは都市国家で、その上地域で纏まっているので、他地域との交流が少ないまま長年過ぎているのでしょう。

南イタリア人は「北イタリアは寒いし、人間関係が冷たいので、就職口があっても住みたくは無い」と良く言います。若いときに北イタリアで働いていても歳をとってくると南イタリアへ戻る人も沢山いるようです。

但し、南イタリア人が北イタリアの会社に就職しようとすると南イタリア出身と言うだけで差別があるので、就職は難しいという人もいます。
たとえ就職しても昇進が難しいのかもしれません。南イタリアはマフィア等の犯罪組織に毒されていると北イタリア人は考えています。

投稿: andy | 2008年3月22日 (土) 13時58分

andy さん

こちらこそ、コメントありがとうございます。
この記事、あらためて、極端な話ですよね。でも、80年ほど前には、これほどの人種差別があたりまえの認識だったわけですね。

南イタリアの歴史は、ご存じのように大変複雑で、古代にはギリシアの一部だったわけですし、その後、アラブがやってきたり(同僚のアフリカ人というのは北アフリカのアラブ人ということでしょうね)、シチリアにはノルマン人が来たり、さらには、スペイン・ブルボンの支配を受けたりしたわけですよね。

南イタリアは、景色も歴史的なモニュメントも豊かで、料理もおいしいし、冬は相対的に暖かいし、素晴らしいところだと思います。
住民にとっても、深刻なのは、各種の統計からも明らかなように、産業の育成、雇用の問題ですね。雇用や貧困の問題と、犯罪組織の問題は、切り離せないと思えます。


投稿: panterino | 2008年3月22日 (土) 18時16分

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