ファツィオ総裁、辞任
第八代イタリア中央銀行総裁、アントニオ・ファツィオが、その職を辞した(12月20日、コリエレ・デッラ・セーラ)。
ファツィオ辞任関連の記事は、一面見出しの他、コリエレ・デッラ・セーラ紙の2面から12面(広告を除き)を埋め尽くしている。
ここでは、彼の経歴を紹介しよう。
アントニオ・ファツィオは、1936年、フロジノーネ県(ローマとナポリの間)アルヴィートで生まれた。1960年、ローマ大学経済学部卒業。1978年、マリア・クリスティーナと結婚、5人の子供にめぐまれる。
ちなみに、5人の子供の内訳は、男が1人、女が4人。男の子は、ジョヴァンニで、ミッレ・ミリア(クラシック・カーのレース)でキッコ・ニュッティの仲間である。4人の娘は、みなマリアで、マリア・エウジェーニア、マリア・キアーラ、マリア・ヴァレーリア、アンナ・マリーアという具合。
1960年、イタリア中央銀行の奨学金を得る。その後、1年間、アメリカで、フランコ・モディリアーニ(後年ノーベル賞を受賞)とともに学ぶ。
1966年、イタリア中央銀行に勤め、スピード出世。1980年には、中央局長となる。
1982年1月、理事会に入る。1993年、カルロ・アゼリオ・チャンピ(現大統領、前イタリア中央銀行総裁)が、首相に任命された時に、総裁となる。
そして2005年12月に辞任。
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