« ルイーニ枢機卿、PACSに再反論 | トップページ | ボローニャのジョット »

2005年12月 4日 (日)

「カルメンの白いスカーフ」

武谷なおみ『カルメンの白いスカーフ』(白水社)を読んだ。副題に「歌姫シミオナートとの40年」とあるように、武谷さんとシミオナートの交流を描いたもの。

シミオナートと言えば、イタリアオペラの黄金時代1940年代後半、50年代、60年代を代表するメゾ・ソプラノである。テノールのマリオ・デル・モナコ、バリトンのエットレ・バスティアニーニ、ソプラノのレナータ・テバルディとともに当時のNHKイタリア歌劇団として、日本人に本格的なイタリアオペラを体験させた偉大な存在である。

そして、上にあげたイタリア歌劇団をかざるスターたちのうち今もなお存命なのはシミオナートのみである。

武谷さんとシミオナートの日本での出会い、手紙の交換、4年半におよぶ留学生活でのシミオナート・フルゴーニ夫妻との交流。フルゴーニ医師というのが、また、プッチーニ、ムッソリーニ、共産党のトリアッティ、マルコーニとイタリア中の名士を診察した医師で、興味津々のエピソードが次々に出てくる。

僕にとって特に興味深く印象的だったのは、シミオナートが幼い時に母の故郷サルデーニャで過ごしたこと。また、サルデーニャ人の母の頑なさ(NOという言葉しかきいたことがないという)、厳しさ(子供を鞭でうつ)である。

幼ないときの場合によってはトラウマティックな経験は、彼女の芸術をときあかす一つの鍵であると思った。たとえば、『カヴァレリア・ルスティカーナ』で、未婚で誘惑され棄てられる女サントゥッツァを演じるとき、シミオナートは全身全霊で没入し、気がつくと、手に紫色のあざが出来てしまうという。計算を越えた迫真の演技だが、そういう激しいトランス状態に誰もが到達できるわけではあるまい。母から受け継いだ気質、そして母親という存在とのぶつかりあいがこんなところで意味をもっているのだろう。

また、シミオナートが抱いている現代のイタリア・オペラのあり方(指揮者や演出家の意図が優先される。歌手がじっくりと役作りをしない、などなど)への憤懣に、僕は深く感じ入った。偉大な歌手に、偉大な声に、すべてを圧倒される時代はもうこないのだろうか?

武谷さんは、シミオナートを語る語り部にいさぎよく徹している。音楽評論家めいたことはあまり言わない。これは一次資料であり、それをどう料理するのも後世の人間に託しているのであろう。

武谷さんが、シミオナートにインタビューしたビデオが20時間分あるという。ビデオでもDVDでもかまいません、是非、是非、拝見できる形で世に出してください。オペラ愛好家にとって、シミオナートのオペラに関する評言はまさに珠玉の価値を持つものなのです。

|

« ルイーニ枢機卿、PACSに再反論 | トップページ | ボローニャのジョット »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/7469482

この記事へのトラックバック一覧です: 「カルメンの白いスカーフ」:

» 武谷なおみ「カルメンの白いスカーフ」 [Il quaderno d'Estate]
ふーっ、なんとか仕事復帰果たして来ました。仕事に行く前に、お医者様に寄って咳止めを出して貰ったので、どうやらそれが効いてきたようです。 完全に咳が抜けるまで時間がかかるでしょうが、ぼちぼちよくなってきた、と思ってよいのでしょう。... [続きを読む]

受信: 2005年12月 5日 (月) 23時21分

» シミオナート、コレッリ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」 [Il quaderno d'Estate]
『カヴァレリア』を演じるたびに生の炎が爆発して、心が血まみれになった…私は生来の気質から、女の尊厳を命がけで守ろうとするシチリア娘にすうっと感情移入することができた。  -武谷なおみ・著 『カルメンの白いスカーフ』より このジュリエッタ・シミオナートの言葉を照明するかのようなのが、映像に残されたスカラ座の『カヴァレリア・ルスティカーナ』のリハーサルの。おそらく、これは1963/64シーズンのジャナンドレア・ガヴァッツェーニ指揮の時のものだと思われますが、私は最近、これを繰り返し観て...... [続きを読む]

受信: 2005年12月18日 (日) 23時45分

« ルイーニ枢機卿、PACSに再反論 | トップページ | ボローニャのジョット »