「ファシズムと文化」
田之倉稔著「ファシズムと文化」を読んだ。昨年出た本であったが、忙しさにまぎれて読みそこねていたのだが、読み出したら、一気に読んでしまった。
この本は歴史本の老舗、山川出版社が出している世界史リブレットというシリーズの一冊で、リブレットというだけあって、薄い。90ページである。そこが、その分野をちょっと本格的(形容矛盾のようだが、後述)に知りたいという場合にとても便利。
つまり、ほんとうに本格的に知ろうと思えば、分厚い専門書を何冊も読んだりすることになるのは経験上判っていることなのだが、それほどまでの意欲や必要に迫られてはいないが、なんだが、このあたり気になる、という分野で、断片的でなく、一つのパースペクティヴが欲しいというときに、リブレットの大きさはちょうどよい。
「ファシズムと文化」でも、本文は比較的大きな字で印刷され、各ページに頭注がついている。これは助かる。註が、章末や巻末に別になっていると、いちいち違うページを見るのが、電車なんかで読んでいると煩わしい、あるいは実際上不可能である場合も多い。
ほぼ各ページに関連の図版・写真が載っていて、具体的なイメージもつかみやすい。
内容について言えば、ファシズムとムッソリーニについてさらっとおさらいした後、未来派、ピランデッロ(このあたり、演劇人たる田之倉氏の面目躍如)とファシズムとの関係が解説される。特にピランデッロの場合、作者とファシズムの関係性の変化、オペラ化された作品、また体制に協力的だと思っていたピランデッロ自身が実は内務省情報局のブラックリストにのって監視されていたことなどが明らかにされる。
また、音楽愛好者でもあまり知らないと思われる「青春Giovinezza」にまつわるエピソードも貴重だ。漠然と、トスカニーニがファシスト政権と対立して、アメリカに行ってしまい政権崩壊までイタリアに帰らなかったのは知っていたが、Giovinezza 演奏拒否および殴打事件との関係は、僕は初めて知った。
オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の作者として有名なマスカーニが、ここまで深くファシスト政権とのつきあいがあったことも知らなかった。たしかに、普段われわれが手にとるCDやDVDの解説書には、作品自体、その作品の上演史、歌手の経歴などが主で、案外、作曲家にまつわるエピソードは書かれていないものなのだ。(いわゆる現代作曲家は、曲自体が、コンセプト性が高いものが多いので話が別)。
映画の話も大変興味深い。たいていの場合、イタリア映画の知識は、日本では、ネオレアリズモからなのだが、戦後のネオレアリズモの芽が、ムッソリーニの創設したチネチッタの中でめばえたこと、特にその中心人物のロッセリーニの生育環境と当時の文化環境の説明は、説得力が高いと思う。
2001年のイタリア映画大回顧で、多くの日本人ははじめて何本かのファシズム期の映画を見ることができた。おそらく、露骨な戦意高揚映画や体制翼賛的なものでなくて、もっとも上質なものを選んだせいであろうが、そういうことを考慮にいれても、驚くほど、質の高いものであった。
マリオ・カメリーニの『いつまでも君を愛す』(1933,題名通り恋愛もの)やアレッサンドロ・ブラゼッティの『サルヴァトール・ローザの冒険』(1940,時代活劇もの)そして、フランチェスコ・デ・ロベルティスの『アルファ・タウ!』(1942,海軍もの)という風に、ジャンルもカメラ・ワークもさまざまだが、それぞれに見ごたえがあった。
そういう作品の生まれくるインフラが、この本を読んで理解できた。
他にジュゼッペ・テラーニをはじめとする建築家たちもその作品とコンセプトが簡潔に述べられていて、ページ数の割には、もりだくさんである。
というわけで、一つ一つの項目については、それほどの情報量は載せきれないわけだが、逆に短時間で、ファシズム期の文化を俯瞰する、見取り図が得られるという点で、まことに得難い本だと思う。
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