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2006年2月26日 (日)

教皇庁の銀行家、マルチンクス死去

ポール・マルチンクスが死んだ。彼は、カトリック教会の歴史において最も力を持ったアメリカ人で、17年間(1971-89)に渡り、ヴァティカンの財政を牛耳っていた(コリエレ・デッラ・セーラ、2月22日)。

ポール・マルチンクスは、アンブロージョ銀行(総裁カルヴィがロンドンの橋で首つり死体で発見されたが、自殺か他殺かは議論が分かれている)事件に関して、イタリアの捜査当局やマスコミは、もっとも接触したがっていたが、彼の「真実」を明かすことなく、この世を去ってしまった。

彼は、アリゾナ州の砂漠地帯のSun Cityの質素な家で亡くなった。84歳。長らく、そこに隠遁していたのだという。 

マルチンクス猊下は、1970年代および80年代に起こった経済的・政治的事件において、ミケーレ・シンドナやロベルト・カルヴィとの密接な関係があったといわれる。彼はヴァティカンの銀行Istituto Opere di religione (Ior)の総裁(presidente) であったのだが、Iorとアンブロージョ銀行の財政的破綻には、密接な関係があったと言われている。

マルチンクスは、Iorの金庫を「空にした」と非難されているが、その疑問に答えることはなかった。おそらくは、ポーランドの連帯と、ニカラグアのコントラを援助するために使われたのだろう。

マルチンクスが教皇庁に入ったのは、1969年で、1981年には司教になっているが、つねにジョヴァンニ・パオロ2世によって保護されてきたのである。

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