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2006年1月16日 (月)

新たな20世紀イタリア文学史

ローマ大学《La Sapienza》の教授ジュリオ・フェッローニがイタリア文学史の最終巻を出した(コリエレ・デッラ・セーラ、1月9日)。

フェッローニの本は、《Storia e testi della letteratura italiana》という何巻にもわたるイタリア文学通史の最終巻である。イタリアでは、こういった大がかりなアンソロジーを兼ねた通史のイタリア文学史が何種類か出版されていて、高校や大学で教科書として用いられている。

フェッローニは、20世紀の巨匠として、エルサ・モランテ(小説家)とエウジェニオ・モンターレ(詩人)とエミリオ・ガッダ(小説家)をあげているが、この三人は以前から評価が高い。

従来の評価より高いのが、ダリオ・ベッレッツァ(詩人)、アントニオ・スクラーティ(小説家)、ルイジ・マレルバ(小説家)で、人気作家のスザンナ・タマーロやアレッサンドロ・バリッコはまったく無視されている。

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コメント

そういえばイタリアの文学ってぜんぜん知りませんでした。今、日本では、あらすじで知る名作!!みたいな本がでてますが、まさかイタリアにはそんなものはないですよね?

投稿: azusa | 2006年1月16日 (月) 00時44分

エルサ・モランテの作品はいくつか読んだことがあります。アルベルト・モラヴィアのパートナーだった女性ですね。La storiaというタイトルの小説が、わたしが留学していた70年代後半にベストセラーになっていました。20世紀文学というよりも、ヴェルガにつながる自然主義のような古い感じの小説でした。

エルサ・モランテの姪がラウラ・モランテといって、女優をやってます。ナンニ・モレッティの「息子の部屋」でモレッティの女房役を演じていた人です。落ち着いた感じの美人ですね。

ガッダは....正直言ってわたしには理解不能です。Quel pasticcio di Via Merlanaという小説を日本語で読んで理解できず、イタリア語で読み直してもやっぱりダメでした。

投稿: Shibano | 2006年1月16日 (月) 10時10分

azusa さんへ
 あらすじで知る名作、というのは見たことはないのですが、古典的作品、たとえば、ダンテの『神曲』、マンゾーニの『婚約者』、アリオストの『狂えるオルランド』の場合、教科書ガイド的なあんちょこがあります。元の本のあらすじが書いてあるわけですが、一章(一歌)ごとにまとめてあるので、けっこうな量となり、日本のものと異なり、一冊で一作品のダイジェストとなります。
また、岩波文庫にたとえば『ドイツ名詩選』『フランス名詩選』があったり、『ドイツ文学案内』などがあったりしますが、『イタリア名詩選』や『イタリア文学案内』がないのは、イタリア文学自体に紹介すべきものがないからではなくて、日本のイタリア文学研究者の数が、英文学者、フランス文学者、ドイツ文学者にくらべて、桁違いに少ないことに起因しているようです。『イタリア文学史』(東大出版会)はありますが、あらすじ集とはちょっと違いますね。

Shibanoさんへ
お恥ずかしいことに、まともに読んだといえるのは、三巨匠の中ではモンターレの詩だけです。ガッダの文は、たしかに前衛的かつ難解ですね(ほんのさわりしか読んでいませんが)。フェッローニは、そういった言語に対する挑戦、意欲的試みを評価しているようです。
Quel pasticciaccio を原作とした映画『刑事』は何度も見ましたが。
女優のラウラ・モランテは『僕のビアンカ』でもモレッティ作品の主演女優でしたね。

投稿: panterino | 2006年1月16日 (月) 13時36分

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