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2006年2月28日 (火)

マルチンクスの謎(2)

マルチンクスの業績のさらに続きである(コリエレ・デッラ・セーラ、2月22日)。

イタリアでは、マルチンクスの名前は、戦後の最も不安定な政情と結びついている。フリーメーソンの支部P2の策略やいくつかの組織への経済的乗っ取りなどである。それにマフィアの犯罪が絡んでおり、多くの死者も出ている。しかし、これらの事件の全貌が、明るみに出ることはなかった。

カルヴィやミケーレ・シンドナといった銀行家は「消されて」しまったが、少しばかり事情を知るものは沈黙を選んだ。

というわけで、マルチンクスに対する疑惑は、晴らされることも、証明されることもなかった。

しかし彼に対する疑惑は、銀行の財政破綻をめぐるものだけではない。ジョヴァンニ・パオロ1世の謎の死についてだ。アルビーノ・ルチャーニ教皇は、教皇在位わずか33日で急死した。1978年9月29日の未明に亡くなっていたのだが、医師団は心臓麻痺と発表した。しかし近年、出版された本の中にはマルチンクスと当時国務長官であったヴィヨー枢機卿を告発するものもある。

つまり、この二人が、ヴァティカンの財政を徹底的に改革しようとしたジョヴァンニ・パオロ1世を亡きものにするよう企んだ、というわけである。

イタリアにとってこの時期は、非常に困難な時代であった。アンブロジャーノ銀行を隠れ蓑にして、リーチョ・ジェッリによって導かれたフリーメーソンP2は、国家機関の中枢に入り込もうとし、コリエレ・デッラ・セーラも(当時はリッツォリ家が支配していたのだが)征服しようとした。

1982年に銀行が財政破綻し、カルヴィの死体がロンドンで発見される。この財政破綻とIORの関係は、裁判で争われた。特にAmbrogio Overseas に関するものは、20年以上続き、検察は世界中から何十人もの証言を集めたが、マルチンクスのものを聞くことは出来なかった。

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