« フランカ・ラーメの立候補 | トップページ | プローディの強硬路線 »

2006年3月 6日 (月)

ミルズ弁護士とベルルスコーニ

イギリスのミルズ弁護士が、裁判で、ベルルスコーニに有利な証言をした謝礼として60万ドルを受け取り、それでロンドンの自宅とウォリックシャーの別荘の支払いにあてたことが、大臣(ミルズ夫人は文化大臣)および大臣の家族が守らねばならぬ「利害の衝突」にあたるとして非難をあびている(コリエレ・デッラ・セーラ、2月28日、3月1日)。

ベルルスコーニのために働いたイギリス人弁護士デイヴィッド・ミルズは、夫人がイギリス政府の文化大臣である。ミルズは、61歳で、オックスフォード大卒業、イギリスで最もすぐれた弁護士の一人とされる。

ミルズ弁護士は、1979年、夫人テッサ・ジョウェルと結婚する少し前に、フィニンヴェスト(1978年にベルルスコーニが創立)と仕事をするようになった。

ミルズ弁護士は、フィニンヴェストのために、オフショア会社(タックス・ヘイヴンの地域、国に節税または脱税のためにつくる会社)網を作ってやった。

さらに、ミラノ検事局によれば、「虚偽の証言」をし、ベルルスコーニを守ったことによって、60万ドルの報償を得たのだ。

1996年には、すでにミラノの検察官は、ロンドンのミルズの事務所を捜査している。ついで、1997年、98年の2件のミラノの裁判では、証人として、ベルルスコーニとこのオフショア会社について一度も話したことがないと証言した。

が、今回、新たな捜査で、検察官は、二つのオフショア「金庫」を開いたのが、まさにベルルスコーニであったことをミルズが隠していたことを告発している。

証言の報償として得た60万ドルを、ミルズは、2000年に、妻とともに借りた抵当貸し付けを払うのに用いた。大臣である夫人は、夫が投資をするために、署名したことは認めたが、その金がベルルスコーニから来たとは知らなかったと言っている。

ミルズへの支払い明細は、バハマの銀行から6ヶ月前に送られてきたのだが、ロンドン警察が3週間前に捜査したときにはそのファックスが消え失せていた。

また、ミルズは、自分へのベルルスコーニからの支払いと別の人物からの支払いをわざと一緒にして、支払いもとが判別出来ないようにしていた疑いをもたれている。

ミラノ検事局は、バハマに捜査協力を求める。

|

« フランカ・ラーメの立候補 | トップページ | プローディの強硬路線 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/8976975

この記事へのトラックバック一覧です: ミルズ弁護士とベルルスコーニ:

« フランカ・ラーメの立候補 | トップページ | プローディの強硬路線 »