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2006年4月30日 (日)

イル・マニフェスト紙、35周年

イタリアの日刊紙《イル・マニフェスト》が、4月28日で35周年を迎える。出版社リッツォリから、その歴史を記した本が出版される(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。

《イル・マニフェスト》は1969年6月24日に月刊誌として創刊され、1971年4月に日刊紙となった。

1969年、月刊誌の第二号に、ソ連のチェコスロヴァキア侵攻(プラハの春およびチェコ事件)を断罪したところ、当時のイタリア共産党から《分派主義》であるとして非難され、アルド・ナトリ、ルイジ・ピントール、ロッサーナ・ロッサンダは除名処分を受けた。

この後も、数々の論争を、内部で、あるいは共産党の人々と戦わせてきたわけであるが、そういった論争、イタリアの当時のそして今日の政治分析をヴァレンティーノ・パルラートがまとめて、Rizzoli から出版する。タイトルは《Se trentacinque anni vi sembran pochi》(35年がわずかに見えるなら)である。

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イル・マニフェスト紙、35周年

イタリアの日刊紙《イル・マニフェスト》が、4月28日で35周年を迎える。出版社リッツォリから、その歴史を記した本が出版される(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。

《イル・マニフェスト》は1969年6月24日に月刊誌として創刊され、1971年4月に日刊紙となった。

1969年、月刊誌の第二号に、ソ連のチェコスロヴァキア侵攻(プラハの春およびチェコ事件)を断罪したところ、当時のイタリア共産党から《分派主義》であるとして非難され、アルド・ナトリ、ルイジ・ピントール、ロッサーナ・ロッサンダは除名処分を受けた。

この後も、数々の論争を、内部で、あるいは共産党の人々と戦わせてきたわけであるが、そういった論争、イタリアの当時のそして今日の政治分析をヴァレンティーノ・パルラートがまとめて、Rizzoli から出版する。タイトルは《Se trentacinque anni vi sembran pochi》(35年がわずかに見えるなら)である。

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イタリア人科学者、買い物のニューロン発見

イタリア人科学者カミッロ・パドア=スキオッパが、買い物のニューロンを発見し、科学雑誌ネイチャーに発表した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。

「買い物のニューロン」というのは、何故、どのようにして、選択が行われるかに関わるニューロンのことである。パドア=スキオッパは、大脳皮質の前方部分(前頭葉に近い部分)で、選択を行うニューロンが存在することを突き止めた。

その部分の一群のニューロンが「点いたり」、「消えたり」して、選択の有利、不利を勘案するらしい。

発表したパドア=スキオッパは、36歳。ローマ大学サピエンツァ校を卒業し、アメリカのMITの認知科学で博士号(Ph D)を取得。今回の研究はハーヴァード・メディカル・スクールでのもの。

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ドラーギ、イタリア経済は回復基調

イタリア中央銀行の総裁、マリオ・ドラーギは、イタリア経済は何とかなりうるという見通しを示した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。

ドラーギのイタリア経済楽観視の根拠の一つは、ドイツ経済の予想が上方修正される見込みであること。ドイツ経済が良くなると、それがヨーロッパ各国に波及するという理屈である。

また、誰の内閣となっても、イタリアはユーロ圏内に留まるであろうとも述べた。

ジュリオ・トレモンティ経済相は、「事態がうまく行かないときは、ベルルスコーニ政府のせいとなり、うまく行くと、ドイツのおかげとなる」と不満げである。

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上院議長選、中道右派アンドレオッティを担ぎ出す

上院議長選で、中道右派は、ジュリオ・アンドレオッティを候補者として立てる見込みである(コリエレ・デッラ・セーラ、4月23日)。

一方、中道左派 l'Unione はフランコ・マリーニを候補者とする予定。

上院は、先の総選挙の結果、中道左派158人、中道右派156人、その他1人という分布となり、中道左派と中道右派の差があまりにも僅かになってしまったのである。

上院議長選が僅差だったのには先例がある。1994年がそうで、下院議長はイレーネ・ピヴェッティがすんなりと選出された。当時は、両院議長を与党と野党で一人ずつわけあう慣習があったのだが、ベルルスコーニが両院議長を独占しようと考えたため、中道右派が擁立したカルロ・スコニャミリオと中道左派の擁立したジョヴァンニ・スパドリーニが激突。票の数え違いなど波乱の末、スコニャミリオが一票差で、上院議長に選出された。

今回も一票が貴重なわけだが、終身上院議員のフランチェスコ・コッシーガ元大統領は、当惑すると言い、ノーベル賞受賞者のリータ・レーヴィ・モンタルチーニ終身上院議員は、投票の朝決める、と言い、アルゼンチンから選出されたルイージ・パッラロ上院議員は、今は語りたくないと言っている。

そもそも両候補は、もともとキリスト教民主党の出身で、最後のアンドレオッティ内閣で、マリーニは大臣を務めたことがある。

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2006年4月29日 (土)

モレッティ、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞受賞

ナンニ・モレッティの《Il caimano》がダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の作品賞をはじめ6つの賞を受賞した。ついで、ミケーレ・プラーチドの《Romanzo criminale》が多くの賞を獲得した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月22日)。

モレッティは、作家のアンドレア・カミッレーリから賞をもらい「彼から賞を受け取り嬉しい。彼と知り合ったのは、芸術ではなくて、政治的なデモンストレーションだった」と語った。

《Il caimano》が受賞したのは、作品賞、監督賞(ナンニ・モレッティ)、主演男優賞(シルヴィオ・オルランド)、プロデューサー賞(アンジェロ・バルバガッロ)、音楽賞(フランコ・ピエルサンティ)、録音賞である。

一方、プラーチドの《Romanzo criminale》は、8部門、脚本賞(ステーファノ・ルッリ、サンドロ・ペトラリア)、助演男優賞(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)、撮影賞、美術賞、衣装賞、編集賞、特別効果賞などを獲得した。

50回目をかざる記念の授賞式には、政治家ジュリオ・アンドレオッティと女優ジーナ・ロッロブリジダが出席。彼女は「50年前を振り返ると・・・あの頃、私たちは世界で一番手だったのに、今は・・・」とため息をついた。

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ボッコーニ大学、資金集めに走る

ボッコーニ大学は、マリオ・モンティ学長の指導のもと、1億ユーロの民間資金を集める目標をかかげた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月22日)。

モンティは、10年間、毎年、1000万ユーロ(14億円)を集める計画。こうした資金で冠講座を設置する予定だが、ボッコーニ大でも、すでに3講座設置されていて、スポンサーが講師の選択や内容に口を出さないので、問題は生じていない。

こうした方式は、アメリカのスタンフォード、オクスフォード、ボストンのMIT、東京では普通に行われている。

モンティは、こうした資金が必要な理由を次ぎのように説明している。「イタリアの大学は大部分が国立で、収入の64%を公的資金に頼っている。われわれの場合、その比率は12%に過ぎない。これでも自立性、独立性を保っている。しかしその反面、学生の授業料が高い。ボッコーニは、授業料収入に75%を依存している。ヨーロッパの経済学部の平均は56%で、アメリカの場合は、20%に過ぎない」。

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2006年4月28日 (金)

ダレーマ、下院議長を断念す

左翼民主(党)の委員長、マッシモ・ダレーマが下院議長に立候補するのを断念した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月22日)。

ダレーマが、下院議長に立候補するのを断念したのは、同じ中道左派の中の、共産党再検討のファウスト・ベルティノッティの立候補と重複するのを避けるためと見られる。

左翼民主(党)の中のダレーマ派は不満を募らせ、書記長のファッシーノに対する批判が集中している。

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女性のアルコール依存症増加

イタリアで、女性のアルコール依存症が増えている。特に増えているのは、若年層と40歳前後の女性である(コリエレ・デッラ・セーラ、4月21日)。

イタリアの女性で、飲酒をするのは、60%。そのうち、10人に2人が過剰にアルコールを摂取しており、比率としては男性の2倍にあたる。危険なのは、11歳から15歳という早すぎるアルコール摂取と、40歳前後の主婦。

女性のアルコール依存症は、1998年から2003年の間に144%も増加している。男性は、同時期に136%増加している。

アルコール依存症に関しては、依存症の人の比率が上昇したのは、65歳ー74歳と45歳ー64歳が顕著である。

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2006年4月27日 (木)

マルティーニ枢機卿、生命について語る(2)

マルティーニ枢機卿と生命倫理学者イニャーツィオ・マリーノは、受精卵や養子についても語っている。

二人は、あらかじめ、「生命についての対話」に関し、それを「開かれて、自由なものであり、同時に、敬意をもって、責任のあるもの」にしようという合意をしている。

枢機卿によれば、「科学や技術の進歩は、最前線あるいは灰色ゾーンを作り出す」、そしてそこでは、「男女にとって何が本当の善かがすぐには分からない」のである。それゆえ、「拙速に判断することを控え、落ち着いて議論し、無用な意見の分裂を生み出さぬようにするのが良い」としている。

マルティーニ枢機卿は、使用されぬまま冷凍された受精卵について、そのまま死んでしまうよりは、命を持つ方を選びたい、すべての人が同じ意見ではないのも承知しているが、と述べている。つまり、受精卵を単に廃棄してしまうよりは、シングルの女性の子宮に戻す方がましだと考えるのである。

また、養子に関しても、カップルが不足している場合、一定の保証が得られれば、シングルの人が養子をとるのも良いのではないか、としている。

ただし、受精卵の幹細胞利用には反対であり、臓器提供に対する補償にも反対である。また、安楽死にも反対である。ただし、それに手を貸した人を断罪するつもりはないとしている。

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マルティーニ枢機卿、生命について語る(1)

マルティーニ枢機卿が、エイズや受精卵の扱いなど生命についての様々な問題について語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月21日)。

カルロ・マリア・マルティーニ枢機卿は、79歳。1980年から2002年までミラノの大司教をつとめ、現在は、イエルサレムに住んでいる。マルティーニ枢機卿は、医師で生命倫理学者のイニャーツィオ・マリーノと生命の諸問題について、雑誌《エスプレエッソ》で対談した。

イニャーツィオ・マリーニは、51歳、ジェノヴァ出身で、現在はアメリカに住み、フィラデルフィア州のジェファーソン大学の移植センター長を勤め、今回の総選挙では、左翼民主(党)から上院議員に立候補し、当選したばかりである。

まずエイズとコンドームについて。枢機卿は、ある種の状況ーたとえばアフリカのようにパンデミックな状態ーでは、コンドームは「より小さな悪」に過ぎない。HIVポジティヴになってしまった夫は、パートナーを保護する義務がある、とした。しかしながら、宗教的権威がコンドームのような手段を推進することは、節制(禁欲)をふくめ他の道徳的に支持すべき手段を、ないがしろにすることになりはしないかと自問もしている。

コンドームについては、これに似た意見を以前に George Cottier (神学者)や Godfried Danneels (ブリュッセルの大司教)が述べたことがある。しかし、教皇の公式の見解としては、エイズへの防御策は、貞潔という見解が2005年に示されている。

2005年のエイズの死者は、全世界では、310万人(うちアフリカが240万人)。感染者4030万人。2005年に新たに感染した人は490万人。イタリアの死者は、2004年に381人である。

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イタリアにおける庇護申請者

世界的に難民の数は減少している。アフガニスタン、アンゴラ、ボスニアでの戦争が終結したためであるが、内戦による国内難民の問題が忘れ去られていると国連が警告した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月21日)。

ヨーロッパ諸国での2001-2005年の庇護申請者数は次の通り。
イギリス:32万5810
フランス:28万1630
ドイツ :27万4500
オーストリア:14万8950
スウェーデン:12万8580
イタリア: 5万8320

二国間の戦争は減っているが、内戦は止んでおらず、内戦ゆえの難民は世界で2500万人にものぼる。

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EU委員会、イタリア財政に2ヶ月の猶予

EU委員会は、イタリア政府の財政改善に関し、2ヶ月の猶予を与えることにした(コリエレ・デッラ・セーラ、4月21日)。

EU委員会は、発足当初から、プローディ内閣を追いつめる意図はないとして、イタリアの財政に懸念を示しつつも待つ姿勢をしめした。

このところ、イタリア政府には財政健全化の圧力が多方面からかかっている。まずは、ヨーロッパ中央銀行から。そして先日は、国際通貨基金(FMI)から。

EU委員会も、2006年イタリアの成長率を1,3%から1,2-1,1%に下げるかもしれない。下げると、単年度赤字が国内総生産の4%を越えることになり、それがまた問題視されるようになる。

EU委員会の経済・通貨問題担当のアルムニア委員は、真の目的は、2007年度中に財政赤字を3%以下に抑え込むことだという。

ちなみに、ドイツの場合、メルケル首相が、付加価値税を16%から19%にあげ、来年中に赤字を2,5%まで下げる見込みである。

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リクッチ・グループの内情

リクッチの築きあげたイタリア国内と海外の会社網が明らかになった(コリエレ・デッラ・セーラ、4月20日)。

まず、The Stefano Ricucci Trust のもとに Magiste Internatonal と Magiste Holding がある。前者は海外、後者は国内の会社を所有している。

Magiste International が所有するのは次の4社。ルクセンブルグに Raneda (100%所有)、Carlsson Real Estate (100%)、Ada srl (100%)、Beecroft Consultadoria e Servicos (100%)。

Magiste Holding が支配するイタリア国内の会社は次の7社。Magiste Spa (100%所有)、Magiste Re Property (99%)、Magiste Real Estate (99%)、Magiste Re Agency (99%)、Magiste Service (100%)、Movie Production (55%)、Tundra (100%)。

検察は、リクッチが両親に別荘や屋敷を譲渡していること、スイスの個人口座に現金を移していることなどをつかみ、破産申告の準備をしていたと見ている。

検察によると、未払いの税金も含め、リクッチの会社の負債総額は、8300万ユーロ。

イタリア人民銀行(BPI)に関し、不動産業者リクッチの未払い勘定は、1億ユーロ。

財務警察が確認した、リクッチの会社から、スイスの個人口座への送金は、200万ユーロとなっている。

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2006年4月26日 (水)

フィアットの取締役にインドのタータ氏

フィアットの取締役に、インド人のラタン・タータ氏が入ることが決定した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月19日)。

タータ家は、インドのアニェッリ家のようなものであるが、インド最大の自動車会社を所有しているだけではなく、鉄鋼、ホテル・チェーン、エネルギーから金融、ITと幅広く85社を統括している。

フィアット社の2005年の売り上げは、465億4400万ユーロ、純益は14億2000万ユーロである。

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フェルトリネッリ、初のスト

フェルトリネッリ書店・出版社で初のストが行われた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月19日)

フェルトリネッリの歴史が囲み記事になっている。

デビュー:
1955年、ミラノで、ジャンジャーコモ・フェルトリネッリが同名の出版社を設立。2年後の1957年、ピサで最初の書店を開業、革新的な方式を導入。読者が書架から直に本を取れるようになった!

ベストセラー:
ミラノ(1957年、1961年)、ジェノヴァ(1959年)、フィレンツェ(1962年)、ローマ(1964年)に書店を開く。この時期には、ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』やジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサの『山猫』を出版し、ベストセラーとなった。

70年代、80年代:
1972年、ジャンジャーコモ・フェルトリネッリが、ミラノ近郊のセグラーテで、高圧線を越えようとして事故死。妻で、1969年以来副会長だったインゲ・フェルトリネッリが後継者となる。彼女のもとで、95の新たな書店がイタリア各地に開業した。

拡大:
1980年代から、活動が多角化した。1989年にはフェルトリネッリ・インターナショナルが誕生、特に外国語の本を扱う店ができた。2001年には、フェルトリネッリ・リーブリ・エ・ムジカが出来、音楽やホームヴィデオを扱うようになった。

創業者がカストロと交際があったり、トニ・ネグリの本を出版したり、南米からの亡命者を受け入れたりしていたので、これまで労働者側の出版社・書店ということで、ストが無かったのだが、フェルトリネッリも近年、様変わりしたようだ。

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2006年4月25日 (火)

チャンピ大統領の再選の可能性

チャンピ大統領は、終身上院議員になり、大統領再選には関わらぬつもり、とコリエレ・デッラ・セーラが報道したが、大統領府は正式にそれを否定した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月18日、19日)。

チャンピ大統領にたいするコリエレ紙記者の取材は、4月3日、すなわち、選挙前に行われたものであった。それゆえ、チャンピは、選挙後の混乱した状況を前に考え直したのかもしれない。

今後の日程としては、4月28日に、上下院の最初の会議。それから15日以内に、大統領選のために国会が開かれる。

チャンピ大統領の任期は、5月18日までである。チャンピが選出されたのは、1999年5月13日であった。

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リクッチ逮捕

ステーファノ・リクッチが株価操作の容疑で逮捕された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月19日)。

リクッチはこれまでも、銀行の株買い占めなどで、捜査線上にのぼっていたが、逮捕はされていなかった。

去る1月5日には、財務警察がザガローロにある倉庫から130箱の資料を押収した。

今回は、年初から財務警察に100を越える会話が盗聴されており、RCS(コリエレ・デッラ・セーラの発行元)の株価をつりあげようとした容疑で逮捕された。

リクッチは、昨年7月9日に、女優のアンナ・ファルキと結婚したばかりだった。

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2006年4月24日 (月)

イタリアの財政状況

イタリアの財政状況について、イギリスのファイナンシャル・タイムズ紙のドイツ人論説委員が、危惧の念を示した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月18日)。

この論説委員は、ヴォルフガング・ムンチャウで、今回のプローディの僅差の勝利を最悪の結果とし、2015年以降、イタリアがユーロを離脱することもありうるとした。

イタリアの財政状況はどれくらい悪いのか。

累積赤字を国内総生産と比較すると、
2004年  103,8%
2005年  106,4%
2006年  107,4%(予想)
となっている。

累積赤字は、今年1月時点で、1兆5440億ユーロ(216兆円)で、2005年には、644億ユーロ(9兆160億円)の利子を払っている。

ちなみに日本の長期債務残高(国と地方を合わせる)は2004年度末で740兆円、国だけで570兆円となっている。

また、10年国債の利率は、イタリアが4,266%に対し、ドイツが3,951%。30年国債の利率は、イタリアが4,659%に対し、ドイツ4,223%となっている。

ファイナンシャル・タイムズは、イタリアの問題に関してはいつも手厳しい。プローディのスポークスマン、シルヴィオ・シルカーナは、市場は、われわれが実現する政策によって判断するだろう、とした。

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ピアッジョ、ハイブリッドのスクーター開発

(上記の写真は、italscooter.net からのものです)

イタリアのバイク・メーカー、ピアッジョとミラノ市は、共同で、ハイブリッドのスクーターを開発することに合意した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月16日)。

ミラノ市長アルベルティーニと、ピアッジョ会長コラニンノは、合意書に調印し、ピアッジョは二台のスクーターのプロトタイプをミラノ市に手渡した。環境に優しい二輪車の推進と環境汚染対策が両者の合意書のねらいである。

このハイブリッド・スクーターは HyS と名付けられているが、Vespa Lx50 と X8 125 がベースとなっている。

バッテリーは、座席の下に置かれ、通常のコンセントからも充電が可能。

コラニンノは、「日本との競争に勝った。世界で登録されたハイブリッド二輪車の第一号だ」と誇らしげである。

こうした自治体との合意書は、フィレンツェ、ローマ、ナポリとも結んでいく予定。2台のプロトタイプ車は、バッテリーだけで、20-25キロメートルの距離を走ることができるが、ブレーキをかけたり、スピードを遅くしたときに、バッテリーが充電される仕組みである(トヨタのプリウスと同じです)。

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ミュリエル・スパーク、トスカーナに死す

『ミス・ブロウディの青春』や『死を忘れるな』で知られるスコットランド出身の作家ミュリエル・スパークが亡くなった(コリエレ・デッラ・セーラ、4月16日)。

彼女は、1918年スコットランドに生まれたが、この30年はトスカーナのヴァル・ディ・キアーナのチヴィテッラの森に暮らしていた。

エジンバラ、アフリカ(結婚のため)、ロンドン、ニューヨーク、そして短期間ローマに住んだあと、アレッツォ郊外の森に暮らすようになったのである。

彼女は深くその地を愛したが、投機家、不法建築業者、猟師との軋轢も、なまやさしいものではなかったようだ。犯人は不明であるが、彼女の飼い犬を毒殺したものまであるという。

彼女の作品のほとんどはイタリア語訳が出版されている。日本語訳は絶版のものがほとんどである。

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《皇帝ティトの慈悲》

モーツァルトのオペラ 《皇帝ティトの慈悲》 を観た。きわめて演劇的な上演で、娯楽性の強いオペラ・セリアという不思議な体験をした(4月23日、新国立劇場オペラ劇場、初台)。

この上演ではまず演出のことを書かずにはいられない。演出は、ペーター・コンヴィチュニー。指揮者フランツ・コンヴィチュニーの息子。

この演出は、とにかく、あの手、この手で、観客を舞台に引き込み、楽しませようというものだ。オペラ・セリアといえば、まじめくさって、退屈なもの、という観客の固定観念を革命的に覆そうという野心に満ちている。

冒頭、音楽がとまり、照明が明滅する。音楽が再開し、照明が明滅。舞台裏から、「照明何やってんだ!」の声。皆、あっけにとられ、演出か事故か半信半疑。序曲がすすみ、再現部のところで、同様の事態が繰り返され、なるほど、そういう演出かと納得。

指揮のユベール・スダーンと東京交響楽団も好演。晩年のモーツァルトなのに、《ティト》はちょっと退屈というこちらの偏見をくつがえしてくれた。演奏スタイルは、アーノンクールに代表される劇的に、フレージングをズバッと切っていくもの。このスタイルは、《ティト》のその時々の場面の情念をドラマティックに表現するのに向いていたと思う。

この劇は、ローマ皇帝ティトと、その皇妃になることを画策するヴィッテリア(彼女は先々代の皇帝ヴィッテリオの娘)をめぐる物語で、宮廷内の権力闘争と、ロマンティックな恋愛とが重なっている。

図式化していえば、《フィガロの結婚》がシェイクスピアの喜劇に通じるような明るい世界だとすれば、《皇帝ティトの慈悲》は、台本からすれば、ラシーヌの悲劇にも通じる息苦しい世界であるのだ。しかし、今回の上演は、少しも息苦しくはなかった。

何故か? そもそもオペラ・セリアでは、アリアでは一つの感情を歌いあげ、そこでドラマが進展することはない。状況はレチタティーヴォによって進展するのである。そこが、二重唱、三重唱、四重唱で、人間関係の錯誤に気づいたり、ドラマが進展していくオペラ・ブッファとの根本的相違点の一つだ。

今回の《ティト》では、だから、アリアの間に、そこにいる人物同士が動作で掛け合いをすることによって、観客の注意を喚起しつづけるという手をつかっていた。たとえば、第二幕の冒頭で、プブリオ(近衛長官)がティトの暗殺を狙ったセストを捕え引っ立てていく場面、ヴィッテリアが何度もそれをとどめようとする。するといつの間にか、プブリオが捕まえているのは、ヴィッテリアになってしまい、プブリオは慌てる、といったコミカルな箇所がある。これは、台本の指示によるのではなく、アリアの間、劇が止まって、だれるのを避ける演出家の工夫であろう。

さらに大胆だったのは、第一幕第八場で、セストがヴィッテリアの懇願を受け入れ、ティト暗殺を決意する場面で、クラリネット奏者が舞台上に登場することだ。黒子のような衣装で、黒いマントをまとって登場し、セストはその黒いマントを受け取ったのと並行して、暗殺を決意する。クラリネットに割り振られた音楽を異化すると同時に、ドラマの展開、登場人物の決意を、言葉やメロディーだけでなく視覚的に印象づけることに成功している。

より一層大胆なのは、第一幕終了後休憩にはいったのだが、ロビーが突然ざわついた。ふりかえると、そこには、皇帝ティトが、衣装をつけたままいるではないか。人々は携帯電話機などで、写真におさめたり、一緒に記念撮影をしている。変わったサービスもあるものだと思いきや、これは演出の一貫で、第二幕開始時に皇帝ティトはライトを浴びつつ観客席のなかから登場し、観客の拍手をあびる。さらに「ドイツ皇帝コンヴィチュニウスから電話があり、客席で鑑賞するようにと言われたので、私もここにすわります」と言って、最前列の席にすわる。

第二幕がはじまる直前、指揮者が登場。指揮者のほほにすす、燕尾服にもまだら模様によごれが。どうしたんだろうといぶかったが、ああ、第一幕の終わりで、ローマにセストが火をつけ、大火となったので、指揮者まで煤だらけになっていたのである。

このあとも、指揮者と最前列のティトのかけあいがあったり、ブレヒト流の異化効果はこれでもか、これでもかと繰り出される。

なぜ、コンヴィチュニーはこのような演出方法をとっているのだろう? おそらく、オペラ・セリアをオーソドックスに上演すると、登場人物(六人)が形成する空間は、濃密で息苦しい。その空間を、演出家は、わざと破綻させ、ずっこけさせ、何度も風穴を開けているのではないか。本来のオペラ・セリアとは異質のものを持ち込むことによって、空間をかき乱し、雰囲気を攪乱している。

舞台と観客席を往復することによって、観客の意識を巻き込む手法は、以前にロッシーニの《ランスへの旅》(アバド指揮、ヴィーン国立歌劇場)の日本公演(演出はルーカ・ロンコーニ)で観たことがあるが、その時は、歌手がイタリア人、スペイン人の超一流歌手であった。日本の若手歌手たちが、少なくとも演劇的には、それに少しもひけをとらない演技を、自分たちも楽しんで演じたことに感慨をいだいた。

ティトの高橋淳、ヴィテッリアの吉田恭子、プブリオの大塚博章をはじめ、歌手たちは実に演技者として芸達者であった。演出意図にこたえ、ノリのよい演技で、観客も大いに沸く場面が何度もあった。

おそらく真面目な観客の中には、これではオペラ・セリアではないと憤慨した人もいたかもしれない。しかし、オペラ・セリアで、しかも皇帝の戴冠をことほぐための作品を、現代日本のわれわれが心の底から楽しめるものとして享受できたことは、ほとんど奇跡的と言ってもよいだろう。

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2006年4月23日 (日)

フェラーリ、今年初の勝利

F1サンマリノ・グランプリで、フェラーリのミハエル・シューマッハが優勝した。今年、初の勝利である(この項、rai.it およびフジ721による)。

4月23日、イモラで開催されたF1の第4戦は、前日の予選でミハエル・シューマッハがポール・ポジションを取り、本戦でもそのまま一位を獲得した。

2位は、ルノーのフェルナンド・アロンソ。一回目のピット・ストップ(タイヤ交換および燃料補給)のあと、シューマッハとアロンソの差はごくわずかな状態がずっと続いた。

3位は、モントーヤ。4位に、フェラーリのセカンド・ドライバーのフェリペ・マッサ。ルノーのジャンカルロ・フィジケッラは8位にとどまった。

フェラーリの会長ルーカ・ディ・モンテツェーモロはイモラ・サーキットに乗り込む意気込みであったが、その期待にこたえる優勝に歓喜した。

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ミラノ証券市場、続々新規上場

ミラノ証券市場に、今年、続々と新規上場が予定されている。ピレッリやピアッジョのような有名会社も含まれている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月16日)。

新規上場が予定されている会社は年度末までに、20社が予定されている。

そのうち主なもの5つを挙げる。以下にあげる5社で、10億ユーロ以上の新規上場規模になる。

Saras:1962年に設立されたモラッティ家の会社。ヨーロッパの主要石油精製会社の一つで、2005年には、1440万トンの原油を精製し、52億ユーロの売り上げ。サッカーのセリエAインテルのオーナーであり、会長もモラッティ。公教育大臣でミラノ市長に立候補しているレティツィア・モラッティは夫がこの一族。

Api:Anonima Petroli Italianaの略。ガソリン・スタンドを展開。Eni (イタリア炭化水素公社)から IPというガソリン・スタンド網を買い取り、売り上げでは、イタリア一番、供給で三番目のガソリン・スタンド網となった。

Italtel: イタルテルは、テレコム・イタリアの子会社で、ネットワーク・ソルーションを提供する会社である。2005年の売り上げは、5億4580万ユーロで、2004年から2,9%の成長。利益は、610万ユーロから1370万ユーロへと倍増している。

Piaggio:バイクの世界4大メーカーの一つ。2005年の売り上げは14億5千万ユーロ。ロベルト・コラニンノが代表をつとめる持ち株会社 Immsi の支配を受けている。

Pirelli:世界第5のタイヤ・メーカー。12ヶ国に24の工場を持つ。160ヶ国に販売網をもつ。

こうした大会社だけでなく、一般にはその名を知られていないが、各セクターでは世界的に名を知られている会社も上場を予定している。医学関係のValsoia,化粧品の Intercos などがその一例であるが、年度末までには、20社以上が新規上場する見込みである。

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フォルリのマドンナ像、堂守の仕業か

フォルリのマドンナ像が3月に、「血の涙」を流した事件があり、捜査が続けられていたが、堂守が容疑者として浮かび上がっている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月16日)。

3月18日、フォルリのサンタ・ルチーア教会の聖母像が、血の涙を流しているのを信者が発見したのだが、捜査によると、同教会の堂守の仕業である疑いが出てきた。

堂守は、63歳、フォルリの当局の取り調べを受けているが、容疑を否定している。男の住居から、コーヒー・カップが押収され、まもなく、DNA鑑定が実施され、決定的な答えが出る。

取り調べ官によれば、動機は、チヴィタヴェッキアのマドンナ像で生じたように、信者や興味を持ったものが押し寄せ、教会の収入が増加することであった可能性があるとのこと。この事件には、教会の近くの商店主も絡んでいるもよう。

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2006年4月22日 (土)

《ムッソリーニのイタリア》

オーストラリアの歴史家リチャード・ボズワースが Mussolini's Italy という本を書き、ファシズム時代の文化や風俗・習慣について分析している(コリエレ・デッラ・セーラ、4月15日)。

Mussolini's Italy の著者は Richard Bosworth、出版社は Penguin press, 692ページの厚さである。ボズワースは他にムッソリーニの伝記を著わしている。

以下、書評に紹介されているファシズム時代のエピソードを引く。

アキッレ・スタラーチェの新聞 Gioventu' fascista は、ファシズムのスポーツはラグビーである、なぜなら、ユリウス・カエサルの軍団によって、ラグビーはウェールズにもたらされたからだ、と宣言した。しかし、もっとも若者に人気があり、実際になされるスポーツはサッカーだった。 

ファシズムは、ピノキオをもってミッキーマウスに対抗させようとした。しかしミッキーマウスの本は、14万人の子供たち(ムッソリーニ家の子供もふくめ)によって読まれ続けた。流通が止められたのは、1942年にイタリアがアメリカに宣戦布告してからであった。

ボズワースは、ファシズム体制が独裁的であったことを踏まえつつ、一方で、体制側の意向がなかなか隅々まで行き渡らなかったことをこういったエピソードで明らかにしている。

また、その実態を彼は、県やコムーネの資料にあたって検証している。

ファシズム体制は、女性を、母親としての女性《donna madre》として捉えていたが、実際には、中絶は止まなかった。

1928年に、モンツァで、中絶手術をほどこしていた医師が逮捕されたが、民衆の抗議が激しく、警察は、彼を釈放せざるをえなかった。

また教会が、一部の人のファシズムへの熱狂を抑制しようとした例として、次のような逸話があげられている。ドイツに移住した労働者に双子が生まれ、アドルフとベニートと命名したいと申し出た。司祭は、「第二の名前もつけなさい」と忠告した。「何故ですか?」とその労働者は尋ねた。「役に立つ時がくるかもしれないからね」。

著者は、最後に、現代のヨーロッパやアメリカの政治に言及し、強いリーダーを望む誘惑に負けてはいけないと警告している。

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2006年4月21日 (金)

ローマ教皇、《ユダの福音書》を評価せず

いわゆる《ユダの福音書》の解読がなされ、ユダの裏切りはイエスの依頼によるものと書かれていたが、ローマ教皇ベネデット16世は、聖木曜日にサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ教会でなされた説教で、ユダの裏切りを厳しく非難した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月14日)。

いわゆる 《ユダの福音書》は新約聖書の外伝で、1970年代にエジプトの砂漠でコプト語の写本が発見された。66ページに渡るもので、3-4世紀に書かれたものと思われる。このたび、雑誌ナショナル・ジオグラフィーの支援する専門家チームによって解読され、結果が同誌に発表された。

《ユダの福音書》によれば、ユダの裏切りは、キリストの願望を実行したものなのだという。この中身については、すでにギリシア語文献で知られていた。

現教皇は、神学者であり、この文書についても当然知っているわけだが、説教の中で、「ユダはイエスを、権力と成功の範疇で評価した。愛は、関係なかった。彼は、貪欲で、神や神の愛よりも金のほうが大事だったのだ」と断罪した。

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2006年4月20日 (木)

チャンピの慎重姿勢への賛否

チャンピ大統領が、プローディを首相に指名する任務を、次の大統領に任せるとしたことに対し、賛否両論が生じている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月14日)。

チャンピ大統領は、4月28日に最初の国会が開かれ、上下両院の議長が選ばれ・・・といった立て込んだ日程のため、首相の指名は次期大統領にゆだねるとしている。

そのため、プローディが首相になるのは、5月下旬となる見込みで、その間、政治的な空白が生じる。

もっと早くしたほうがよいと考えるものと、慎重に事を運んだ方がよいと考えるもの、それぞれ一理ある。

急ぐべきだという人:
アウグスト・バルベーラ(憲法学者):チャンピの熟慮は分かるが、犠牲を払うべきだ。マーケットが見ているし、大統領は、イタリア銀行総裁であったのだから、この不安定さがどれだけ危険か承知しているはず。5月5日までに首相を指名すべきだ。

アンドレア・マンツェッラ(上院議員兼憲法学者):あらたに上下院が開いたら首相を任命すべきだ。チャンピはその時点で十全の権力を保持しているはず。

ミケーレ・アイニス(公法学者):この政治的空白期間は出来るだけ短くする必要がある。ベルルスコーニ政権はもはや信任を得ていないのだから。ここからは一分ごとに変則的事態となる。

待つべきだとする人:
パオロ・アルマローリ(公法学者):チャンピの立場は、非難の余地のないものだ。政府の形成において、大統領は公証人のような機能しか持っていないのだから。

トッマーゾ・フロジーニ(公法学者):大統領の覚書は決定的だ。他の考え方は、チャンピの意志に反することになろう。

ヴィンチェンツォ・リッポリス(憲法学者、元下院副事務総長、さらにカジーニの法律顧問):首相指名を早めると、大統領選挙と内閣信任投票が重なってしまう危険がある。

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忘れられた映画《La citta' dolente》修復中

1947ー48年に撮影され、旧ユーゴスラビアのポーラからイタリアへ脱出する人々を描いた映画《La citta' dolente》 の修復作業が開始された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月13日)。

この映画、1947、48年にマリオ・ボンナルド監督により製作され、脚本には、フェデリコ・フェリーニ、アルド・デ・ベネデッティ、アントン・ジュリオ・マイアーノが参加。主演は、ルイジ・トーゾ、ジャンニ・リッツォ、コンスタンス・ダウリングである。

第二次大戦が終わり、ポーラ(イタリアからユーゴスラビアへ、そしてクロアチアへと帰属が移っていった)の町がイタリアでなくなり、約3万人のイタリア人市民の脱出が始まった。様々なドラマが生じたことは想像に難くない。それを映画化したものである。

この映画は、プロパガンダとドキュメンタリーの入り交じった変わった映画で、完成してからも、一年間封切りをとめられていた。封切りは、1949年3月4日。その後、長らく忘れられていたが、このたび、フリウリのチネテーカが修復作業に入った。

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ピエロ・デッラ・フランチェスカの《キリストのむち打ち》

ピエロ・デッラ・フランチェスカの謎の絵画《キリストのむち打ち》に、新たな解釈が提出された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月13日)。

《キリストのむち打ち》の図像などは、http://www.italy-marche.info/jp/renaissance/pdf.html などで見ることが出来る。建物の奥で、一番左手にピラトが腰掛けていて、イエスが鞭で打たれている。後ろ向きの人物がそれを見ている。遠近法を強調した絵画で、前方に大きく三人の人物がいる。左の人物は、黒い帽子をかぶっている。真ん中の若者は、不思議な雰囲気を持っている。右端の人物は派手な柄の服を着ている。

この三人が誰なのか、またこの絵全体がどんな目的のために描かれたのかが謎で、さまざまな説がこれまで出されてきたのである。

今回、新説を出したのは、Silvia Ronchey で Rizzoli から L'enigma di Piero. L'ultimo bizantino e la crociata fantasma nella rivelazione di un grande quadro 「ピエロの謎ー最後のビザンチン人と偉大な絵が明らかにする幻の十字軍」(pp.538, 21ユーロ)が出た。

コリエレ紙からそれるが、日本では、昨年、石鍋真澄氏の『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』(平凡社、4800円)が出た。ピエロ・デッラ・フランチェスカの出身地、出身階層、またその階層はどんな出世欲を持っていたかも含め、ロンギやケネス・クラーク、ギンズブルクをはじめ諸家の説を紹介しつつ、石鍋氏自身の説を打ち出す正当的かつ、決して専門家以外をはねつけない、一般読者にも開かれた中身の濃い本である。

石鍋氏の著書では、《キリストのむち打ち》については、第10章(237-272ページ)に取り上げられている。ここでも、石鍋氏は、ピエロだけでなく、フェデリーコ・モンテフェルトロの人となり、その宮廷の特徴を描いたうえで、作品の謎にせまっていく。

石鍋氏の自説については、ここではあえて省略するが、重要なのは、一般にこの絵が「東方教会の艱難という歴史的状況と対トルコ十字軍に関連づけて」考えられることが多いのに対し、石鍋氏は、そうではない説をとっているということだ。

さて、シルヴィア・ロンケイはどうなのだろう。彼女の説は、まさに主流派である東方教会の危機および十字軍と関連づけるものである。

まず1438年の、フェッラーラ・フィレンツェにおける東西両教会合同をめざした公会議から話ははじまる。ロンケイの解釈では、画面の奥、ピラトの格好をしているのが、パレオロゴス朝のヨハンネス8世で、彼は、フェッラーラでの公会議に代表団を率いてやってきた。

後ろ姿で描かれているのが、スルタン。むし打たれるイエスは、東方教会を表わす。コンスタンティノープルは1453年にトルコ人の手に落ちる。1459年には、ローマ教皇ピオ(ピウス)2世が、コンスタンティノープルの奪回をめざして十字軍を呼びかけるのである。

前方に大きく描かれた3人は誰か。左の帽子をかぶり、髭をはやした人物が、ベッサリオン。彼は、東方から公会議にやってきて、カトリックに改宗し、西方に残り、1459年のマントヴァでの公会議に出席する。

真ん中の若者は、パレオロゴス朝のトマスで、ヨハンネス8世の弟。ビザンティンを防衛する西方の援軍を待っている。

右端の人物は、エステ家のニッコロ3世。フェッラーラでの公会議の主人役である。1459年の公会議ではエステ家も十字軍参加を呼びかけられた。

結局、1459年の十字軍は、成立せず、ビザンティンも奪回できなかったわけだ。

(訂正:当初、Silvia Ronchey の名前を、ロンチーと表記していましたが、知人より問い合わせをうけ調べ直したところ、ロンケイであることが判明しました。ここにお詫びして訂正します。  ちなみに、シルヴィア・ロンケイは、シエナ大学で教鞭をとるビザンチン学者で  http://www.silviaronchey.it/index.html  というホームページを持っている。)

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総選挙、破毀院の判定で、プローディの勝利確定

4月9日、10日実施されたイタリアの総選挙は、異議票の調査などをへて、破毀院のもとの全国中央選挙管理委員会のもとから公式結果が4月19日18時に発表され、プローディの勝利が確定した(この項、Corriere.it による)。

公式発表によると、最終的な獲得投票は、
下院:プローディを首班とする政党連合
            1900万2598票
    ベルルスコーニを首班とする政党連合
            1897万7843票

その差は、2万4755票である。控訴院のもとで調査された異議票にもとづき配分された票は、中道右派1383票、中道左派914票であった。

またカルデローリ元大臣より、異議申し立てのあった《Lega  per Alleanza Lombarda》 の票についても、中道左派の票として含めることが認められた。

この判定に対し、中道左派が満足したことは言うまでもないが、中道右派の対応はばらばらである。

キリスト教民主連合(CDL)のチェーザは、敗北を認め、プローディに祝意を表したが、フォルツァ・イタリアのトレモンティ財務大臣は、票確認の追加を求めている。

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2006年4月19日 (水)

イタリア総選挙、本日、票数確定

4月9日、10日に実施されたイタリアの総選挙は、異議票の確認などの作業が水曜日中に終わる見通しとなった(この項、Corriere. it による)。

確認作業の結果、中道左派と中道右派の票差は、下院では42票縮まるが、上院では27票開いた。

これで、選挙結果が確定するわけではない。最後に、前大臣カルデローリが提起した問題、Lega per l'autonomia alleanza lombarda という小さな政党(中道左派)に入れられた約4万5千票が中道左派(L’Unione)の票として有効かどうかを、破毀院(最高裁に相当)が明らかにするものと思われる。それで、実質的に、票が確定することになる。

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2006年4月18日 (火)

プロヴェンツァーノとチコリ

マフィアの大ボス、プロヴェンツァーノが、隠れ家で最後に料理をしていたのは、チコリだった(コリエレ・デッラ・セーラ、4月13日)。

チコリは、もともと自生しているのだが、菜園で栽培もする。葉先は、槍の穂先形で、苦い。

ギリシア人やローマ人も、薬効のため評価した。ヴィタミンやミネラルを豊富に含み、消化を助け、利尿作用を持ち、下剤作用もあり、肝臓機能を増進させ、浄化作用があるという。

ガレノス(129-200,ギリシアの医学者)によると肝臓によく、プリニウスによると腸によいのだという。現代のより散文的な医学によると、下腹部の蠕動運動を促進するのだという。運動不足の人の便秘に効くのである。

ベルナルド・プロヴェンツァーノは、チコリをゆで、フライパンでニンニクと唐辛子で炒めたものが好きであるとのこと。

チコリを愛したのはマフィアの大ボスだけではない。古代ローマの詩人ホラティウス、1944年にラヴァッロで過ごしたヴィットリオ・エマヌエーレ3世、さらには、1999年5月17日のイタリア・ドイツ首脳会談では、ヴィッサーニ(マッシモ・ダレーマお気に入りのシェフ)により、チコリにウニを添えたものが出されたという。

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2006年4月17日 (月)

イタリア労働総同盟、ビアジ法の廃止求める

イタリア労働総同盟 (Cgil) のグリエルモ・エピファーニは、ビアジ法の修正ではなく、廃止を求めた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月13日)。

労働組合Cgil (旧共産党系)のエピファーニは、ビアジ法を廃止すべきだと主張した。

ビアジ法は、マルコ・ビアージ(赤い旅団に暗殺された)によって導入された改革で、労働市場に柔軟性をもたらすのが目的であった。

委任立法の法案が2001年秋にでき、2003年2月に議会で承認され、2003年10月24日から実施された。

目的は労働市場に柔軟性をもたらすことであったが、その結果、非正規雇用が、特に若者に、急激に増大したことが問題視されている。

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マフィアの大ボス逮捕

シチリア・マフィアのボス中のボス、ベルナルド・プロヴェンツァーノが逮捕された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月12日)。

彼が逮捕されたのは、コルレオーネ村から2キロメートルほど離れたところにある農家。43年の長きにわたる潜伏生活に終止符が打たれた。その農家は、羊飼いのジョヴァンニ・マリーノが、古いパンダで行ったり来たりして、リコッタやその他のチーズを運んでいるように見えたのだった。

プロヴェンツァーノは、抵抗もせず、「はい、私がプロヴェンツァーノです」と名乗ったという。彼は、コルレオーネ村から州都パレルモへ、ヘリコプターで運ばれた。

1992年5月23日のジョヴァンニ・ファルコーネ判事爆殺事件、同年7月19日パオロ・ボルセッリーノ判事爆殺事件の首謀者であるとされ、被告不在のまま、終身刑の判決が言い渡されている。

大物ボス逮捕の前例には、1993年1月15日のトト・リイナ(25年の潜伏)、1996年5月20日のジョヴァンニ・ブルスカ(ファルコーネ判事爆殺の実行犯)逮捕がある。

プロヴェンツァーノは、小さな紙にメッセージを作成し、その紙を送って命令を下していたのだが、そのメッセージは、ブラザーのAx-410という電動タイプライターで打たれていた。

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アルマーニ、将来は株式上場へ

イタリア・ファッション界の帝王ジョルジョ・アルマーニがウォール・ストリート・ジャーナル紙に長文のインタビューを掲載し、会社の将来について語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月11日)。

株式が、適切な解決法かもしれない、とアルマーニは語る。これほど、はっきりと認めたのは、今回が初めてである。アルマーニは今年72歳になる。

ただし、会社の運営をビジネスマンに任せたりすることはなく、後継のデザイナーも内部から引き上げていくという。「昨日までフェラガモで働いていた人が、アルマーニに来て、その前はシャネルにいてという具合では、お客の信頼を失うと思うからね」。

経営においては、甥や姪を後継者として視野にいれ、メンズウェアにおいては、長年、共に働いてきた Leo Dell'Orco にゆだねるかもしれない、としている。

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モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行、初の女性理事

1472年創業以来500年以上の歴史をもつモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行(MPS)で、初の女性理事が誕生する見込みである(コリエレ・デッラ・セーラ、4月11日)。

初の栄光を担う女性は、ルチーア・コッケーリ、56歳。生まれは、Barberino Val D’Elsa(フィレンツェ県、キャンティ地方)であるが、長年シエナに住んでいる。10日夜に、MPSの基金から理事候補の指名を受けた。4月29日の総会で正式に選ばれる見通しである。

彼女は、現在 Sienambiente というシエナ県のごみ処理・リサイクルを一手に引き受ける公社の会長。

一方、MPS全体の会長には、ジュゼッペ・ムッサーリが就任する予定。ムッサーリは、43歳、左翼民主系の弁護士で、2001年以来、MPSの基金を率いてきた。

MPSの基金のトップには、ムッサーリに代わって、現在ナンバー2のガブリエッロ・マンチーニ(マルゲリータ)が就任するものとみられる。

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プローディ、「カルデローリの話はでっちあげ」

カルデローリ元大臣が、Lega Alleanza Lombarda の票は中道左派に数え入れることが出来ないと主張したのに対し、プローディはでっちあげだとして激しく反発した(この項、Corriere. it による)。

カルデローリの主張は、Lega Alleanza Lombardaが単一の選挙区にしか候補者リストを立てていないからというのが理由だったが、プローディは、ボローニャの自宅で、「憲法学者の誰一人として、法律家の誰一人として、この話を真剣に考えようとさえしない」と一蹴した。

「一種のでっちあげで、テレビニュースのねたになるだけだ」とも。

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2006年4月16日 (日)

カルデローリ、「中道右派は2万票リードのはず」

元大臣のロベルト・カルデローリは、総選挙の票の数え方に異議を申し立て、本当は、中道右派が2万票リードしているはずだと主張している(この項、Corriere.itによる)。

カルデローリの理屈は次の通り。中道左派の票の総数には、約4万5千票の 《Lega Alleanza Lombarda》 の票が含まれているが、カルデローリの意見では、これがそもそも中道左派の票として数えることは出来ないのだという。

カルデローリの主張によれば、新たな選挙法によれば、Lega Alleanza Lombardia はロンバルディア2区にしか候補者リストを立てていないので、彼らに投票した人の数を、中道左派全体の中に入れることが出来ないのだという。

この選挙法は、カルデローリは自分が書いたと称しており、だから解釈には間違いがないと言っているのだが、中道左派は激しく反発している。

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グランデ・プント、Auto Europa 2006受賞

フィアット社のグランデ・プントが Auto Europa 2006 を受賞した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月10日)。

この賞は、イタリア自動車ジャーナリスト連盟の主催するもので、今回が20回目となる。選考は昨年11月に終わっていたが、正式な受賞式がこのたび実施された。

《Auto Europa》はイタリア国内で最も重要な賞で、ヨーロッパ域内で製造・販売され、テクノロジー、値段、美観などの点から評価される。

獲得点数は以下の通り。
グランデ・プント   687点
プジョー・1007   633点
Psa-Toyota   332点
(プジョー・シトローエンとトヨタの合弁会社、107、C1、アイゴをそれぞれ販売)
Bmw 3シリーズ 252点
ルノー・クリオ    213点

Auto Europa の歴史の中で、フィアット社の車が受賞したのは9回ある。
アルファ 164   (1988年)
フィアット・ティーポ (1989年)
フィアット・チンクエチェント(1993年)
フィアット・プント   (1993年)
フィアット・ブラーヴォ/ブラーヴァ(1996年)
アルファロメオ 156 (1998年)
アルファロメオ 166 (1999年)
フィアット・ヌオーヴァ・パンダ(2004年)

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ヴァレンティーノ・ロッシ、54回目のGP勝利

ヴァレンティーノ・ロッシが、バイク・レースの最高峰モトGPで、通算54回目の優勝を飾り、ミック・ドゥーハンの記録と並んだ(コリエレ・デッラ・セーラ、4月9日、10日)。

8日に開催されたカタール・グランプリで、ロッシは今年最初の優勝をおさめ、通算54回目の一位となり、ミック・ドゥーハン(オーストラリア)の記録に並んだ。両者とも、通年の優勝は5回。

さらに偉大な記録を保持しているのは、イタリアのジャーコモ・アゴスティーニで、通算86回の優勝、年間優勝8回をおさめている。ただし、アゴスティーニとドゥーハンの時代はエンジンが500ccで、ロッシは500ccと1000cc(レギュレーション変更のため)の両方にまたがっている。

ベルガモが生んだ偉大なジャーコモ・アゴスティーノは、350クラスで7回、500クラス(当時はこれが最大のクラス)で8回優勝をおさめている。

アゴスティーニはインタビューを受けて、ロッシの54回の優勝のうちもっとも見事なものはと聞かれ、2004年4月ウェルコムでのもの、と答えた。ヤマハでのデビュー戦で、マシンが十分でなく、ライダーの力で勝ち取った勝利だからだ。

アゴスティーニ自身の68回の優勝で最も見事なものは、と聞かれると、1974年のデイトナ・200マイル戦だという。奇しくも、アゴスティーニがヤマハに移ったばかりで、自分の力を示したかったのだとのこと。

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イタリア人の性

イタリア人の性に関する2つの調査が発表された。イタリア人で、性生活に満足している人は約20%である(コリエレ・デッラ・セーラ、4月19日)。

イタリア人がラテン・ラヴァーだという神話は揺らいでいる。パリのヨーロッパ泌尿器学協会(Eau)第21回大会で、Global Better Sex Survey という調査の結果が発表された。この調査は、製薬会社 Pfizer の依頼により、27ヶ国、25~84歳の12500人を対象に実施されたものである。

この調査によると、男性の45%は「過去4週間にもった関係の回数は、期待以下」であると答え、女性の43%は、「自分の理想よりも、関係の回数はすくない」と答えている。

Altroconsumo という消費者団体が行ったもう一つの調査は、スペイン、ベルギー、ポルトガル、イタリアの1600人が対象である。92%のイタリア人が学校教育での性教育の必要性を認めている。理由は、間違った知識が多いし、避妊(コンドームの使用)に関する認識も矛盾しているから。

イタリアで過去12ヶ月に1人以上のパートナーがいた人にコンドームの使用を聞いたところ、男性は、まったく使用せずが38%、めったに使用しないが13%、女性はまったく使用せずが50%、めったに使用しないが10%。

なぜコンドームを使用しないのか、との問いには、
 値段が高い   65%
 薬局やスーパーマーケットで買うのが恥ずかしい 41%
 使うのが恥ずかしい  22%
 コンドームを装着するための間が雰囲気をこわす 58%
 コンドームが性的快感を減少させる  49%
 コンドームをするセックスは自然でない 42%
と答えている。

学校での性教育で教えられていることについては、
 性病の予防   97%
 避妊の方法   90%
 生殖器      87%
 中絶        62%
 オリエンテーション 61%

 性教育がいつ始ったか
 中学校  57%
 小学校  36%
 高校    7%

 Pfizer の実施した調査に戻ると、イタリア人の性的関係の頻度と外国人のそれが比較されている。フランス人(月7,7回)、ドイツ人(6,55回)、イギリス人とアメリカ人(6,4回)、スペイン人(6,05回)に対し、イタリア人の平均は5,75回となっている。

また、セックスは満足な生活のための欠かせない要素だと思いますか、との問いには、各国の男女が次のように答えている。
イタリア:
男性:かなりそう思う 41%
    とてもそう思う 50%
女性:かなりそう思う 43%
    とてもそう思う 48%
フランス:
男性 かなりそう思う 19%
    とてもそう思う  77%
女性 かなりそう思う 18%
    とてもそう思う  74%
スペイン:
男性 かなりそう思う 14%
    とてもそう思う  76%
女性 かなりそう思う 23%
    とてもそう思う  65%
イギリス:
男性 かなりそう思う 37%
    とてもそう思う 30%
女性 かなりそう思う 40%
    とてもそう思う 30%
ドイツ:
男性 かなりそう思う 30%
    とてもそう思う 61%
女性 かなりそう思う 35%
    とてもそう思う 47%

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2006年4月15日 (土)

イタリア経済、回復のきざし

イタリア中央銀行総裁のマリオ・ドラーギは、イタリアに景気回復の兆しがあると語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月9日)。

ヴィーンでのEU経済・財務相理事会のあと、ドラーギ総裁は、「投資と輸出が増加しているので良い。ドイツでの状況が良くなっているので・・・ドイツ経済がうまく進むと、他のヨーロッパ諸国も恩恵をこうむる」と語った。

トリシェ欧州中央銀行総裁によると、ユーロ圏の成長は、潜在的成長率である2%に近い。

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異議票とは

今回のイタリアの総選挙では、異議のあった票(schede contestate)の確認が、選挙後に争点となっているが、異議票とは何であるのかを調べてみた(この項、Yahoo!italiaによる)。

今回の総選挙では、下院はもっとも得票数の多い政党連合が、比例で割り振って340議席に達しない場合、340議席を与えられるプレミアム (premio) がついている。

上院にもプレミアムはあるが、州ごとに最も得票数の多い政党連合が全議席の55%を与えられるのだが、州によって、中道左派が強いところと、中道右派が強いところがあるので、たがいにキャンセルされて、上院の議席数は僅差になってしまったのである。

下院の場合、一票でも多く獲得した場合、340議席が得られ、負けた方は270議席になってしまうのであるから、その差は大きい。約2万5千票差で敗れたベルルスコーニは、何とかその差が逆転しないかと願っているわけだ。

さて、そこで問題となった異議票(scheda contestata、schede contestate 複数)とは何であるのか。これは投票結果が「凍結された」票で、どちらの政党連合にもカウントされない票である。なぜ「凍結される」かというと、開票所で、その票がどこに振り分けられるか合意が得られず、選挙管理事務所長が調書をつけた票である。単なる無効票や白票ではない。

では、誰がその票の割り振りを決めるのか。州ごとに、控訴裁判所におかれた中央選挙管理事務所に3人の司法官をおき(そのうちの1人が座長)、その3人が、異議票の調書を確認し、「凍結された」票をどちらかの政党連合に割り振るか否かを決定する。

その作業は、文書を受け取ってから48時間以内にしなければならない。調書の入った紙袋は12日14時から届き始めているので、14日夜には作業は終わる模様。

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異議のあった票数は、5266票

当初、8万票以上あると言われた異議票は、5266票に過ぎないことが、内務省の発表で明らかになった(この項、Corriere.itによる)。

異議のあった票は、当初、下院で4万3028票と言われていたが、実際は2131票であり、上院で3万9822票と言われていたが、実際は3135票であることが、内務省の発表で明らかになった。

この当初の数値と今回明らかになった数値との差は、異議票を集計する際に、無効票や白票も含めてしまった選挙管理事務所があったために起こったとのこと。異議票だけを集計しなおしたら、ずっと少なかったということである。

内務省は、今回発表の数値も暫定的な数値であり、確定値は中央選挙管理事務局および州選挙管理事務局の正式決定を待つとしている。

ベルルスコーニは敗北を認めず、国民同盟のラ・ルッサも、まだこの件は終わっていない、としている。

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フォルトゥーニョ暗殺事件、新たなペンティート

カラブリア州の州議会副議長であったフランチェスコ・フォルトゥーニョが殺された事件で、新たなペンティートが出た。地元のボスの甥である(コリエレ・デッラ・セーラ、4月8日)。

新たにペンティート(検察への協力者)となったのは、ドメニコ・ノヴェッラ、30歳。去る3月21日に逮捕されたが、レッジョ・カラーブリア反マフィア管区本部の司法官に協力しはじめた。

現在のところ、刺客の黒幕にまでは至っていないが、司法官はノヴェッラの協力を、フォルトゥーニョ事件(2005年10月16日)のみでなく、近年の犯罪事件にもおよぶものとして重視している。

この若い協力者は、ロクリデのンドランゲタのもっとも重要な一家のボス、トト・コルディの甥である。ドメニコ・ノヴェッラは、フォルトゥーニョ事件の動機と状況を明らかにしただけでなく、組織の「犯罪事件」を明らかにする可能性を秘めている。コルディ一家は、ロクリの支配権をめぐって、カタルド一家と戦争状態にあるのだ。

両者の激突は、現在まで30人の死者をうみだしている。

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2006年4月14日 (金)

票の確認、中道右派意見分かれる

ベルルスコーニ首相は、総選挙の票の確認を求めているが、UDC(キリスト教民主連合)のリーダー、カジーニは、沈黙を保ち、距離をおきはじめている(この項、Corriere.it.および Rai.it による)。

ベルルスコーニ首相は、総選挙の開票作業で、ごまかしがあったとして、確認作業を求めており、開票結果が変わるはずだと主張しているが、CDUのカジーニは、沈黙を保っている。

また同じくCDUのチェーザ書記長は、「通常の確認作業」であって、実質的に票は変わらない、としている。カジーニの沈黙は、チャンピ大統領が、この選挙は規則正しく行われたとの発言をも考慮にいれたもの。

中道左派からは、左翼民主(党)のファッシーノが、投票・開票に責任を持つ内相が自分の行動を擁護しようとしないのは驚きだ、とピサヌ内相を責めている。

なお、控訴裁判所での確認作業は、早くとも来週火曜日までかかるもよう。この確認作業で今のところ、ひっかかったのは、数百単位で、開票結果を大きく変える見通しではない。各州の控訴裁判所におかれた選挙管理事務所で、確認作業は行われている。

追記:各州の控訴裁判所に、選挙管理事務所がおかれていることを明記していないため、文意が不鮮明だったので、修正しました。

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2006年4月13日 (木)

ベルルスコーニ、票の数え直しを要求

総選挙に僅差で敗れたベルルスコーニは、票の数え直しを要求している(Corriere.it による)。

ベルルスコーニは、総選挙での票の数え直し、特に、無効票110万票の数え直しを求めた。この要求に対し、チャンピ大統領は、イタリアの民主主義の根幹に対する信頼性を揺るがすものと不快感を示している。

また、プローディは、ピサヌ内相に電話をし、説明をもとめた。開票結果を発表するのは内務省であるからだ。

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プローディ、5月に首相就任の見通し

総選挙に辛勝したプローディは、チャンピ大統領と会談し、首相就任は5月になるとの見通しを示した(Corriere.it および Rai.it による)。

これは、チャンピ大統領の任期が終わりに近づいており、それまでに国会関係の日程が立て込んでいるという事情のため。

4月28日には、議会が開かれねばならない。そこで、上院・下院双方の議長の選出が行われる。そこで、選ばれた下院議長は、大統領選のための国会を、15日以内、即ち、5月13日までに招集しなければならない。

そこで、大統領がプローディを首相指名するのは、チャンピの任期がきれる5月18日以降になる可能性が大きい。

新大統領は、早ければ、5月15日前後に決まる。

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在日イタリア人の投票

日本に住んでいるイタリア人の総選挙での投票結果が発表されている(この項、Corriere.it による)。

投票箇所は、東京と大阪。投票率は、57.8%。

下院:(日本在住イタリア人の投票)
L’Unione(中道左派)    482票 
                 67.41%
フォルツァ・イタリア       150票  
                 20.98%
Per Italia nel mondo           49票  
                 6.85%
Lega Nord   34票   4.76%

上院:(日本在住イタリア人の投票)
L’Unione          456票 
                67.06%
フォルツァ・イタリア     126票
                18.53%
Per Italia nel mondo  31票 4.56% 
Lega Nord   27票  3.97%
Fiamma Tricolore    22票 
                3.24% 
U.D.Eur Popolari    18票
                2.65%

目に付いた点。上院・下院ともに、海外在住イタリア人全体と比較すると、日本に住むイタリア人は、L’Unione支持者の比率が高い。

  下院:
  海外全体の下院のUnione投票率が43.3%に対し、日本では、67.41%である。
  フォルツァ・イタリアは、海外全体が20.75%に対し、日本では20.98%なので変わらないといえよう。日本では、南アメリカのイタリア人のための政党に入れる人がいないので、その分の差がでるのだが、それが、ほぼ、そっくり中道左派にまわっているところが特徴的である。

 上院:海外全体では Unione の得票率は44%であるのに対し、日本では67。06%。明らかに日本では中道左派が強い。フォルツァ・イタリアは海外全体が、21.07%に対し、日本では18.53%。傾向としては、下院とほぼ同様である。 

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在外イタリア人の投票

海外に在住するイタリア人の投票が、中道左派勝利にとっては重要であったが、その結果が明らかになった(この項、Corriere.itによる)。

海外在住者の票は、まだ最終結果ではなく、現在のところ896セクションのうち889から890の票が確定である。

下院(海外分):
L’Unione(中道左派)  422.330票
              43.3% 6議席
フォルツァ・イタリア党   202.407票 
              20.75%3議席
Ass.Ital.Sud America 102.780票 
               10,54%1議席
Per Italia nel mondo      73.289票  
              7.51% 1議席
UDC             65.794票 
                 6.74% 
Di Pietro It.Valori   27.432 
              2.81% 1議席
Lega Nord  20.227   2.0%  
U.S.      14.283   1.4%
P.Italiani nel mondo 11.274 1.1%
Altra Sicilia per il sud 10.848 1.1%
U.D.Eur Popolari 9.692 0.9%
Alter. Soc. Mussolini  7.102  0.7%
Alt. Ind. Ital. Estero    3.474 0.3%
Amare L’Italia  3.349  0.3%
Fiamma Tricolore 1.133 0.1%

海外在住者の場合、南アメリカのイタリア人を対象とした党派や世界のイタリア人といった党派があり、必ずしも国内の政党、政党グループと一致しない。UDCの票が、Di Pietro It.Valoriより多いのに議席が割り振られない理由は、管理人には不明。

上院(海外分):
L’Unione(中道左派) 387.145票 
               44%  4議席
フォルツァ・イタリア   185.438票 
             21.07% 1議席
Ass. Ital. Sud America      84.507票 
             9.6%   1議席
Per Italia nel mondo         63.474  
              7.21%
UDC         57.200   6.5%
Di Pietro It. valori  26.134  2.97%
Lega Nord    18.455   2.1%
U.D.Eur Popolari  13.265   1.51%
U.S.E.I       12.271   1.39%
P. Italiani nel mondo  10.791 1.23%
Altra Sicilia per il sud  9.512 1.08%
Fiamma Tricolore  8.433   0.96%
Alt. Ind. Ital. Estero  3.308   0.38%

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2006年4月12日 (水)

総選挙、議席結果

総選挙の開票が終わり、議席が確定した。CDL(中道右派)は、票(無効票をふくめ)の数え直しを要求している(この項、Corriere.it によります)。

一応のところ確定した議席は以下の通り。

下院:
Unione(中道左派)  348議席
CDL(中道右派)     281議席
独立系            1議席

上院:
Unione          158議席
CDL            156議席
独立系             1議席

ベルルスコーニは、ドイツのような大連立を呼びかけているが、プローディは、拒否している。

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2006年4月11日 (火)

総選挙、プローディ薄氷を踏む勝利

イタリアの総選挙の結果が出た。野党の薄氷を踏む勝利であった(この項も、Corriere.it によります)。

下院:
Unione(中道左派)49.8%  議席341
Casa delle liberta'   49.7%  議席277
(中道右派)

上院:
Unione        48.9% 議席158
Casa delle liberta'    50.2% 議席156

下院は、全国区の比例で、最も多く得票した政党連合にプレミアムがつくので、票差はわずかであるのに60議席以上の差がつく。

上院は州ごとに最も多く得票した政党連合にその州の55%が与えられるので、全国の得票数と議席が、必ずしも比例しないのである。

今回の開票で、最終的に中道左派に勝利をもたらしたのは、海外在住イタリア人の票(最後に開票された)であったようだ。

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総選挙、イタリア真っ二つ

イタリアの総選挙は、開票が進んだ結果、ほぼ互角の投票率であることが明らかになった。ただし、上院の議席は、中道右派158、中道左派151である(この項、コリエレ・デッラ・セーラ紙のホームページ corriere.it によります)。

現在(日本時間4月11日午前7時)明らかになっている数字によると、出口調査の予想とは異なり、中道右派と中道左派の得票率はきわめて近いものとなっている。

下院の得票率
   中道左派 50.46パーセント
   中道右派 49,01パーセント  
で、僅差で中道左派リード。

上院の得票率
   中道左派 49.14パーセント
   中道右派 50   パーセント
で、僅差で中道右派リードとなっている。

上院は、州ごとに20の選挙区に分かれており、議員数が明らかになっている。

出口調査の予想とは逆に、中道右派158議席、中道左派151議席。

出口調査の予想は幅があったわけだが、中道右派は上限にふれ、中道左派は下限にふれたものとなった。

今回の数字も、最終的確定値ではなく、速報値である。

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2006年4月10日 (月)

総選挙出口調査

4月10日、11日に行われたイタリア総選挙の出口調査が発表された(この項、イタリアの放送局Raiのホームページ、Rai.it によるものです)。中道左派、有利である。

Raiの発表では、出口調査によると、得票率は、中道左派Unione が50~54%、中道右派Cdl が45~49%。

上院議席の獲得見通しは、中道左派が159-170。中道右派が139-150。

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ウニクレディト銀行、欧州第4の銀行に

ポーランド政府とイタリアのウニクレディト銀行が合意し、ポーランド国内の銀行を合併することが承認された。ユーロ圏で第四位の銀行となる(コリエレ・デッラ・セーラ、4月6日)。

これには前段階があって、そもそもイタリア・ミラノを本拠地とするウニクレディト銀行がドイツのヒポ・ウント・フェラインス銀行(HVB)を買収した。ウニクレディトは北イタリアが地盤であり、HVBは南ドイツが地盤で、オーストリアにも支配力を持っていた。HVB1株に対し、ウニクレディト5株の交換比率で、HVB株主にウニクレディトの株式が割り当てられた。これによりHVBの株式の100%をウニクレディトが取得した。

こうしてイタリアのウニクレディトはドイツのHVBを吸収合併したわけだが、両行は、それぞれポーランドの銀行(株)を所有していた。

ウニクレディトは、ポーランドのペカオ銀行の民営化に参加、約53%の株式を保有。HVBは、ポーランドのBph(商工銀行)の民営化に参加、約71%の株式を保有。

親会社同士が一緒になったので、ペカオとBphも合併するのは当然視されていたが、ポーランドの首相が待ったをかけたのである。カジミエシ・マルチンキエエビッツ首相は、ポーランドの最大行が外資系になるのを嫌っていたと思われる。

それに対し、EU委員会がノーを突きつけ、ウニクレディトによるポーランドの2銀行の吸収・合併が可能になったのであるが、妥協として、次の二点が打ち出された。

Bph(商業銀行)のブランドを譲渡することと、Bphの480ある支店のうち200支店を譲渡すること、である。残った支店は、ウニクレディトがすでに買収したペカオ銀行へ統合させる。こうして、ペカオ銀行は、ポーランド第一(従業員2万6千人)の銀行となる。

これで、ウニクレディトとHvbの合併の障壁となっていた懸案が解消され、新ウニクレディトは、ドイツと新ヨーロッパ(東欧)に勢力拡大を目指す。

追記:記事をまとめるにあたり、ジェトロの
http://www.jetro.de/j/hp2005all/doko/April-Juni/doko16062005.htm 
および、ブログ「ポーランド国暗夜行路」の
http://d.hatena.ne.jp/czarnykint/20060105 
を参照しました。お礼申し上げます。

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固定資産税の廃止について

ベルルスコーニ対プローディのテレビ討論の最後で、飛び出した固定資産税 (Ici) の廃止について、共産党再建党は2000年から要求していると主張した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月6日)。

ベルルスコーニ首相は、テレビ討論の最後の視聴者への呼びかけの中で固定資産税の廃止を呼びかけた。「最初の家の固定資産税を廃止します」(別荘や貸家の分は払うということになる)と言ったのである。

その後、連立与党の間で合意がある、ということも付け加えた。財源は、社会保障を切りつめることなく国家財政のなかでまかなえるという。

コムーネ(市町村)にとって、最初の家の固定資産税を切りつめるのはたいした額ではなく、23~25億ユーロ(3220~3500億円)に相当するのだという。

これに対し、中道左派の反応は、プローディとベルティノッティでは異なる。プローディは、「中道右派の公約に対して私が財源はどこにあるのかと尋ねたら、さらに別の減税を持ち出してきた」。もう財源のことを聞くべきではないね、と言い、そのうち答えてくれるでしょう、とにべもない。

共産党再建党(Prc)のベルティノッティは、「固定資産税の廃止は、共産党再建党によって2000年に提案された。ありふれた家が対象で、豪華な家は対象ではない。しかし、ベルルスコーニの政府は、この提案を却下したのだから、これについては、将来のことだとしても語る資格がない」という見解である。

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シューマッハの決意

自動車レースF1は、開幕から三戦が終わったが、フェラーリは不調である(2位が一度だけ、1位なし)。シューマッハは次のイモラでの戦いへの決意を語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月4日、5日)。

4月2日のメルボルンで開催されたオーストラリア・グランプリでは、フェラーリは、ミヒャエル・シューマッハ、フェリペ・マッサともにリタイアであったが、フェラーリ・チームが2台ともゴールにたどり着けなかったのは、52戦ぶり、2003年4月6日のブラジル・グランプリ以来である。

今の時点で、シューマッハはドライヴァーズ・ポイントを1位のフェルナンド・アロンソから17ポイント引き離されている。というわけで、イモラで開催される次回4月23日のサンマリノ・グランプリでは、フェラーリの地元でもあるし、是が非でも勝たねばならない。

新しい季節の本当の出発点にしたいとシューマッハは語る。でないと、今年もフェラーリの優勝は無いことになろう。

イモラでは、新型の248F1を投入する予定。

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2006年4月 9日 (日)

ベルルスコーニ、選挙民を侮辱

ベルルスコーニ首相は、自分の利益に反する勢力に投票するのは阿呆だと、多くの選挙民に対し侮辱ととれる言葉を吐き、中道左派は謝罪を求めている(コリエレ・デッラ・セーラ、4月5日)。

ベルルスコーニは、イタリア商業総同盟(Confcommercio)での演説で、「私はイタリア人の知性を信じているので、自分の利益に反する投票をする阿呆 (coglioni) が、こんなに沢山いるのが信じられない」と言い放ち、聴衆を驚かせた。

中道左派は、抗議をし、左翼民主党のファッシーノは、「もうこれは安酒場の言葉づかいだね」と切ってすてた。ローマ市長のヴェルトローニは、私はベルルスコーニとは反対に、中道右派に投票する選挙民に敬意を持っていると皮肉たっぷり。

これを受けてベルルスコーニは、あれは皮肉だったと述べ、さらに、イル・メッサジェーロ紙のフォーラムで、「左派に投票しなければならない人は、自分自身に反することをしている。これをマゾヒストと呼ばずして何と呼ぼうか?そう、マゾヒストと呼ぼう」とにっこり笑って結論づけた。

なぜマゾヒスト(マゾキスタ)と呼ぶかというとーベルルスコーニによればー「増税の党」を選ぶことになるからだ。

国民同盟のフィーニは、「(coglioneは)イタリア人10人のうち8人が使う隠語的表現である。fesso (馬鹿者)というようなものだ」と首相を擁護した。

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アメリカのイタリア人

アメリカにおけるイタリア人の受難の歴史を扱った本の紹介がコリエレ紙に掲載されているので紹介する。タイトルは、『イタリア人は白人か?アメリカでどのように人種は構成されたのか?』(Gli italiani sono bianchi? Come l'America ha costruito la razza) (pp.383, 19,50ユーロ、Saggiatore)という挑発的なものである。

これは論文集で、編纂したのは、Jennifer GuglielmoとSalvatore Salernoというアメリカの学者。2003年に英語で出たもののイタリア語版である。

ただし、コリエレ紙が紹介している Gian Antonio Stella の序文はイタリア語版のみのもの。

19世紀から20世紀にかけて、イタリアからアメリカに渡ったイタリア人は決して少なくないが、本書は、当時広まっていた人種的偏見の中で、イタリア人がどうアメリカ社会に入っていったかを検証するものである。

イタリア人は、白人の仲間に入る(!!!)ことをめざしたのだが、それには多くの人が疑問を呈していた(!!!)。そこからイタリア人と有色人種とのねじれた関係が生じる。一部では連帯があるのだが、大半は、苛烈な争いである。

イタリア語版序文の著者、ジャン・アントニオ・ステッラは次のようなエピソードを紹介している。

アメリカの伊達男たちの靴磨きをしていたイタリア人は、黒人のように扱われた(サルヴァトーレ・ラグミーナの本で紹介されたエピソード)。疑似宗教的な偏見が、プロテスタント社会やアイルランドのカトリック社会にも広まっていたのである。

その偏見とは、イタリア人の崇拝する聖人が黒いということで、シチリアで愛されている黒い修道僧、聖カロージェロ、また、ロレートの黒い聖母、シクリアーナの黒いキリスト、バーリの黒い聖ニコラ、アジーラの黒い聖フィリッポ、ヴェローナの黒い聖ゼーノがある。これらは、イタリア人が黒人であるということの証拠にはならないのだが・・・

また1922年にはロリンズ対アラバマという裁判があった。ジム・ロリンズという有色人種の男が白人女性と性的関係を持つ miscegenation (異種族混交)の罪を犯した(!!!)かどで有罪判決をうけたロリンズは、反論で、「彼女は、白人ではない、イタリア人だ!」と主張した。裁判官にその主張は聞き入れられ、判決文では、検事は、「問題となっている女性イディス・ラブエが、白人であるという証拠を提供していない」とし、それゆえ、「彼女が白人であるとは、断言できないし、また、彼女自身が黒人あるいは黒人の子孫であるということも出来ない」としている。

この イディス・ランブエ(Edith Labue)という名前は示唆に富んでいる。アメリカに渡ったイタリア人は、偏見を軽くするために、宗教を変える(ジュゼッペ・ダロンガロによると、1918年のニューヨークだけで、2万5千人の改宗者が出たという)のみでなく、アングロサクソン系に「聞こえる」名前に変えるものまでいたという。

イタリア人に対する偏見は、何世紀にもわたるものだ。イギリス・ロマン派のP.B.シェリーのそれもはなはだしい。イタリア人は、「愚かで悪習にそまった奴隷の部族に見える」としている。

科学者もその例外ではない。民族学者ジュゼッペ・セルジとルイージ・ピゴリーニ(1842-1925)は、多くの意見の相違がありながら、一点において一致していた。即ち、イタリアは、遠い古代にアフリカの民、おそらくはアビシニア(エチオピア)に征服されたということだ。これを、アメリカの人種差別主義者は都合よく解釈し、自分たちの偏見が「科学的」に裏づけられたと考えたのである。

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2006年4月 8日 (土)

ベルルスコーニとプローディの公約

ベルルスコーニとプローディは、第二回のテレビ討論で、政権を獲得した場合の公約を互いに述べた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月4日)。

プローディは、守れる約束しかしないとして、「二つに割れたイタリアではなくて、統一したイタリアにして、大きな挑戦をしていく」と述べた。

子育て支援に関しては、赤ん坊の時から成人に達するまで、子供一人あたり毎月200ユーロ(2万8千円)を支給すると約束した。

労働者の税率を5ポイント下げて、一人あたりの手取りを500~600ユーロ(約7~8万円)増やすとした。

また、相続税に関しては、数百万ユーロの資産を持っている人が対象で、100万ユーロや200万ユーロでは対象にならないとした。

政治プログラムの頂点は、脱税との戦いで、財政健全化には、脱税の3分の1をなくせば十分であり、そのためには、手錠が必要というよりは、法の威厳が必要だとした。

一方、ベルルスコーニは、多くの公約をしたが、その中には今回、新たに繰り出されたものもある。最終的な視聴者への呼びかけの中で、新たにベルルスコーニが出してきたのが、ICI(Imposta Comunale sugli Immobili 固定資産税)の廃止である。これは、最後の呼びかけの中で打ち出されたので、プローディは反論や問いただしが出来なかった。

また、女性の起用に関し、大臣8人と副首相に女性を登用すると約束した。

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ベルルスコーニ対プローディ、第二回テレビ討論

ベルルスコーニ首相対ロマーノ・プローディの第二回テレビ討論が行われ、毒舌の応酬が繰り広げられた(コリエレ・デッラ・セーラ、4月4日)。

ベルルスコーニが、自説を主張したあと、プローディが、「首相は、まるで酔っぱらいが、自分を照らすためではなくて、自分を支えるために、街灯に頼るように、数字に頼っていますね」。

それを聞いて、ベルルスコーニは怒り、司会のヴェスパに訴える。「ヴェスパ、司会者の役割を果たして、彼を抑えて」というと、プローディは「そういったのは、バーナード・ショーですよ」。

ベルルスコーニは「共産党の伝統にのっとって、そうであることを隠すために、役に立つ阿呆の役を演じさせられることを恥ずかしいと思わないのかね?」と毒づいた。

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2006年4月 7日 (金)

プローディ、脱税には厳罰で

プローディが、テレビ番組 《In mezz'ora》 に出演し、脱税は厳罰で処すべきで、法で認められれば、逮捕も辞さないとした(コリエレ・デッラ・セーラ、4月3日)。

《In mezz'ora》は、ジャーナリストのルチーア・アンヌンツィアータが司会をする番組で、彼女の厳しい追及に怒ってベルルスコーニは番組の途中で、スタジオを出てしまった。

ロマーノ・プローディに対しても、彼女の質問はあくまで容赦ない。プローディは、ここで、相続税は、「数百万ユーロ(数億円)」を所有している人を対象にすると明らかにした。

相続税および贈与税は、ベルルスコーニ政権のもとで、事実上廃止された(ただし、4親等を越える第三者への贈与税はある)が、中道左派は、一定以上の資産を持つものは、支払うべきだという考え。

ただし、その一定の資産というものの額が問題なのである。ベルティノッティが18万ユーロ(2520万円)と言い、プローディは以前に、25万ユーロ(3500万)と言ったのだが、この番組で、プローディは、それは直感的に答えてしまったもので、伝達ミスであるとし、相続税は、大資産家、数百万ユーロ(数億円)の所有者にのみ適応される、と明言した。

また、脱税に対する戦いは、より厳しいものにし、法律が通れば、逮捕もありうるとした。公式のデータでも、2000億ユーロ(28兆円)が脱税されているとしている。その3分の1でも捕捉できれば、減税の財源は解決する。

選挙結果が、引き分けの場合には、もう一度投票をすべきだとの考えをしめした。

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ガゼッタ・デッロ・スポルト、110周年(2)

イタリアのスポーツ紙「ガゼッタ・デッロ・スポルト」紙、110周年の続きである(コリエレ・デッラ・セーラ、4月3日の付録ガゼッタ・デッロ・スポルト特別号)。

「ガゼッタ・デッロ・スポルト」紙は、もともと「ラ・トリプレッタ」というトリノでエウジェーニオ・カミッロ・カスタマーニャが創設した新聞と、「イル・チクリスタ」という1895年に、エリゾ・リヴェーラによって創刊された雑誌が一緒になって、新たに出来た。

最初は、ガゼッタ・デッロ・スポルトという題字の下に、イル・チクリスタ・エ・ラ・トリプレッタと印刷されていたが、それがかっこに入れられるようになり、1897年1月1日には消えて、「ガゼッタ・デッロ・スポルト」のみとなった。

ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の色であるが、前述のように創刊時は、緑色であった。白い紙より安価であったからだ。紙の管理には限界があって、1896年9月4日の新聞は、白く見える。この時から、しばらくの間、紙の色は一定しない。

1897年1月には、緑色に戻っている。

1899年1月2日にピンク色となる。

第一次大戦の余波で、1920年4月8日から5月11日まで、ピンク色を放棄した。

1943年9月8日から第二次大戦終了時までは、入手できる紙しだいで、白だったりピンクだったりする。

1945年、68日間の中断ののち、7月2日に新たにピンク色で発行再開し、今日に至る。

ガゼッタ・デッロ・スポルトで地方版があるのは5つ。ラツィオ、シチリア、カラーブリア、カンパーニャ、プーリア/バジリカータである。

世界におけるガゼッタ・デッロ・スポルト。ヨーロッパでは、ベルギー(1994年から)、スペイン(1999年から)でも印刷・発行されている。

アメリカでは、ニューヨークで、1994年、ワールドカップの直前から印刷・発行されている。

ついで、アルゼンチンのブエノスアイレス(2000年)、ブラジル(2000年)、オーストラリア(2001年)とイタリア系移民のいるところに広がっている。

ちなみに、ガゼッタ・デッロ・スポルトと同じ年、1896年生まれの文化人には、ノーベル賞詩人でコリエレ・デッラ・セーラにオペラ批評を書いたエウジェーニオ・モンターレ、小説「山猫」の作者ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ、画家フィリッポ・デ・ピシスがいる。

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ガゼッタ・デッロ・スポルト、110周年

イタリアを代表するスポーツ紙「ガゼッタ・デッロ・スポルト」が、生誕110周年を迎えた(コリエレ・デッラ・セーラ4月3日の付録、ガゼッタ・デッロ・スポルト特別号)。

ガゼッタ・デッロ・スポルトの歴史とスポーツ界の大ニュースを抜粋で紹介する。

ガゼッタ・デッロ・スポルトと言えば、ピンク色の新聞というイメージをお持ちの方も多いと思うが、1896年4月3日に創刊された時には、緑色の紙に印刷され、4ページで、発行部数は2万であった。誕生したときには、週に二回(月曜と金曜)の発行。創刊は、近代オリンピックがアテネで開会される三日前であった。

1898年末に、紙の色がピンク色に変更になった。

1907年、「ガゼッタ・デッロ・スポルト」の部数は10万2千、「コリエレ・デッラ・セーラ」は、15万であった。

1909年、第一回のジーロ・ディタリア(イタリア一周の自転車レース)で、ルイジ・ガンナが優勝する。8行程、2448キロメートルのレースだった。

1913年、「ガゼッタ」は日刊紙となるが、第一次大戦中は、再び週二回の発行となる。1917年から終戦まで、「ガゼッタ」3万部が前線に送られ、無料で兵士に配布された。

1938年、フランスで、イタリア・サッカーチームがワールドカップで二度目の勝利。

1949年、ファウスト・コッピ、初のジーロ・ディタリアとトゥール・ドゥ・フランス双方で優勝 (doppietta) を飾る。1952年にも同じ偉業を達成。

1954年7月31日、コンパニョーニとラチェデッリがK2を踏破。

1960年、ローマ・オリンピック開催。

1985年、ユーヴェ対リヴァプールの試合で、観客39人死亡。

2002年、シューマッハ、ファンジョ(イタリア系アルゼンチン人ドライバー、F1で年間最優秀ドライバー5回)の記録に並ぶ。翌2003年その記録を破る。

2004年2月14日、マルコ・パンターニ(ジーロとトゥール両自転車大会の優勝ーdoppiettaー をコッピ以来なしとげた偉大な自転車選手だったが、ドーピング疑惑がもちあがり、その後、薬物乱用のため34歳の若さで死亡)がリミニで死亡。

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ヴェルトローニとルテッリの協約

ローマ市長のヴァルター・ヴェルトローニとマルゲリータの党首フランチェスコ・ルテッリが総選挙後に民主党をつくることで合意した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月2日)。

ヴェルトローニは、1996年の総選挙で中道左派が勝つ原動力となったウリーヴォ(オリーヴの木)結成の立役者で、現在はローマ市長をつとめている。ヴェルトローニは、総選挙で中道左派が勝つだけでは、十分でなく、現在の比例選挙のもとでは、二極対立が崩壊してしまい、中道左派がばらばらになってしまうということを懸念している。

一方、マルゲリータ党のルテッリは、選挙後にすぐに民主党 (partito democratico) を結成したいと考えており、それは小さな都市のようなもので、参加の求めに応えることができるものと考えている。

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国際通貨基金による予想

国際通貨基金によると、イタリア政府の単年度赤字および累積赤字は漸増するであろうとの予想が出た(コリエレ・デッラ・セーラ、4月1日)。

財務省の予想では、2006年のイタリア政府の赤字は国内総生産(PIL)の3,8%であるが、国際通貨基金によると3,9%になるとの予想である。

また、同じく国際通貨基金によれば、2006年の累積赤字は、国内総生産の106,8%となり、2007年には、107,3%となる見込み。

同基金によると、国内総生産の成長見込みは、1,2%で、EU諸国の中で、ポルトガル(0,8%)に次いで2番目に低い。

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2006年4月 6日 (木)

ファッシーノ、減税を語る

左翼民主党の書記長、ピエロ・ファッシーノは、コリエレ・デッラ・セーラ紙のデジタル・インタビューで読者の質問に答え、労働や預貯金に対する税率を下げることを約束した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月1日)。

ファッシーノは、具体的な数字を交えて、中道左派の税率に関する政治プログラムを説明した。まず、会社や労働者が払う税金を5ポイント下げるとした。会社の負担を軽くし、労働者の財布を重くして、経済を活性化、景気を良くしようという考えである。

第二に、イタリア人の貯蓄の64%は、郵便局や銀行の預貯金に集中しているが、そこでの利子にかかる税率を、今日の27%から20%に下げる。

第三に、現在出回っているBotやCctといった国債は償還まで現在の税負担12,50%に固定するが、新規発行の分からは、20%に上げる。

相続税に関しては、高額なもののみを対象とする。

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2006年4月 5日 (水)

教皇、生命と婚姻は、交渉の余地なし

教皇ベネデット16世は、生命、家族に関する「原則」と、子供の教育の「自由」(学校を選ぶ自由)には、交渉の余地がないとする見解を明らかにした(コリエレ・デッラ・セーラ、3月31日)。

ラッツィンガー教皇は、ローマで開催されたヨーロッパ人民党の会議で発言した。イタリアへの直接的言及はなく、ヨーロッパ一般に言及したものだが、選挙期間中であり、イタリア人信徒への影響を意識したものと言えよう。

これに対し、野党の「深くカトリック」であるプローディは、教皇の呼びかけを干渉とは考えないし、教皇が、再度、「生命や家庭の価値を推進すべく、われわれのキリスト教徒としての良心に訴えかける」のに何の問題もない、としている。

「政治家」プローディは、その一方で、二つの但し書きを付け加えた。まず、「世俗国家は、われわれの連立の原点である」。第二に、教会の声は、疑いもなく、「合法的」であるが、「たがいの自立と自由」という文脈において、作用し、理解される。

事実婚に関しての中道左派の見解は、教会のそれとは異なるため、信者プローディと統治者プローディを峻別せざるをえないことがまま生じるのである。

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『山猫』

『山猫』を見た。NHKのBSで放送されたものを録画しておいたのである。

久し振りに見て、(以前に見たのは、銀座の映画館で、10年以上前だったと思う)、堪能した。以前には、理解できていなかったことがたくさんあったことが判った。

この映画は、うまく出来ていて、いろいろなレベルで楽しめるようになっていると思う。いくつか挙げてみよう。

1.バート・ランカスターやアラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレといったスターが出演している。

2.アラン・ドロンがクラウディア・カルディナーレと三角関係の恋物語を展開する。

ここまでは、小学生でも判るし、その物語が、歴史的な衣装をまとって、リソルジメントの時代に展開するだけでも、大河ドラマ的娯楽として十分楽しめる。後半の、本物の貴族を大勢集めた舞踏会の場面などその最たるものである。

3.リソルジメントの時代に、アラン・ドロン(バート・ランカスター演じるサリーナ公爵の甥で、政治的野心にみちている)が、赤シャツ隊にはいり、その後、イタリア王国が成立するや、王政に素早く順応していく様子も、如実に描かれている。

4.また、その甥を深く愛しながらも、彼とは政治的立場を同じくせず、体制の変化とシチリアの内実の不変化を諦念を持ってみつめている公爵。そのセリフおよび認識は、20世紀イタリア(あるいはシチリア)にも通用するものであることを知ると、ヴィスコンティの世界観がそこに反映されていることを窺わせるものだと言えよう。

5.クラウディア・カルディナーレ演ずるアンジェリカと、パオロ・ストッパ演じるその父カロージェロの低俗さは、克明に描きこまれている。アンジェリカの下品で、周囲への気遣いのまったくない呵々大笑は、見物、聞き物で、パーティに出ていた貴族たちは、サリーナ公爵を筆頭にしらけた様子で、退場してしまう。カロージェロは、いかにも成り上がりという態度、礼装のまったく似合わぬ男として、冷笑をさそう存在である。貴族と卑俗な父娘のコントラストは、これでもかと言わんばかりに、くっきりと描かれている。下品で俗っぽい仕種(たとえば相手の話を聞きながら、指を口にくわえたり)にもかかわらず、カルディナーレのアンジェリカが、まさに輝くように美しく魅力的なのは、言うまでもない。

6.サリーナ公爵(バート・ランカスター)は、カロージェロ、アンジェリカ父娘の野卑さを認識し、さらにアンジェリカの母がまったくの無教養で獣のようであることを知りつつ、かつ愛娘がタンクレディ(アラン・ドロン)に恋していることを知りつつ、最愛の甥タンクレディがアンジェリカと結婚することをむしろ積極的に推進するのだ。タンクレディの政治的野心のためには、多額の持参金が必要なのである。

7.宗教の存在。まず、冒頭で、ロザリオの祈りで、サリーナ公爵の一家全員が、家付きの神父とともに、アヴェマリアの祈りをラテン語で繰り返し、唱えている。そこへ、ガリバルディの軍隊がシチリアに上陸したという知らせが来て、騒がしくなるが、公爵が出かけると、残った女たちは、すぐさま、サルヴェ・レジーナの祈りをラテン語で唱える。この場面も、女性たちの帰依が、感動的であると同時に、一抹のそこはかとない可笑しみも感じさせる。
さらに、興味深く、時にユーモラスな場面をもたらしてくれるのは、家付きのピッローネ神父である。神父と公爵のやりとりは、宗教的権力と世俗権力の対立と対話をシンボリックにも表現しているわけで、これも現在にいたるも続く両者の時に親密で、時にややこしい関係を理解しつつ聴くと一層味わい深い。この国で困ったことはと神父が言うとイエズス会士が多すぎることか、とサリーナ公爵がまぜっかえしたり、サリーナ公爵が愛妾のもとへ通った翌朝 Confessione (懺悔、告解)をしつこく迫る場面など、実にユーモアに満ちていて、ヴィスコンティの映画がこんなに機智に富んでいたかと意外の感にうたれた。

以前に観たときには、「あらすじ」はともかく、宗教、歴史的背景、階級のもたらすドラマ、そのニュアンスを味わいわけることが出来ない部分が多かったのだと思う。

なお、NHKBSの放送は完全復元版で色も美しかったが、190分の放送であった。手元の映画事典を見ると、205分とあるので、15分のずれがある。

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ベルルスコーニ、与党一本化を呼びかける

ベルルスコーニ首相は、Ppe(ヨーロッパ人民党)の大会で、中道右派をまとめて一つの政党を作ることを呼びかけたが、キリスト教民主連合のカジーニからは、選挙に勝つことが先決とすげない返事がかえってきた(コリエレ・デッラ・セーラ、3月31日)。

ベルルスコーニが選挙間近に提起した新政党は、Partito del Popolo italiano(イタリア人民党)というもので、これは、もともと1919年にドン・ルイジ・ストゥルツォがヴァティカンの意向をくんで組織したカトリック政党の名前である。

しかしながら、この提案は、中道右派の二人のリーダー、カジーニ(キリスト教民主連合)とフィーニ(国民同盟)から冷たくあしらわれた。カジーニは今は選挙に勝つことを考えるべきだと言い、フィーニは、「どこに新味があるのか?」と突き放した。

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プローディ、税金論争で逆襲

ここ数日、中道左派が選挙で勝つと税金があがるというキャンペーンが中道右派からなされていたが、プローディが「政治的犯罪」であると反撃した(コリエレ・デッラ・セーラ、3月31日)。

より具体的には、ジュリオ・トレモンティ財務大臣が、中道左派が勝ったら、独立系組合の労働者の社会保障分担金が25%になるかもしれない、という言説に対し、プローディが税率のことも、25%に上げるということも誰も話していないとして、トレモンティの言説を「政治的犯罪」と非難している。

左翼民主(党)のマッシモ・ダレーマは、まさに意図的に流す偽情報 (disinformazione)であり、ベルルスコーニによって統括され、テレビニュースにより増幅されている、と規定した。

左翼民主(党)の書記長、ファッシーノは、われわれはもうトレモンティとは議論すべきでない、まったく信頼性がない、と切り捨てた。

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モンテツェーモロの注文

総選挙を10日後に控え、イタリア経団連会長モンテツェーモロは、ビアジ法の維持と減税を訴えた(コリエレ・デッラ・セーラ、3月30日)。

モンテツェーモロは、フレクシブルな雇用関係を切り開いた(それゆえ、不規則雇用を増加させたとして、非難される)ビアジ法を維持すべきだと政治家たちに訴えた。

ビアジ法を変えたり、無くしたりするのではなく、社会的なセイフティネットワークを整え補完させるべきだ、というのがイタリア経団連会長の主張である。

労働組合のリーダーたちは、ビアジ法は、あまりに多くの不規則雇用を生み出したので、修正すべきだと考えている。

プローディは、脱税の取締りを厳しくし、公的支出の削減を進めるべきだとし、含みのある言い方にとどめている。

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2006年4月 3日 (月)

フィアット、ブラジル工場に投資

フィアットのブラジルでの活動が30周年を迎えた。フィアットはブラジルに11億5000万ユーロの投資をする計画である(コリエレ・デッラ・セーラ、3月29日)。

フィアットの自動車は、ブラジルで25%のシェアを占め、マーケットのリーダーである。次いで、Gmの22,5%、フォルクスワーゲンの21,5%となる。

フィアット・グループは、18工場に2万8千人の従業員をかかえる。ベティン工場は、世界中のフィアットの工場のうち最大のもので、従業員1万5千人、一日に2300台の自動車を製造する。

モンテツェーモロ会長(イタリア経団連会長でもある)は、自動車レースF1でフェッラーリを立て続けに優勝に導いた男としてブラジルでも名高く、ベティン工場でも熱い拍手を持って従業員に迎えられた。

モンテツェーモロ会長は、ここで二つのことを約束した。一つは、フィアットがブラジル(ほとんどはベティン)に、向こう3年間で、11億5千万ユーロ(1610億円)の投資をすること。

もう一つは、ブラジルで生まれたテクノロジー、アルコール・エンジンを輸入することである。燃料は、flex-fuel (フレックス燃料)といい、ブラジルでは、新車登録は、ガソリンやディーゼルを用いる従来型の自動車を上回っている。

ブラジル・フィアットの歴史は、1973年3月28日、ジョヴァンニ・アニェッリがブラジル当局との合意書に署名をして始り、1976年にフィアット147(127の熱帯版)がベティン工場で生産された。

それ以来、900万台の自動車が生み出された。また、1985年以来、一時間もストがない。ここの給料は、ブラジルで最も高い事業所の一つなのである。

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EU内の国外移住の理由ー最多の動機は愛

EU域内で、他国に居住する動機の調査が、大学グループによって行われ、最多の動機は、愛情によるものであることが判った(コリエレ・デッラ・セーラ、3月29日)。

フィレンツェ大学がコーディネータとなって行われた調査によると、EU諸国で、生まれた国と異なる国に暮らす人は620万人。全人口の2%に相当する。

EUの他国に住むイタリア人は120万人。その半数以上はドイツに住み、次がフランス、ベルギー、イギリスと続く。

EUの他国からイタリアに来て住む人は13万2千人に過ぎない。ドイツに移り住む人は175万人、イギリスは126万8千人で、フランスがそれに次ぐ。

EU域内での移住の理由は、愛によるものが30%。例えば、俳優のステーファノ・アッコルシは、パートナーのレティツィア・カスタ(モデル、女優)と一緒に暮らすために、パリに移り住んだ。

仕事のために移住している人は25%。また、生活の質を高めるためという人は24%となっている。

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ベルルスコーニ、中国に大暴言

ベルルスコーニ首相は、ある本からの引用で、中国が毛沢東の時代に「子供を煮て、畑の肥料にした」という発言をし、中国は根拠のない主張として、激しく反発している(コリエレ・デッラ・セーラ、3月29日)。

ベルルスコーニが引用したのは、Il libro nero del comunismo (共産主義黒書)(Mondadori)という共産主義体制の暗部を暴きたてた本で、毛沢東の時代に子供を煮て、肥料にしたという一節は、たしかに、その本の460頁にある。

中国外務省は、苛立ちを隠さず、根拠のない主張であり、両国間の友好関係をややこしいものにする、としている。

今年は中国におけるイタリア年であるというから、このタイミングは最悪のものと言えるかもしれないが、首相の側は、論争をしかけるつもりは全然ない、としている。

この一節は、毛沢東のもとでの大躍進政策が、意図とは逆に大失敗に終わり、多くの餓死者(2000万人以上とも言われるが、正確な数字は不明)を出した時期の記述である。

学者たちの多くは、それゆえ、首相がありもしないことを言ったというのではなくて、こうしたエピソードを政治目的で語ったことを非難している。

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2006年4月 2日 (日)

中道右派のリーダー争い

ベルルスコーニがキリスト教民主連合は多くの過ちを犯したとして、選挙後も中道右派内でのリーダーシップを確保しようと躍起になっている(コリエレ・デッラ・セーラ、3月28日)。

国民同盟(AN)のフィーニは、中道右派は結束している、「中道左派は、劇的に、分裂している」と述べる一方で、「ベルルスコーニは、4月10日までは、自由の極(中道右派)のリーダーだ」が、(中道右派が勝った場合)首相官邸に行くのは、「もっとも得票数の多かった政党のリーダーだ」とも述べた。

これは、中道右派内で古くからある議論に火をつけたことになる。

キリスト教民主連合のカジーニは「言葉の綾にすぎない」として静観のかまえ。

中道左派のピエロ・ファッシーノは、「右派は、どうやって、ベルルスコーニを厄介ばらいしたらよいか分からないのだ」と皮肉たっぷりである。

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プローディ、メディアセットには出演せず

野党のリーダー、プローディは、ベルルスコーニ一族が所有するメディアセットの放送局には出演しないことを決めた(コリエレ・デッラ・セーラ、3月27日)。

プローディがメディアセットの放送局 (Canale 5, Rete 4, Italia 1) に出ない理由は、それらの放送局では、プローディをきちんと扱っていないからだ。

具体的数字がある(Klaus Davi & Co 調べ)。

2006年になってのテレビ出演時間が相当に異なるのである。

1.Rai における出演時間の総計

ベルルスコーニ  9時間52分07秒
プローディ     6時間59分21秒
カジーニ      4時間49分40秒
(下院議長、キリスト教民主連合)
フォッリーニ        15分35秒
(キリスト教民主連合元書記長)

2.メディアセットにおける出演時間の総計
  
  ベルルスコーニ  10時間21分04秒
  プローディ      1時間35分21秒
  カジーニ           51分57秒
  フォッリーニ              0

Rai においてもメディアセットにおいても、ベルルスコーニの登場時間が長いことがわかるが、特にメディアセットではベルルスコーニがプローディの10倍近い数字になっていて、極端に違うことがわかる。

この調査は政治雑誌 Formiche の依頼により、Klaus Davi & Co が実施したもので、1月1日から3月15日の放送を対象にしている。

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2006年4月 1日 (土)

囚人に大学の授業

イタリアで初めて(おそらくはヨーロッパで初めて)、囚人が監獄にいながら、光ファイバーを通じ、リアルタイムで大学の授業を受けている(コリエレ・デッラ・セーラ、3月26日)。

レッジョ・エミーリアには、370人の被拘留者がいるが、そのうち刑が確定しているのは140人。そのうちの9人(全員刑が確定)が囚人学生である。

モデナ・レッジョエミーリア大学の Comunicazione e marketing のコースが対象である。

教授は、大学の教室で、テレビカメラの前で授業をする。囚人学生は、ヘッドフォンをつけ、コンピュータの画面の前で見聞きする。ヴィデオ会議の要領で、学生には教授の姿が見えるし、チャットあるいは音声で、質問をすることも出来る。

簡単なようでいて、これを実現するためには、内部やオンラインの安全確保という点で、様々な困難がともなった。

9人が登録しているが、レッジョエミーリアの監獄で、14人を募集した。30人の応募があり、そのうち選ばれたのが9人ということである。5人分の空きがあるが、登録が受け付けられるための基準があるからで、知的能力の他に、監獄での素行や犯した犯罪のタイプ、刑の重大さなどが考慮に入れられる。

各課程の最後には、三人の教授の前での試験がある。大学部門に割り当てられた獄中の二部屋で行われる。

これを始めたのは、ボローニャ大およびモデナ・レッジョエミーリア大のピエル・チェーザレ・ボーリ、アルベエルト・メッローニ、トンマーゾ・ミネルヴァの三教授と、刑務所長のジャンルーカ・カンディアーノである。

この学校の実現にかかった費用ー教室用の部屋、設備、光ケーブル、コンピュータなどーは、3万3千ユーロ(462万円)で、授業料は、刑務所と大学の取り決めにより、無料である。

刑務所長は、「こんなことを始めるなんてちょっと頭がおかしくないと出来ないことだが、我々は、以前とは違った人生についての考えを持つ人間をここから出すことに懸けているのです」

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ナンニ・モレッティ、20年振りにテレビ出演

映画監督のナンニ・モレッティが20年振りにテレビに出演した。モレッティは、新作「イル・カイマーノ」が劇場公開されたばかり(コリエレ・デッラ・セーラ、3月26日)。

モレッティが出演したのは、Rai Tre の 《Che tempo che fa》というファビオ・ファツィオの司会するトーク番組。

ファビオ・ファツィオとモレッティの会話は新作の映画に冠するものとなるのだが、par condicio (選挙運動期間中、与党・野党のメディア露出を公平に扱わねばならないという法律)があるので、内容を正確に話せない。二人はその制約を、楽しみつつ、あがくようすを視聴者に示した。

《イル・カイマーノ》は、単語の意味は中南米に生息するカイマン・ワニのことであるが、ベルルスコーニがモデルになったドラマである。その役柄はシルヴィオ・オルランドが演じているので、シルヴィオ・ベルルスコーニとの重複をさけ、シルヴィオがとは言わずに、オルランドがと説明している。また、映画自体も、これは政治的映画ではなく、警察映画でもなく、とさまよった末、SF映画なのだ、という。

しかも舞台はドイツで、首相がテレビを三つ持って・・・という話としている。もちろん、ファツィオとモレッティは、par condicio を逆手にとって、遊んでいるのだ。

映画は、3月24日(金)に380館で封切られ、初日に、40万ユーロ(5600万円)の売り上げを示した。初日の平均売り上げは1100ユーロ弱(15万円)なので、素晴らしい成績だと言える。

追記:近日中であれば、Raiのホームページでモレッティ出演番組が見られます。モレッティの出演は、番組後半です。  
http://www.raiclicktv.it/raiclickpc/secure/list_strillo.srv?id=6

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