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2005年12月23日 (金)

「苦い米」の背景

イタリアで、かつて歌われていた田植え歌についてのエッセイ集が出版された(コリエレ・デッラ・セーラ、12月13日)。

イタリアの北部、特にポー河流域では、日本と同様に水田が存在する。量はそれほどでもないが、トスカーナ地方でも見られる。水田では、昔は、田植えや草刈りのため、mondina (田植え女)と呼ばれる女性労働者がいた。

1960年代の終わりに、突然、田植え女たちは消え去った。除草剤や農作業の機械化のためである。それまで、ヴェルチェッリ、ノヴァーラ、パヴィーア、ボローニャといった町の郊外の水田では、若い女性とあまり若くない女性が働いていた。

この仕事は、ほぼ独占的に女性の仕事で、しばらくの間(約40日間)家族のもとを離れて、農産物の倉庫のわら床の上に寝泊まりし、粗末な食事の時間をはさんで、一日11~13時間の重労働をしいられた。

女性たちを仕切るのは、「カポラーレ(もともと陸軍の伍長の意)」と呼ばれる男で、棍棒をもち、しばしば横柄であった。

仕事はきつく、賃金は安く、足は水の中につかり、背中を丸め、手を雑草の葉で切ることもあり、マラリアにかかる危険性もあった。

こうした状況では、反抗の動きが生まれることは自然であった。いくつもの連盟も生まれた。印象的なのは、過酷な労働条件のなかで、女性たちは、伝統的道徳への侵犯をなしとげた、つまり、家族にしばられる生活からの解放、祭りの日にダンスを楽しみ、自由(ときには性的な)を味わったということである。

さらに、田植え女たちは、音楽を楽しんだ。稲田での労苦は、コーラスで歌を歌うことで、和らげられた。水田に向かうときに歌うこともあれば、気晴らしのときに歌うこともあった。

歌の内容は、重労働・低賃金への抗議、稲田への旅路、離れたところにいる婚約者や夫、家にのこした母、家族との再会の切望など様々である。

こうした水田の女性たちをGaddaやVassalliは文学作品に描いているが、映画で有名なのは、デ・サンティス監督の『苦い米』(1949)で、シルヴァーナ・マンガノのはじける肢体がまぶしい。その他に映画では La risaia (水田)というマタラッツォ監督の1956年の作品があるようだ。

こうした水田の生活についての歴史、文学、人類学的考察、労働歌(CD付き)についてのエッセイ集が出版された。著者は、Frannco Castelli, Emilio Jona 他で、Senti le rane che che cantano. Canzoni e vissuti popolari della risaia (歌うかえるを聞け。水田の民衆の歌)というタイトルである。

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最近、人から聞いて知ったのですが「苦い米」というイタリア映画があるそうです。イ [続きを読む]

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