フィオラーニ対ニュッティ
アントンヴェネタ銀行に対する株式買い占めを考え出したのは、イタリア国民銀行のフィオラーニだったのかブレーシャの実業家エミリオ・ニュッティであったのか、互いの主張が食い違っている(コリエレ・デッラ・セーラ、12月27日)。
フィオラーニとニュッティは、仕事仲間であり、友人でもあったのだが、現在は検察官への自供内容をめぐり対立している。
フィオラーニは、不正株価操作や共同謀議で告発されている。ニュッティは、アントンヴェネタ銀行事件をめぐり、不正株価操作の疑いで、4時間にわたり、クリスマス前に取り調べをうけた。
1999年に、ニュッティは、マントヴァの会計士コラニンノとともに、すべての株式公開買い付けの母とも言えるTelecomに対するそれを仕掛けた。500億ユーロに上る額であった。その仲間にフィオラーニもいたのだ。また、今回も登場している不動産業者ステーファノ・リクッチもすでにこの時参加していたのである。
2003年、ニュッティの持ち株会社 Fingruppo は、1998年末からフィオラーニが支配していたBplスイスの株9%を取得した。
さらに、ニュッティの《金庫》と呼ばれるようになる持ち株会社 Hopa はBpl Investimenti の1%を取得。また Hopaの重役には、ニュッティの他に、フィオラーニ、コンソルテ(UNIPOL)、リクッチ、フェデリーコ・インベルト(JPモルガン・イタリア代表)がいる。
かつての仲間が、今は、アントンヴェネタ銀行の株式買い占めの筋書きをどちらが書いたかで争っている。
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